地球電子レンジ計画

ちびまるフォイ

その暑さ、気温のせいじゃないですよ

「おい、なんだろうな、あれ」


空が夕方でもないのにオレンジ色になっていた。

最初は誰も気にしていなかった。


気象予報士も、占い師も、誰もが

いつもの異常気象という名の通常気象のたぐいだと信じていた。


『見てください! 海面に魚が浮いています!』


しばらくして、ニュースではぷかぷかと浮かんでいる魚を報道した。

いったい何が起きているのかと、大学教授がコメントを求められる。


『最近、酷暑が続いているでしょう。

 海の温度が上がったことにより、魚が適応できなくなったんですね』


『みなさん、水分補給を忘れないようにしましょう!』


最近続く暑さのせいだと誰もが信じていた。



しばらくして、確かな体の異常を感じたときは、ただの暑さによるものじゃないことがわかった。


「ぎゃあああ! 目が沸騰する!!」


街では目元を抑えてのたうち回る人であふれかえった。

なんとか暑さから逃れようと、クーラーのきいた建物に入っても暑さは変わらない。


体の内側、血液そのものの温度がボコボコと上がり、血のめぐる体を内側から熱していく。


体の中で水分の多い目はとくに熱をもちはじめる。

冷やそうが洗おうが、そんなものは表面温度を下げる程度しかできない。


「病院はもう満杯です! ほかの病院をあたってください!!」


次々に患者が病院へ担ぎ込まれるも、医者もお手上げ状態。

体はいたって健康で病気のせいではないのだから。



『みなさん、すぐに屋内に入ってください!!

 空から電子レンジの電磁波が出ています!!』



ついに、空のオレンジ色がレンジの光と同じものだと誰もが悟った。


建物の中に避難したところで、体の内側から熱されるのは変わらない。

内臓が今にも破裂しそうになり、息がどんどん苦しくなっていく。


のたうち回る元気も失ったとき、国のトップから特別製シートの配給が始まった。


「みなさん、これは電子レンジの電磁波シャットアウトするシートです。

 このシートをすぐにかぶってください!!」


ブルーシート大の大きさのシートを積んだトラックが町中を走り回る。

オアシスを求めるように人々は走るトラックに駆け寄っていく。


「1人1枚までです! 1人1枚までです!!」


「車の進行方向に立たないでください! 車が動けません! 下がってください!!」


シートは奪い合いとなり、山のように積んでいたシートはあっという間になくなった。

それでもトラックの周りには受け取れなかった人が押し寄せる。


「おい、シートはどこなんだ!? もらってないぞ!」

「お腹に赤ちゃんがいるんです! シートをください!」

「どうしてもっと用意してないんだよ!!」


「みなさん、落ち着いてください!

 今、政府の研究所でシートは急ピッチで増産していますから!

 全国にいきわたらせるためにも――」


「いいからよこせよ!」

「都心の奴らばかり優遇してんじゃねぇ!」

「いつになったらこっちにシートは届くの!?」


みるみる温度が上昇し切羽詰まった状況による焦りが怒りとなって、

シートを持ってきた人へとぶつけられる。


「うああああ!! 皮膚が! 皮膚がっ!!」


シート難民のひとりが自分の腕を見て絶叫した。

腕の皮がバリバリに乾燥して焦げ始めている。


「早くシートの下へ!」

「市民を助けるのが役人だろ!」

「シートよこせ!!」


「ちょっと! 引っ張らないでください!」


車につけられていたシートを奪おうとした人たちから逃げるように車は発進。

残された人たちはシートの傘下に入ろうと、駆けずり回った。


「てめぇ!! なんで犬なんかのためにシート余分にもらってんだ!!」

「やめて! この子は大事な家族なの!!」


「こいつ、ホームレスのくせにシートの下にいるぞ! 追い出せ!」

「や、やめとくれぇ! やっと手に入れたんじゃぁ!」


市民は暴徒化して、シートを求めて力づくで奪い合う惨状になった。

シートの配給がとても追いつかない。



「お、おい……シート焦げてるぞ!?」



ますます強くなる電磁波にシートは臨界点を超えて燃え始めた。


「みんな! シートから離れろ!」


電磁波を吸収しすぎたシートはぶすぶすと黒い煙を上げて燃え始めた。

シートの下に隠れていては丸焼きになってしまう。


川はぼこぼこと沸騰し、卵や栗は次々に爆発していく。

金属からは火花が飛び散りあたりを火の海へと変えていく。


「あ゛あぁっ……ああ゛あ゛あ゛……!」


暴れていた人も、隠れていた人も、もう誰も動けなくなっていた。


ブクブクと沸騰する目で視界はぐにゃぐにゃにゆがみ、

体の内側から水分が蒸発し、水を飲もうにも熱湯になっていて受け付けない。


倒れれば鉄板のようなコンクリートがじゅう、と皮膚を焼く音が聞こえる。


今にも内臓が爆発しそうになったそのとき。



チーーン。




空を覆っていたオレンジの光が静かに消灯した。


空気がまだ余熱で温かくなっていたが、

さっきまでの突き刺さるような熱さはすっかりなくなった。


「や、やった……助かった……助かったんだ……!!」


人々は歓声を上げ、大騒ぎした。

嬉しさのあまり空をもう一度見上げた時。




「おい、なんだろうな、あれ」


今度は、空を覆い隠すほど大きな口が、温められた地球をほおばるのが見えた。

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