第3話 ああ無情 元は都で 今砂漠

都市から溢れる蒸気煙に紛れ『新皇』が放つ暗黒の瘴気が渦巻く此処は……天照に見限られし国『日本』


そんな日本国には太陽など存在しない……呪いの様に一年中漂う瘴気が天を鎖し日光を遮るのだ。


その瘴気が都市から溢れる蒸気煙と化学反応を起こす事で、常に天空では絶え間なく蒼き稲妻が轟き、それが大地へと降り注ぐ……


そして古くは日本国の中心であった京の都は……今は冷たい死の砂漠。


その砂塵が吹き荒れる砂漠の中心地に存在するのは、京都唯一の建造物『新皇殿』

そこは一見すると黒き鋼で覆われた荘厳な神殿に見えるが……しかし、此処は神を祀る場所ではない。


新皇殿はかつて日本中を暴れまわった始祖たるサムライ……自身を『新皇』と名乗る史上最強の人間を封じるために天津甕星あまつみかぼし大御巫おおみかんなぎが作成した枷である。


だが……その枷は完全ではない。高い霊力を持つ大御巫が常に封印をかけ続けねば維持できないのだ。


それでも僅かに漏れ出る新皇の影と称される瘴気は、京とその周辺地域の生物を泥人形のように朽ち果てさせる……あるいは昆虫のような化け物、『怪蟲カイジュウ』へと変化させた。


仮に大御巫が封印を一日でも怠れば被害はそれだけに収まらない……その時は完全に新皇が復活する。


それは昔の話、新皇を封印可能な状態まで弱らせるためにサムライ一万体以上で挑み………結果、封印は成功したがその時に生き残ったサムライは僅か五体のみ。


その後、日本の神…支配者である天津が将軍の地位を奪い、この国を後の世に戦国と呼ばれる内戦状態へ移行させることで、強靭な人間を振るいにかけた。


その結果として数多くの強力なサムライを生み出したが……付与される共食い能力で数を減らしてしまい現存するサムライの総数は僅か五十三体、次に新皇が目覚めれば破滅である。


故に封印を司る大御巫である利理子は日本人に特別な敬意を払われる存在であり、それゆえ『×○△□』から来た『×○△□』でありながらこの国の特権階級に居座ることを黙認された。


