1-4.魔王の憂鬱 その2

 魔王が居城とする魔王城は広大だ。城壁内には多種多様な建物が建ち並ぶ。食料や飲料水の確保も万全で、非常時には外部から一切の補給なしに魔王城単独で何年にもわたる戦いを持ちこたえることができる。


 しかも建物のない敷地がかなりあった。時代の変化や進歩に合わせて新たな施設を作る余裕も十二分にある。

 

 魔王が足を運んだのはそんな魔王城の一角。古めかしい建物が多い魔王城において、らしからぬ比較的新しい建物に、であった。

 あらかじめ連絡が行っていたのであろうか、魔王が現れる前から数名の魔族が出迎えるように並んでいた。


「お待ちしておりました魔王様。ようこそわれらが研究所へ。所長のゲスダフレッツェオでございます。そしてこちらが今回のプロジェクト責任者である主任のミスート」


 中央に立つ老魔族が頭を下げる。続くように他の者も。所長が主任として紹介したのは若い女魔族。白衣を着、メガネがキラリと光る。


 魔王は「うむ」とだけ答えた。所長と並んで「研究所」の中へ歩を進めた。長い廊下に彼らの靴音が響く。


「進捗はどうか?」


 前を向いたままの魔王が尋ねる。


「はい。難航しておりましたが先日予備実験に成功いたしました。映像の方はまだ不安定なようですが、MWPSとDTOW構築に関しては問題ないレベルかと」

「すばらしいではないか」

「はっ。お褒めに預かり光栄にございます」


 ゲスダフレッツェオ所長が頭を下げる。ミスートと呼ばれた主任の顔には疲労がにじんでいたが、今の魔王の言葉によってむくわれたとの喜びが表れていた。


 魔王はなおもいくつかの質問を所長にし、やがて研究所の中枢部にたどり着いた。


 そこにはドーム状の巨大な空間があった。壁面には様々な機器が光を放ち、張り付くように大勢の研究者が一心不乱に操作をしていた。ひっきりなしに人が行き交い、だれもが表情にはある種の緊迫感があった。もちろん魔王の来訪も一因なのであろう。しかしそれ以上にここでこれから行われる「実験」が、いかに重要なものであるかを示しているものと思われた。


 ドームの中心には巨大な「装置」が組み上げられていた。見た目をひと言で表現すると「複雑怪奇」とでも言おうか。びっしりとしものついたパイプは冷却用か。巨体を誇る魔将軍がすっぽりと入るほどの大きさのコイルがずらりと並ぶ。用途がさっぱり分からぬ回転体がグルグルと回り、剣山のように突き出た突起の先からは、何やら怪しげな青白いもやのような光が漂っていた。


 ミスート主任が装置の一端に歩み寄った。魔王と所長がそれに続く。魔王はドームの先端に届こうかという装置を見上げて思わず感嘆の声を漏らした。


「これが例の『装置』か」

「はい、魔王様。これがご命令により構築しておりました『召喚勇者発見装置』でございます」


 ミスート主任の軽やかな声が返ってくる。


 そう「召喚勇者」。それこそがいま魔王にとって最大の憂鬱のタネとなっているものの正体であった。


 いま、魔王率いる魔王国と人族の王国は戦争状態にある。現魔王が即位する少し前から始まったその戦い。実は現魔王が前魔王からその地位を奪ったのも、その戦いにおける方針の対立が発端となっていた。なので現魔王は即位からいままでずっと、もう10年も戦いの中にあったと言えよう。


 個々の力量でも物量でも、そのままぶつかれば人族に勝ち目はない。ではなぜ戦いが10年にも及んでいまだに決着が付かないのか。その理由が「勇者」の存在だ。人族の危機にまさに救世主のように現れる一種の変異種。彼らが魔族の侵攻を食い止め、跳ね返し、さらには攻勢に出ることさえも。人族の王国が魔族に蹂躙じゅうりんされることなく命脈を保っているかなりの部分は彼らの力にあると言えよう。


 だから魔族は全力で勇者をつぶしにかかった。膨大な物量に物を言わせてひとり、またひとりと倒していった。しかし残った勇者らは倒された勇者らの残した知識や情報を共有することで強くなり、ますます魔王軍をおびやかし続けた。


