ゲットバック ザ アナーキーズ

笹熊美月

第1話 スカウト

プロローグ


「えー、皆さん。わざわざお越し頂き、真にありがとうございます。本日は〈ゲットバッグ ザ アナーキーズ〉が再結集した記念すべき日ということで、僭越ながら元プロデューサーである私、末永未来(すえながみらい)がご挨拶をさせていただきます」


 一礼すると、会場にいる観客から拍手を送られた。暗くて一人一人は見えないが、頭越しに今まで苦労した実感が押し寄せてくる。


「過去に〈ゲットバッグ ザ アナーキーズ〉は解散を迫られ、我々は日陰者としての道を歩んできました。しかしながら、それも今日までの布石と思えば努力が報われるというものです。ここに至る過程はともかく、結果は観客の皆さんが判断することですが、ただ一つだけ言っておきたいことがあります」


 一息置いてから、会場を見回す。彼らは一体、どのような面持ちでここに来たのだろうか? そして俺たちは一体、何を彼らに残せるのだろうか? それが全ての火種となり、激しく燃え盛ることを願う。


「我々は生まれ変わったわけじゃありません。夢も、信念も、情熱も、何もかも昔と変わっていないことを、ここに宣言します。そんな我々が巻き起こす群小劇を、どうかごゆるりとお楽しみくださいませ」


 暗転したステージに、開幕を知らせるブザーが鳴り響いた。



第一章


『宇喜田興業』


 そう、でかでかと書かれた額縁の下に、一人の男が革張りの黒い椅子に座っていた。頬に刀傷がある人相の悪いこの男は、芸能プロダクション宇喜田興業の社長である。


「……君を呼んだ理由は分かるか?」


 社長と対面した俺は、生唾をゴクリと呑み込む。


「……誰を始末すればいいんで?」

「ふっ、目障りな敵対勢力の……って、誰がマフィアのボスよ!」


 流石は芸能事務所のボス。顔は怖いが、ノリツッコミのキレが半端ない。一代で企業を起こし、成功しただけのことはある。……オカマだけど。


「ダディも喋ってよ!」

「ビッグダディでもないわよ! 真面目に聞いてくれる⁉」


 社長は気の優しい面白い人物なのだが、顔の掘りの深さが刀傷を一層際立たせ、見るもの全てに威圧感を与えてしまうのだ。怒らせたら絶対に命を取られる。そしてオカマ。


「で、何の用ですか社長?」

「君を呼び出したのはね、アイドルプロデュースの仕事を任せるためよ」

「〈夏いぜガールズ〉の音楽プロデュースじゃ駄目なんすか?」


 ここに出てきた〈夏いぜガールズ〉というのは、この事務所に所属するアイドルのユニット名である。社運を懸けた初アイドルプロジェクトを、社長自らプロデュースしたのだ。俺はその音楽で作詞作曲を何回か担当した。


「それもいいんだけどね……。でも、君の曲は売れなかったでしょ?」

「まぁ、それはそうですけど」


 社会風刺を取り入れたのが悪かったのだろうか? 俺の曲は顧客のニーズを得られず、悉く売れなかった。それでも結果的に人気アイドルへと上り詰めたあたり、社長の手腕を認めざるを得ない。


「だから今度は新人のアイドルプロデュースを、ぜひとも君の手腕でやって欲しいの。本当は一度でも失敗すると信用がなくなる業界だけど、私と君の仲だからね。特別に、もう一度チャンスをあげる」


 話の流れ的にクビかと思い冷や冷やした。しかし、安心するにはまだ早い。どんなじゃじゃ馬を当てつけられるか分からん。


「ありがとうございます。それで、その新人アイドルというのはどこに?」

「末永君がスカウトするのよ」

「俺がですか?」

「ウチもアイドルの〈夏いぜガールズ〉が軌道に乗ったとはいえ、まだまだそっちの方は疎いのよね。〈夏いぜガールズ〉を後押ししたいってのもあるし、いっそのこと新しいアイドルのプロデュースを末永君に任せたいの。頼まれてくれる?」

