平行世界(パラレルワールド)の∞(アンリミテッド)

@yuto0528

第1話 起・人生の狂い目

 異能を駆使する者は世界を制す。

 老若男女誰もが知っている常識にして世界の歪みよう、捻じれるようのない絶対的ルール。

 それは極東の地——日本でも変わりない。

 どこからかふと現れるただ破壊だけを繰り返す未確認有害生命体『ジオル』により人々は日々の暮らしに支障をきたしていた。

 その事を重くみた当時の政府はジオルに対抗する異能集団『対ジオル隊(仮)』を結成した。



「って、こんな感じでいいすか?」

「良し、波佐間、座っていいぞ」

「うっす」

 大広間と言える教室にチョークのリズミカルな音が響く。

 中年男性がその一角に佇み背後の黒板に現代に至るまでの歴史を長々と書いていた。そしてその周りをまだ新しい学生服を着た生徒たちが囲むように座っている。

 眠い目を擦った波佐間乃人は隣の幼馴染に渡されたメモを感謝しながら読み終えると、

「サンキューな」

 幼馴染の少女は無言で笑顔を返すと教師が黒板に書いた文章を再びノートに写し始める。

 小学校、中学校となんの変わりのない日常の光景。高校に入って早一週間、特にコレと言って変わった事は何もない。

 乃人はそんな教室を眠気眼で一望すると、一つの大きなあくびをかみ殺す。

 そして再び深い眠りへとついていった。


 1


「もぉ~、乃ちゃん。いくら入学初めての異能テストが学年最下位クラスだったからって、いつまでも不貞腐れていないの。あれじゃあ、乃ちゃんの異能は使えなかったんだから仕様がないでしょ」

「それはそうだけどよぉ~。流石に堪えるぜぇ~、学年最下位クラスって称号はよぉ~……はぁ~。一体誰だよ、最弱=最強なんて概念を造り出しやがった超売れっ子ラノベ作家はっ!」

 放課後。

 大半の生徒が帰宅した中、未だに教室に残り続ける二人組の姿があった。

 一人は黒い髪をした少年。横に広がる長方形型の机に両腕を枕にして突っ伏している。前髪が少し逆立っており、目つきが悪……鋭い。それ以外は特にこれと言った特徴がないため、説明の仕様がない。

 もう一人は透き通る程の綺麗なサラサラとした茶髪をストレートロングに伸ばし、その少年の隣に佇む少女。胸が同い年の平均よりも二回くらい大きく、少し幼さを残した顔には庇護欲を掻き立てられる。しっかりした性格なのだが、外見のせいでどこか放っておけない衝動に駆られる。

 美鈴雅。

 乃人と産まれた時からずっと一緒にいる幼馴染。


 キーンーコーンーカーンーコーン……。

 現時刻を持ちまして完全下校時刻になりました。

 校内に残っている生徒は速やかに下校を開始して下さい。

 繰り返します……。


 学園全体に帰宅を急かす女子生徒の声が響いた。

「あぁ~! もうこんな時間⁉ 乃ちゃん、早く帰って夜ご飯の準備しよ。このままじゃ今夜はカップ麺になっちゃうよ⁉」

 表情豊かに慌てる雅だが乃人は、

「俺、カップ麺好きなだけど……」

 もう少しこのままでいたいためにちょっとした抵抗をする。

「もぉ~、乃ちゃん‼」

「うん?」

 雅がムスっとした顔を近づけ、乃人が腕に埋もれた顔を上げた。

 鼻と鼻がぶつかりそうな距離、互いの吐く息が混じり合い、乃人の顔が夕陽とは関係なく朱色に染まる。

「幼馴染(愛妻)の栄養&愛情&美味しさ満点手の料理とカップ麺、どっちを食べたいの⁉」

「……手料理が食べたいです」

 少し照れた乃人は目を逸らしながら小さく呟いた。

 乃人の反応と、その言葉を聞いた雅はパァッと笑顔を輝かせる。

「じゃあ、早く帰ろ! 今日は美味しいものをいっぱい作ってあげるからね! 幼馴染はかませ犬キャラにならないように沢山フラグを立てておかないとね!」

 そう言うやいなや雅は乃人の片腕に自分の腕を絡ませ、勢い良く教室から駆け出していった。

「お、おいっ! 転ぶ転ぶ!」

「ははっ! いいから早く早く!」

「わ、分かったから! そんなに腕を絡ませながら走るな! 転ぶっての!」

「アハハハハハハハハHAハハハハハハハハハハハHAハハハHAハハハハハハハハハハHAハHAHAHAハハハハハハハハハハハハハハハハハHAHAHAHAHAHAHAハハハハハハハハハHAHAHAハハ‼‼‼‼‼‼‼」

 乃人の言葉が届いているのかいないのか分からない雅。放課後の学校に狂気じみた少女の笑い声が響き渡る。

 こうして波佐間乃人の変わらない学園生活は今日も無事に終了するはずだった。

 

 2


日本のとある学園。

 学費免除、寮の家賃(水道光熱費含め)免除、学食費免除。この学校の生徒である証の生徒手帳を持ちあるけば、学校外の商品も三割引で購入出来る。

 そんな夢のような学園『国立対ジオル学園・関東支部』

 世界各国に出現する未確認有害生命体『ジオル』を駆除するためにエリート異能力者を育成する目的で、政府が公に建設した学園の一つだ。

 様々なお得感満載のように思えるがこの学校に入学するととある義務が発生する。それはこの学校に入学した者のみに与えられる携帯端末機『ヴィホォン』により下される国からの命令を必ず実行する事だ。

