起・これは幼馴染ですか?
朝チュン? 夢で終わらない願望
「起きて大和。もう朝よ」
目を開いたら俺の身体にまたがる姫光の姿が目に入った。
何故かエプロン姿で馬乗りになっていた。
「おはよ。朝ご飯の準備できたわよ」
「……おはよう」
状況が飲み込めないまま姫光と朝の挨拶を交わす。
「今日の朝ご飯はね、鰻の蒲焼きに麦とろごはんとスッポンのスープにしてみたのよ。アンタそういうの好きでしょ?」
ニコニコと満面の笑みで姫光は朝の献立を言う。メニューが朝からヘビーなのに突っ込みを入れた方がいいのだろうか?
いや、まず突っ込みを入れるべきはこの状況だろう。
「…………なんで姫光が俺の上に乗ってるんだ?」
必死に考えた末の突っ込みがこれである。
「何でって言われても……アンタが朝起こす時はこうして欲しいって言ったんだけど?」
不思議そうに小首を傾げる姫光。
あっ、いや突っ込むところ間違えたわ。
「…………なんで姫光が俺の部屋にいるんだ?」
そう、まずはそこからだ。
「はぁ? アンタ、まだ寝ぼけてるの? あたし達、昨日から
「……同棲?」
「そうよ。付き合ってるだけじゃ物足りないから、二人きりの時間をもっといっぱい作るために同棲したんでしょ」
「……付き合ってる? 俺と姫光が?」
「そ、あたしとアンタが」
「…………」
ははん。
これはあれだな。
俗に言う幸せな夢ってヤツだな?
「………………」
うーむ。
なんて言うか、
身体の感覚もそうだけど、何よりシチュエーションがベタすぎる。
現実味を求めすぎて失敗した感じ。
同棲って。
高校生で出来るわけないだろ。
確かにあの時そんな約束したけど。
もー、空気読めよな俺の夢。
現実味出すならそこはお泊まりデートからだろ。常識的に考えて。
「どうしたのよ?」
「アンタ、もしかして熱でもあるんじゃないの?」
姫光は顔を近づけておでこをコツンと重ねる。
「んー熱はないみたいね」
前かがみになったせいか服の隙間から豊満な胸元がチラリと見える。それがとても魅力的に思えた。
その光景に俺の邪な
「…………」
待てよ。
だってこれ夢なんだろ?
夢だったら何しても許されるよな?
俺の夢なんだから。
「……姫光。俺さ、朝ご飯より先にお前を食べたいんだけど、良いよな?」
欲望のままに導き出された言葉。もはや辛抱する必要もない。
「……ふぇ?」
姫光は言葉の意味を察したのかカーッと顔を赤らめる。
「……もう。大和のエッチ……」
そうポツリと呟きフッと目を伏せた。
そして。
「……もう、しょうがないわね」
そう言いながら姫光はベッドから降りる。そして、後ろ向きになり、エプロンの紐と髪をほどき、いそいそと服を脱ぎ始める。
幼馴染が自分の目の前で一枚づつモジモジと服を脱ぐ。徐々に露わになっていく真珠の様な色白の柔肌。
控えめに言って最高の光景だった。
前言撤回。
でかした俺の夢、良くやった!
「大和」
眼前には一糸まとわぬ姫光の
「い、いいわよ……どうぞ、召し上がれ……」
「…………」
大丈夫。
妄想で予行練習は済ませているから。
いきなり肌色の果実をがっつくような無粋な真似はしない。
もうラッキースケベの時代は終わった。
これからは誰も傷つかない夢想スケベの時代がやってくる。
夢の中なら罪悪感に心を痛めることもない。
「……おいで姫光。キスしよう」
俺はそっと姫光の身体を抱き寄せ──そして唇を重ねる。
「……んっ──はぁ……」
唇を離し、悩ましげな吐息を漏らす姫光。はっきり言って、その仕草が超エロかった。
「……ん?」
違和感。
なんていうか、夢にしては感触が妙に生々しい様な?
