契約、激白されるあの時の真相
「それは、人から聞いたんですよ。ひめちゃんがいじめられてるって」
「へぇ……人から聞いた、ね」
まぁ、そうなるわよね。
「で? 誰から聞いたわけ?」
「……美夜子には守秘義務があるので黙秘させてもらいます」
さっきと比べて明らかに態度が弱々しくなる美夜子。
「なんていうかさ、アンタの言動って関係者っぽい話し方よね。人から聞いたって割には妙にあたしの事に詳しい感じだし」
「……それはそうですよ。美夜子はひめちゃんの昔からの知り合いなんですから。ひめちゃんの事に詳しいのは当たり前です」
「そういうのじゃなくて。あの件と無関係なはずのアンタが大和がハブられた事を知ってるのが不自然だって言ってんのよ」
「…………」
あたしから目をそらした後、スカートをギュッと握って美夜子は言う。
都合が悪いとスカートを握る癖、まだ残ってたんだ。指摘したらどんな反応するんだろ。
まぁ、いっか。ボロはもう出てるし。
アンタが知ってるかどうかは分かんないけど、と前置きをしてあたしは言う。
「大和の事も含めてその件を知っているのはアンタとあたしを除いたシャイニー海賊団のメンバーと当時のバスケ部三年の男女を入れて精々十人くらいしか知らない事なのよ。あたしがこの事を他人に話すなって言ったから」
ちょっと名探偵っぽい推理を披露して。
「そんで、アンタが気さくに話せそうな相手をその十人から選別すると最初にアンタと交友のないバスケ部の人達は弾かれるんだけど。ここまでは理解できたよね?」
「…………」
だんまりか。まぁ、いいけど。
「そんでね、残りのシャイニー海賊団六人で口の硬い伊織が喋るわけないから外して。美未は当時から家に引きこもり気味でこの事を他人に話す機会がほぼ無いし、変人だけど約束破って人に話すほど不真面目でも無いからこれも除外。そうすると残るのは男連中の四人になるわけ」
「…………」
話しの内容であたしが何を言いたいのか察した様子の美夜子。顔がどんどん険しい表情に変わっていく。
「んで、あたしにはその四人のうち三人と今すぐ連絡を取る手段があるんだけど。美夜子はどうして欲しい? 確認しない方が良い?」
「…………っ」
必死に言い訳を考えているのか道路のアスファルトとにらめっこを続ける美夜子。悔しそうというよりも恨めしそうにポツリと呟く。
「……大和くんから聞きました」
泥棒猫があたしの誘導にまんまと引っかかった瞬間だった。
本当は四人の連絡先を知っている。大和の分は昨日の朝にもらったから。
形成逆転。勝利を確信した。
「ふーん。そっか、大和なんだ」
美夜子はあたしと大和が仲直りした事を知らないから。
大和ならすぐに連絡が取れないと思ったんだろう。
猶予があるうちに口裏を合わせようって魂胆なんだろうけど、そうはいかないわよ。
「んじゃ、今から大和に電話して事実確認するから逃げないでそこで待ってなさいよ?」
そう言ってスマホを手に取った瞬間だった。
にゃはっと。
「にゃはははは、はははは、にゃはははは……」
美夜子は猫の鳴き声みたいな声でケラケラと狂った様に高笑いをする。
「……そうですか。ひめちゃんと大和くん、和解したんですね」
状況を把握したのか美夜子は急に借りてきた猫みたいに大人しくなった。
「まあね。そーいう事で今から大和に電話するから」
「……それは止めておいた方が良いですよ?」
ニヤリと美夜子の口元が歪んだ。
「は? 何でよ? 大和に知られると困る事でもあんの?」
あたしの質問に美夜子は答える。
「ええ、困ります。美夜子は大和くんに“犯人”だと『まだ』知られたく無いんですよ」
「…………え?」
唐突な
「……いや、ちょっと待ってよ。アンタ、自分が何言ってるか分かってんの?」
「何をそんなに驚いているんですか? 美夜子の事を犯人だと思ったからあんな風に問い詰めたんですよね?」
「それは……そうだけど」
「いやはや。美夜子は少々ひめちゃんのことを
まるで悪びれる様子が無い美夜子。むしろ開き直ってこの状況を楽しんでいるかの様だった。
「…………」
意味分かんない。何なの、この状況。
ブラフ? 犯人だって自分から言ってるのに?
まだ何の証拠も上げてないのに……自分から真相を喋って何のメリットがあるってのよ?
