第5話 ようこそディストピアへ
天を鎖す瘴気の渦は、都市から溢れる蒸気と反物質の化学反応を起こす……その反物質エネルギーは拡散されず瘴気の中で蒼き稲妻に変換されることで、天空は常に雷鳴が轟く……此処は太陽を忘れた日本国だ。
そんな日本では化物など珍しくもない。
京の砂漠から跳梁跋扈する魑魅魍魎の化物……
堅牢な13都市に住み、その中で清浄な空気を吸える特権階級を除き、一般の日本国民は瘴気を除去する鴉の嘴みたいな
怪蟲は非常に強力で、通常兵装の攻撃では頭を潰して粉微塵にしようと即座に再生する……唯一の弱点は蒸気熱を纏う煤煙であり、それを用いた攻撃は怪蟲が常に体内で発生させる瘴気と反物質の化学反応を引き起こし、そこから生じる蒼き稲妻は内部から怪蟲の細胞に再生不能の損傷を与えて壊死させることができる。
そして
抑々、弱点が有ろうが無かろうが、怪蟲たちは非常に俊敏かつ強靭で個々が特殊性の高い戦闘能力を持つ。
更に人類が錬成するあらゆる金属より頑丈な外骨格『
唯一怪蟲達を上回る人の頭脳で、その習性と特性を把握して、奴らが戦闘態勢に入る前に襲い命を刈り取る……戦いではなく狩猟。怪蟲と真面な勝負をしていては命が幾つあろうと足りない。
だが別にこの生活は悪いことばかりではない。怪蟲の死骸は数時間で化石のような状態になり、その死骸は政府の人間が結構な値段で買い取ってくれる。
それは貧しい家計に僅かな潤いを与えてくれた……ただ運が悪い時は怪蟲に食われてあっさり死ぬ。
3年前、近所の爺さんは山へ芝刈りに行く途中、地中から出てきた槍の様な頭を持つ蜈蚣型の怪蟲『
「ぎゃああああああああ!!」
「お、おじいぃぃさぁぁぁん!!」
2年前、
「なぁ……こんな世じゃなけりゃさ…俺達さ、ぐほっぐはぁ…
「あああぁ……なかじまぁぁぁ!!!」
1年前、村に度々来る政府の商人は炎を吐く巨大な蝗型の怪蟲『
「やめてくれええええええ!!だずげでぇぇぇ!!!」
「ぁ……ご愁傷様です」
半年前、雷鳴鳴り響く大空を超高速で飛行する蜻蛉型の怪蟲『
「なにぃ!こんな時に三十年式がいかれちまっただぁ!?ぐおおおおお―――!息子よぉぉぉ!!お父さんはもうだめだぁ――!んだがらお母さんと妹は任せたぞぉ…絶対に守れぇ――!男なら…家族を守れぇ――!!!」
「そんな…俺をかばって!?……うわああああああ!!父さあぁぁん!!……お、俺は…絶対に家族を守るよぉ―――!!」
その数日後、母親と妹は人類では打倒不可能と称される日本国指定の『北斗七星蟲』その一体である超巨大甲虫『
「「ぎょえええええええ!!」」
「あああ……か、母さん……妹子ぉぉ……嘘だぁ……」
家族全滅後は相続税を払えない事を理由に、畑を奪われ、住む場所を奪われ、財産を奪わた。
その後は、そのまま流される様に、国が斡旋した軍隊に生きるために仕方なく半強制入隊させられて……
物理学の権威でもある科学者ジェームス=オジマン博士と孫のアレックス=バターサーン博士の主導で制作されたのが蒸気鎧。
欧州連合の植民地であるアメリカで開発された世界最初の蒸気鎧『ジャック・オ・ランタン』は人が個人で装着する型ではなく、人が搭乗する蒸気車にジェームス=オジマン博士が開発した高出力内燃機関『コアボイラー』を組み込み、更にキャタピラと機関銃とカノン砲を装備させて、もはや戦う為の車『戦車』としか表現できない代物だった。
