先触れ
韮崎旭
先触れ
この橋渡れよ雨音が、もうすぐそこらでたたずんで、14の時を告げるから、この橋渡れよ雨音が、もうすぐそこらで偏執狂、この橋渡ればその先が、雨音の薗あじさいの、咲き脳を裂く光の暗渠。
さあ用意はできたかい? さて、墓参の陽気もこの陽気では日が落ちる。天蓋が落ちる。井戸の底。割れた頭蓋数えては、銃剣の先に郷愁。件をみたよ、その辻で。怪談は嫌いかお嬢さん、妙なこったな君のその、血で飾られた掌は、死で充たされた小唄の群れは、確かに怪談そのものなのに。時期に狂わされたか、この橋渡れよ雨音の、弦をはじけば夜はもう深い。
猫の目を攫う昼下がり、室外機、水道橋、ガス料金、積算電力計、配電盤、排熱の市街のけだるさを、詰め込んだ鞄が重くてならない、嬰児の名を呼べば見知らぬ辻。
人の目を晒す昼下がり、猟奇譚、水道局、浄水場、緩速濾過池、送電線のあやとりに見慣れたカラスが釣り下がってら。
今、橋渡れよ雨音の、瞳は沈んで美しく、厳冬に似た清澄と、星座のような妄想症。見立てはあらゆる狂気の兆候、橋の向こうはさて知れぬ、見学さえも見知らぬ土地に、雨音だけが導いて。オホーツク海気団か秋雨か、季節外れの氷晶に、抱えた空漠が渇望するのを知っている。この橋渡れよ雨音が、君のその手を引いてゆく。君はその手に応ずるだろう。赤で塗られた下駄の音。木製の橋梁に反響し、迫りくるスコール幻視か冥土か知らぬ間に、盛夏の夜更けにとけて去る。
この橋渡れ、君よ今。雨音の声はもう、聞こえなくなるのが間際。
先触れ 韮崎旭 @nakaimaizumi
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