第16話 ファイナルラウンド

巨人から分離した白塗りの巨大な心臓は肉粘体を生み出しながら、自身に襲い掛かる魔道騎士の連隊相手に触手を唸らせて応戦しています。


脈打つ蛇の様な触手の群れは、一般人や並みの魔導師では対処不能な脅威ですが、心臓を追い詰めたタチアナ率いる警邏部隊他は放たれるそれらを軽々と一蹴していく。


物理攻撃に対してそれなりの耐性を持つ、肉の粘体も魔導騎士達に対して妨害行動インターセプトを取るが……


「――…■■■■■!!」

「おっとと!…アレクサンドラ頼む!」


魔導騎士の属性魔法を付与した剣。或いは盾で弾かれて……


「援護します。…火の霊体エーテル、酸素、結合、融合、放つ!『火炎燃焼翼』!」


「■%△!?…!」


そして『火炎』『雷電』『疾風』『氷結』等の魔法で次々と屠られていく。


触手から生み出された肉粘体は、生み出された瞬間即座に騎士たちに討伐されて数を減らしていきます。


正規の魔導騎士にしてみれば、この程度の攻撃は時間稼ぎにしかなりません。


そして騎士たちが戦うその間に、タチアナは十分に魔力を練り上げていました。


「お願いします!!タチアナ隊長!!」


「もう!しょうがないわね!……はい、絶対凍土』」


タチアナの魔術で氷結させられる肉粘体と触手たち……そして、そのグロテスクな氷の花園を無慈悲に踏み砕く騎士達の突撃チャージ為す術がない。


しかし、悪辣な心臓は此処で更なる奥の手を発動する。


「「「「「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■………!!!!!」」」」」


「おおお!?何だぁこれはわあぁぁ■■ああぁ■!?」

「ぎゃああああああああ■■…助け…タチあな■たいちょ…!?」


「数が多すぎる!!……一時後退だ!!」


突如として地面から湧き出た肉粘体の群れ!!


それらは巨人が蜘郎クロウを区画ごと吹き飛ばす際に、融解した腕から分裂させた肉粘体達です。


それらは先程まで、重要いざという時の保険としてモスクワの地中で待機状態となり心臓からの救援信号を待っていたのです。


コールタールの噴水のように吹き上がる黒き肉粘体の群れ!

粘体群は魔道騎士達に襲い掛かる!


「■■アアアァ……!!」

「破ぁ!!!」


ホトトギスキーが前方から来るそれを巨大なメイスで一掃!!

後方から来るそれらはタチアナが氷結を纏うロッドで粉砕する!!


「うぎゃあああ!?気色悪いぃぃ!!くさいぃぃ!!」


「■■■アアァ!?■……ギュギャあ!?」


少女としては半狂乱に狼狽えるタチアナだが、騎士としては冷静に襲い来る粘体生物を排除する。


そして彼女は、手信号で部隊を後方に退がらせつつ、支援要員として待機させたクルシンスキー家の魔術師達にタチアナの私物である『切り札』の使用許可を出した。


「お嬢様。重装ガーゴイル3体、及び軽装ガーゴイル5体。何時でも稼働できます」


「しゃあぁ!やっちまえ!」


号令に従い蒸気自動車によく似た車輪付きのアンティークオブジェは、変形して巨大な重装騎士の形態となる。


これは複数の魔導師が協力して使役する大型の無人攻撃ドローン兵器。

魔法仕掛けの自立思考で動くこのガーゴイルには、恐れる物など何もない!


愚直な思考回路を持つガーゴイルは、進路上の建物等を粉砕しつつ、黒き粘体渦巻く死地に突入する!