 内容は勿論ジオル討伐。

 現代はジオルの確認を一早く察知するため、ありとあらゆる公共の場所に監視カメラが設置されており、二四時間体制のもと、国からの討伐命令が下る。始めはプライバシーの侵害に繋がるがと噂されていたが、これのおかげで犯罪率が一気に激減した事が大きく関係し、現在では一般的になっていた。

異能力者にも強い者もいれば弱い者も存在する。

 国は学校から定期的に渡される個人データ、発信機になっているヴィホォンなどで現在位置を補足し、適材適所の異能力者に命令を下すようなシステムになっている。

 もし命令違反が発覚した場合は永久国外追放。そしてこの学校で進級出来なかった者は即退学。他の一般高校に一年ダブった状態で入らなくてはならなくなる。そのため、数多くの免除があるが、死と隣り合わせという事もあり、中々気軽に入学する者はまずいない。

 ではどのような者が入学するのか。それは『ジオルに恨みを持つ者』『戦いを好む者』『貧乏な者』『名誉を求める者』そして『愛する者を守る力を欲する者』などなどだ。

 昇降口を出ると左右に分かれた道がある。右には学校の敷地内に存在する寮。左は自宅から通っている生徒の登下校路だ。

「ねぇ、乃ちゃん、今日は何食べたい? ハンバーグ? ポテトサラダ? カレーライス?  揚げ物? 炒飯? オムライス? お好み焼き? なんでもいいよ!」

「う~ん、そうだなぁ……」

「え? 私を食べたい? いや~だ~、乃ちゃんのエッチ♪ 確かに私は乃ちゃんのことが大大大大偉大大DADA大大大代大大大大大好きだけどまだダ~メ♪ 結婚した日の初夜の方がロマンチックでしょ? ま、まぁ、乃ゃんがどうしてもやりたいって言うならここでもいいけど……キャ♪」

「……………」

 雅は赤くなった顔を右手に持っている鞄で隠すと乃人の手を握っている左手に少し力を込めた。あの転びそうな体勢を止めるように説得するのに苦労した乃人はスタミナ切れで雅の気持ちは素直に嬉しいと思いながらもそのテンションにはついていけていない。

 結果、左の道に設置されている監視カメラには、前髪が逆立った少年と、その手を照れながらも握る可愛げな少女の姿が映された。



「「ただいま~」」

 誰もいない波佐間家に買い物袋を持った二人の声が響く。二人は買い物袋を持ちながら、キッチンへと移動した。

「じゃあ、乃ちゃんは横になってテレビでも見ていて。すぐに晩ご飯作っちゃうから」

「おう、サンキューな」

 乃人が礼を言うと雅はクスっと笑みをこぼした。

「なにを今更言っているの? これは未来の大大大大大DAI大大大大だい大大DAI大代大DAI大大大大大好きな旦那様のための花嫁修業でもあるんだよ。ふふっ、結婚までには私以外では満足のいかない乃ちゃん専用の中毒性たっぷりの料理を作れるようになるから楽しみにしていてね♪」

「とびっきりの笑顔と気持ちは嬉しいけど表現が怖ぇよ!」

「まあまあいいからいいから、早く乃ちゃんは休んでて♪」

 乃人は雅に押される形で半ば強引に隣のリビングまで移動させられた。

「はあ~」

 薬物が使われていないか少し心配だ(ガチで)。

 考えても仕方がなく、乃人はソファに横になるとテレビをつけた。

 テレビでは丁度明日の天気予報が公開されており、乃人はぼぉっとその画面を眺めていた。



「乃ちゃん……乃ちゃん……起きて、乃ちゃん」

「う、うん…………」

 乃人が目を開けると目の前にはエプロン姿の雅が立っていた。

うん、やっぱり何那由多回見ても雅は可愛いな。いや、エプロンがなくても死ぬ程可愛いけど。

 眠気眼でそんな事を思いながら乃人は壁にかけられている時計を見る……一時間以上過ぎている。

 どうやら知らない内に寝ていたようだ。

 意識がはっきりしてくると、キッチンから出来立ての料理の美味しそうな匂いが漂っているのに気づく。

「ごめん、寝ていた」

「ふふっ、いいよいいよ。私は乃ちゃんの寝顔も大好きだよ。ホルマリン漬けにして永久保存したいくらいだよ♪」

……目がマジだ……。

 満面の笑みは魅力的なのだが、それと同時に背筋にいつまでも慣れない悪寒が走る。

「せ、せめて写真だけにしてくれ……な?」

 苦笑いをしながら引きつった笑みを見せる。

「え~、前もそう言われたから写真を撮り続けたら、もうアルバム三〇〇冊超えちゃってそろそろしまう所に困っちゃうんだよね~」

 雅は少し不満そうに頬を膨らませる。

「はあ⁉ 俺の寝顔だけでアルバム三〇〇冊⁉ 嘘だろ⁉ この家のどこにそんな収納スペースがあるんだ⁉」

 乃人が信じられない情報に疑問の声を上げると、雅は頬を膨らませながら可愛らしくプンスカと怒り始めた。

「私が乃ちゃんに嘘をつく訳ないじゃない‼ じゃあ、いいよ‼ 今証拠のアルバム三〇〇冊を持ってくるから‼ 嘘だったら私は一生乃ちゃんとは会わないから‼ 嘘じゃなかったら乃ちゃんは一生ベッドの上から動いちゃ駄目だからね‼ 縛り付けるから‼ トイレもベッドの上だから‼」

