私と彼

夏蓮

私は、中学校の時に想いを寄せていた男の子を見つけた。

彼は、とてもイケメンになっていた。

でも、私は彼に話かけようとはしなかった。

正確に言うなら話かけれなかった。

彼から近づくなと言われている気がして。

でも、私はそんな彼に近づきたいと思った。

頭ではそう思っていても体は動こうとはしない。

そんな時だった。

彼が急に走り出したのは。

私は驚いた。

なんでいきなり走るのだろうと。

彼は、私が見ていることに気づいていて、そんなにも私に見られていることが嫌なのかと。

でも、違った。

そんなのは私の勝手な被害妄想だった。

彼が走った先には、猫を追いかけている小さな男の子がいた。

そこで、私はこの後彼がなにをするのかが分かった。

──男の子を助ける

のだと。

そして、数秒後彼は車に轢かれた。

彼が助けようとしていた男の子は彼が押し飛ばしたおかげで、膝などを擦りむいてはいるものの大怪我という程の怪我はなく、男の子は急死に一生を得ていた。

でも、彼は全然そんなことはなかった。

足が変な方へ曲がっていて、体から血がたくさん流れていた。

でも、その時彼は私の存在に気づくと私に向かって笑いかけてくれた。

私はそんな彼の姿をみて、なんで笑えるんだろうと、死んでしまうかもしれないのにと。

そして、彼が私に笑いかけてくれたのは、最後だからなのではと、そんな縁起でもないことを考えてしまう。

私は救急車を呼んだ後からのことはよく覚えていない。

でも、これだけは言える。

この事故が彼と私の関係を大きく変える分岐点となったのだと。

****

彼が小さな男の子と猫を助けたが故に、車に轢かれてから1ヶ月程経過していた。

幸いにも彼は死ぬことはなく、唯歩くのが困難になる程の怪我を追った。

私は、別にお見舞いなど行かなくてもいいのだけど私はお見舞いの許可が出てからというもの一度も欠かさず彼がいる病室へと足を運んでいる。

だから、今日も彼がいる病室へ行く。

私は彼の病室の前に来ると決まって深呼吸を3回してから、コンコンという音を立てる。そして、

「失礼します」

と言って入る。

「ん、ああ、来てくれたんだね」

彼は、私に向かって笑いかけてくれる。

そして、彼はこの後こう言うのだ。

「別に失礼しますって言わなくてもいいのに」

と。そして、私は、

「一応ね」

と答える。それが私と彼が始めに交わす言葉だ。

それだけの会話だけれど、私にとっては嬉しいで、今まで話せなかった分まで話せているようで、心がとても温まる。

「そういえば、もうすぐ1週間経つよね?」

「そうだね」

「じゃ、もうお花変えないとね」

私は、少し枯れてしまっている花を綺麗な花に変えるために、花瓶の近くへと足を運んだ。

………そういえば、こうして彼の病室に花瓶を置いたのって、私がこの部屋へ来る理由にしたからだったんだよね。

始めのころは、私は、彼が自分の病室に入ることを拒んでしまうのではないのかと、話しかけても返してくれないじゃないかといろいろな不安があった。

だから、私は、ここに来る理由として病室に花瓶を置き、そして彼の病室に綺麗な花を置こうと思ったんだっけ。

私は、そんなことを考えながら、花を移し変えた。

そして、私が、花を移し変えると彼が私のことを見つめてきた。

………恥ずかしかった。でも、同時に嬉しくもあった 。

そして、彼が口を開いた。

「実は、君にお願いがあるんだけどいいかな?」

そして、そう言うのであった。

私は、驚いたけど、私がどう返事するかなんて決まっている。

「いいよ。なんでも言って。私が出来る範囲ならなんでもするから」

なんでもすると答える。それは、私が彼とならなにしてもいいと思っていたから。それに、それはとても楽しいことだろうから。

「うん、ありがとう。実は、俺明後日退院できるんだ。………まあ、車イスなんだけどな。でも退院する前にさ、君と一緒に行きたいところがあるんだけどいいかな?」

彼は、微笑みながらそう私に言ってきた。

「私と行きたいとこ?」

私は、自分の体が嬉しくて跳び跳ねて仕舞わないか、表情が緩んではいないかと心配のなるほどに嬉しいかった。

「うん、君と行きたいとこ。君としか行きたくないところ」

彼は、そう言ってくれる。

君としか行きたくないところと。

私は嬉しくてしょうがなかった。

「それってどこなの?」

「海だよ。それもとっても綺麗な、それでとっても思い出に在る《残る》ところさ」

「そう。うん、わかった。じゃあ、明日行こ」

「ありがとう。じゃあ、また明日9時ぐらいにここにきてくれないかな?」

「うん、わかった」

私は、その言葉が、彼が私のことをデートに誘っているようで、私の心はとても嬉しい気持ちでいっぱいになった。

****

そして、翌日。

私は自分が持っている中で一番の可愛い服を来て病室へ行った。