その『ジャック・オ・ランタン』はアメリカの第二次独立戦争で欧州連合が派遣した各国兵士達(英国、仏蘭西、独逸。西班牙、白耳義、瑞西、和蘭、その他……序に東欧諸国の傭兵たち)による圧倒的な物量差にも負けず、その破壊力で連戦連勝、カボチャの戦車は邪悪な亡者共を返り討ちにした。
……だが、続けてアメリカに上陸した十字教団が率いる各国の魔導騎士による戦車では対応できない個人で機敏に動く人型の機動力と銃すら物ともしない防御力、そして魔法の威力に敗北……アメリカの指導者たちが裁判と言う名の公開私刑で処刑されるなか…ジェームス=オジマン博士は当時幼い孫のアレックス=バターサーンを連れて世界で唯一欧州連合の手が届かない日本へと亡命する。
そして優れた頭脳を持つジェームス=オジマン博士は特別技術顧問として日本国の蒸気鎧、その基礎設計と開発をした。
蒸気鎧は生存率が低いポンコツ兵器といわれるが、生身では比較にならないほど強い。そしてコストも低いため大量生産できる。
蒸気鎧の主となる構造は3つ、内燃機関をはじめとした『
『蒸気機関』と『人造筋肉』は大量に生産できる、しかし動かす部品の方は常に枯渇気味……故に俺達、寄せ集めの雑魚は立派な部品になるため、訓練校と言う名の工場に出荷され、人間としては溶解されて兵隊として再加工された。
正直、毎日の基礎体力訓練はそれほど大変ではない、日本人なら格闘戦闘、射撃技能、一時的な仮死能力、補助輪なしの自転車運転、小銃を担いで持久走など蟲と戦う為に必要な教育は12歳までに済ませている。
しかし、国産蒸気鎧『
更にほんの少しの力でも動かしてしまえば強化された人工筋肉によるパワーで明後日の方向へ凄まじい速度で加速していく、そのせいで教官である牟田口隊長に怒鳴られる毎日は……正直気が滅入ったものだ。
蒸気鎧は慣れない状態だと、よちよち歩きの動きの鈍い人形だ。そのくせ背中に内燃機関が収納されている関係で、小銃でも背後から蒸気を排出するファンを撃たれてしまえば内側の内燃機関を破壊されて爆発四散…よくて即死…悪くて半死半生で無駄に苦しんで死ぬ。確かにこれはポンコツ兵器だ。外国がブリキ呼ばわりするのも頷ける。
俺は此方に「お前たちはアヒルかぁ?」と自分は蒸気鎧を動かせないくせに何度も罵声を浴びせる牟田口教官に蒸気鎧を制御できない体で何度も突っ込んでいき、その教官を全身骨折で病院に搬送させた頃には筋肉ではなく重心の移動で制御する
そこそこ物覚えが良い俺は実戦配備される『狩蟲』の他に、装着でなく搭乗する型の寒冷地対応型蒸気戦車『ジャック・オ・フロスト』と走破力に優れる多脚型蒸気戦車『
完璧にそれらを操縦出来るようになると、ただで車の免許とそれに加えて金一封がポケットにねじり込まれた………やったぜ。
軍隊はそんなに悪い場所でもないのだ。白いご飯が食べられて、特別な日には政府が配給する完全栄養食『
それに結構な額の給金まで頂けるのだ。今考えれば、おやつ代わりに虫肉に噛り付き、武器を片手に化物達と格闘する生活が異様なのだ。俺は仲間たちと一緒にお給金で牛のステーキを初めて食べることが出来た。
新しい生活にも慣れて存外に穏やかな日々が少しの間続いて……しかし、日露戦争が始まり俺達は前線に送られる。
バケツを被ったような頭で玩具のブリキロボみたいな恰好良すぎる蒸気鎧を装甲した蒸気兵団は、ロシア軍をほぼ一方的に殲滅できる……当然そうでもない。
ロシア兵は殺しても、殺しても次々と湧いてきた……数は互角とか言っていた軍幹部連中は死ねばいいのに。