「なんだよ、そのハイリスク・ノーリターンは⁉」

 エプロンを投げ捨てた雅は二階にある自室に向かおうとする。が、

「ちょっと待った‼」

 その背中を乃人が呼び止めた。

 雅が自分に嘘をつく事は火山が噴火しても、海が割れても、天地がひっくり返っても、銀河が消滅しても、決してありえない。つまり雅は本当に自分の寝顔写真だけでアルバムが三〇〇冊貯まったのだろう。もし証拠を持って来られたら自分は本当に一生ベッドの上だけでも生活にされてしまう。

 その事に気づいた乃人のとる行動は一つ。

 乃人は雅を背後から抱きしめた。

「⁉」

「雅、誤解だ、俺が雅を疑うはずないだろう? 本音は嬉しくて嬉しくて心の中がパラダイスだよ。雅の新しい一面、しかもこんなに愛されている一面が見えたんだから。まぁ、さっきのは反射的に出ちまっただけで、その……ごめん……」 

 次に出す言葉が見つからず、口ごもる。

 雅はヤルと言ったらヤル女だ。どうにか気を直してもらうしかない。

 しかし、乃人からは雅の顔が見えず、様子が窺えない。それが乃人をより不安にさせた。

 …………。

 …………。

 …………。

「ふふっ」

 不意に雅が小さな笑いを見せる。

「雅?」

「つまり乃ちゃんは私の事を愛しているんだよね?」

「雅?」

「愛しているんだよね?」

「そりゃ、勿論愛しているけど……」

 今更どうした? と首を傾げる。

 それに雅はへへっ(・・・)と笑みをこぼした。

「そう、私は乃ちゃんを愛している。そして乃ちゃんも私の事を一番愛している両想い、相思相愛。愛して哀史て愛して愛して愛して亜依氏て愛して愛してaisite愛して愛して愛して愛してあいして愛して愛して愛して藍氏て愛して愛して愛してAISITE愛して愛して愛して愛して愛しても足りない愛情とこの胸の高鳴りいい意いいい威いいいいいいィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ♪」

 雅はグルンと首だけを向ける。

「ッ⁉」

 その顔に乃人は息を飲む。

 いつもの可愛らしい笑顔とは裏腹に二ヘラ~と口を三日月に歪ませた顔。純粋に澄んだ黒の瞳は瞳孔が限界まで開き、それは数秒見ていただけで底の見えない暗闇へと吸い込まれてしまいそうな感覚さえ覚える。既に雅の目は焦点が合っていなかった。

 そしてその口が小さく開く。

「乃ちゃん」

「ん? ……うわ⁉」

 雅は名を呼ぶと同時に乃人をソファに押し倒した。

「み、雅⁉」

「へへっ、乃ちゃん、もう私耐えられないよ。早く乃ちゃんと結婚したいよ、早く乃ちゃんと結婚したい結婚したいよ。結婚結婚毛ッコン結けっこん婚結ケッコン結婚結kekkonn婚結婚血痕結婚結婚‼‼」

 顔が乱れる髪で隠れる。見えるのは同じ言葉を繰り返し叫ぶ壊れた機械のような口だけ。

「だから……子供……既成事実……作っちゃおうか♪」

「⁉」

 その言葉と同時に雅のふっくらとした柔らかく温かな唇が乃人の唇と触れ合う。雅は一通り乃人の唇をなめ回すと、次に舌を口内に入れてきた。

 しかし、乃人は一切抵抗しようとはせず、雅の愛をそのまま受け入れる。


 チュパ チュパ チュパ……。

 

 乃人と雅の互いの舌が絡み合ういやらしい音がリビングに響く。

 乃人の口内には雅の吐息と温かな唾液が延々と流れ込む。

 雅は呼吸を整えるため、一度唇を離すと、自分の制服のポケットの中をまさぐり始めた。そしてポケットから錠剤を取り出す。

「雅……」

 乃人がキスを求めるように離れた雅の顔に手を添える。そして雅は添えられた乃人の手に自分の手を添える。

「へへっ、ごめんね♪ これは排卵促進剤♪」

 雅は手に持った錠剤をゴクリと飲み込んだ。

「へへっ、じゃあ作っちゃおうか、私たちの愛の結晶♪」

 雅は再び乃人にキスをすると、そのままズボンに手をかけた。

 その瞬間、

 

 ドゴーンッッッッッ‼‼‼‼‼‼

 

 と鼓膜を破るような突如の爆発音と爆風が二人を襲った。

 乃人は雅が飛ばされないように咄嗟に抱きしめる。

「きゃっ⁉」

「雅‼」

 襲いかかる爆風と、爆風に巻き込まれて飛ばされる物々から雅を守るために乃人は反射的に身体の上下を変える。そして案の定、

「ッッ‼」

「乃ちゃん‼」

 乃人の背中に鈍痛が走る。痛みは一つや二つではない。襲いかかる数々の痛みに苦痛の表情をし、気持ち悪い脂汗が額から流れ落ちる。

 爆風は一瞬のものだったらしく、すぐに収まった。が、

「全く、埃っぽいなんて最悪の民家ね」

「「⁉」」

 自分たち以外の新たな第三の声に二人は同時に振り向く。

 そこには一人の少女が立っていた。金色に輝くまばゆいアンニュイロング、碧い瞳はまるで古の海のように綺麗に澄んでいる。少し大人びた顔は西洋人を思わせ、一言で言うと美しい。乃人と雅が入学した『国立対ジルム学園・関東支部』の制服を着ていた。おそらくは二人と同じ高校生。胸がまな板な事を覗けば完璧な見た目だった。しかし、油断してはいけない。この少女は爆発と同時に現れた。爆発の関係者である可能性が高い。いや、もしかしてこの少女が、

