【小編】魔王と召喚勇者

金屋かつひさ

プロローグ

0.遠い昔、どこかの時空、どこかの異世界にて

 今から数百年前のこと。

 そこは地球ではない。いや宇宙さえ異なるどこかの異世界で、人族と魔族が壮絶な戦いを繰り広げていたという。

 しかし長い戦いは終わりを迎えようとしていた。幾多の困難を乗り越えて、人族の勇者パーティーが魔王の玉座の間に到達したのだ。

 そして……


 ==========


 魔王はガックリと膝をついた。


「うおおお! おのれ! まさか……。まさかこのワシが……。ワシが人族の勇者ごときに討たれるとは……。あり得ん! これは夢だ! さもなくば何かの間違いだ!」


 咆吼ほうこうが地を揺らした。大気がゆがんだ。ゆがんだ大気が一瞬にして衝撃波と変わり、周りを取り囲む床、柱、天井から次々に破片の嵐を渦巻かせていた。長き年月に渡って絶対的な力の象徴でもあった魔王城、その中枢であり力の根源でもあった魔王の玉座の間。魔王率いる魔族と相対する人族にとって難攻不落な不可侵の間。そこが今や崩壊は時間の問題となっていた。


 魔王はともすれば崩れ落ちようとする体を片腕で懸命に支えていた。もう片方の腕は切り落とされて既にない。全身には無数に走る深い傷。突き刺さったままの矢。一方の目は失われ、脚はふたつともあるもののもはや巨体を支えることはできない。天井から落ちた大きな破片が彼の背を直撃した。普段なら人が蚊に刺されたほどにも感じぬはず。なのにグラリと大きくよろめくその姿は、魔王の命がもはや長くはないことを告げていた。


 ひとつだけとなった魔王の目。その目は先ほどからただ一点のみを凝視ぎょうししていた。ひとかたまりに集まる5つの影。ある者は大剣を構え、またある者はやりを振りかざす。弓を引き絞る者がいれば、つえを持ちローブを被った者もいる。

 そしてもうひとり。彼らの先頭に立ち、神々こうごうしい輝きの剣とともに激しく燃える目で魔王をにらみつけるひとりの若者が。


「『何かの間違い』と言ったな、魔王」


 若者が口を開く。


「貴様の敗因を教えてやろう。貴様は文字通り間違えたんだ。そう、貴様の敗因はこの俺を、これまで貴様ら魔族に挑んできた何人もの人族の勇者と同じものと間違えたことなんだ」


 力強い言葉。自信に満ちあふれ、揺るがぬ精神と、どんな困難にもひるまない強靭きょうじんな意志が感じられるその言葉。魔王は思わず悔しげに歯ぎしりした。


 無論彼ら5人とて無傷ではない。息は荒く、体からは多量の汗が流れ落ちている。それはすなわち彼らもまた気力、体力の限界を超えているということであり、その点に置いては魔王とさほど変わるところがないとも言えた。


 しかしふたつの間には決定的な差があった。魔王が闘志を体内から生み出そうと必死にもがいても乾いたタオルを絞るかのようなのに対し、彼ら5人は体内に無尽蔵に闘志が湧きあがってくることだ。


 いや、それは正確ではない。闘志が無尽蔵に湧き上がってくるのはまぎれもない事実。ただしそれは5人の中のたったひとりに由来していた。たったひとりから湧き出る無限ともいえる闘志に他の4人が共振していた。その共振のエネルギーが、もしひとりでいたなら決して生み出されることがなかったはずの闘志を、まさに無から有を生み出すがごとくそれぞれの体に湧き出させていた。


「うぬう……」


 魔王がうめいた。声にはもはや力はなかった。苦しげに息をし、辛うじてなんとか言葉を発しているような状態に見えた。


「ワシが間違えた……、だと? 勇者シンよ。貴様は……。貴様はワシがこれまで倒してきた勇者どもと同じではないと」

「そうだ」

「バカな。貴様はたしかに魔力に関してはすさまじいものがあった。魔族の王たるこのワシに匹敵するほどにな。しかしその他はどうだ。体術、剣の技、スタミナのどれを取ってもこれまでの勇者と変わりはない。いや、個別の力ならば貴様より優れた勇者はざらにいた」

「だろうな」


 どうと音を立てて魔王が崩れ落ちた。もはや腕にも巨体を支える力が残っていなかった。


「ぐぬう。教えろ! 貴様は何が違ったのだ。その人族に似合わぬ膨大な魔力はどうして手に入れたのだ。貴様はいったい何者なのだ!」


 口調はあくまで強い。しかし声はかすれ、所々聞き取りづらい。体中の傷口から流れる血も、明らかに勢いが弱まっているのがわかる。ひとつだけ残った目からも、輝きが急速に失われつつあった。