なんだろ、少し息苦しいし、唇もほんのり湿っぽい気が──。
そして。
「…………はっ!?」
唐突に目が覚めた。
眼に映ったのは見慣れた天井だった。
「…………」
ええええええ……
このタイミングで目覚めるのかよ……
ないわーマジないわー。
マジ空気読めよ俺の夢!
ここからが本番だろうが!
「はぁ……」
夢から
「……最悪だ」
「何が?」
寝覚めの気分ではない。襲いくる罪悪感に対してだ。
大切な幼馴染をネタにエロい夢を見てしまった。
「姫光相手にあんな夢を見るなんて……」
ヤバイ、罪悪感で死にたくなる。
「へぇ……どんな夢?」
「どんな夢って言えるわけない……ん?」
──あれ? 独り言なのに会話が成立している。
疑問を抱き声のする方へ眼を向ける。
「おはよ」
そこには制服にエプロンを着けた美少女が立っていた。
明るい色の茶髪。犬の尻尾みたいなサイドポニー。マスカラいらずの長いまつ毛。切れ長の薄い碧眼。日本人離れした容姿。
言わずもがな、姫光である。
「いつまで寝てんのよ。もう七時になるわよ」
「…………」
絶句。
思考停止。
理解が追いつかない。
えっ、何この状況?
「えっ、何? そのリアクションは? アンタはシャイニー海賊団の家訓その1を忘れたの?」
不機嫌そうに姫光は俺を見やる。
「あっ、はい。おはようございます」
姫光の睨みが微妙に怖かったのでとりあえず挨拶を返す。
「はい、良くできました。まったくもう、ねぼすけさんは相変わらずね」
「…………」
えっと……。
今度は夢──じゃないよな?
手をつねって身体の感覚を確認。
痛い。
痛みがある、これは紛れも無い現実だ。
「……お前、なんでここに居るんだ?」
寝起きの頭をフル稼動させて頭に浮かんだ疑問を姫光に投げかける。
「はぁ? アンタ、まだ寝ぼけてるの? 昨日約束したでしょ、忘れたの?」
「約束?」
「そうよ。今日からアンタの家にお邪魔するって昨日の朝に約束したんだけど?」
「…………?」
俺は言われている意味が理解出来ず当惑する。
昨日の朝。五月二十五日。約束。
端的なワードを手掛かりに俺は昨日の朝に起こった出来事を早回しで回想することにした。
「大和ってSNSは何やってるの?」
通学中の電車の中で姫光は俺にそんな質問を訊いてきた。
「SNS? ○witterと○INEだけど? それがどうかしたのか?」
「え? Twi○terは分かるけど、アンタ健以外友達いないのにLI○Eやってんの? 意味わかんないんだけど?」
目を丸くして酷いことを言う姫光。確かに俺は友達いないけど、LIN○は別に友達いなくても使うことあるから。
これだからパリピ陽キャは──ぼっちだってトークアプリくらい使うんだからな?
「いや待て。友達いなくても普通に使うから、母さんとか健と連絡取る時に“超”使うから」
むしろそれしか使い道がない。超の部分をあえて強調したのは単に意地というか見栄を張っているだけだけど。
「ふーん。へぇー……そっか、その二人だけなんだ」
何かに関心を示す様な素振りを見せて姫光は「じゃあさ」と言う。
「大和のI.D教えてよ。あとケータイの番号もついでに」
「…………えっ?」
唐突な申し出にビクリと硬直する俺。
「むぅ、何よ、そのリアクションは? あたしに連絡先教えるのが嫌だって言いたいわけ?」
「いや、そういうわけじゃなくて」
「じゃあ何よ? 理由があるならハッキリ言いなさいよ」
俺は。
「俺、L○NEのI.Dは登録してないんだ……」
情け無い一言を姫光に返す。
だって今まで他人に連絡先を教えることなんて一回もなかったし。
「ええ……じゃあ、QRコードでいいから出してよ」
「QRコード? 何だそれ?」
「…………はぁ」
「分かった。電話番号だけで良いから早く教えてよ。今から検索で探すから」
ピンク色のスマホを取り出しポチポチといじる姫光。
「急に言うなよ。自分の番号なんて見ないと分からないから」
俺は慌ててスマホを取り出す。
あれ? 電話番号ってどこ見れば良かったんだっけ?