「爆破使い(ボム・マスター)か?」

 一つに爆発と言っても多様な種類が存在し、『使い』と言うのはその総称だ。今回、彼女は爆破を起こした。なら能力も『爆破系統』と乃人は考えたのだが、

「残念、風使い(エア・マスター)よ」

 彼女は長い髪を大きくなびくと、自分の周りにピュウーっ、と小さな風を起こす。

 どうやら本当に風使いのようだ。では今の爆破はこの少女の異能で起こしたものなのか。それに乃人はこんな少女に会った事はないし、風使いに知り合いはいない。ではなぜ逢った事もないこんな可愛い風使いが自分の家にいるのだろうか。

 乃人は見ず知らずの少女について真剣に考え始める。

「ああ~、埃こっち来んな!」

 一方、当の本人は先程アピールで起こした小さな風で舞った埃を離そうと更に風を出し、くしゃみをしながら身体をおかしなダンスのように動かしては埃相手に悪戦苦闘していた。するとそこへ、


 ッシャア‼


 少女の横を鋭く光る鋭利なものが素早く通り過ぎた。

 それは少女の金髪を数本切り落とす。

「へ?」

 間抜けな声を上げた少女はギギギっとゆっくり首を曲げ、背後を振り返るとその顔からは一瞬にして血の気が失せた。

「ひっ⁉」

 包丁が刺さっていた。

「へへっ、なんで動くんですか? 動いたら当たりづらいじゃないですか? 私と乃ちゃんの愛の巣を壊すだけではなく、愛の営みまで邪魔するとは万死に値しますよ。取り敢えず……死んで下さい‼‼」

 いつの間にか乃人の隣に立っていた雅が闇の笑みで涙目の少女に笑いかける。

「『小刃物(メス)』!」

 叫ぶ雅の周りに突如、一〇本のメスが出現した。

「『行け(GO)』!」

 再び雅が叫ぶと周りのメスが一斉に少女の方に飛んでいく。

「う、『風(ウィンド)』!」

 少女もとっさに異能を発動した。

「『層(FLOOR)』!」

 金髪少女の姿が歪む。刺さるはずのナイフが少女の数cm手前で止まっていた。目を凝らすと少女の前に空気が密集して、厚い風の層が出来ているのが見える。

 雅がメスを飛ばし、少女が風の層でそれを受け止める。互いが互いを睨み合い、硬直状態が続く。このままでは埒が明かない。

「なんで死なないのよ‼ 『中刃物(ナイフ)』‼」

 雅が新たな異能を発動する。先程のメスよりも三、四回りも大きい五本のナイフが雅を囲む。

「『行け』‼」

 先程と同様にナイフの群れが金髪少女に襲いかかった。

「ひっ⁉」

 少女は小さい悲鳴を上げるも、彼女が展開させた風の層が難なくナイフを受け止める。

「ああ~、もう! 早く死んでよ! 『解除(RELEASE)』! &『大刃物(ソード)』!」

 雅の解除の言葉により、風の層に阻まれていた複数の刃物が無数の光の粒となり、雅の手の中に収集されていく。そしてそれらは次第に形を整え、一つの大きな剣と化した。

「はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼‼‼‼」

 雅は手にした剣を構えると素早く少女との間合いを詰め、勢い良く剣を振り下ろす。

「『斬殺(SLASH)』‼‼」

 剣技については全くの素人の雅でも自身の異能の力で一番効率良く相手が斬れる角度に剣が軌道調節される。

 振り下ろされた剣は風の層に衝突する。が風の壁には変化は見られない。

「これもダメなの⁉」

 雅が一瞬、諦めかけたその時、

「「⁉」」

 雅の剣が風の層にめり込んでいくのが見えた。

 それを感じ取った金髪少女も同じらしく、苦虫を噛み潰したような顔になる。

「はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼‼‼‼‼‼」

 雅が自身の腕に更に力を加え、強引に風の層を切り裂こうとする。剣はドンドンめり込んでいき、金髪少女の額を切り裂く瞬間、それを察知した金髪少女は風の層を解除すると同時にバックジャンプで剣の攻撃を回避。だが背後には崩れた波佐間家の壁があり、勢い良く背中から衝突する。

