クレヨンの屋根の街で

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クレヨンの屋根の街で

 その街では毎年冬がはじまると、凍った空のかけらが降り続けて、地面を真っ白な石膏のように固めてしまうのです。あまりひっきりなしに降り続けるので、空気さえ白く見えるのでした。それで街の人は、せめて晴れた日にはきれいな色を楽しもうと、家の屋根を赤や青、黄や緑に塗り立てました。ですからその街に入ると、まるでクレヨンの箱を開けたような、いろいろな色の三角屋根が見えるのです。

 あるとき、そんな色とりどりの街に心ひかれてか、一人の子供が迷い込んできました。その子が泥で汚れた、窮屈そうな帽子を取ると、ぐるぐる巻きにされていた長い髪がばらりと落ちました。その子の髪のあちこちには、ちょうどこの街の屋根のような、いいえ、それよりもだいぶ淡い、けれど色とりどりの花が咲いていました。この子が元いた村では、大人たちが、このような変わった子はいかにも不吉だと言って、みなこの子の世話を嫌がったのです。それでこの子は仕方なく、村を抜け出して、ずっと南のこの街へやって来たのです。

花の子は迷路に放り込まれたねずみのように所在なさそうに、怯えたように、きょろきょろと辺りをうかがいながら、大きな街道の隅っこを歩いていきました。街には郵便局や宿屋や酒場が並んでいましたが、どれも花の子が見たことのない、どっしりとした石造りの建物でした。金ボタンの付いた外套を着て、雪長靴を履いた人が行き交う中、北国の薄手の着物を着た花の子は、胸に帽子を抱きしめながら早足で歩いていました。街中に、花の子が初めて見る雪が貝殻のように積もっていました。手を伸ばすとそれは、刺すように冷たいのでした。大人たちや馬車が踏み荒らした雪は、黒ずんだ塊になって溶け、花の子の靴の中にもしみていました。すっかり疲れ果てていた花の子は、少し休もうと路地の方に入っていきました。

「おや、きみの髪についている花は、随分ときれいだね」

 どこからかやって来たのか、一人の紳士が、花の子に声をかけました。紳士はもうだいぶ前から、この子を見とめていたのですが、この子が人通りの少ない道に入るまで待っていたのです。

「どうだい、この銀貨で花を一つ、売ってくれないか。温かいスープとパンも買ってあげよう」

 花の子は、紳士をまじまじと見つめました。紳士は光沢のある帽子に厚い毛皮を着て、身分の高い人に見えましたし、なにより花の子はとてもお腹が空いていて、凍えそうだったので、紳士の申し出を受けることにしました。紳士が懐のナイフで花を切るとき、花の子は少しだけ、ほんの少しだけ元気が無くなったのですが、花の子自身はそれに気づくことはありませんでした。


 やがてこの不思議な子供の評判が広がりました。街の人たちは、銀貨と引き換えに花の子から花を買っていくようになりました。一日の終わりになると、花の子はくたくたになっていましたが、礼拝堂の水で体を洗い、その片隅で眠ると、翌朝にはまた色とりどりの花がひらいているのでした。

 礼拝堂には子供たちが何人も住み着いていました。花の子が銀貨でパンを買うと、小さな子たちが周りに集まってきました。花の子は惜しげも無く、温かいパンを小さな子たちにさしだしました。村においてきた妹や弟のことでも思っているのでしょうか、小さい子らがパンを食べるのをじっと見つめている時だけ、花の子はほっぺたをふっくらさせて、ようやくあどけなく、幸せそうに笑うのでした。


 その晩はひっきりなしに木々がうなっていました。町の人は扉を閉ざし、恐ろしいひゅうひゅうという音が聞こえないように、身を寄せ合って暖かな寝床にもぐっていました。

 かぜの子がやって来たのでした。かぜの子はこの町の屋根が色とりどりで、たいそう美しいのを気に入り、毎年やってくるのです。かぜの子は、雪明かりの中でたったひとり、サーカスのように屋根から屋根へと飛び回り、くるくると踊って遊びました。恥ずかしがり屋のくせに、人一倍好奇心旺盛で、自分の姿が人には見えないのをいいことに、町の人のそばに近寄っては、鍛冶屋さんが刃物を作ったり、仕立屋さんがシャツを塗ったり、宿屋の女将さんが魚の酢漬けを作ったりするのを、大きな目を丸めてじっと見つめるのです。