そして調子に乗り敵陣に突っ込んで孤立してしまえば、蒸気鎧が背負う丸出しの弱点を破壊され四肢粉塵になる(実際に先輩の
さらに正直に言えば……魔装鎧が相手では分が悪いのだ。だがそれは、日本の兵士が騎士らに劣っている訳ではない…まず鎧の基礎スペックの差が2倍近いからだ。
さらに噂では上位の魔導騎士は天使のように空を飛び地上を攻撃してくるらしい。幸い見たことは無いが…仮に接敵すれば
蒸気鎧で魔導騎士を何体も倒すことが可能な、敵軍から俗に『
旧型の『ピクシー改』を自在に駆り、魔道騎士共を98体破壊した
潜水可能な蒸気鎧『
あの歴史的な大事件『インパクト・オブ・ハリス』を終結させた
他には
……しかし俺は彼らのような本物の兵には成れない、俺は精々が中の中だ。
なので魔導騎士と遭遇した場合は、他の蒸気鎧兵が来るまで敵前逃亡と思われない程度に牽制してから素直に数で連携する。
ただ魔導騎士共が怖いかと聞かれれば別にそうでもない、怪蟲と比べれば可愛い物だ。常にどんな時であろうと…そして、どんな相手でも冷静に対処すれば活路は見えてくる。それが生き残る極意…そう考えていた。
常識外の存在……サムライ達だ。天津閣下のご許可で近衛の幾人かが戦争に参加された。
それを聞いたときは頼もしくて……だって子供のころに母さんから聞いた誉れ高き最強の戦士それがサムライだから……
しかし初めてサムライを見たときに、近づけば確実にこちらが死滅すると生物の本能が囁いた。俺は本能に従いサムライから全力で離れた。
化物共が我が物で闊歩する世界では、生存本能が信用できる唯一の相棒だ。
実際それは正しかった、そのせいでサムライから逃げてきた魔導騎士と命がけの一対一をする羽目になったが、何とか生き残った……
その後に聞いた話ではサムライのそばへ配置された部隊は巻き添えで全員死んだらしい。
あの藍色のサムライは敵を皆殺しに来たのであり、俺達を助けるために来たのではなかった。
サムライに近づくべきではないのに……――ねぇ、ねぇってば!!
「ねぇ…大丈夫?稲舟サン……うなされていたよ?」
稲舟は目を開けると恋人の顔が目の前にあり、今まで夢を見ていたと徐々に覚醒した頭で理解した。
(嫌な夢だ……)
少女は素肌にシャツ一枚とラフな格好で、その姿を見た稲舟は昨夜は寄宿舎に戻らずに彼女の家で夜を明かした事を思い出す。
稲舟は少女からコップを受け取ると、冷たい水を飲んでのどを潤した。
「へいき…………へんな夢を見たんだ」
「そっか、朝ご飯食べていくでしょ?少し待ってね!」
あえて深く聞かないでくれた少女は台所に立つと、手慣れた様子で鼻歌を歌いながら一定のリズムを刻みながらシャキシャキと野菜を切りはじめる。
稲舟は他にすることが無いのでしばらく少女を眺める……
「わ~たしは、タコ星人♪こ~の星、狙ってるぅ♪」
(こんな日が、一生続けばいいのにな……)
稲舟は日本から外に出て、初めて太陽の日差しと清浄な空気……そして怪蟲が存在しない普通の生活を知ったのだ。
稲舟はシャツから伸びる彼女の健康的な足を見ながら、ふと考えていたことを口に出す。
「ねぇ楊ちゃん……この戦争が終わったら……結婚しないか?」
「えっ?…………………………いいよ。でも条件がる。これからは、たばこを吸うのはやめてね。あと髭は毎日剃ってよね…あと、私より先に死なないでね……約束できる?」
「わかった。それと……今回の任務が終了したら軍隊をやめようと思うんだ」
「やめて、それからどうするの……むしょく?」