「がはっ⁉」

 衝撃で肺の空気が吐き出された少女の動きが一瞬止まった。

 それを見逃す程、雅は甘くない。

「死ね‼‼」

「雅、そこまでだ」

 生身の金髪少女に本気で斬りかかろうとした雅の腕を乃人が掴み、剣の先が少女の髪先を二,三本切り落とした。

「……乃ちゃん、なんで止めるのかな?」

 雅は腕に入れる力を抑えず、首だけを乃人に向ける。

 乃人は止める手に力を入れながら口を開いた。

「まあ、それ以上瞳孔を開かずに俺の話を聞け。俺もあの空気を壊された事は腹立った。だからここまで何もせずに見ていたが……殺すのはヤリ過ぎだろ?」

「……そうかな?」

「そうだ」

「そういうものかな?」

「そういうものなのだ」

「……分かった。乃ちゃんがそれでいいなら私は構わないよ……『消去』」

 雅が一言唱えると先程まで彼女の手にあった剣は光の粒となり虚空へと消えていった。そして雅は軽くなった手で少女を指さす。

「でもこの娘は許せない。あのままなら今頃私のお腹の中には……キャ♪」

 雅は赤くなった顔を両手で隠すと、激しく悶え始める。

 乃人は取り敢えず雅をそのままにしておくと、眼前で倒れる金髪少女にある質問を問いかける。

「ねぇ、君、これがどう言う状況か分かるか? 他人様の家を壊しといてこのままただで帰れると思わないよな?」

「……何をしろって言うのよ?」

 少女はキッと乃人を睨みつける。その表情は女騎士が「ヤレ」と言っているのを想像させた。

「ふふふ、壊したものは弁償するのは世の摂理だぞ。そうだなあ~……この荒れよう、家を建て直すのにざっと四千万ってところかな。四千万だぞ、四千万。一介の高校生が払える額かなあ~……払えないなら取り敢えず、取り敢えずだ……その身体で払え‼」

 欲望に満ちた乃人の魔の手が金髪少女のない胸に襲いかかろうとした瞬間、

「四千万? そんなはした金額でいいの? なら待ってて、今用意させるから」

「……はい?」

 予想外の少女の発言に乃人の手が胸に届く前に止まる。

 金髪少女はポッケトからスマホを出すと、どこかに電話をかけ始めた。そしてスマホが一コールなると、向こうの人物が応答する。

「もしもし、そうそう私。急遽五千万円(・・・・)必要になったから今すぐ私のヴィホンに電子マネーで送ってくれない? それじゃ」

 少女は電話を切ると、ヴィホンの画面を確認する。画面にはピロロンと言う電子音と共に『五千万円送りました』とのメールが送られていた。

「じゃあ今からあなたの端末に四千万送るから。番号(ナンバー)教えて」

「お、おう……」

 乃人は何が起きているのか理解できず、取り敢えず頷くと自分のヴィホン番号を教える。番号を交換すると少女は「フムフム」と頷きながらその番号に四千万を送った。 

 次の瞬間、乃人のヴィホンからピロロン、と電子音が鳴った。乃人はポケットからヴィホンを出すと画面を確認する。画面には『四千万円が送られてきました』と表示されていた。

「はいっ、これで弁償完了!」

 金髪少女は立ち上がるとパンッと手を叩いて満面の笑みを作った。でもただの笑みではない。何か裏があるのを思わせるような危険な笑みだ。

「私が請求されたのは家の弁償代だけ。直るまでの借り家の家賃と食費、その他の費用に家具はどうするのかな~?」

「それは勿論……」

「勿論……なに? まさか第の日本男児が一度言った事をそうやすやすと取り消さないよね? ってそんな事をするのは日本男児じゃなくてもクズのする事だよね~」

「ぐっ⁉」

 今度は乃人が苦虫を噛み潰した様な顔になる。

 金髪少女はそれを見ると満足したように目を伏せ、乃人に人差し指を向けた。

「波佐間乃人」

「?」

「私と決闘しなさい!」

「……はい?」

 あまりの突拍子のない言葉に聞き返す乃人。

 しかし、真剣そのものの彼女の顔で冗談ではない事は一目瞭然だった。

「一千万円が欲しければ明日の放課後、校舎裏ね。バイバイ」

「あ、ちょっ!」

 そう言うと金髪少女は周りの埃を異能でまき散らし乃人の視界を遮った。

 次に乃人の視界が開かれた時、金髪少女の姿は消えていた。

 彼女の異能の様に、風の様に現れ風の様に姿を消した謎の金髪美少女。

 結局正体は分からず終いになったが、いつまでもただつっ立っている訳にもいかない。

「はあ……今晩の寝床を探すか……」

 乃人の家の隣には雅の家があるが、そこは雅のトラウマの場所であり、乃人と雅の両親がジオルによって惨殺された場所だ。つまりは使えないと言う事だ。

 乃人は安い宿や旅館に泊まると言う考えを出したのだが、自分のこずかいが足りない。急遽の事もあり、更にスーパーで買い物をしたばかりなので雅も持っていないだろう。通帳も今では瓦礫の下だ。これでは泊まる事が出来ない。先程渡された電子マネーがあるが、自分で要求した額が額なので、なんか使ってしまったら本当に取り返しがつかない気がする。学園の寮はもう仕様許可書の発行を締め切ってしまい今からでは住めない。

