前方トウメイ注意報

白川 夏樹

僕の未来は

 高校三年生の夏。

 字面だけを見ると青春真っ盛り、恋に勉強に全力でパワフルな少年少女を想起させられる。


 恥ずかしながら俺は中坊の頃は、高校生になったら彼女とかもできて、それでいてちょっと背伸びした頭のいい大学に進学するために勉学に励んでいるのだと思っていた。


 だが実際は理想とはかけ離れたスクールライフを送っている。

 彼女はもちろん出来ていないし、学力だってよくいえば中の下という有様。


 部活でやっていた陸上は最後の大会で良い結果を残せたわけでもなく、後輩とそれなりに別れを惜しみながら引退をした。


 部活を引退した俺は燃え尽き症候群のように気力を失っていた。

 それは部活で長距離を全力で走り、家でシャワーを浴びてベッドに倒れ込んだあとの脱力感。それがずっと続く感じだった。


 そんなどこか張合いのない日々が続いて今日に至る。

 教室ではいつか受けた模試の結果に一喜一憂するクラスメイトがチラホラと見受けられた。


「ねぇカズキ、模試どうだった?」

 そう俺に話しかけてきたのは、元同じ部活で、俺がクラスで唯一話せる女子のサクラだった。

「どうもこうも、判定は全部Eだよ。これじゃどこにも行けないって先生にどやされた。……そういうサクラは?」

「まぁ、一応難関大学B判定もらった…。」

 サクラが言っているのは国内でも屈指の超エリート校の事だった。

「すごいな、今の時期にBならその大学行けるんじゃないか?」

 サクラは俺の言葉にすぐには反応せず、しばらくして伏し目がちに

「まぁ、ね…」

 とだけ答えた。


 その日は学校を終えて寄り道をせずまっすぐ帰る。

 ひどい模試が返ってきて現実を突きつけられても勉強する気にはなれないが、未来のビジョンが見えてるクラスの人と一緒の空間にいると劣等感でひどく気分が悪くなる。


 電気もつけず薄暗い自分の部屋のベッドに横たわって呟いてみた。

「未来。」

 俺の未来は無色透明だ。目を凝らしてもなにも見当たらずただ自分と光だけが通り抜けていく。

 そんな無機質な将来に言い知れぬ不安を持ちながら、その日は眠りについた。




 ひどく寝覚めの悪い朝だった。

 のっそりと起き上がって携帯を見るとサクラから一件のメッセージが届いていた

 そこには一言

『話がある』

 とだけ書かれていた。


「私、小説家になりたいんだよね。」

 放課後、呼び出された誰もいない教室でサクラにそんなことを告白された。

「親にも先生にも言い出せない。だって難関大学に入れる頭があるのに、なかなか言い出せないでしょ?

 でも、どうしても叶えたいから。」

 そこで一旦言葉を区切って、意を決したように桜は俺に

「私、学校やめようと思ってる。」

 と言い放った。


 俺は言葉を選びながらおそるおそる質問した。

「なんで小説家になりたいと思ったんだ?それに、学校やめるなんて、その場の気の迷いなら…」

「気の迷いじゃない!!…いっぱいいっぱい悩んで決めたの。カズキに相談するかも昨日めちゃくちゃ迷ったの。だけど、部活でいつも相談に乗ってくれるカズキだから打ち明けたの。」

「…。」

 沈黙が続く。



 ああ、サクラは俺と正反対なのだ。

 自分が描く色鮮やかな世界に走りたくて、障害となる今の色を捨てようとしている。

 であるならば、俺に止める権利はないだろう。

「サクラはすごいよ。」

 どれだけ言葉の探しても、俺の貧相な頭の中からじゃそんな言葉しか出てこなかった。

「俺は応援する。親が反対したら一緒に説得する。先生がバカにしたら、1発殴ってやるよ。」

 俺の未来は透明だから、サクラの色鮮やかな未来と違うから代わりにその夢を見ていきたいと思う。

「本当に……?」

 泣きそうな顔をしたサクラが念を押してくる。

「ああ、本当だ。いまどきやりたいことやった者勝ちの世の中なんだから、進学したくなければしなくていいんだよ。」

 一拍置いて

「お前の夢、叶えてこいよ。」

 と、目を見てちゃんと伝えた。




 結局サクラは親、先生どっちの説得も無事に成功し、この学校を去った。

 唯一の話し相手のがいなくなった俺はというと、クラスでは影の薄い存在、俗に言う透明人間のようになった。

 しかしそんなことはどこ吹く風、今では勉強には真剣に取り組み、サクラが最初希望していた難関校を受けるつもりでいる。

 無色透明の俺の世界だったが、色彩豊かなサクラに影響されたのだろうか、早く自分色に染めたいと思ってしまう。

 俺の未来は終わりが見えないほど真っ直ぐに透き通っている。

 そんな未来を見据えながら思う。

 どんな色を付けようかな。と







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