 しかし先日、ついに最後の勇者レオンが魔王によって倒された。もう人族の王国に勇者はいない。もはや魔王軍の侵攻を阻む者はだれもいない。


 だがただひとつ、魔王には気になることがあった。歴代の魔王に伝わる伝説がそれだ。数百年前に当時の魔王を少人数のパーティーで打ち倒したという勇者シンの伝説と、キーワード「召喚勇者」。


 伝説によると当時の人族もすべての勇者を倒された。では絶体絶命の危機に直面した人族はどうしたか? 彼らは最高位クラス魔道士の力を結集し、時空に穴を開け、あろうことか別の世界から魔王を倒すことのできる者を召喚した。それこそが人族最大最強の秘術「勇者召喚」であり、召喚された者は「召喚勇者」と呼ばれた。


 その力は凄まじいものであったという。召喚された勇者はたったひとり。召喚された時点で既に魔力は当時の魔王に匹敵するほど。体術や剣技などの特訓を積ませ、数名の仲間とともにパーティーを編成。彼らがあの強大な魔王軍を押し返すどころか蹴散らし、最後には魔王そのものまで倒してしまったというのだ。


 もちろんあくまで「伝説」だ。具体的な証拠が残っているわけではない。しかも例え伝説が事実であったとしても、現代の人族にかの秘術が伝承されているとは限らない。魔王国同様に、せいぜい単なる「伝説」として残っているのが関の山であろう。


 しかし伝説とは言え魔王は無視することはできなかった。自身が統治する魔王国、大勢の魔族の生活が彼の両肩にかかっている。例え0.1%でも魔王国に危機が及ぶ可能性があるのであれば排除せねばならぬ。


 ではどうするのか。


 対策はふたつ考えられた。まずはひとつめ。伝説によると召喚勇者は召喚後に体術や剣技などの特訓を受けている。これはいかに召喚勇者と言えども召喚直後はまだ魔王を倒すのに十分な力が備わっていないことを示している。なので召喚を感知したらすみやかに刺客しかくを送り込み、脅威となる前に排除する。


 しかしこの方法には重大な欠点があった。それは「魔王国内から召喚を感知することができない」ということ。召喚勇者の力が強大になれば気づけるがそれでは遅い。王城内にスパイを放ち探らせる方法もあるが、王城から知らせが魔王城に届くには最速の伝令を使っても2週間はかかる。刺客が王城に達したころには召喚勇者が十分に強くなっているだろう。スパイを事前に発見されてしまうリスクもある。よってこの方法は採れない。


 残るはふたつめの方法。先に書いたように召喚勇者が召喚されてから対応することは不可能。ならは召喚“前”に対応するしかない。人族が対象者を召喚するより先に魔族側が見つけ、対象者をこちらに召喚するのではなく、逆にこちらが対象者の世界に出向いてその命を奪う。


 「いくらなんでもそれは不可能だ」とだれもが考えた。しかし魔王だけはそうは考えなかった。魔王国に危機が及ぶ可能性は万難を排してでも排除せねばならぬ。どんなに不可能としか思えなくとも、わずかでも可能性があるのなら追究すべきだ。実行した結果が失敗に終わったとしても、その成果は次代以降の魔王に受け継がれ、いつの日にか花開くことがあるかもしれないではないか。


 いま、魔王の目の前にはその成果がそびえ立っていた。文字通り魔族の総力を挙げて取り組んだ成果が。そのために魔王軍の戦力が大きく低下し、多くの者たちが対勇者戦で命を落とすことになった。彼らの犠牲にむくいるためにも絶対に失敗するわけにはいかない。これは彼らへのとむらい合戦でもあった。


 魔王はミスートの方を振り向いた。彼女は魔王の目を見て確信を持ってうなずいた。


 ついに魔王が号令を発した。


「では、実験を開始せよ」


 ドーム内に響き渡るその声と同時に、所員の動きがよりいっそうあわただしくなった。重苦しい音とともに、魔族の命運を賭けた召喚勇者発見装置が起動を開始した。

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