「う~ん……雅、何かいい案でもないか?」

 乃人が振り返ると雅は顔を紅潮させながら安らかな寝息を立てていた。その美しく愛くるしい顔は時々艶めかしい声を上げながら身体を痙攣させている。

「……これじゃあ、どこにも行けねぇな」

 乃人は小さな笑みをこぼすと雅の頭を優しく撫でた。

「うぅん♪」

 それを感じ取ったのか、雅が目を瞑りながら気持ち良さそうな声を出す。

「おやすみ」

 乃人は自分の制服を雅にかけると、近くに倒れていた椅子を立たせる。

 そして椅子に座ると、いつ家が崩れても対応出来るようにずっと起きていた。


 3


 空はどんよりと曇り、いつ雨が降ってもおかしくない天気だった。

「よく来たわね」

 放課後、雅と共に校舎裏を訪れた乃人の前には既に昨日の金髪少女が立っていた。

「場所を移動するわ」

 金髪少女は学園の裏山に向かうと、乃人と雅は警戒心を強めながら彼女の後に続いた。



 裏山を登り十数分。

 三人は開けた広場に出た。

 そこは生い茂る草木を無理やり切り取ったような場所で、丁度学園の体育館くらいの広さの空き地が存在していた。

「ここは?」

「広場よ」

 乃人の問いに軽く答えた金髪少女は「それは分かっているんだけど……」という声を無視して前に進むと、ある一本の木の前で止まる。

「お疲れ様、流石に疲れたかしら?」

 金髪少女は誰もいない場所に言う。

「あっ、そうなの?」

 と金髪少女は誰もいない場所に向かってブツブツと一人で話し始めた。

「「?」」

 それを見ていた乃人と雅は二人して首を傾けると、乃人は首を傾けたままそっと雅に耳打ちする。

「なあなあ雅、もしかして俺たちって幻覚と話すような危ないヤツに絡まれたのかな?」

 乃人の質問に雅が「うぅ~ん」と唸る。

「ここまでをまとめると……大金持ちだけど友達が出来ない。その現実を受け止められない事から妄想の友達と話す事にした可哀想な娘ってところかな?」

「マジか……雅、ヤバい……俺……泣きそう……」

「乃ちゃんには私がずっといるから大丈夫だよ。ほら、泣くんなら私の胸で泣いて。大丈夫、私は乃ちゃんのこぼれ落ちる涙の一滴さえも愛しているんだから」

 涙腺が崩壊しそうな乃人を雅が静かに抱きしめる。そして優しく、優しく、頭を撫で始める。

 それはまるで母親が幼い子供をあやすような光景だった。

「って、おい。私がなんですって?」

 いつの間にか近寄っていた金髪少女は額に青筋を立てた笑顔で立っていた。

 雅は振り返りもせずシッシッと金髪少女に手を振った。

「今いいところなんだから邪魔しないでよね。空気読め、このKY」

「KYって……久しぶりに聞いたんだけど⁉」

「もぉ~、うるさいな~。友達にはなれないけど後で話し相手くらいにはなってあげるから、今はどっかに行って! このボッチ!」

「私はKYでもボッチでもないの!」

「その通りです」

 突如、雅と金髪少女の間に第三者の影が現れた。

 身長は雅と同じくらい。男にしては小柄な、セミロングの赤い髪が特徴的な少年だ。

 顔は中性的で女装をさせれば完全に美少女と見間違える程のルックスの持ち主だった。男と分かったのはこの人物が執事服を着ていたからだ。

「誰?」

 いきなり現れた謎の少年に困惑する雅。

 すると、金髪少女は待っていましたと言わんばかりに高らかに少年の自己紹介を始める。

「この子は羽島(はしま)翼(つばさ)! 私の専属執事にして唯一の友達! どう? ちゃんと友達はいるんだから!」

 金髪少女は「エッヘン」とない胸をこれでもかと張る。

「じゃあ、さっきまでこの人と話していたの?」

「そうよ! 断じて独り言なんかじゃないんだから!」

 金髪少女は更にない胸を張る。

「じ、じゃあ、君は寂しがりやのボッチで妄想の友達と話す程追い詰められている可哀想な娘じゃないって事?」

 泣いていた乃人は雅の豊満な胸から顔を上げる。

「だからそうだって言っているでしょう!」

 金髪少女は少しむくれた顔をしながら怒鳴った。

 クスクスっと、それを見ていた翼の笑い声が聞こえる。

 場が和んだところで雅は改めて広場を見回した。

「それにしてもここだけ木が全く生えていないね、切り取ったの?」

「そうよ、ここにいる優秀な翼がなんと一晩で伐採したのよ。どう、すごいでしょう!」

 金髪少女はまるで自分の功績を称えるかのように再び胸を張る。

「マジか⁉」

「へぇ~、それは凄いわね!」

 乃人と雅が感嘆の言葉を漏らすと「いえいえ」と謙遜気味に首を横に振る。

 そして一息ついたところで、

「あっ、そうだ。約束通り、私と決闘しなさい!」

 金髪少女は思い出したように人差し指を乃人に向ける。どうやら自身の約束を忘れていた癖にヤル気満々のようだ。

 だが一方の乃人は、

「嫌だ」

 金髪少女の発言を足蹴にする。

「何で⁉」

「俺は美少女、美女にはSMプレイでしか手を上げない主義だ。決闘なんて言語道断、やりたくもない」

 乃人は何よりも女性を大切にする性分だ。これは自分の前でハーレムを作っていた父親の影響から、と言うのが大きい。まだ幼かった乃人にとってその光景は眩しく映っていた。

 そして父親がいなくなった日から乃人は、消えた父親に少しでも近づこうと心に決めた。その結果がこれだ。 

 しかし、女好きの父親の血を受け継ぎ、そこに性欲が絡むと我慢出来ない事がしばしば。雅の目の前でも他の女に手を出そうとして、雅に半殺しにされた回数は両手足では数えきれない程だ。