「もーじれったいわね。ほら、スマホ貸して。あたしが全部やるから」
テンパる俺を見かねたのか、姫光の方からそんな申し出が入る。
「お、おう……分かった」
気持ち少しだけ苛立ち始めた姫光に俺は素早くスマホを渡す。気分的には貴族に物品を献上する平民の様な心持ちだった。
なんていうか、こういう連絡先をスマートに教えられずにモタモタともたつく辺りがぼっちの駄目な部分なんだろうな。
「はぁ? 何でプロフに自分の連絡先を登録してないのよ? もーほんと、面倒臭いわねー」
「…………」
駄目人間で本当に申し訳ない。
「……あっ、そっか。大和のスマホであたしのスマホに電話すれば良いのか。流石、あたし。機転が利くわねー」
そんな自画自賛な事をボヤきながら姫光は二つのスマホを両手で操り器用に作業を続ける。
「これで良しっと。次はQRコードね」
姫光はスマホにスマホをかざしてまた操作を続ける。
何だあれ? 何かの操作か?
姫光は体感にして一分弱の時間で連絡先の交換を終える。
「ほら、これでとりあえずケータイ番号とL○NEは交換したから。他は後でリプ送ったりメッセ飛ばして教えるから、ちゃんと後で確認しなさいよね?」
「あ、ああ……分かった」
はいこれ、と姫光から自分のスマホを受け取り俺はふと思う。
人生で初めて異性と
幼馴染の連絡先。
連絡先とLIN○のデータにある『姫川姫光』と『ひかり』の文字を見て俺はこの時、心の中でめちゃくちゃ喜んでいた。
「次は高田──高田」
車内アナウンスの声が耳に入り降車駅が間近まで迫っている事に気付く。
「あっ、それとさ。あたし、明日アンタの家にお邪魔するから」
「お邪魔? うちに遊びにでも来るのか?」
「ん、まぁ、それもあるけど……それ以外にもあると言うか……」
「それ以外にも?」
「ま、まぁ……詳しい話は明日するから」
「お、おう。分かった」
停車駅に止まりドアが開いた瞬間に人の波がぞろぞろと動き始める。
「じ、じゃあ、また明日ね」
そう言い残して姫光は逃げる様に電車から降りていく。
そんな。
そんな昨日のやり取りを振り返って俺は思った。
五月二十六日の朝、午前六時五十分の現在。
いつもより少しだけ早い目覚め。
「……いや、お邪魔って朝からなのかよ!」
全てを理解した俺は姫光にそう突っ込みを入れる。
「だから言ったじゃん。明日お邪魔するからって」
「あのニュアンスは学校終わってから来るって意味に聞こえたんだけど!?」
「ふーんふーんふーん♪」
「鼻歌で露骨に聞こえないふりしないで!」
「もー別にいいじゃない。朝も昼も夜も大して変わらないでしょ?」
「主に太陽の位置が変わるんですけど!」
というか、どうやって我が家に入って来たんだ? 鍵はかけて──なかったな、そういえば。
「そんなことより。早く起きて下に降りて来なさいよ。せっかく作った朝ごはんが冷めちゃうでしょ」
「朝ごはん? お前が作ってくれたのか?」
「そうよ。まぁ、あたしはもう『食べちゃった』から後はアンタだけよ」
唇をペロリと舐めて。
「あたしは下に行くからアンタも早く来なさいよ」
姫光は。
「ごちそーさま」
部屋を出る時にそうポツリと呟いた。
「……………」
自分の唇に触れ、寝起きの割に唇が
「…………夢、だよな?」
時間になりアラームが鳴り始め騒がしい自分の部屋。
どうやら俺は、夢にまでみた『幼馴染に起こしてもらう』シチュエーションをその身で実体験した様だ。
つくづく思う。
俺、幸せすぎて明日らへん死ぬんじゃないだろうか、と。
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