 かぜの子はまた、礼拝堂にもやってきました。かぜの子はそこで、長い髪に、こぼれ落ちそうな花をいっぱいに咲かせた子供を見つけました。かぜの子は、その小さな花を、大好きな街の屋根よりもきれいだと思いました。けれど、かぜの子の両手は「木枯らし」と呼ばれていたのです。それでかぜの子は、両手を後ろに隠して花を眺めました。

 花の子は街角に出ると、銀貨と引き換えに大人たちに花を切らせてしまうのです。それを見ると、かぜの子はどうしてかなんとも言えない寂しい気持ちになるのです。かぜの子は、花を買った大人たちの後をそっとつけていきました。大人たちはしばらくの間花を撫でてみたり、匂いをかいでみたりするのですが、二日とたたないうちに花はしおれてしまいました。すると大人たちはしおれた花を捨ててしまうのでした。

 かぜの子は礼拝堂に戻りました。そうして花の子と、他の子供たちが、かけっこをしたり、石けりをしたりするのを、仲間に入りたそうに、いつまでも、いつまでも飽かず見つめているのでした。


 冬が深まり、雪の上に雪が積もって、街中が厚い氷に覆われました。真っ白な景色に退屈して、大人たちはますます花を求めるようになりました。大人たちが花をむしるたびに、花の子は青ざめ、元気をなくしていきました。花もだんだんと色褪せてしまったのですが、大人たちはそれを理由に、花を安く売るよう言いました。花の子はそうして、少ない銀貨を数え、お腹をすかせた小さな子供たちのためにわずかなパンを買いました。

 かぜの子は心配でなりません。かぜの子は花の子のそばを離れずにいましたが、助けになれるわけでもないのです。あるときかぜの子はパン屋からそっとパンを持ってこようとしたのですが、吹かせた風が強すぎて、ばらばらにパンを吹き散らしてしまいました。


 とうとう花の子は重い病にかかり、礼拝堂から動けなくなってしまいました。相変わらず小さな子供達がお腹をすかせて、花の子の周りをウロウロしていましたが、花の子は病をうつすまいと、すっかりやせた腕をふって子供達を追い払うのでした。

 それでもかぜの子は花の子のそばにいました。両膝を抱えるようにして、ぼろきれの上に横たわった花の子の瞬きや、長く伸びた巻き毛や、枯れてしまった花から目を離せずにいました。

「……花がほしいの?」

 花の子がかぜの子をまっすぐに見たので、かぜの子はたじろぎました。何しろ、今までひとに話しかけられたことはなかったのですから。かぜの子は恐る恐るたずねました。

「かぜの子が見えるの?」

「うん、見えるよ。いつの頃からか忘れたけれど、知っていたよ。ずっとこの礼拝堂にいただろう。だから、花がほしいのかと思ったんだ。だって、そばにくる人はみんなそうだからね」

「そうじゃないよ、ただ、きれいだと思って見ていただけなんだ。知ってる? ほら、この手で触ったら、花は散ってしまうのを」

「きみはどこからきたの。どこかに行ってしまうの」  

「冬になると、かぜの子は街から街へ飛んでいくんだ。次の冬が訪れる頃には、元来た街へと戻ってくるけれど、その時になると、前の冬とは違う、新しいかぜになってしまうんだよ。だから……だからかぜの子には友達がいないんだ」

 かぜの子の声は震えました。花の子は、かぜの子の方に手を伸ばしました。

「……不思議だな」

 花の子は、閉じた目から細い涙をひとすじこぼしました。

「数え切れないくらいの人たちに花を渡したけれど、すすんで花をあげたいと思ったのは、きみが初めてだ。だけど、もうこんなに枯れた花しか残っていないから、あげられそうにないや」

 花の子はそう言って、花をそうっと撫でました。乾いた花が粉になって落ちました。かぜの子は花の残骸を丁寧に拾い上げました。

「一緒に、よそに行くかい。ふたりで山を超えて、静かにねむって、そうして新しい命を得て、雪のころにこの街に戻ってくるんだ」

 いずれにせよ、かぜの子が花の子にしてやれることは、それくらいしかないのでした。

 花の子は目を閉じたまま、小さくうなずきました。かぜの子は花の子を抱えると、礼拝堂の窓から飛びたちました。すると花の子も、見違えるように軽やかに飛びたったのです。髪についた色とりどりの花は、冷たい風の中で、真っ白な六弁の花に変わりました。

 つかの間の太陽が現れ、二人の大好きな色とりどりの屋根が、真っ白い大地の上に、モザイク画のように広がって見えました。

(了)

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