昼、休み時間の過ごし方
地元で一番偏差値の高い進学校、県立上越国際高等学校に進学して良かったと思える事が一つだけある。
それはクラスメイトの知能指数の高さからくる理解力と考察力の限りを尽くした俺に対する正当な人物評価である。
有り体に言えば察しが良い。砕けた言い方をするなら、うちのクラスメイトは空気が読める。
こちらから何も言わずとも『話しかけんなオーラ』をじわじわと周囲に発露するだけで「ああ、
おかげ様で高校入学から一年以上が経過した現在において、俺はクラスメイトとコミュニケーションをとる事がなくなった。日常的な会話どころか挨拶すらも。
まぁ、返事とか事務的な必要最低限の会話はするけど、それは個人的にコミュニケーションとは思っていない。
根暗な陰キャがクラスメイトからつまはじきにされている。
でもな、そうじゃないんだよ。
俺がクラスメイトをつまはじきにしているんだ。
立場の違い。見解の相違。善と悪の分水嶺。
悪いのはどちらか? 決まっている100パーセント俺が悪い。
俺が他人を拒むからクラスメイトが色々と空気を読む羽目になっているんだ。
必要以上に干渉できない人物。人間の形をしたヒトではない何か。感情が欠落した人形みたいな生き物。多分そんな風に見えているのだろう。
俺を人外として扱いクラスカーストの枠から除外する。
本当にありがとう。その気遣いに感謝しかない。
その過剰な気遣いで残りの高校生活も一つよろしく頼む。
誰も損をしないならそれで良い。誰も傷つかない優しい世界。自由気ままな
周りからの過剰な気遣いで成り立っている最高で最低な高校生活に変化なんていらない。俺は一人で良い、一人が良いんだ。俺の取り扱い方を知らない奴しかいないこの学校で友達は作らない。
友達が作れないんじゃない。作らないんだ。俺をそこらの根暗陰キャと一緒にするな。友達という不確かな存在に
親友や友人は個人だけど友達は大衆。大衆はつまりその他大勢。
親友と友人は必要だけどその他大勢はいらない。
親友と友人以外は仲間じゃない。
友人の友達は友人じゃない。仲間の知り合いも仲間じゃない。少なくとも俺にとってそれらはただの他人だ。
それに俺を傷つける奴は他人ですらないただの敵だ。
友達なんて必要ない。変わる必要なんて無い。自分は自分。他人は他人。合わないならそれで良い。交友関係は選り好みするのが一番。仲間が多いと管理するのが面倒だから。友達がいると友達の友達が不幸や面倒事を持ち込むから。
面倒なら捨てればいい。
二人きりが叶わないなら一人で良い。
それで良いと思っていた。それが一番楽だと思っていた。
思っていたんだ。
俺以外にも人間関係に憂いを感じている奴がいる。それが『アイツ』だと知るその瞬間まで。
無視していたはずの現実が向こうから歩み寄ってくる。
それは俺にとって変化の兆しだった。
■ ■ ■
昼休み。学校の裏庭。暗くて湿っぽいあまり日の当たらない場所。
昼飯の時間。メニューはコンビニの惣菜パン。
正直に言ってアレは結構しんどい。身体が全然休まらないし、夏場だと空気の通りが悪く、とても蒸し暑い。
だから俺はここに来る。教室よりも涼しいこの場所に。
偏差値六十以上の進学校とはいえ、片田舎の公立だから全ての教室にエアコンが完備されているわけもなく。五月の下旬なら多少暑くても窓を開ければそれで暑さをしのげると学校側は思っているのだろう。
分かってないな、時代は省エネじゃなくてコスト削減なんだよ。人が群れるからから蒸れて暑くなる。なら人の群れを減らせば良い。
この学校は断捨離が出来ていない。
必要ないものは切り捨てる。邪魔はものは排除する。
それが実行出来ていないから俺みたいなボッチを
対応が甘いな。いつまで放置しておくんだよ。
腐ったみかんが他を腐らせる前にキチンと排除しろよ。
まぁ、学校側からすれば真面目に勉強さえしていれば生徒なんてなんでも良いんだろうけど。
問題を起こさない真面目で勤勉な生徒。なんだそれ。没個性にも程があるだろ。
「…………」
個性、か。
個性的って言葉は他人が下す悪評を耳心地が良い様に変えたものだって誰かが言っていた。
『君は個性的だね、は悪評をオブラートに包んだ嫌味であって褒め言葉ではないとウチは思うんッスよ』
それ、誰が言ってたんだっけ?