「おや、何ですかひめちゃん、そのお顔は? 美夜子はひめちゃんの考えてる事なんて手に取るように分かりますよ?」
不敵に笑う美夜子。その顔に見つめられると言いようの無い不安を覚えた。
「止める理由は簡単ですよ。ひめちゃんと大和くんが犯人を探し始めるからです」
「……言ってる意味が分かんないんだけど?」
探すも何も自分で犯人だって言ってるじゃん。
「そうですか、それは困りますねー。ひめちゃんにはちゃんと理解してもらわないと後でひめちゃんご自身も困ると思うんですけどね」
「……あたしが困る?」
小馬鹿にした感じで「もっと分かりやすく説明してあげますね」と美夜子は言う。
「早い話が美夜子にはひめちゃんの口を封じる手段があるんですよ。だから穴だらけの雑な推理で変に勘繰られるよりも先に『あえて』自白する方を選んだんです。まぁ、これは完全に想定外なんですけどねー。疑り深い大和くんですら『あの事件』に関する話題は不審がらずにスルーしてましたから」
やれやれ、と溜息を吐く美夜子。この状況でも人を小馬鹿にする態度を崩さないのは何か理由があるんだと思う。
「ほんと、大和くんより頭の悪いひめちゃんに指摘されるなんて思ってもみませんでした」
「へぇ……」
この状況でよくそんな軽口が叩けるわね。あたしが許すとでも思ってるのかな。
「アンタ状況分かってんの? 何のつもりで自分から喋ったのか知らないけど覚悟は出来てるんでしょうね?」
「分かってませんねー覚悟が出来ているから喋る気になったんですよ」
美夜子の首根っこを掴まえて大和の所に連れて行って謝らせよう。土下座で。
あたしはもういいけど一番の被害者の大和にだけはちゃんと謝ってもらいたいから。
なんにせよ、これで一件落着ね。
そう思っていたけど。
あたしが思っている以上にあの事件の真相は複雑で闇の深い場所にまで根が伸びていたみたい。
「ひめちゃんは美夜子以外に犯人があと『二人』いるって言ったらどうしますか?」
「……え?」
何言ってんの? 犯人があと二人いる?
いや、でも。
「…………」
言葉の意味を理解するのは割と早かった。思い当たる節があったから。
「そっか……やっぱ『雪雄も』犯人だったんだ」
「ええ、そうです。まぁ、大和くんと仲直りしたのなら必然的にそういう見解になりますよねー」
答えは簡単だった。大和を犯人に仕立て上げた奴が犯人と無関係なはずがない。
あの時は大和に嫌われたと思い込んでいたから。理由を訊いても大和は何にも答えてくれなかったし。バスケ部のみんなも大和が犯人だって言ってたから。
『姫、オレを信じてくれ』
アイツ、どのツラ下げてそんなことをあたしに言ったんだろ。
『姫はオレが守るから』
どんな気持ちであたしに嘘付いてたんだろ。
「……………」
許せない。
今すぐ捕まえて大和の前で泣くまで謝らせてやる。土下座程度で終わるほど雪雄の罪は軽くないから。
ううん、違う。謝らせるくらいじゃ罰が足りない。
アイツには大和と同じ苦しみを味あわせてやらないと気が済まない。
「ひめちゃん。怒り心頭のところを大変恐縮ですが、犯人がもう一人いる事をお忘れなく」
美夜子のそんな忠告が耳に入りハッと我に返る。
「え? ああ、そうか。アンタも入れると犯人が三人もいる…………はぁ!? 何で三人もいんのよ! 意味分かんないんだけど!?」
改めて確認した衝撃の事実に変な声が出た。
「ええ、それだけひめちゃんが人に嫌われているって証拠なんですけどね。まぁ、雪雄くんは『別の目的』でひめちゃんの私物を盗んだみたいですけどねー」
「…………はっ!?」
そう言われた瞬間に身体がゾクゾクと震えて鳥肌が立つ感覚を覚えた。
今まで大和が犯人だと思っていたからギリギリ我慢出来たけど。
大和だからギリギリ許せていたけど。
大和ならいじめ目的じゃなくて『別の目的』で盗んだかもってほんのちょっとだけ疑ったりもしたけど。
冷静に考えたら雪雄の奴、あたしの私物を何の目的で盗んだんだろ。
いや、目的なんて一個しかないじゃん。
「キモいキモいキモいキモい! マジでキモいんだけど! 雪雄の奴、絶対あたしの体操着とかユニフォームで『いかがわしいこと』してたんだ! 絶対そーよ! マジで死ね! 今すぐ死ね!」
身体中に立った鳥肌をさすりながら、あたしはありったけの恨み言を吐き捨てる。
「ひめちゃん。キモがってるところを大変恐縮なのですが、そろそろ本題に入ってもよろしいでしょうか?」
「はぁ!? 本題? 何よそれ!? あたし今から雪雄の家に行って体操着とか
「ひめちゃんのお気持ちはお察ししますけど。それは止めた方が……いえ、止めておいてください」
「はぁ!? 何でよ!?」
事実を知って発狂しているあたしに美夜子は自分の『計画』を話す。
「ひめちゃん。美夜子と『取り引き』をしませんか?」
「取り引き? 取り引きって何を取り引きすんのよ?」
「そうですねー、取り引き内容はひめちゃんの知りたい情報を美夜子が提供する代わりに美夜子の罪をしばらくの間だけでも見逃して欲しいんです。これはいわゆる執行猶予ってやつです」