「……断る理由はありません」


 正確に言えば、断ることができない。俺は社長に拾われた身であるからして、断れば仕事が無くなってしまう。


「じゃ、期待しているわよ」


 ……笑った顔の方が怖かった。


 ×   ×


 突然だが、自分の人生を振り返ろうと思う。

 俺の名前は末永未来。現在での年齢は二五才であり、職業は若くして音楽プロデュースをやらせてもらっている。


 子供の頃の夢はバンドマン。尊敬するミュージシャンに憧れ、中学、高校、大学と、バンドを組んではライブハウスを転々としていた。


 しかし誰にも注目されることなく、そのまま大学卒業を目前に控える。俺はプロになるつもりだったが、バンドメンバーは誰もついて来てくれずに解散。就職活動さえしていなかった俺は、学費を出してくれた親に申し訳なくて相談できず、当ても無く途方に暮れる。


 悪あがきした会社の面接にも玉砕し、不貞腐れて落ち込んでいたところ、まだ有名ではなかった〈夏いぜガールズ〉の路上ライブに通りがかったのだ。


 二人組の彼女たちは幼さを残しながらも、可愛い衣装を着て歌とダンスを披露していた。観客が少なかろうが、ひた向きに楽しませようとする彼女たちに人数は関係なかった。思わず足を止め、彼女たちの歌声に耳を傾ける。


 だが、それを邪魔する者が現れる。カメラ小僧のオッサンが地面に這い蹲り、パンチラの写真を撮り始めたのだ。それが気になってライブに集中できないでいたアイドルを思いやり、俺は止めさせようとカメラの前に立った。