「新しい日本領……その土地に入植者を幾人か募集しているらしい、元軍属の人間は優遇されるそうなんだ。家も仕事もあちらで用意してもらえるから、そこで一緒に暮らさないか?……俺は家族を絶対守るよ…絶対守るからね……」
「………うん、言おうかどうか迷ってたこと言うね、あのね………出来たみたいなの子供」
「本当に!?」
「えへへ、名前考えておいてね。お父さん」
「楊ちゃん!!」
小野稲舟は少女の細い肩を掴み押し倒す……突然のことに目を丸くする少女
「ちょっと!?今日は仕事デショ!?」
「問題ないです……15分でするから」
稲舟の恋人である少女はため息をつき、優しく微笑んだ。
「…ん…しょうがないなぁ」
◇◆ 大陸側 日本軍占領地域 その軍港
太陽の輝きが昏い海を美しく照らします。軍港では
集合時間からザックリ3時間くらい遅れてきた稲舟一等兵は、綺麗な土下座で命乞いをします。
稲舟の後ろでは飼育舎から顔を出した牛によく似た
「遅れて非常にまことに申し訳ありませんでした!!すみませんでした!!蜂郎特将どうかお許しください!!」
(何故、ホワィ?…なぜ、こんな事に?わからない…それにしても寄生生物の影響で生命力がパワーアップしているとは聞いたが…まさか10回以上できるなんてなぁ……新記録だなぁ)
「なに、かまわぬさ」
「そ、そうですか!それでは目的地まで案内させてふぃただく…小野稲舟一等兵です!」
「そうか、小野一等兵……シベリアまで距離があるが、徒歩で向かうのか?」
「いえ…蒸気鎧『荒絹』を使用します…特将こちらへ」
蜂郎は稲舟に案内されて、飛虫騎兵達が乗る蜻蛉型飼虫、輸送兼爆撃用の『白甘菜』と戦闘用の『杏子』が住まう飼育舎の横をすり抜けて、蒸気鎧『荒絹』を何時でも稼働可能な状態で待機させている軍の倉庫へと向います。
そして重厚な鎧戸で閉じられた軍用倉庫に到着する二人。
稲舟が蒸気機関を作動させるレバーで蟲の外骨格を用いた重量5t超の鎧戸を開く……前に蜂郎が片手で扉を開きました。
「ひぇ…筋肉お化け…」
「うぬよ、この蜘蛛の様な蒸気鎧に乗ればいいのだな」
通常蒸気鎧の数倍の大きさ、横に鎮座する蒸気戦車『ジャック・オ・ランタン改』より巨大な蒸気鎧『荒絹』。
この蒸気鎧『荒絹』は前頭姿勢で乗り込む搭乗型の蒸気鎧です。蜘蛛の様な全体像で楕円型の胴体部にコクピットがあり、胴体か四対八本の脚部が付いています。
そして、胴体の後方部分に現在はお弁当箱みたいな格納庫が連結されており、蒸気鎧等の物資を収容可能です。
戦時であれば胴体部分にカノン砲と機関銃2門等を装備するのですが、今回は必要ないので重い銃器は装備していません。
「蜂郎特将の専用蒸気駒は現地で使用出来るように、既に『荒絹』の格納庫に収納しました!」
「助かる」
蜂郎は颯爽と蒸気鎧『荒絹』のコクピットに飛び乗った。そのまま一路シベリアを目指します!!
……しかし、『荒絹』は作動しません。蜂郎は再び起動コードを入力しますがそれでも作動しません。
「特将……言いにくいのですが…その蒸気鎧は少々操作が特殊で……私でないと動かせません。ご不自由だと思いますが格納庫に移って頂けますか?」
「ぬぅ……残念だ」
蜂郎は狭く埃が積もった格納庫の中に収まった。
その横には蜂郎の蒸気駒『黒王号』が寝ころがっている。
そのまま、蜂郎は体育座りでガタゴトと揺れる格納庫の中でシベリアに向います。
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