天を仰ぎ、思考を巡らせ、パンを食べながら記憶の平野部を散策する。
校舎の隙間から覗く青い空、流れる白い雲を日陰の中から眺め、あの日言われた個性的な言葉を思い出す。
あれは確か──。
「見つけましたよ先輩」
思い出に溶かされていた意識が聞き覚えのある声でハッと現実に引き戻される。
「教室にいないと思ったら、こんな薄暗い場所で一体何してるんですか?」
そんな事を言ってゆっくりと近づいてくる
何してる、ね。見れば分かるだろうに。
「なんで教室で待っててくれなかったんですか?」
なんで、か。理由は色々あるけど一番の理由を強いて上げるなら、それはやはり雑音が
興味のない他人の会話は全て
雑音がブンブンとハエの羽音みたいに聞こえるんだ。
「あれー?
それはお前が鬱陶しいからだよ。
スマホを操作して音楽の
「もしもーし? せんぱーい? 聞こえてますかー? おーい?」
耳を塞いでるのに声が聞こえるってどんだけ声がデカいんだよ。五月蝿い上にウザいなこいつは……俺が無視してるの分からないのか?
そう思って視界に入らないよに顔を背けた時である。
「……えいっ」
ボスっと柔らかいものが
「………っ!?!?」
予想もしていなかった事態に驚き俺は声にならない悲鳴をあげる。
「おまっ、いきなり何やってんだよ!?」
悲鳴じみた俺の問いに不満そうな声が返ってくる。
「何やってんだよ──はこっちのセリフですよ! 美夜子が話しかけてるのに先輩がつれない態度とるのがいけないんですからね!? 分かりますか? この罪の重さが!」
くるりとこちらの顔を覗き込む小さな顔。ペシペシと膝を叩く小さな手。大きな瞳と視線がかち合い体の内側から熱いものが込み上げてくる。
相手の身体を触って押しのけるのは容易だ。だが、生憎と異性の身体に触れた経験が
セクハラ駄目絶対。
そういう事だから、俺は一切動かないからな!
「いいから、はやく離れろよ!」
「嫌です」
「なんでだよ!?」
「どいて欲しいならイヤホンとって下さい」
膝の上に居座るウザい後輩は自分の耳をちょいちょいと指差してジェスチャーで俺にイヤホンを外すように伝える。
「ほら、これでいいだろ!」
耳からイヤホンを外して人の股座に居座る後輩を親の
「先輩、ご自身の罪の重さを理解しましたか?」
「罪の重さよりも先に積み重なったお前の体重が分かりそうなんだが?」
はっきり言って接触部の温もりが生々しすぎて気不味い。
「なるほど、つまり先輩は今人間
「知らねーよ。いいから、早くどけ!」
「はいはい。分かりました──よっと」
ひょいっと立ち上がり俺に影を落とす長い黒髪の一年生女子。
こいつの人物紹介はこの一言でだいたい終わる。ウザい後輩。以上。
「むむ、なんか今しがた美夜子がぞんざいな扱いを受けた気がするんですけど?」
エスパーかお前。
「美夜子は先輩の、
「……お前、どこ見て喋ってんだ?」
そして何故に説明口調。
「ご存知の通り昔先輩は美夜子のお家の割と近くに住んでました」
「知ってる」
「ついでに言うと美夜子と先輩は小、中学時代同じ学校に通ってました」
「それは知ってる」
「あと同じ塾にも通ってました」
「それも知ってる」
「有り体に言えば美夜子と先輩は幼馴染です」
「それはお前の思い込みだ」
「むぅ……まぁ、いいでしょう。そして高校で先輩と再会してから一ヶ月以上が経過しました」
「…………」
四月の頃に声をかけられた時は「美夜子ですよ」と名乗られるまで冗談抜きで全く誰か分からなかった。中学時代と今の容姿にギャップがありすぎて不覚にもあの時「え? どちら様ですか?」と挙動不審な反応をしてしまった。
高校デビューのためのイメチェンなんだろう。あか抜けたなんて月並みな言葉を
まぁ、中身は一ミリも変わってないけど。
「──それがどうした?」
「いえ、やっぱり最初は掴みが肝心かと思いまして」
「なんの話だよ!?」
お前は一体何を言っているんだ!?