「へぇ……執行猶予、ね」
一応は罪の意識を自覚してるのね。そんで裁かれる覚悟もあると。
「いいわ。その話、詳しく聞かせてよ」
「分かりました。詳しくですね」
そんで、それから数分後。
「──というわけです」
「……なるほど、アンタの言い分は分かったわ」
美夜子にそんな事情があったなんてね。
「つまり、大和を雪雄と『もう一人の犯人』の魔の手から守るためにも時間を稼ぐ必要があるってわけね。アンタの言う『大和親衛隊』を作るための時間ってやつが」
「そうです。現状だとぼっちの大和くんには味方になってくれる人がいませんからねー。多勢に無勢だと二年前の焼き直しになりますから。だから美夜子はやんわりと部活を始めようって提案したんですけど、御本人もあまり乗り気じゃないみたいなんですよねー」
「雪雄がばら撒いた『大和の悪い噂』のせいで大和をよく知らない連中は中々味方になってくれない、か。ほんと、雪雄の奴、どんだけ大和のこと嫌いなのよ。アイツ頭おかしいんじゃないの?」
いや、この場合は大和本人よりも『大和の実家』の方が原因かもしれないわね。
柏崎家と湯沢家って昔から犬猿の仲って話、いつだったかパパが言ってたし。
「そういうわけで、ひめちゃんには雪雄くんにこの事を悟られないように日常生活をもう少し自重して欲しいんですよ。まぁ、一番の理想は大和くんと美夜子が付き合って雪雄くんとひめちゃんが付き合うことなんですけどねー」
「は? 何言ってんの? そんなの無理に決まってんじゃない」
さっきの話を聞かされた上で雪雄と付き合うとか死んでも嫌だし。ありえないから。
「いやー、ひめちゃんと大和くんが仲直りしなかったらこの『計画』を実行しなくて済んだんですけどねー。美夜子は本当に残念です」
言いたい事を洗いざらい喋ったせいだろうか、美夜子の顔は会った時よりも晴れやかな表情だった。
なんていうか、
もしかしたら。
美夜子はずっとこの事を誰かに話したかったのかもしれない。誰かに相談して悩みを解決したかったんだと思う。
あたしみたいに。
「…………」
もう、毒気抜かれて怒る気が無くなったじゃない。
「美夜子、最後に一個だけ確認してもいい?」
「はい、なんですか?」
あたしは美夜子に質問する。これだけはどうしても美夜子の本心であって欲しいから。
「アンタ、大和のことマジで好きなのよね?」
「はい。世界で一番大和くんのことが好きだと美夜子は自負しています」
「そっか。大和のことだけは裏切らないって誓える?」
「はい。誓います。なんなら美夜子の純潔──処女を掛けてもいいですよ」
「なんでわざわざ言い直したのよ。そういうのはいらないから」
「むぅ、これでも美夜子は真剣なんですからね。ひめちゃんの事は今でも大嫌いですけど」
「……まぁ、アンタの気持ちは分かるって言えば分かるから。その事はとりあえず“今だけ”は不問にしてあげる」
当面の間は利害が一致するから協力関係を築くのは悪い策じゃないし。
「そんじゃ、契約は成立って事でこれからよろしくね美夜子」
あたしは握手を求めて美夜子に手を差し出す。
「アンタも今日から
「嫌です」
光の速さで断る美夜子。
「ひめちゃん。相変わらずネーミングセンスが壊滅的にダサいですねー。高校生にもなって恥ずかしくないんですか?」
「…………」
前言撤回。やっぱ美夜子ムカつく。
「でもまぁ、形だけでも仲良しのフリだけはしてあげます。大和くんの前でだけ、ですけど」
「あーはいはい。もうそれでいいから今日はとりあえず解散って事でいい?」
正直言って色んなことを知り過ぎて頭の中がパンクしてる。ひとまず家に帰ってごちゃごちゃになった頭の中を整理したい。
「そうですね。当面は大和くんの味方を増やす事と『もう一人の犯人』を特定する事が先決ですから。ぶっちゃけると、ひめちゃんは自重さえしてくれればいらないんですけどね」
「サラッとまとめた上にdisってきた!」
と、まぁ。そんなこんなで。
それから美夜子と別れたあたしは自分の家に帰り、真姫さんに軽く挨拶をしてから自分の部屋に入る。
我が家のお猫様である愛猫のマシロ(メスのペルシャ五歳)を抱き上げてモフモフしながら今日の事を一通り愚痴った。
「聞いてよマシロ! 美夜子ったらね──」
ひとしきり愚痴ってスッキリした後にふと、ある事が頭に浮かんだ。
「…………」
あれ? 結局、美夜子が言ってることって大和とは人目があるところで気軽に会えないってことじゃ?
「…………」
あたし、美夜子にまんまと言いくるめられてるだけなんじゃないの?
まぁ、いっか。
どっちにしろ、大和とは大和の家でしかイチャイチャできないし。
とりあえず。
『ごめん。やっぱ今日はそっちに行かないから。また明日ね』
大和にメッセ送信、と。
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