「ちょっと君、何してんの? 写真が撮れないでしょ?」


 カメラから離した顔は予想以上に強面だったが、俺は臆することなく、騒ぎを起こさないよう、できるだけ穏便に対処した。


「すいまっせーん」

「いや、すいまっせーん、じゃなくて……。ああ、もういいわよ。場所変えるから」


 反対側へ移動しようとするので真後ろをついて行き、構えていたカメラに俺の百万ドルスマイルを撮らせてやる。


「ちょ、だから邪魔よ!」


 筋骨隆々の見かけによらず、口調が女々しい。気にせず俺はミッションを再開した。


「すいまっせーん」

「いい加減に……」


 顔に凄味が出る。もう恐喝でもなんでもしやがれ。どうせ俺には何も無いんだ。そう覚悟を決めていると、外部から別の誰かが口を挟んできた。


「はい、ストーップ!」

「「なんだよっ⁉」」

「あの、これ許可とか貰ってますか?」

「「…………」」


 現れたのは警官だった。俺とオッサンが硬直して関係者じゃないと思ったのか、警官はアイドルの方へ歩み寄ろうとする。


「エレクトロニックフラッシュ!」

「ぐわっ! 目、目がぁ~~ッ!」


 オッサンが警官の至近距離でカメラのフラッシュをたき、一時的に目を眩ませた。


「俺に構わず先に行け!」


 ダンディズム溢れる逞しい声で、オッサンは殿を務めてくれる。


「ナイスだオッサン! ほら、撤収するぞ!」


 幸いにも荷物はラジカセと販売用のCDくらいなもので、俺はCDを詰め込んだトランクを運ぶ。こんな時に、バンドで路上演奏していた経験が役に立つとは……。


「こっちです!」


 慣れているのか、アイドルたちの手際も良かった。裏に控えていた車に駆け、俺はトランクごと身を乗り込ませる。


「早く行ってちょうだい!」


 スッタフらしい運転手にオッサンが指示を飛ばす。どうやって振り切ったのかは謎だが、警官が追ってくる様子もない。これで一件落着かと思いきや……。


「なんでオッサンまで乗ってるんだよッ⁉」


 俺の隣には、アイドルのパンチラを激写していた怖いオッサンがいたのである。


「それはこっちの台詞よ! 君は私に何か恨みでもあるの⁉」

「オッサンが年甲斐も無く、アイドルのパンチラを撮ろうとしてたからだろうが!」

「ご、誤解よ! 私はただ、PR用にアイドルたちを撮影していただけであって……」


 その時、後ろにいたアイドルの一人がオッサンに毒舌を放つ。


「社長のスケベ」

「黙らっしゃい! より良いアングルで撮ろうという、私の親心が分からないの⁉」

「っていうか、社長がそんなことするわけないですよ! オカマだし!」


 もう一人のアイドルが、後ろのシートから顔を乗り出し抗議する。アイドルを近くで見ると、二人とも可愛らしい顔立ちだ。


「真珠ちゃん。フォローはありがたいけど、一言余計よ?」


 その後もわいのわいのと、荷物で狭っ苦しい車内で三人は騒ぎ続けていた。オッサンがオカマなのはこの際どうでもいいとして、それよりも聞き捨てならない言葉があった。


「おい、あんた……社長って……?」

「ごほん。私は彼女のプロデューサーであり、事務所の社長よ。それで君は?」

「……ただのしがないフリーターです」


 その後、なんやかんやで意気投合した俺を社長が気に入り、宇喜田興業への就職が決まったのだった。

 あれから一年が経つというのに、俺は社長の恩に報いることができないでいた。


 ×   ×


 とりあえずスカウトなら原宿だろうと思いやって来たが、なかなか俺の眼鏡に適うビジュアルを持つ女性は現れない。


 本人たちは雑誌を読んで、流行りの服装で決めているつもりなのだろう。しかし、それが没個性を生む原因となっており、似たようなファッションの女性が大量生産されていた。


 たまに個性的な服装の女性もいるにはいるが、メンヘラっぽい格好の者ばかりだ。第三者から見られていることを意識しないのであれば、それはオシャレと言い難い。常に流行を発信し続けるアイドルには不向きだろう。


 下北へ場所を移すか、諦めて田舎に帰ろうか悩んでいると、後ろから声をかけられた。


「ねぇ、あんたってスカウトマン?」


 話しかけてきたのは、亜麻色の髪に深緑色のヘアバンドをした少女、もとい礼儀のなっていないクソガキだった。口ピアスなんぞをして、いかにも悪っぽさを主張している。


「誰だお前は?」

「あたしは歌山叶(かやまかなえ)。ねぇ、あんたはスカウトの人なの?」

「どうしてそう思う?」

「だって、さっきからずっとここにいるんだもん。スカウトされるのを待っているわけでもなく、ただ通行人を眺めている。違う?」


 なかなかの洞察力だと褒めておこう。しかし、俺はそれが気に入らなかった。なんとかして、この少女の鼻っ柱をへし折りたいがために嘘を吐く。


「違うね。俺はスナップされるのを待っているんだ」

「スーツ姿で?」


 迂闊だった……。だが、俺は諦めの悪い男。動揺を隠し、嘘を貫き通す。


「ああ、そうだ。新社会人のためのスナップ写真だよ」

「嘘だね。シーズンはもう過ぎてるよ。白状したら?」


 今の時期はピクニック日和の五月。新社会人となる準備はもう既に済んでおり、俺のビジネススーツは需要が無かった。もう開き直るしかない。


「……そうだよ。確かに俺はアイドルを探している。だから何だってんだ。お前には関係ない。ほら、仕事の邪魔だぞ。あっちに行け」

「ふっふーん。そんなことを言っていいのかな? あたしがアイドルになってあげてもいいんだよ?」

「ああん? 何言ってんだチンチクリン。ガキは家に帰ってママのミルクでも飲んでろ」

「ちょっとぉ! 少しは考えてくれたっていいじゃんかぁ! あたしはこう見えて、高校生になったばかりなんだよ!」


 十分ガキだ。どこからそんな自信が来るのかは分からんが、まぁルックスは悪くない。もしかしたらハーフかもしれないと思わせる、くっきりした目鼻立ちだった。服装も流行を取り入れつつ、お洒落に気を使いながら個性を出そうとしている。


 シングルレザーの黒いジャケットに、インナーはセックス・ピストルズの黄色いバンドTシャツ。ショーツも黒レザーの素材でハード系の統一感を出しているかと思いきや、細かい色鮮やかな星が散りばめられた黒地のレギンスを着用し、女の子らしいポップさを融合させている。それが歪とならぬよう、足元をスポーティな黄色いスニーカーにして、全体の印象を軽くさせていた。


 そして何よりも好印象なのが、ラムレザージャケットの袖を捲るという、その斬新で自由な発想のラフさだ。いかつい耳ピアスに口ピアス、その他にも首や腕に付けたシルバーアクセサリーでさえも、この少女の前では人懐っこい雰囲気が滲み出ている。


