転・幼馴染、覚えていますか?

追憶、眠れない夜は君のせい

 意識が微睡まどろむと、昔の思い出が夢に出て来る。

 その夢はボクがまだ幼かった小学四年生の頃、自分の容姿に一種の劣等感を『まだ』持っていなかった時期のことだ。

「伊織の目ってよく見ると右と左で色が違うんだな」

 冬の教室。昼休みの時間にボクは自分の瞳の色が左右で僅かに違うことを知った。

「……そうなの?」

 そんなこと、君に言われるまで全然気付かなかったよ。

「おう、右目の方がびみょーに黒いんだよ」

 顔を近づけて無遠慮にボクの瞳を覗き込んでくる男の子。

 名前は柏崎大和かしわざきやまと

 ボクの家の隣にある立派なお屋敷に住んでいるお医者さんの息子。

 同年代の男の子よりちょっとだけ背が高くて、ちょっとだけ生意気で、ちょっとだけ優しい同級生クラスメイト

 同じ日に同じ病院で生まれ同じ故郷で育った腐れ縁みたいな関係。

 柏崎大和はボクの幼馴染である。

 いつも一緒に行動して同じ時間を過ごしていた。『みんな』と一緒に。

 シャイニー海賊団。ボクの居場所。

 何もかもが満たされていてボクは幸せだった。あの頃が一番ボクがボクらしく生きていた時期だと思う。

 嫌な事もあったけど。

 嫌な事。お母さんの死。

 それだけじゃない。

 彼の親が離婚して、引っ越して『青海』に苗字が変わって。

 学校と塾でしか会えなくなって。

 月岡先生が病気で亡くなって。シャイニー海賊団が解散して。

 中学生になってから『二人』が両想いな事に気付いて。

 想い人を親友に独占されて。

 大和が──追放されて。

 自分の中にある『魔女』が抑えきれなくて。

 そしてボクは。私は。

 自分の事が嫌いになった。

 なんだよ。嫌なことばかりじゃないか。

 楽しかったのなんて小学生の時だけじゃないか。中学生からの思い出なんて嫌なことがほとんどだろ。

 所詮は昔の話、変えれない過去だけど。

 本当、過去を振り返ると嫌なことばかり思い出す。

 この夢だってそうだ。

 この日、ボクは初めて『友達』のことを嫌いになった。

 初めて人に嫌悪感を抱いた。

「そーいうのは『オッドアイ』って言うんッスよ」

 会話に参加してきたのは特徴的な喋り方をする女の子。

 名前は村上美未むらかみみみ

 ボクが小学一年生の時に米国アメリカから日本こっちに移住してきたアメリカ人の女の子。

 ボクの記憶だと、確か美未の“本来の名前”は『ミシェル』だったはずだ。

 ミミはあくまでも米国あっちでのニックネームらしい。

 アメリカ人の母親の連れ子で日本人の父親との再婚を切っ掛けに名前も一緒に変えたそうだ。母親が「ミミ」としか呼ばないから登録の時に父親が勘違いしたとか何とか。まぁ、真偽は不明なんだけど。

 生まれはアメリカだけど日本の国籍を持つ外国人。いわゆる『帰化』というやつだ。

 欧米人らしい顔立ちの割に髪と目は欧米人らしく無い暗い色の茶色。前髪を縛った、パイナップルみたいな形のヘアアップに赤いふちのメガネがトレードマークのちょっと変わった女の子。

 どちらかといえば、容姿だけならひめちゃんの方が外国人らしいんだ。

 ひめちゃんの場合、日系クォーターだけど日本人はお祖父ちゃんだけだから実質四分の三はフランス人なんだよね。フランス人のお父さんは婿養子らしいし、ハーフのお母さんも見た目ほぼフランス人だから。