 勇者シンと呼ばれた若者は他の4人を振り返った。言っていいものか迷っているかのよう。しかし4人がうなずくのを見て、再び前を向いて魔王に向かい合った。


「いいだろう、教えてやる」


 シンは静かに言った。もはやそれまでの敵愾心てきがいしんをあらわにした口調ではなかった。死にゆく魔王を見てその必要はないと悟ったのかもしれない。


「魔王よ、俺がこの世界の人間ではないと聞いたら信じるか」

「なんだと」

「俺はこの世界の人間ではない。召喚されたんだ、別の世界から」


 魔王は言葉を返さない。


「『勇者召喚』と言うらしいな。知っての通り『勇者』というやつはこの世界の人族に危機が訪れたときに現れる変異種のようなもの。なぜ勇者が現れるのかはよく分かっていないらしいが、種の危機を前にして眠っていた遺伝子が目覚めたりするのかも。勇者という存在は人族を超えた勇気と力を備えるだけでなく、仲間の力をも高めることでこれまで数多くの魔王軍の侵攻から王国を救ってきた。しかし時には勇者でもかなわぬ圧倒的な魔王が現れることがある。魔王、おまえのように」


 淡々と語る勇者シン。魔王は弱々しくなった目でその姿をじっと見つめて話に聞き入っていた。


「そんな強大な魔王に過去何度も征服された人族が編み出した最大最強の秘術、それが『勇者召喚』。これは人族最高クラスの魔道士が何人も集まってしかできぬ大技。時空に穴を開け、こことは別の世界から魔王を倒すのにふさわしい人間をこの世界に召喚する。潜在能力はこの世界の勇者を超え、しかも召喚時の膨大な魔力の影響を受けるためか最初から魔王に匹敵する魔力を持って召喚される。そうやって召喚された勇者を人はこう呼ぶ、『召喚勇者』と」

「召喚勇者……」


 魔王の声はもうつぶやきとほとんど見分けが付かない。周りの構造物が音を立てて崩れていく中、彼の声が勇者らに届いたのかはわからない。


「そうだ、そして俺はその召喚勇者なんだ。魔王、おまえを倒すためにこの世界に召喚されたんだ。元の世界に帰れるかどうかは分からない。魔王を倒すことだけがこの世界に存在できる唯一の理由。それが俺なんだ。そんな俺をおまえはこれまでの他の勇者と同じと見くびった。いや、俺の力を間違えただけじゃない。人族の力、『勇者召喚』という秘術を編み出せる人族の知恵を見誤ったことこそが、おまえの敗因だ!」


 若者、いや「召喚勇者」は一気にこれを言い切った。魔王はもう彼の方を見てはいなかった。下を向き、表情は苦痛にゆがんでいるかのように見えた。

 しかし事実は違っていた。


「フッ。ハッ……、ハッ、ハハハハハ!」


 突然、魔王の笑い声が崩壊する魔王の間に響き渡った。


「聞いたぞ! 『召喚勇者』か。たしかにワシは間違えたようだ。だが貴様らにも間違えていることがある。それがわかるか!」

「なにっ!」


 それまで弱々しかった魔王の口調に変化が。瞬時に戦闘隊形を組む召喚勇者とその仲間たち。


「貴様らはワシを倒したと思っておる。たしかにワシは貴様らに討たれた。それは認めよう。しかし貴様らはワシの命を奪うことはできん!」


 魔王の「口調」は力強い。しかし口調に反して声の「強さ」はそれほどでもない。苦しそうな息、かすれる声。ゆらゆらと立ち上がる魔王。今まさに魔王は最後の力を振り絞ろうとしていた。


「魔王たる者、命の尽きる時は自分で決めるわ!」


 魔王はそう叫ぶと特大のファイアーボールを頭上に発生させた。


「マズいぞ!」


 召喚勇者らが叫ぶのと同時に巨大なファイアーボールが魔王自身の体を飲み込んだ。魔王はファイアーボールを自らに打ち込んだのだ。


「ワシの遺志を継ぐ者よ! 『召喚勇者』、この言葉を記録し、この言葉を記憶せよ! そしていつの日にかこの言葉を打ち超えるのだ! 頼んだぞ!」


 炎の中から魔王最後の絶叫が響き渡った。炎が消え去ったとき、そこには一片の痕も残ってはいなかったという。


 ==========


 魔王を討ち果たした勇者シンの物語はいつしか伝説となった。

 人族も魔族も世代を重ね、平和な時も、またそうでない時もあった。

 あれから数百年後、異世界は再び人族と魔族の戦乱の中にあった。

 魔王を倒すべく幾人もの勇者が旅立ったが、強大な魔王軍の前に次々とその命を散らした。

 だが今、人族最後の勇者とそのパーティーが魔王城を目前にしていた。しかし彼らの前に最強の魔王が立ちはだかった。

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