私は、コンコンという音を立ててたから、ゆっくりと扉をあけて失礼しますと言って、病室へと入る。

そして、彼はいつもなら言う言葉を言うことはなく、違う言葉を私に向かって紡いでくれる。

───今日の服とっても可愛いね

と。その言葉は今私が一番欲しい言葉で、嬉しい言葉だった。

それから、私たちは少しだけ雑談をして、その後病室を出る。

私はゆっくりと歩いて、彼もゆっくりと車椅子を動かして。

海へ向かう途中、彼が私にこんなことを言ってきた。

「あの時の俺の行動は正しかったと思う?」

私は正しかったと思うと答える。

正直私には、あの時の彼の行動が正しかったのかは分かりはしない。

だって、あの行動は彼が考えて、彼が自分の意識で動いたことだ。

だから、私にとやかく言う権利なんてない。

そして、否定することだってできない。

だから、私には正しかったと言うしかない。

それは、唯の気休めでしかない。

だけど、私はそう答える。それが彼にとって心休め程度になるならと。

「そう。ありがとう。俺もあの時の自分の行動は正しかったと思う。小さい男の子の命を守れたのだし」

彼は誇らしげに言った。

そこから、海まではお互いに無言で道をゆっくりと進む。

一歩一歩を噛みしめながら、歩いた。


「ねえ、あとどのくらいで着くの?」

「あと、もうちょっとだよ」

彼が言うあと、もうちょっととはどのくらいなのか。数十分なのか、それとも数時間なのか。

もし、私が望むことが出来るのなら、数時間がいい。

今、彼と一緒にゆっくりと歩いていることがとても心地よくて、この時間がずっと続いて欲しいと思ってしまう。

でも、時間は、進んで行ってしまう。どれだけ時間が進むことを拒んでも、時間はそんなことを気にすることなく、進む。

それが時間だ。

時間は時には、人を助けるし、人を貶めることだってできる。

時間という物はそういう物だ。

無言で歩いた。

彼は、なにも話そうとせず、むしろ話したくないと、この状況がいいのだと言うように。

それに、私も釣られるようにしてなにも話さない。

海の薫りが私の鼻腔を擽る。

だから、私は彼に聞いた。

「行きたかった海ってここ?」

と。そうすると彼は、なにかを言うわけでもなく唯私に笑いかけてきた。

「ありがとうね。私をここに連れてきてくれて」

私は彼にお礼を言った。

何故ならこの海は私が中学校の時に彼に告白したところだから。

そして、私が彼に振られたところでもあった。

私が彼にお礼はしたのは、今まで一緒に居てくれてということも含めていた。

たぶん、今言わなければもう言うチャンスはない。

「?なんで、俺にお礼するの?」

彼は、首を傾げた。

「だって、今まで一緒に居させてくれたから。それで、私をここに連れてきたのだって、自分でもう来ないでとは言いたくなかったからだよね」

私の瞳から涙が落ちてしまう。

私は彼に涙をもう二度と見せないとあの時に決めたのに。こうも現実を突きつけられてしまうと我慢できなかった。

「君は、なにを言っているんだ?一緒居させてくれてありがとう?それは、俺が言いたい言葉だよ」

「え?だって、私が勝手にお見舞いに行っただけだよ。それでも君は嫌な顔1つしなかった。でも、それは演技だったんだよね」

「だから、なんでそんなにネガティブなのかな?俺嬉しかったんだよ。君がお見舞いに来てくれて、あの時振ったせいでもう俺と会ってくれないと思っていたからね」

「…………そうなの?」

「ああ、そうさ。俺ってそのなんていうかさ、素直のなれないんだよね。だからあの時本当は君のことが好きのに君の告白を断ってしまった。それがものすごく後悔だった。だからね──


















──こんな姿だけど、俺と付き合ってくれないかな?」

私はもう涙を止めることが出来なかった。

彼から付き合ってくれないかと言われて、もう会えないとまで思っていた人からそんなことを言われて。

時間というものは、届くはずがないと思っていた想いを時の流れというもので届けてくれることがある。

そんなのは空想の世界だけだと言う人もいる。

だけど、今こうして私は5年という歳月を経て私の想いは空想なんかではなく、しっかりと伝わった。


─それから数年後─

彼の足は奇跡的に生活に困らないような状態になった。

そして、私と彼は無事に結婚した。

そして、子宝にも恵まれて、3人の女の子を授かることができた。

今こうして、私が彼と楽しく笑っていられるのは、不幸だったけど、紛れもなくあの事故のおかげだ。

そして、私はまた彼と笑うべく彼の隣へと歩み寄った。

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私と彼 夏蓮 @ennka

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