 それに比べると美未はあんまり外国人って感じがしないんだよね。

 美未はなんていうか、変わり者だから。

 いつもスケッチブックを片手に持っていて、暇さえあれば絵ばかり描いている生粋の絵描き。

 三度の飯より絵を描くことが好き、そういう表現が誇大にならないほど美未はとにかく絵ばかり描いていた。

 まるで葛飾北斎かつしかほくさいみたい。変人なところとか特に似ている。天才と変人は紙一重とは言うけどね。

 少なくとも美未の芸術的センス“だけ”は間違いなく天才の域なんだ。絵画コンクールで美未が表彰されるのをボクは中学の卒業までに何度も見てきたから。

 それはそれとして。

 閑話休題。人物紹介はほどほどに。

「師匠、オッドアイってなんだ?」

 頭に疑問符を浮かべて美未に訊き返す小学生の大和。

 どういう理屈か、この時の大和は美未のことを『師匠』と呼んでいたんだよね。

「オッドアイっていうのは片方の目に特殊な能力を宿した瞳のことを言うんッスよ。写輪眼とか、ギアスとか、そーいうカッチョいいやつッス」

 美未の嘘っぱちな説明に「へー」と深い関心を示す大和。

「さすが、師匠は物知りなんだな」

「ふふん。まぁ、これくらい『師匠』ならとーぜんッスから」

 シャイニー海賊団のナンバー3。ひめちゃんに『七つの必殺技』を伝授した『師匠マスターミミ』でありシャイニー海賊団メンバーに無用なアニメ知識を吹き込んだ張本人。

 こういう表現は失礼だと思うけど……美未って世間一般で言う“オタク”なんだ。しかもかなりの重症。

 アニメを全然見ない大和に要らない知識を吹き込んだのは個人的にちょっと嫌だったけど。

「じゃあ、伊織にも何か不思議な力があるのか?」

 そう言って再度ボクの瞳を覗き込む大和。

 興味津々きょうみしんしんに純真無垢な目でボクの瞳を見詰める男の子。

 小さい頃の大和ってボクのこと、女の子として見ていないから。だから無遠慮に顔を近づけても何とも思わないんだと思う。

 だからボクも大和のことはなるべく異性だと意識しなかった。

 それでも、だ。この時の胸の高鳴りは今でも良く覚えている。

 近いのが恥ずかしくて。見詰められるのが照れ臭くて。何で大和はボクに興味なんか持ったんだろうって、そんな事を考えていた。

「うっ、うう〜大和、近いよ……」

 顔が熱くなって、嫌じゃないけど何かもどかしくて。やり場のない気持ちをどこに逃せばいいか分からなくて。

「ひゅーひゅー。ヤマくんとイオちゃん熱々ッスねー」

 ボク達の様子を見てはやし立てる美未。

 美未って割と人をからかうのが好きだから。

「バッ、ちげーよ。そんなんじゃねーからな!」

 美未にからかわれたのが恥ずかしいのか語気を強くして否定する大和。

 べつに、これだけなら全然嫌な思い出じゃないんだ。

 これだけなら小さい頃に経験した『よくある思い出』で終わったんだ。

 これで終わらないから、この夢は──

「ちょっと大和! あたしの目の方がキレーでしょ!?」

 ──この夢は悪夢なんだ。

「ほら、よく見てよ!」

 ボクと大和の間に割って入る明るい色をした茶髪の女の子。

 嫉妬心丸出しで大和にグイグイ詰め寄る青い瞳の同級生。

「お、おう。姫光の目はスゲー綺麗だよ」

 強引に迫られてちょっとタジタジになる大和。

「そーでしょ? あたしが『一番』よね!?」

「あ、ああ。姫光が一番綺麗だよ」

 それはつまり、ボクがひめちゃんよりも劣っているって意味なんだよね? そう言いたいでしょ?

 そう大和に言わせたいんでしょ?

「分かればいいのよ。んじゃ、一緒に校庭の雪で遊ぼ?」

「え? 今から?」

「大丈夫よ。まだ休み時間二十分くらい残っているから。あっちに大智と健もいるし」

「……たく、分かったよ。船長キャプテンの仰せのままに」

 仲睦まじく手を繋いで教室を出て行く二人。そんな二人のやり取りを見ているとボクは。私は。


 何でボクの邪魔するの?


 そんな気持ちがあるから。

 醜悪な感情がボクの中に生まれたから。

 だからボクは──。

 私は。ボクは。

 大和のこと。

 ひめちゃんのことが。


『だからお前は偽■■なんだよ』

『だからアンタは*善*なのよ』


 雑音ノイズに混じる二人の声。何を言っているか分からない彼と彼女の言葉。

 さっき教室から出て行ったはずなのに、すぐそこにいる顔の見えない二人。

 いつの間にかボクと二人しかいない空っぽの教室。

 だってこれは夢だから。悪い夢だから。

『伊織は卑××だから』

『伊織って〇〇者よね』

 やめてよ。

 二人ともやめてよ。

 違うんだ。

 ボクは──ボクは!

「悪い子じゃないだ!」

 言って。

 ハッと目がめる。

 視線の先には見慣れた天井。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 呼吸が荒い。肌にじっとりと嫌な汗がまとわりついている。寝間着パジャマが張り付いて、すごく気持ち悪い。

「…………」

 時計を確認。午前二時半。寝てからまだ二時間も経っていない。

「…………まただ」

 また寝れない。これで何度目だろ。

 いや、寝れない理由は分かっているんだ。

 悪夢の原因はもう分かっている。

 ボクは間違いなくストレスを溜め込んでいる。

 なら──少しでも発散するしかないだろ?

 寝れないなら、時間を有意義に過ごすべきだ。

 寝床ベッドから立ち上がり、クローゼットの中に仕舞ってある『犬のぬいぐるみ』を抱え、また元の位置に戻る。

 嫌な事を忘れるには『自分を慰める』のが一番だから。

 ぬいぐるみを抱きしめ、自分の手を下腹部より下に伸ばす。

 寝間着より、下着より、奥深くまで。自分を慰めるために手を伸ばし指を動かす。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 彼から貰ったぬいぐるみ。クロの代わりにと七夕にプレゼントされた思い出の品。

 ボクの大切な宝物。彼を思い出すための材料。

「……邪魔なんだよ」

 邪魔な物は取り除けば良い。寝間着も下着も。あの子も。嫌な思い出も。邪魔な物は全部、全部捨ててしまえばいい。

「ふっ……っ〜〜!!」

 自分の『気持ちいい場所』は自分が一番知っているから。慰めるのはもうすっかり慣れてしまった。

「ふぅ、ふぅ、ふー……」

 呼吸を整えて、ぬいぐるみを強く抱きしめる。

 抱き枕よりも小さくなってしまったボクの宝物。

「……だからだよ。だからボクは──」

 眠れない夜は君のせいだ。

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