起・幼馴染、お持ち帰りしますか?

朝、登校の一幕

 ──やっぱり俺って文才無いわ。


 スマホに映る文字列をながめ、そんな自己評価を下す。小説投稿サイトに書いた取り留めのない小説っぽい何かを一応念のために保存しておく。一応、念のため。目がすべる駄文とはいえ、もしかしたら何かに使えるかもしれないから。


 スマホの画面から目をそらし、電車の窓をかいして外に目を向ける。窓の向こうにはのどかな田園風景。いかにも地方の片田舎といった風景が目に映る。


 電車通学は酷く退屈なものだ。話し相手がいなければ暇つぶしにソシャゲをするか、SNSを覗くか、はたまた小説投稿サイトを経由して小説を書くか、または読むかの選択肢しかない。Wi-Fiの無い場所で動画を見ると通信量が悲惨な事になるのでこれは選択肢から除外しておく。


 車窓から見える風景を楽しむのも高校入学から半年もしないうちに飽きてしまった。


 まぁ、話し相手がいてもあんまり変わらない気がするけど。


「ご乗車ありがとうございます。まもなく高田たかだ、高田です──」


 そんな車内アナウンスから数分後、電車が停車駅に止まる。プシュー、と風船から空気が抜けるような音が鳴り、ドアがゆっくりと開く。それに呼応して人の波がぞろぞろと動き出す。

 いかにも今どきの女子高生といった感じの集団グループ追随ついずいして車内から外に降りる。


 人混みに揉まれるのが苦痛なので足早に駅ホームのすみに待避する。


姫川ひめかわさん、おはよー」

「おはよー」

 女子高生グループの面々が見知った顔と朝の挨拶を交わす。

 自分とは違う高校の制服。それをふくんだ人混みが遠ざかるのを駅ホームの隅っこからボンヤリと見送る。人混みが引いたのを見計らってから俺も改札口に向かう。


 五月二十一日。高校二年生の初夏。

 高校生になってから、人と朝の挨拶を交わす事が極端に減った。

 朝起きても家には自分と愛犬しかいない。唯一の家族である母親は仕事で中々家に帰ってこないという家庭環境なもんだから、人との会話によるコミュニケーションが日を追うごとに減少している。

 二人と一匹には広すぎる間取りの家。

 いってきます、ただいま、を言わなくなった家庭。

 ただでさえ人嫌いなのに。

 ほんと、そのうち人見知りを通り越してコミュ症になるかもしれない。


 まぁ、でも。

 減ってはいるけど決してゼロでは無い。

 毎日とは言えないが、少なくとも一人はいる。


「おーす。大和やまと

 駅の改札口を出ると、横から馴染みのある声が聞こえた。

「おう、おはようたける

 視線を向ければ、そこには見知った小さな頭。


 谷浜健たにはまたける

 同年代の男子高生に比べて大分見劣りする背丈。イヌ科の動物を連想させるつぶらな瞳。中学生と言われたらそれで納得するほどの童顔。全体的に成長不足な印象が強い男子。それが健。幼稚園時代から仲の良い友達。分かりやすく言えば幼馴染。さらに言えば俺にとってかけがえのない親友ベストフレンド。とても良い奴だ。

 どれくらい良い奴かと言えば──。


「なんだ、わざわざ待っててくれたのか?」

「おう。なんか最近大和とあんま喋って無いなーって思ってよ」


 こんな感じで出待ちまでして俺に声を掛けてくれる優しい奴なんだよ。

「途中まで一緒に行こーぜ」

 そんな事を言って、健はさり気無くとなりに並ぶ。

「ああ、途中までな」

 そう、途中まで。通行の邪魔にならない程度に横並びで他愛も無い話をしながら。

 いつもの別れ道まで。


 黒に近い濃紺色をした自分のズボンとは違う白黒のモノトーンカラーを基調としたチェック柄のズボン。それが俺と歩幅を合わせるためによどみなく動く。


 お城みたいな駅舎を出て横断歩道の信号を待つ。青になったら人の流れに乗り、市街地に向かって歩いていく。


「今日はなんかすげー天気良いよな。太陽がギラギラで超まぶしい」

「ああ、そうだな……」


 健の言う通り今日の天気は陽気な空だった。五月の下旬とはいえ陽射しが中々強く、日陰に入らないと背中が軽く汗ばむ位には気温が高かった。


「なんつーか、もうすぐ夏って感じだなー大和」

「ああ、そうだな……」

「高校二年生の夏だからなんか色々やりてーよな」

「ああ、そうだな……」


 生返事を三回もしたせいか、健は少しムッとした顔で言う。

「大和、おれの話ちゃんと聞いてんのか?」

「ああ、聞いてる、聞いてる、超聞いてる」

 なんなら一言一句間違えずに復唱してもいい。

「本当か? なら良いけど」

「俺が健の話を聞いてない時があったか?」

「うーん。言われてみれば……無いな!」

「だろ?」


 この短い会話のやり取りで分かるように健は少しアホの子だったりする。少し、ほんの少しだけ。爪の甘皮程度に頭がゆるい。ついでに言えば学力もあんまり高くない。偏差値で言えば四十を下回るかもしれない。


