第3話
「やっぱり友達ってありがたいものだね」
「来週は美樹さん友達の良さに気づくの巻! お楽しみにね」
「ご覧のスポンサーの提供でお送りしました」
美樹は詩織と笑いあった。高校からの帰り道は、いつも果てしないテンションで盛り上がる。
「詩織と同じ中学通ってればよかったって本気で思うよ」
「それは私も思う。中学生バージョンの美樹をゲットしたかった」
「高校生バージョンは既にゲットしてるんだ」
「うん。大事にしまってある。観賞用と保存用と2つ買わなきゃ」
「オタク怖いよーアハハ」
高校に入ってから、本当の友達と出会えたのだと美樹は考えていた。中学校までは不遇の時代だったけれど、今こそあるべき人生が始まったのだ。自分に合う環境がやっと見つかったのだ、と。
詩織は美樹の発言を遮ったりせず、必ずなんらかの反応を示した。美樹を大切に思っていることを態度や言葉で常に表現し、気を使わせることがなかった。
電車の待ち時間すらも、詩織と話していれば退屈しない。だが親友が降りてからの3駅分は、毎回打って変わってつまらないものであった。表情から色が消えるのが美樹自身にもわかる。スマートフォンを確認するが、嬉しい通知はめったに来ない。それでも暇さえあれば確認せずにはいられない。
梅雨も既に終わろうとしていた。窓から差し込む夕日が思い出したように車内を照らす。クーラーの冷気の濃淡。高校の勉強は、段々と美樹の手に負えない状態になってきた。
某連絡アプリの友達欄を眺める。
たまには中学の友達とチャットでもするかと、適当な相手を探す。
陽菜乃の印象はこの頃悪くなる一方であった。あえて連絡しないことでささやかな復讐をしている気になっていた。だが彼女の方から連絡が来たことも一度もなかった。
この日は友香にメッセージを送ってみた。何回かのやり取りの後、電話で話そうということになった。
定型文のような挨拶を終えてから、自然と部活のことが話題に上った。
「久保島は部活入った?」
「入ってないよ。家遠いし勉強忙しいから。友香は?」
「私はまた合唱部に入ったんだ。高校上がって結構本格的な練習とかやってる。他に米田とか川原とか、西中で合唱部だった子も入ったんだよ」
「陽菜乃元気?」
「川原はね、うん、相変わらずだよ。元気すぎるっていうか」
「あーわかる」
「結構問題児なんだよね。化粧しちゃってさ、3年生の部長とか先輩たちの言うことも全然聞かないし、欠伸とかしてるし」
「そんなことになっちゃったんだ」
「何か思うんだよね。川原は久保島と離れたら誰も理解してくれる人がいないんだなって」
美樹は複雑な気分になった。唯一の理解者であった自分が理解者でなくなってしまって、陽菜乃は孤独を感じているかもしれない。あの不器用な子は相変わらず環境に適応できないまま独りさまよっているのだろう。
しかし自分にはどうすることもできない。嫌いな人を好きにはなれないし、それを招いたのは陽菜乃自身なのだから。
「やっと解放されたんだよ。陽菜乃に振り回されない人生を歩みたい」
その後、美樹は友香に散々愚痴を言ってしまった。
美樹はずっと、目標というよりは夢と呼ぶ方がふさわしい将来を心に描いていた。それは作詞家になることだった。子どもの時からとあるロックバンドのファンである美樹は、曲を作ることに憧れを抱いていた。演奏することではなく曲の歌詞を作ることに心惹かれるのは不思議なことであった。自分1人では完結しない、作曲家の存在を前提にした夢だが、美樹は叶った後の人生しか想像しなかった。中学時代も断片的に歌詞のようなものを作ってはいたが、高校生になり、本気で1曲まるまる書いてみようと決意した。
「歌詞ノート」と名付けた大学ノートはいつも机の引き出しの決まった場所に入れておいて、毎晩取り出した。最初の10ページ分は、完成した作品を書くために空けておいて、その次のページからは曲のコンセプトを箇条書きしていった。「愛」「ポジティブ」「人生は素晴らしい」「生きていることが一番幸せ」などと美樹自身陳腐と思いつつも少しずつ埋めていった。ノートの半分から先はもう1つの項目で、それは頭に浮かんだ歌詞にふさわしいフレーズのためのものだった。こちらは何だか気恥ずかしくて、書いては消し書いては消しを繰り返しながらも、少しずつ気に入った表現が蓄積されていった。目に見える自分の感性のように思われた。
方法はまったくの手探りであった。ただノートに黒いシャーペンの跡が増えていくのが快くてたまらなかった。美樹は自分の夢は実現しつつあるんだと満足した。その割には一向に完成に至らなかったが。
作詞の作業は一度没頭するといつまでもやめられず、切実に勉強の時間を圧迫した。明日こそはと毎回思っては、ズルズルと授業から遅れていった。それでも自分は取り戻せるのだと疑わなかった。美樹は自分の限界を知らなった。一度しかないチャンスを毎日逃していった。
ひどく不器用に1年と数か月が消費された。暑さと同時に青春も終わりに近づいているという現実を受け入れられないままに、美樹は担任教師の顔を眺めた。自由な毎日はもう戻ってこない。宿題はまだ終わっていない。しかし窮屈な学校生活はまた始まってしまった。この先まとまった自由な時間などないのかもしれない。
制汗剤の匂いの漂う狭い教室で、他の生徒たちの間をすり抜けながら、詩織の元へと向かう。
「ねえ、夏休みの宿題全部終わった?」
「終わってないやばい」
「あんなの終わんなくない? 英語とかさあ。やばいよ」
「しかも来週模試あるんだよ。死にそうだよ」
「模試あるんだっけ! えー無理なんだけど」
詩織と雑談を始めても胸のつかえはとれなかった。勉強を怠ったつもりはない。自分なりにこなしているつもりなのに、もはや全く追いつけなくなってしまった。授業も教師の話の意味が分からず、ただ板書をノートに写しているか、ときどき居眠りをしていた。
「もう高校生活半分過ぎちゃったんだよ。何にも女子高生らしいこと出来てないし、勉強もわかんないのに。早すぎるよ」
「ねー。ずっと高校生でいたい。受験やだね」
「詩織は私より大丈夫じゃん。私絶対志望校落ちる」
誰か助けてほしい。毎日必死に生活しても、片付かない問題が増えていくばかりで一向に減らない。詩織の机の前で髪の毛を触ってみるがもどかしいばかりだ。気分が余計に暗澹として晴れない。美樹は時間を巻き戻したかった。巻き戻す以外には方法が思いつかなかった。
まだ入学したばかりという意識が抜けないままどんどん時が流れた。
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