「だからこそ美夜子は思うんですよ」
「人の質問に答えろ!」
クルリと振り返りウザい後輩は言う。
「やっぱり先輩にはプライベートルームが必要なんだなって」
「…………は?」
何言ってんだこいつ。
プライベートルーム? 話の脈絡は
「あれ? 何ですか、その「何言ってんだこいつ」と言いたそうなお顔は?」
「よく分かったな。その通りだ」
ウザい後輩はウザさに磨きをかけたいのかふぅ、とわざとらしい
「やれやれですよ先輩。まさか昨日のお昼休みに美夜子が言ったことをもうお忘れになるとは。さては頭に蟹味噌が詰まってますね?」
両手でピースサインを作りチョキチョキと蟹の真似をする後輩女子。
「んなもん詰まってねぇよ……」
「もしや、海老味噌の方でしたか!?」
「海産物から離れろよ!」
「ならば糠味噌ですかね?」
「そういう問題じゃねぇ!」
ニヤニヤ笑う後輩のウザさにげんなりしつつ俺は昨日の放課後を振り返る。
えーと、こいつ何て言ってたっけ?
「…………」
──あー、そうだった。人目もはばからずに公衆の面前でピーピー騒いでウザ絡みしてくるもんだから適当な相槌打って聞き流したんだった。やべぇ、内容全然覚えてないわ。
「ああ……悪い。ウザいから全然聞いてなかった」
「今サラッとウザいって言いましたね!? 先輩酷いです!」
顔を手で
「ううっ……先輩、美夜子は悲しいですよ。敬愛する先輩にウザいと思われていたなんて、ショックを隠しきれません」
「そうか、次からはちゃんと隠せよ」
ついでにウザいハイテンションも直してこい。
「もー先輩は少しくらい悪びれる素振りを見せて下さいよ。約束すっぽかすなんて普通だったら重罪ですよ重罪。フリだけでもいいですから美夜子にごめんなさいして欲しいです」
「フリだけでいいのかよ……」
じゃあ謝らないわ。
「それで約束ってやつは何なんだ? 簡潔な説明で頼む」
「分かりました。簡潔ですね」
それから数分後。
「──というわけです」
「……はぁ、部活ね」
簡潔って言った割に結構喋ったなこいつは。
「お前の無駄に長たらしい話をまとめると俺が
ウザい後輩はフッ、と嘲笑うように返す。
「ええ、そうですね。その無駄に長ったらしい話も先輩がキチンと昨日のうちに把握していれば無駄な時間もとらずに済んだんですけどねー。おかげでお昼ご飯を先輩と御一緒できませんでした。残念無念です」
「…………」
確かにそうだけど、正論なんだけど──なんだろう、この腹の底から込み上げてくるムカつきは。あれか、食べたパンで胸焼け起こしたのかな?
