EP2 俺と幼馴染が告白する青春ラブコメ。
告白、とある少女の懺悔
誤解の無いようにあらかじめ一言だけ断りを入れさせてもらうよ。
ボクは一人称が『ボク』と『私』だけど、別に性同一性障害でも無ければ二重人格というわけでも無いから。
どちらかといえば、日常的な会話の中では一人称を『私』で通しているんだ。家庭内でも、学校内でも、いつもボクは私で生活している。
冷静になって考えてみてくれ。
日常の中で自分のことをボクと呼ぶ女の子を君は見た事があるだろうか?
多分、無いよね。そういうのは空想の世界の人物であり、妄想の産物であり、夢幻の化身なのだから。
ボクが自分をボクと呼ぶ時は限定的な時間と空間と用途でしか使わない。ボクは基本的にTPOをわきまえているから。
彼と二人きりの時に、人目のない場所で、彼が心を許した相手と一緒にいる場合だけ、私はボクになる。
どうしてそんな面倒な事をするのか、と誰かに問われたら迷わずボクはこう答えるだろう。
全ては彼のために。
彼がそれを望んでいるから。
彼が『先生』の代わりを欲しているから。
後は──そうだね、半分くらいは嫌がらせかな。
だって、彼は小学生になるまで『私』のことを男の子と勘違いしていたのだから。
だから『私』は彼の前でだけ『ボク』になる事を決めたんだ。
言っている意味が分からないだろ?
分からなくて当然だよ。誰かに理解されるとボクが困るんだ。
この告白は誰にも知られてはいけない。
この想いはボクだけのものだ。
ボクが抱えているこの醜悪な気持ちは
──分かってるよ。
結局のところボクは自分の罪を告白して罪悪感から逃れたいだけなんだ。
隣からボクを見つめている、現実から──逃げ出したいんだ。
正直言って、あの学校にいるとストレスが溜まるんだ。
隣に座っていると彼に対する不当な悪評や噂が嫌でも耳に入ってくるから。
本当、彼と同じクラスなのが不愉快極まりないよ。
彼への侮辱はつまるところボクへの侮辱でもある。
彼はボクにとっての写し鏡だから。
彼の喜びはボクの喜び。彼の怒りはボクの怒り。彼が哀しむとボクも哀しい。彼が楽しそうにしているとボクも楽しくなる。
彼がだらしないとボクもだらしなくなるから。
だからボクは自分を
彼が悪人と罵られるならボクも悪人になる。彼がボクに不遜な態度を取ればボクも彼に不遜な態度を取る。彼はボクを偽善者だと言うけれど、彼もまた偽善者なのだから。
彼とボクは表裏一体であり
相反する物同士が相手を必要とする助け合う関係。
氷の溶けた水で炭の火を消して燃え尽きるのを防ぎ、炭の火は氷を本来の姿である水に戻す。
でもね、その関係は同時に相手を殺す事になるんだ。
氷は溶けて氷としての価値を失うし、炭は火が消えて炭としての価値を失う。
それでもボクは、氷でいることを辞めたくないんだ。
ボクが氷じゃないと、いつか彼が燃え尽きてしまうから。
彼は自己犠牲の精神が人一倍強いから。
なにせ『大切な相手』を悪意から守るために彼は理不尽な冤罪を甘んじて受け入れたのだから。
──ボクは。
ボクは彼が犯人じゃない事を知っていた。
知っていたし、信じていた。
ボクは彼の気持ちを──彼女への想いをずっと、ずっと近くで見てきたから。
だからこそ分かるんだ。
彼が無実を安易に主張しなかった理由が。
冤罪を受け入れたのは彼女を守るため。
仮に彼が無罪を勝ち取った場合、あの事件は間違いなく続いていただろう。
いじめ行為の悪質化を
もしかしたら私物の盗難だけで収まらず本人に直接的な被害が出ていたかもしれない。
あの事件は『二人』を引き離すために用意された悲劇だ。
ボクが思うに、犯人の狙いは二人の仲を引き裂く事だ。
彼が村八分の扱いを受けた二学期から彼女の盗難被害がぴたりと止んだのがその証拠だ。
彼もそれを理解していた。
それが分かっていたから、ボクは彼の意思を汲んで、あの時何もしなかったんだ。
彼を
事件の長期化を防ぐために断罪者の愚行を黙認したんだ。
それに彼女の兄から「犯人を探すな」と行動を制限されていたから。
ボクとしても容疑者にされるのは嫌だったから。
全ては仕方がなかった事なんだ。
ボクは何も悪くない。悪いのは犯人だ。
──なんてね。
白々しいんだよ、ボク。
自分の都合の良い様に語るなよ。そんなのは後で知った後付けじゃないか。
だから偽善者って言われるんだよ。
何の為の懺悔だよ。本心を語れよ。自分の醜悪な本性をさらけ出せよ。
卑怯者なら卑怯者らしく最後の責任を果たせよ。
ああ、そうだよ。
ボクは二人が離れ離れになる様を心の何処かで喜んでいたんだ。
ようやく彼女に夢中になっている彼が、彼女のことしか見ていない彼が、ボクのことを見てくれる。
ボクにも
彼が欲しいならこのまま彼女を見殺しにしろ。
傷心の彼に優しく接して、甘い言葉を吐いて懐柔しろ。
ボクの中にいる『魔女』がボクにそう
愚かだよね。
結果的に全ては
その時も、その後も、そして今も。結局、ボクは手をこまねいて傍観しているだけだった。
後に残ったのは拭い切れない罪悪感、ただそれだけ。
当然だよね。大切な相手を二人も裏切ったんだから。
因果応報とは言わないよ。
だってボクはまだ罪に対する罰を受けていない。
ボクはまだ彼と彼女に自分の罪を告白していない。
罪悪感から解放される方法はただ一つ。
自身の罪を二人に告白して裁かれる事だ。
──違うね。そうじゃない。
それだけじゃ足りないんだ。
それだけだと罰としてはあまりにも生温い。
それで許されるなんて虫が良すぎる。
後続の憂いを断つためにも恨言は全てボクが引き受ける。
大丈夫。ボクならやれる。
ボクなら最期まで演じ切れる。
今までだって口うるさい隣人を演じてきたから。
ボクが、ボクこそが犯人だと彼の前で言うんだ。
たとえそれが事実無根のデタラメだろうと彼にそうだと信じ込ませるんだ。
そして彼の手でボクの罪を裁いてもらうんだ。
そうだよ、ボクはまだ罰を受けていない。
彼と彼女の仲睦まじい姿を偶然目の当たりにした程度なんて罰のうちに入らないんだ。
五月二十六日の朝。眠れない夜からの目覚め。
いつもより遅い起床。いつもより遅い朝食。いつもより一本遅い電車。
偶然の邂逅。必然の瞬間。
仲良く自転車の二人乗りをして通り過ぎて行く彼と彼女。
和解の成立。絆の再生。
それは現実との対面。
覚悟は出来た。
最後の責任を果たすためにボクは自分を犠牲にする。
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