「だから俺は戦わな……いっ!?」

「『風』&『攻撃(ATTACK)』‼」

「ぐはっ⁉」

 乃人が話終わる前に少女が異能を発動し、乃人が少女の手から放たれた暴風に押され、勢い良く後方へと吹き飛んだ。

「乃ちゃん⁉ ちっ! 『中刃物』!」

 突如の攻撃を受けた乃人に雅が悲鳴を上げる。が瞬時に切り替えた雅は異能を発動し、ナイフを精製し、それを少女に投げつけた。しかし、

「ふんっ」

 金髪少女は始めからそこに来るのが分かっていたように、身体を少し反らせてそれを優雅に交わした。

「ちっ、これなら! 『大刃物』&『斬殺』!」

 雅は一本の剣を作るとそれで金髪少女に斬りかかる。

「決闘の邪魔はさせません」

「⁉」

 雅が剣を振り下ろした瞬間、金髪少女の前に出て来た翼がただの蹴りで剣を砕いた。

 雅は驚きの表情を浮かべるが、一方の翼は涼しい顔で立っている。

「どうしてもと言うのであれば……私を倒してからにして下さい」

「…………『消去』&『刃物大量展開(カットリー・フル・バースト)』‼‼‼‼‼」

 雅は翼を睨みつけると、一〇〇〇を超える大量の大小様々な剣を空中に出現させた。

「『行け』ッッッッッ‼‼‼‼‼」

 雅の遠慮なしの全方位による全力攻撃。彼女の叫びと同時に一〇〇〇の刃が翼を取り囲んだ。



「痛ぇ……気を失っていたか……?」

 乃人はズキンと痛む頭を押さえながらフラフラと立ち上がった。

 そして信じられない光景に目を疑う。

「雅!」

 そこには雅が倒れていた。

 彼女の周りには数えきれない程の剣が光の粒となり、虚空に消えていっている。

「雅‼」

 再び呼びかけるが、雅からの反応はない。

 乃人はとっさに雅に近づくと、彼女を抱き起した。

 身体に外傷は見当たらない。脈もあり、規則正しい息もしている。寝言で「乃ちゃん……激しいよ♪」などと言いながら満面の笑みを浮かべていた。どうやらただ眠っているだけのようだ。

「良かった……」

 安堵の息を吐いた。

「当たり前じゃない」

 乃人は声のした方に振り向く。そこにはこの状況を引き起こした張本人たちが立っていた。

「その娘は異能の使い過ぎで倒れただけ。私たちは指一本触れていないわよ」

 金髪少女は髪をかき上げながら言うが、しかしそんな事は問題ではない。

「何でこんな事をする?」

 乃人が雅を抱きしめながら言った。声は小さいが、それには明確な怒りが含まれていた。

 顔は影になっており確認出来ず、乃人の表情が掴めない。

「高校に入っても変わらず俺たちは二人で、毎日毎日イチャイチャした生温いラブコメ生活を送りたいだけなのに……何でこんな事をするんだよ⁉」

「世界をジオルの脅威から救うためだよ」

 頭が沸騰しそうになっていた乃人は金髪少女の意味不明な即答で怒りが一瞬にして消えた。疑問が怒りを一時的に超えたのだ。

「世界をジオルの脅威から救う? 俺たちのラブラブ生活を邪魔したら世界からジオルが消えるとでも言うのか⁉ ふざけてんじゃねぇぞ! 俺はそんな主人公補正じゃねぇ! ただ愛する女と幸せに暮らしたいだけのガキだ! もう一度言う、ふざけてんじゃねぇぞ!」