 パーソナルスペースを感じさせないのはアイドル向きではあるが、俺はパンクロッカーを求めているわけではない。ここはお引き取り願おう。


「へー。じゃ、AVに出てもらおうかな」

「あたしの体が目当てだったのね⁉」


 格好を凝視していたとはいえ、思わず自惚れんなよクソガキと叫びたい衝動を抑える。そして相手が生理的に引いてしまうような言葉を選んだ。


「そうそう、ロリコン好きの変態に売り渡してやるよ」

「お巡りさん、あそこです!」


 いつの間にか歌山の姿はいなくなり、代わりに警官を引き連れていた。


「何やってんだ馬鹿! すみません、こちらの手違いです!」


 歌山の頭を殴りつけ、現れた警官に平謝りする。仲が良い兄妹か何かと勘違いしたのか、運良く警官は見逃してくれた。


「お前なぁ、シャレにならんぞ……」

「うう……えぐっ…………」


 どうやら、頭を叩かれた経験が無いほどの温室育ちらしい。だが、その涙は俺の神経を逆撫でするだけである。


「泣いてんじゃねぇよ! 泣けば済むと思ってんのか⁉ 甘ぇんだよ!」

「どうかしましたか?」


 先程の警官が来た。咄嗟に手の平を返す。


「ごめんな、パンケーキ食べられなくて。今日は別のスイーツでいい? また今度来ようね? あ、なんでもないです」


 兄妹を装い、なんとか自然に振る舞う。それでも警官にじっと見られているため、早くこの場所から立ち去りたい。


「おい、泣き止めって。名刺渡すから、オーディションに来い。それでいいだろ?」

「……スイパラ行きたい」

「いくらなんでも見ず知らずの男に甘えすぎだろ。……ああ、分かったって。飯を食いがてら面接してやる」


 ……というわけで、俺たちはスイーツパラダイスと言う、バイキング形式の店に来た。閉店の一時間前なので、並ぶことなく席を案内される。時間的に客が少ないせいか意外と静かで、落ち着いて面接しやすそうだ。


「新アイドルのプロデュースを任された、末永未来と申します。まずはあなたのお名前と自己紹介。そして志望動機をお願いします」

「………………モグモグ」


 ビジネスモードになった俺の話を無視し、こいつはムシャムシャとケーキを食うことに夢中だった。


「食うことに集中してんじゃねぇ! 遊びじゃねーんだぞ馬鹿!」

「もがもごむがむご……ゴクリんこ。時間がもったいないよ!」

「主に俺のな! 社会人をナメるな!」

「仕方ないなぁ。あたしの名前はさっきも言ったように、歌山叶。一五歳で、趣味は音楽鑑賞。志望動機は、アイドルになって楽に大金を稼ぎたいから」


 何とも見事に酷い志望動機である。しかも彼女はそれだけ言うと、またケーキやらパスタやらを取りに、席を立って行ってしまった。


 ……完全に社会をナメているとしか思えない。俺が偉そうに言えた事じゃないが、今の若い世代はセカイ系のメディア作品が人気なだけあって、現実の社会性が欠落している。


 なんでも自分の思い通りになると考えているのだろう。やはり彼女はアイドル向きじゃない。夢だけを見て現実の厳しさを知らないようでは、芸能界で生き抜けはしないのだ。これは彼女のためである。戻ってきたら、そう告げよう。


「せっかく来たのに、食べないの?」

「甘いものだけを一気に食えるかよ。パスタとコーヒーで十分だ」


 もう会わないとはいえ、俺の口調がビジネスモードから解除されていることに気が付いた。やはり、彼女が他人のパーソナルスペースに入ってくる違和感の無さは異常だ。口いっぱいに食べ物を詰め込むような汚い食べ方でも、子どもらしい愛嬌があり不快ではない。


 アイドルを諦めろと告げるはずだったのに、いつしか俺は彼女の食事を見守るように眺めていた。


「うう……もう食べられない…………」

「食い過ぎだ。まだこんなに残ってるぞ」


 目の前には様々な種類のケーキが、まるで塔のように積まれてあった。見ているだけで胸焼けしていると、ウエイトレスがこちらのテーブルへ近づいてくる。


「あの、お客様。そろそろ閉店なのですが、残すと罰金です」

「……マジですか?」

「マジです」


 そう言い残すと、彼女はニッコリ笑ってから立ち去って行った。こうしている場合ではない。早く食べ終わらなければ。


「おい、さっさと食え!」

「無理……吐きそう………」


 いつもなら自業自得だと言えるのだが、それがどうして俺にまで被害が及ぶんだ? 納得いかない。


「無理じゃねぇ! 諦めたらそこで試合終了だぞ!」


 言葉空しく、彼女はガクリと物言わぬ死に体となってしまった。やるしかないのか……? 俺が食べなければならないのか……?


「うおおおおおおおお、食ったらああああああぁぁ――――――っ!」


 顔面を皿へ叩きつけるように、俺はケーキを貪り食った……。もはやケーキの種類で味の差を区別できず、口の中にあるものは脳が全て甘いとだけ認識している。

そして味覚が死ぬまで食べ続け、ついには意識を失った。気持ち悪い……。

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