というか、さり気に昼飯を一緒に食べる算段を立てるな。お前と一緒に昼飯とかありえないから。
「まぁ、一番の無駄は俺にその話を持ちかけてきた事だけどな」
昨日のうちに把握しても今知っても答えは変わらない。
「悪いけどそれは諦めてくれ」
「嫌です」
間髪入れず即答する後輩女子。
「納得のいく理由を聞かせてもらうまで美夜子は先輩にウザ絡みを続ける所存です」
「お前、ウザ絡みしてる自覚があったのか……」
今日一番の朗報が舞い込んできた。どうやら後輩は自身がウザいと自覚しているようだ。いや、自覚してんなら少しは自重しろよ。
「さぁ、先輩。観念して美夜子に納得のいく説明をして下さい。黙秘権を行使した場合は美夜子裁判で物理的な意味でウザ絡みの刑に処しますよ?」
手をエロ親父のようにワキワキと
「何だそれ、魔女裁判にも程があるだろ。つーか近寄るな、暑苦しい」
俺が手で静止を呼び掛けると変態後輩は「もー先輩はシャイですねー」と文句を垂れる
「ちゃんと説明するから少し待て。待て。おすわり。考えをまとめるからそこに座ってろ」
「はーい」
理由、理由か。単純に面倒くさいってのもあるけど──。
「よいしょ……っと」
学校内のプライベートルーム。確かに魅力的ではある。人目を気にせず自由にくつろげる空間。それがあれば少なくとも学校生活は今より快適になるだろう。
だが、
最大の不安要素はこいつが異性だって事だ。
男と女が二人きりの部室で密会をする。部活という名目こそあるが傍目から見たら
──いや、いたな一人。俺とこいつの昔を知っていて味方してくれそうな奴が。
まぁ、今となってはもう関係ない事だけど。
「先輩」
「あっ? まだ考えがまとまってないからもう少し──」
「今、美夜子のスカートの中を覗いてましたね?」
「……はい?」
急に訳のわからんことをボヤきサッとスカートを手で押さえる後輩。
「真剣なお顔で美夜子を凝視しているから何を見てるんだろうと思ったら──まさか、パンツをガン見していたなんて……正直言ってドン引きです」
「ふざけんな! お前のなんか見ねーよ!」
人が真剣に考えてるときに何言ってんだこの女は!
「お前のなんか、という事は他の
「どっちにしろ覗かねーよ!」
「つまり先輩は女性のパンツに興味がないと言いたいんですか!? それはそれでドン引きです……」
「論点が違うだろ! 今議論しているのは見てるか見てないかだ!」
「ということはやっぱり見てたんですか!?」
「だから見てねーよ!!!」
人気のない裏庭で渾身のツッコミが炸裂した瞬間だった。
「先輩、視姦は立派な犯罪ですよ? 性犯罪は美夜子裁判じゃなくても有罪判決確定です」
「冤罪も大概にしろよ!」
「先輩、潔く罪を認めて下さい。今ごめんなさいすれば許してあげますから。見えそうな座り方をした美夜子にも非があるのでここは一つ両成敗ということで示談交渉です」
頭がおかしいキチガイ後輩は目を伏せてボソッと呟く。
「美夜子はちょっと気不味いですけど……」
「…………」
ああ、くそ。どうもこいつと一緒にいると調子が狂う。
「…………」
そうだ、そうだよ。相手が離れないならこっちから離れればいいんだ。
「はぁ……」
「交渉は決裂だ。じゃあな」
後輩に別れを告げて教室に戻ろうとしたら「待ってください」と呼び止められる。後ろ髪を引かれる思いが俺にもあったのか不意に足が止まる。
「確かに痴漢やセクハラの冤罪はその場で解決せずに後日改めて弁護士を雇ってから交渉するのがベストですけど、美夜子は別に先輩を訴えるつもりはありませんよ!?」
「そっちの交渉じゃねーよ! いい加減にしろ!」
立ち止まって損したわ!
「先輩、ナイスツッコミです」
「からかってるだろお前!」
年下にからかわれて腹が立った俺は今度こそ立ち止まらずにその場を離れる。
アイツ本当にウザいなマジでムカつく。
「先輩、美夜子は諦めませんからね」
背後から真面目な声音でそんな言葉をかけられても俺の足は止まらない。
「美夜子は知ってます。先輩の
まぁ、真にあの後輩のムカつくところは──。
「先輩が一人ぼっち嫌だってこと。美夜子はちゃんと知ってますから……」
俺の性格を的確に把握しているところだ。
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