この問題を解かないで下さい。
Kanade
宮澤裕太の解答
高校最後の夏。
平成最後の夏。
気温は軽々と人の体温を超え、クーラーも設置されていないような田舎の公立校は馬鹿みたいに暑い。
扇風機が絶え間なく首を振っていようが所詮は生温い空気をかき回しているだけに過ぎず、止まることを知らない汗のせいで制服はベタベタと張り付いてきて気持ち悪い。
すでに教室には複数の制汗剤の匂いが混ざり合い、鼻孔を刺激し続けていることも気分を悪くする。
かといって使わないなんて選択肢は取れないので、スプレーよりかは匂いがマシだろうと買った汗拭きシートを首元にやり、軽く拭いていく。
「意味わかんねーよ……こんな暑い中で勉強とかしたところで頭に入るわけねーじゃん。ほんとないわ」
机にうつ伏せになりながら愚痴と「あ゙あ゙あ゙」と奇声を発しているのは後ろの席に座る幼馴染。
名前は
「それな。まあ、だからといって受験生の俺らが勉強しない理由はないけど」
「いや、そーだけど、そうじゃないだろ……? この暑さはやばいって。半端ないって。ていうか、うちの学校はなんでクーラーがないの? アホなの?」
「アホだから教室にはクーラーを置かないくせに職員室には設置しやがったんだろ」
「爆発しろ!!!」
不穏な発言が聞こえた気がするが、敢えてツッコむことはせず、そのまま流しておく。
冗談だと分かっているのも一つの理由だが、いっそ爆発してしまえばいいと考えているのはこちらも同じだというのが一番の理由である。
「とりあえず、爆破の話は後にして勉強するぞ。お前が一人じゃ集中できねーからって補習のあとにわざわざ残ることにしたんだろ」
「……。やりますかぁ」
そもそも、ここまで文句を言いながら学校にいる理由は広樹にある。
夏休みに入った今、わざわざ学校へ来ているのは希望者のための夏期講習に参加するため。
受験生としてそれは出るほかない。
しかし、補習は午前で終了して午後からは生徒が自由に教室を使える時間となる。
正直、この暑苦しい教室の中で、ベタベタとする制服を着ながら残って勉強するくらいならとっとと家に帰ってクーラーのきいた部屋で勉強に励んでいたい。
それを、一人じゃ集中できないし、家にいたら他のことをしたくなるからと言って学校で一緒に勉強してほしいと言ってきたのが広樹だ。
いやだ、と拒否することもできた。
それを簡単に言えてしまうくらいには気心知れてる仲の相手だ。
それをしなかったのは、まあ、なんというか、これが高校最後の夏休みになるから、という思いがあったからであって。
「ほんと、あほらし……」
「何が?」
「え、あー……クーラーのこと。最初から職員室につけるときに一緒につけておけば良かったのになって思ってた」
「マジそれな!!?」
思っていたこととは全然違うことを言ったのだが、広樹は気づく様子もなく次々に愚痴を溢していく。
安心と、少しの不満。
思うことすら烏滸がましいことなのに、思わずにはいられないからこそめんどくさい。
かといって簡単に捨てきれるほど軽いものではない。
「(気づけよ、とか……。アホは俺だろ)」
違うだろ。
気づかせちゃいけないんだろ。
だから、何事もなく、親友のまま終わらせるために、いい思い出にするために、残りの時間を大事にするって決めたんだろ。
高校まで。
こんな思いを抱えて生きるのは、あと半年足らずの間だけ。
大学に行ったらきれいサッパリ忘れる。
告白とか、そんなことは絶対しない。
そんなことは〝普通〟しないから。
男同士はそんなことしないから。
今の親友って関係が〝正しい〟在り方だ。
男同士だから、当然だろ。
「おい、聞いてんのか裕太」
「聞いてる聞いてる。つーか、お前早くそれ解けよ。さっきからペン止まってるぞ」
「わかんねーんだよ!!!」
「俺にキレんな!」
「じゃあ、教えて!!?」
「俺、数Ⅲやってねえよ!!」
くだらない会話が心地良い。
だからこそ、頭をよぎるのは、胸を締め付けるのはこいつへの罪悪感。
気づかれてしまったとき、拒絶されるのではないかという恐怖。
ごめん。
気持ち悪くてごめん。
親友なのに、ごめん。
絶対に言葉になんてしないから。
忘れるから。
ちゃんと何もなかったことにするから。
だから、あとすこしだけ。
少しの間だけ、許してほしい。
ただの親友にもどるから。
お願い、側にいさせて。
解答︰言葉にするのも烏滸がましいほどのこの想いは全てなかったことにして、これからも親友で有り続ける。
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