そしてその力で暴れまわり粘体群を蹂躙していく……


『敵勢力ニ警告シマス直チニ活動ヲ死亡シテクダサイ。繰リ返シマス敵勢力ニ……』

「アアア!?■■ぎゃあアァ……―――!?」

『マス直チニ活動ヲ死亡シテクダサイ。繰リ返シマス敵勢力ニ警告シマス直チ……』

「プギャアア!?…■■…!?」


その光景にホトトギスキーは呆れた声を出した。


「ハハハ!市街地で無人攻撃ゴーレム兵は使用禁止だろう!用意周到だな!」

「アハッフフフ!異常事態ですもの!予め可能な限り準備は済ませてありますわ!アハ♪」


生物相手なら容易く溶解できる粘体達もガーゴイル相手では分が悪く、更に後方からは騎士たちの魔法が飛んできて粘体達を殲滅し続ける。


回復しようにも、既にこの区画の非難は終了しており、食せる生物はガーゴイルの向こうで魔法を飛ばす騎士達のみ……


粘体生物達の間には、共通して命を奪われる理不尽な出来事に対する絶望が生れた。


だが、それこそが肉粘体が変異する条件であり、条件を満たしたことで粘体群の中からロードを生み出す特殊個体が出現する!!


光り輝く王の核となるべき粘体は……しかし


「……魔導騎士に二度も同じ手は通じませんよ?」


合体する前に、タチアナが連れてきたクルシンスキー家のメイド騎士、アレクサンドラが投擲した氷結を纏う短剣『キンジャール』に貫かれて氷付き……そして、そのまま重装ガーゴイルに踏みつぶされた。


「■■■■■!?」


事ここに至っては、肉の粘体達は心臓を諦めて、種の存亡をかけた逃走を開始する。


粘体群は散開して、続けて分裂して、さらに拡散して瓦礫の影や水路などに這い寄り姿を隠して消える。


半数の粘体達は同族を逃がすため騎士達に無謀な攻撃を仕掛ける。だが当然……


「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオォォォ!!!」」」」


魔導騎士の力で次々と粉砕されます。

そして肉粘体を蹴散らしつつ守護者が消えた心臓へ向い、魔導騎士たちが突撃する!!


白き心臓は、身体を黒い甲殻で覆い、騎士達攻撃から身を守りながら、僅かに残す触手で一矢でも報いようとしたのか、敵勢力の首領らしき者へ攻撃を仕掛ける。


「あひゃひゃ!!ふふふふふ!!しゃああぁあああ!!手柄はこのタチアナ=クルシンスキーがいただいた!!」


タチアナはその攻撃をホトトギスキーから勝手に拝借した片刃のサーバルで切り落とし、続けて魔装鎧の翼を展開して心臓めがけて突進!!


……しかし、それは血色な魔法結界で阻まれました。


「ぼぅりナ!?……うぐぐぐぅ!固いわねぇ…」


「お嬢様、私の後ろに……これは時間稼ぎですか?面倒な……」


「ふむ、強力な結界だな。しかし、この手の防御の魔術式は長時間は持続できないだろう。この結界が消えるタイミングを見て再度突撃だ!」


「了か…ん……なんでしょう…なんだこれは…頭に映像が…!?」


「この魔力の流れは……洗脳の類ではないと思うけど、一応注意しなさい」


心臓の奥に存在する何者かが、テレパシーで周囲の騎士達の脳内に女性の姿で現れる。


『いけません!……この白き聖者の心臓は、本来は旧き支配者からこの世界を守護するために作られた結界の核です。この心臓が破壊されれば、他世界に追放された旧き神と名乗る邪悪な化物たちが、再びこの世界に現れるでしょう。』


周囲の騎士達の思考空間に女性の姿で現れた者は……その姿は、何処かアナスタシア=コンダコワの面影がある、妙齢の淑女でした。


『しかし、もう心配はありません。先程までは邪悪な意志を持つ魔道の書に私の意識を封じられていましたが、心臓の魔力が枯渇したことにより私は正気を取り戻しました!これよりは、ロシア皇帝の妻である私がこの心臓を再封印します。』


予期せぬ突然の事態、魔導騎士たちに僅かな動揺が広がります!


「ロシア皇帝の妻…はっ…まさかこのお方は…!?」


「やはり!!このお方はかつて偉大なるイヴァン雷帝と共に、悪しき邪神を打ち払った!!アナスタシア=ロマノフさま!!」


しかし、その周囲のざわつきに関心を払わないのは蜘郎です。

彼は襲い掛かる肉の粘体の攻撃を、半分無意識な状態で揺れる様に躱しながら、周りを俯瞰していました。


(このお話は、まだ続くのだろうか?……僕は、少し御睡なのだが……お腹もすいたし、帰りたいな)


『……私が永久にロシアを守護しましょう!そもそも何故、私が……』


「どうでもいいよ」


その最中に突如として蜘郎の思考空間へ、蛇眼の巫女姫たる利里子が現れました!