 健は良くも悪くも能天気なところが性格に強く現れている。

 唯一無二の親友を悪く言うのも気が引けるのでフォローを入れるなら、その持ち前の能天気からくる明るい性格のおかげか交友関係が広い。俺なんかとは天地の差で。


 それはともかく。

「つーか、高校二年生の夏って言うほど特別な時期か? 去年は去年で高校生最初の夏とか言ってた気がするんだけど?」

 俺がそう尋ねると健はどこか得意げな感じで返す。

「分かってねーな大和。高校二年生の夏を制する奴は青春を制するんだよ」

「へぇ……」

 どこかで聞いたようなフレーズだな。リバウンドのなんとかがゲームをほにゃららみたいな。

 というか、高二の夏を制したら青春を制するという触れ込みに具体的なビジョンが全く見えてこないんだけど。


「健、そこんとこくわしく」

 俺が興味本位でくと健は持論を展開する。

「いーか大和。高校二年生の夏はレベルアップすんのに一番ベストな時期なんだよ」

「…………」

 一番ベストという二重表現に突っ込んでやりたいが、ここはスルー。


「へぇ、そうなんだ」

 俺はテキトーな相槌あいづちを打って健に「なんで?」と聞き返す。ぶっちゃけ説明が足りてなさすぎて全く納得できていない。

「ほら、高三になると進路で色々いそがしいだろ?」

「まぁ、そうだな。人によるけど」

「そ、それに高一の時は学校の環境とか色々慣れてなくてあんまり余裕とかそーいうの無かったじゃねーか?」

「まぁ、そうだな。人によるけど」

 俺の意地悪な返しに健は威嚇いかくしたハリセンボンみたいにむくれる。

「いーんだよ! そーいう前提で話を聞いてくれよ!」

「はいはい。分かった」

 ぷりぷりと怒る健に和みつつ、その後もあーだこーだと会話を続ける。


「つまりな、今年の夏はなんか思い出に残るデッケーことにチャレンジしようぜ!」

 健の話をまとめるとそういう事らしい。

「…………」

 健の場合、来年は来年で高校最後の夏とか言い出しそうなんだよな。


 どうして人は夏に特別な何かを求めるのだろうか。やれ恋の季節だのなんだのと。夏なんて暑いだけの季節だろうに。


 なんていうか、今ひとつ気が乗らない。面倒臭いってわけじゃないけど。

「デッケーこと、ねぇ……それは去年の夏にやった県内縦断自転車チャリンコの旅よりもスケールの大きいことか?」


 まぁ、あれはあれで結構楽しかった。二人で計画を練って実行した二泊三日の小旅行。スケールが大きいかは微妙だけど、思い出に残ると言えば間違いなくあの旅は思い出に残るものだった。


「いんや、今年は違う」

 俺の問いに対してキッパリと否定する健。

「違うのか?」

「ああいうのも悪くねーけど今回は二人だけじゃなくてもっと人数を増やしてやろうって思ってんだ」

「……人数を増やす?」

「おう。今年は“”でやろうぜ」

 チクリと。

 胸の奥底に何かが刺さった様な感覚に襲われる。


「……なぁ、健。みんなって誰のことだ?」

「はぁ? みんなはみんなだよ。おれ達と一緒だっただよ。ほらあれだ、シャイニー海賊団」


 チクリと痛んだ胸から血の様にどくどくと流れてじわじわと広がる記憶の一部。

 シャイニー海賊団。

 人気少年漫画にあやかって結成した八人と一匹だけの小さな海賊団グループ

 お姫様みたいな船長に振り回された哀れな仲間たち。宝箱にしまったキラキラした思い出。かけがえのない大切なもの。

 失われた友達の輪。


「最初は人数集めるところから始めないとな。やっぱ声かけるなら船長の──」

「健」

 言いかけた健の話をさえぎる自分じゃない誰かの声。

 声のする方に視線を向ければ──そこには、いつもの別れ道があった。


 その別れ道の前に複数の人がいる。

 見覚えのある顔ぶれ。見知った顔。見慣れない顔。そして、見たくない顔。

 それらが群れをなし集団を作っている。自分とは違う学校の高校生グループ。


「おーす、雪雄ゆきお

 見たくない顔と朝の挨拶を交わす健。

「ちょうど良かった。今、大和とな夏の──」

 離れる健に俺は別れを告げる。

「じゃあ、またな健」

「お、おい? 大和?」


 待てよ、という健の呼び止めを無視して自分の通っている学校に向けて逃げるような早足で歩いていく。

 なんていうか。

 無言で立ち去らずに一声かけただけでも俺としては頑張った方だ。走らなかったのは我ながらえらいとさえ思う。


 あぶない、あぶない。

 楽しいおしゃべりは時間が過ぎるのが早いから。うっかりして周りへの警戒をおこたる。

 ほんと、十分くらいの登校時間なんてあっという間だよな。

 健のやつ話上手だから、次からは気をつけないと。


「……ははっ。朝から嫌なもん見せんなよ」

 現実は残酷だ。露骨なまでに結果だけを見せつけてくる。


「……マジ最悪な気分だ」

 そんな怨嗟えんさにも似た言葉を呟き、俺は自分の通う学校に向けてふらふらと歩いて行った。

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