最後の五分間

コオロギ

最後の五分間

 それはとても恐ろしい言葉で、ある人は大切な人からの信頼を永久に失ったというし、ある人はその言葉を最後に二度と目を覚ますことはなかったという。

 かく言う私も、ついうっかりその呪いの言葉を口にした一人だ。

 わたしはあなたの言葉に、何の気もなしにこう答えたのだ。

「うん、じゃあ『あと五分だけ』待ってる」

 私は待った。

 十分、十五分と経ち、そのたびに私は「あと五分だけ」を繰り返し、五分間は無限にループした。

 とうとうあなたは帰ってこなかった。

 あなたの乗った舟はまるごと、空の中で粉々になってしまったのだという。

 それを聞いて、私は、ああ、そうなんだと、妙にしっくりきてしまった。だから、あなたはここにいないんだ。お墓に手を合わせるのもなんだか変な気がして、周囲が首を垂れるなか、私は一人ぼんやり空を仰いだ。

 翌年、私はあの日と同じ時間、同じ場所、空港の大きなガラス越しに、輝く青い青い空を眺めていた。強すぎる日差しに目を細めていると、ポケットに突っ込んでいた連絡端末が振動し青く光ったので、わたしはおや、と思いながらもそれを耳に当てた。

「あと五分で着くから」

 あなたの声だった。私は思わず窓に近づいた。広大な空は凪いだ海のようで、私はどこを見つめればいいのかわからなかった。

「…うん、じゃああと五分だけ、待ってる」

 再び、五分間はループした。


 あなたを含んだ舟の残骸は、この星の周りをくるくると回っている。

 どうやらあなたの連絡端末もまた、あなたの最後の言葉を載せたまま周回しているのだった。

 私はあなたを待つことに決めた。親には泣かれ、友人には励まされ、一部の人たちには真実の愛だと称えられた。

 今年は、いったい何度目の夏だっただろうか。

 親も、友人も、一部の人たちも、みんなもうずっと昔にこの地を去った。

 ここは相変わらず酷い暑さで、私は例年通り、汗を垂らしながら空港へ足を運んだ。

 がらんとした建物内は、それでもまだきちんと空調が効いていた。エスカレーターで二階へ上り、ガラス張りの壁の前に立ち、そっと、ぼろぼろの連絡端末を耳に当てる。

 さん、に、いち。

「あと五分で着くから」

 変わらないあなたの声を、私は今年も聞いている。

 私は呪文を唱えるように、いつものセリフを口にする。

「うん、じゃああと五分だけ、待ってる」

 長い長い五分間、あなたの残骸が降ってくるのを待っている。

 青一色に染まった視界の真ん中で、今、何かが太陽の光を反射して、煌めいた。

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