大御巫おおみかんなぎ?…何かご用でしょうか」

『蜘郎さん!』

「?」

『ふふ、呼んでみただけ♪』

「……HAHAHAHA!利里子さま、すごい面白いです!(鬱陶しいな)」

『本当!?よーし、蛟賀さんにもみせてくるわ♪』


蜘郎の思考空間から利里子が去る。

一方騎士たちは心臓を取り囲んで、魔力で生成したスパイクの様な楔を打ち込んでいました。


傍目には、心臓はスパイクで貫かれている様に見えるかもしれませんが、実際にその心臓を傷つけている訳ではない。


この楔は心臓の行動を封じる物です。


「お嬢様…この心臓、本当に破壊しなくてもいいのですか?………あの、お嬢様?」

「ああ…今一瞬だけ、空に大きな魔方陣が現れたように見えたから、気のせいよね」

「お疲れのご様子、後ほんの一時間ほどで完全に封印できます。ご休憩されては?」

「スパシーバ…でも、騎士がだらしない姿を見せるわけにはいかないわ。天国の父様に怒られちゃう。付きあわせて悪いわねアーリャ…この白い心臓を破壊をして本当に化物で溢れたら困っちゃうからね。手間をかけても安全策を取りましょう♪」


その光景を、手持ち無沙汰な蜘郎は半分ほど眠りながら眺めていました。


(兄様が一匹…兄様が二匹…兄様が三匹…兄様が四匹…兄様が五匹…)


そんな最中さなか、蜘郎は大好きな兄が死の15秒程前に言っていたことを思い出しました!


『一つ言っておくことがある。儂がお前を直接手にかけることは無いと考えているようだが、別に出来る…そしてお前の妻と子は痩せてきたから止めを刺しておいたぞ…後はお前の首を刎ねるだけだな。クハハハッハハ!!我が野望が大和を征すと……』


(ぼくのあにさま……なんてかっこいい!!)


兄弟の絆の力により、蜘郎はやる気を取り戻した!!


「良し『八艘飛び』」


蜘郎は時間を静止させる。そしてサムライへの『変態』を開始


「『変態』……ご婦人、面倒なのはご免なのでね…邪神か、食卓せかいかみが増えるのは喜ばしいことだ……―――」


そして蜘郎は、静止空間で白銀の異形な武者へと成る。


「―――――……『変態』完了」


異形な武者は、打ち込まれた楔ごと心臓を蹴り砕きます。


その威力で心臓は肉粘体の生き残りが多数潜む水路に落ち……

その破れた心臓の内側には、結晶体に包まれた眠り姫が在りました。

その美しい姿は切なる祈りを体現しているかの様です。


悍ましい粘体に囲まれながら、されど尊いその姿……


「これは!?……この力場は中々の掘り出し物だな。たしか天津様曰く、この様な現象は異世界でボーナスポイントと称する。……だったかな」


蜘郎は拳で結晶体を破壊!


そして外気にさらされた眠り姫の手を取り、紳士の様に引き寄せるとキスするかのように顔を近づけて……………顎を開き、頭部から足の爪先まで一息で喰らいました。


「なになに?…なんと…クハハハハハハ!?……神霊には遠く及ばぬとはいえ、中々の栄養価!!これは、共食いより効率がいいな!!ロシアまで足を運んだ甲斐があるというものだ!!」


一息で眠り姫を足の爪先まで喰らい尽くすと、顎から蒸気じみた………瘴気を吐きだす。


武士サムライの放出する瘴気は静止空間だろうと関係なく、心臓周辺に残存する肉粘体群へ呪いの様に降りかかると、その身体を蝕み泥の様に壊死させて、粉微塵に破壊しました。


破壊された肉片により、まるで漆黒の桜が舞う様な空間。

その空間で、瘴気を撒き散らし血の色で口元を濡らした異形の武者は、紛れもなく只の怪物……悪魔です。


「クハハハッハハハハハハ!!!」

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