「ふざけてなんかいないよ」

 乃人はからかわれていると思い食いつくが、金髪少女の顔は真剣そのものだった。

「世界をジオルの脅威から救うためには君の異能が必要なんだよ。だから君たちが乳繰り合っている時間を少し分けてもらいたいだけ」

「俺の異能が?」

 乃人は頭を傾ける。

 金髪少女は懐から一枚のコピー用紙を取り出すと、それを淡々と読み始めた。


 波佐間乃人は決して恵まれた異能ではない。

 異能名『∞(アンリミテッド)』

 名前こそ大層なものだが、決して使い勝手が良いものではない。

 自身が死ぬ瞬間の一歩手前でしか発動出来ないと言う条件があり、この『死ぬ一歩手前』の基準は運命が決めているのか、自身でもいつ発動するのかは不明。

 能力は半径一〇mの対象にした相手の能力を疑似コピーし、使用出来る能力。

 前例を上げるならば、波佐間乃人と一番友好関係が深い美鈴雅は『刃物を自在に生み出し操る』異能。これを波佐間乃人が疑似コピーし『刃物系』異能になったが詳細は不明。

 そしてなぜか疑似コピーした異能の使い方が分かる。だがこれにはその異能を疑似コピーするまで、本人にもどのような異能になるのかは不明と言う欠点がある。

 使用条件に関しても、使用能力に関しても、持ち主である波佐間乃人自身でも詳細は不明。

 別名、無限の可能性を秘めた『欠陥異能』


「ってこんなところかな。どう、合っている?」

「……ッ⁉ その事を知っているのは俺と雅だけのはずだ……あと学園と国か。でもあそこは個人情報は厳重だしな……どうやって調べた?」

「へっへー! こんなの優秀な私の部下が知らべればすぐ分かるわよ!」

「…………でもだから何なんだ? 俺のような欠陥異能が世界を救うとでも言うのか?」

「そうだよ、ってかさっきからそう言ってんじゃん」

「…………じゃあ何でだ? 何でお前は俺に決闘を申し込む?」

「本当の君の能力を知るためだよ」

「は?」

 乃人は本当に金髪少女の言っている事が分からなかった。

 目の前の金髪少女は自分の異能の事を調べていた。それはほぼ合っていた。これ以上なにを知りたいのか。

 乃人は考える。

 そんな彼を見て「だから……」と金髪少女は笑った。

「協力してね♪」

「⁉」

 少女が指を鳴らした瞬間、乃人の目の前が爆発した。

 乃人は反射的に自分の身体を雅に覆い被せる。

「ッツァ!」

 爆発による火炎は乃人を襲わなかったが、その周りには爆風が吹き荒れた。

 爆風が乃人を飲み込み、熱が全身を包み込む。

 まるで全身火傷のような錯覚に襲われた乃人は苦痛の表情を浮かべながらも雅を守る。

「あ~、やっぱり殺す勢いでやらないと∞は発動しないか~」

 金髪少女は少し面倒くさそうに頭を掻く。

「じゃあ、これは?」

 そして指を二回鳴らした。

「⁉」

 考えるより、身体が先に動いた。

 乃人は次の攻撃に備え、雅を抱えるとその場から逃げようとするが、バンッ‼ と逃げた道の先が爆発した。

 舞い上げられた砂埃により、乃人視界が塞がれる。

「ちっ!」

 乃人は方向転換し、逆の道に逃げようとするが、バンっ‼ とそこでも爆発が発生し、同じく砂埃が舞い上げられ、視界を塞ぐ。更に方向転換をすると、そこでも爆発。

 爆発。

 爆発。

 爆発。

 爆発。

 爆発。

 爆発。

「⁉」

 気づけば乃人を中心に全方向を隙間なく砂埃が塞いでいた。

 砂埃の向こう側には何があるか分からない。なら砂埃が散ってから動くべきだ。

 乃人はその場に立ったまま動かずに息を潜める。がそんな事は無意味に終わった。

「ッ⁉」

 突如、砂埃の裏側がバンッ‼ と爆発し、爆発の衝撃波と熱風が乃人を襲う。だが距離は離れており、さほど大した事はない。しかし爆発は一度では止まらず、次にその横のスペースが爆発した。そして更にまたその横が爆発する。これが続き次第に浴びる衝撃波と熱風が強くなっていっているのを乃人は感じ取った。

「まさか……⁉」

 爆発は円を描くように外側から乃人に向かって進んでいた。

 近づくにつれ強力になっていく爆発による衝撃波と熱風に乃人の身体が悲鳴を上げる。あふれ出る汗により、制服が肌から離れず、衝撃波は腹の底にまで響き、気を抜いただけで吐いてしまいそうで気持ち悪い。

 逃げ場のない場所での全方位攻撃。

 どうしようかと考える暇もなく、乃人の真横が爆発する。

 衝撃波、熱風、だけならなんとか我慢出来た。だが今回爆発したのは乃人の真横だ。

 爆発により人間を焼き殺せる程の炎が乃人を襲う。

「ぐうっ⁉」

 その瞬間、乃人の脳裏にある光景が映し出される。


 そこは見た事のない場所だった。半壊された家々、地面に張り巡らされたアスファルトが砕け、下の土が顔を出す道路。そしてその道路に横になっている人間の亡骸。その亡骸を囲む人々。亡骸の所持品を奪う者や、亡骸の身体を切断して持ち帰る者。亡骸を喰いあさる者。皆が獣のようなギラギラとした目を持っていた。


 身体の異常な熱さに「はっ!」と乃人の意識が現実に戻る。クラリとする頭に手をそえ、

「『∞』! 『竜巻(TORMADO)』‼」

 乃人が高らかに叫ぶと同時に彼を中心に竜巻が発生し、周りの爆発を一瞬にして消し飛ばした。

「ようやく発動してくれたね」

 少女の唇の端が二ヤリと吊り上がる。

「彼が使ったのは明らかに風の異能。つまり私を対象に発動したって事ね」

「私の異能は『風を微調整出来る』能力。あらかじめ集めておいた酸素を玉状にして、それを周りに漂わせ、発火させて爆発を引き起こさせていた。つまりは爆発の包囲網。この包囲網から生還するなんて……いいわね」

 満足気に笑う少女は指を五回鳴らした。

「終了よ。今までごめんなさい、波佐間乃人君」

「はあはあ……『解除』……どう言う事だ?」

 荒々しく吹き荒れる竜巻が消え、中から疲弊しながらも警戒した顔の乃人が現れた。肩が大きく揺れているが、しっかりと手の中には無傷の雅の姿があった。

「私は君にいくつか確認したい事があったから決闘を申し込んだんだよ。で、ある程度の事は分かったわ。そして最後に一つだけ……聞いていいかな?」

「……なんだ?」

「『∞』を発動する瞬間、何か見た? そう、例えば……見た事もない光景とか?」

「ッ⁉ ……あ、ああ」

 始めは知らないふりをしようとしたが、先程の情報収集能力を見せつけられれば嘘をついても無駄だ。

 少女は予想通りの答えに思わず笑みをこぼしながら、きびすを返す。

「じゃあ、確認したい事は確認したし、私たちはこれで帰るね。あっ、そうそう、これが約束の一千万円ね。それじゃあね、バイバイ」

 少女は自分の端末から乃人の端末に一千万円の電子マネーを送ると、翼と共に山を下りて行った。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る