いずれにしろ彼女と日常的に接することができる人間は存在しないので、正体など大した問題ではないのだ。


唯一の例外は超常の戦士たるサムライのみ。

そのサムライ最古参の一人である蜂郎ハチロウは、戦場から不眠不休で走らせた蒸気駒バイクを巨大な新皇殿東門の前で止めると……



 ◇◆ 日本国 京都 新皇殿



「近衛特将が一人、鎮西蜂郎…為朝、大御巫たる利理子様に拝謁したく参上つかまつり候」


『認証しました…鎮西蜂郎為朝特将…入門を許可します』


呼びかけに呼応して、固く閉ざされていた巨大な門は轟音をあげて開くと蜂郎を迎え入れました。


数万を超える怪蟲達が闊歩する外界とは打って変り、新皇殿の内側は基本的には日本庭園という風情………ところどころ何かがおかしいですが


何処から水を引いているか不明ですが滝からは清涼な水が流れ、底の見えない池には不老長寿の材料である人魚達が泳いでいます。


天体は常に動かず夜空で、星々とオーロラが美しく彩る……場違いな光景。


しかし肌を刺す空気の冷たさがこの景色がただの幻覚ではないと伝えてきます。


そして西日本で唯一この場所にかぎり瘴気が存在しません。


「………相変わらず……ここは落ちつけぬ場所だな」


暫くすると、給仕服を着た褐色肌の少女が蜂郎を出迎えに現れました。


黒髪をボブカットにした青い眼の年齢18歳くらいになる少々キツイ目つきの少女。しかしその少女ははそれが魅力的に見えるくらいの美人でした。


「お待ちしておりました為朝様。利理子様よりご案内するように言付かりました。背乃衣セノイと申します。お見知りおきくださいませ……」


背乃衣は優雅に一礼して顔をあげた瞬間に、いっそ無礼なほど蜂郎に接近してそのまま密着します。


……そして鹿威しが鳴るくらいの間、背乃衣は蜂郎とお互いの体で彼女の豊満な胸が潰れるくらいに密着し続けました。


「ぬぅ…何ようかな?背乃衣殿」


その疑問に対して背乃衣がズイッとお互いの吐息が感じられるくらいまで蜂郎に顔を近づけると


「蜂郎様……くさいです。このように小汚い猫の様な体で歩き回られると迷惑です」


「ぬぅ!?」


そのまま蜂郎は背乃衣に浴場へと連行されました。


その後に没収されたロングコート……軍服の代わりとして白い礼服スーツに着替えさせられると、新皇殿での注意事項の説明とその他諸々あり……


数時間後に漸く大御巫が待つ新皇殿の中心部への『転移扉』へ案内されます。


「利理子様…背乃衣です。入室してよろしいですか」


「ふふふっ…どうぞ…いらっしゃいませ」


涼やかな声と共に別空間とつながる『転移扉』が開かれて、蜂郎達がその扉をくぐると神殿内部の中心部『心臓の間』へ到着しました。


『心臓の間』その頂きの玉座には、豪奢な白無垢の巫女装束を着た女性が佇んでいます。


その女性は短く切り揃えた黒髪と透き通るように美しいが…不気味なほど人間離れした白い肌で、神が直接創造したとしか思えない完成された冷たい美貌は、それだけなら人形のような無機質さを感じさせます。


しかし、切りそろえられた前髪から覗く月色の瞳が恒星の様に爛々と輝き、さらに蛇のように裂けた瞳孔と相なり儚い印象など余人に与えず、異質な生命力を感じさせます。


黙っているだけなら清楚で気品ある令嬢に見えなくもない可憐な少女。


だがしかし、その正体は千年近く日本の中枢に居座る正体不明の女怪です。


彼女が『大御巫』名は利理子りりこ


従者たる背乃衣は、玉座に座す利理子に跪き、用件を伝えます。


「利理子様…鎮西蜂郎為朝特将をお連れしました」


「あら、そう…今日来たのね。ふふふっ…久しぶりね、蜂郎特将。……それと背乃衣ちゃん、此処までこの子を連れてきてくれてありがとう」


「はい、利理子様」


「……それから一つだけ注意しておくと為朝と呼びはやめてあげて頂戴ね…為はニセとも呼べるから…蜂郎はこれで繊細な子なのよ。ふふふ…可愛いでしょ?」


「はい、以後注意します……随分気にかけているのですね、蜂郎様の事……」


「……子供のころから面倒を見ていたからね……実の姉弟以上に強い絆と…男女の仲より深く複雑に絡み合う愛情で結びついているわ。…だから決して何があろうと私の期待を裏切らずに、私の不愉快な障害を排除してくれる……そうよねぇ、そうでしょう蜂郎……」


「……ぬぅ」


「ふふふ…照れているのかしら?それとも後ろめたい事でもあるの?………背乃衣ちゃん、どうもご苦労様でした。戻りなさいな」


「それでは御前から失礼します…利理子様」


背乃衣が奥に立ち去るのを確認して、利理子は玉座からゆっくりと降りて蜂郎の前に立ちます。


身長2m以上の蜂郎の前に立つと、利理子は必然的に見上げる形になります。そのまま利理子は半眼に開かれた蛇眼で蜂郎を見つめます。


蜂郎は基本的に寡黙で表情が動きませんが、温度の無い冷然とした瞳に少しだけ居心地が悪そうにして、目を背けました。


それを確認して利理子は艶やかな口を開き、鈴のような声音で蜂郎に語りかけます。


「ハァーイ♪はっくん。9年と248日11時間7分21秒ぶりね!!此処であったが10年目!!…ジャーンプ&リリコォハリケーン!!」


利理子は謎の掛け声とともに宙に飛び跳ねて蜂郎に抱きつくと5回転、そのまま柔らかな唇でキスの雨を蜂郎に降らせます。


「こらぁ!10年もどこに行ってたのよーこいつめ!この世界線には娯楽無し!!わーたーしは暇!ひまひまひまひまひま!!だ・か・ら、はっくん♪あそびましょ♪」


利理子は抱擁というよりは蛇のように蜂郎へ絡みつくと接吻……というより魂でも摂取しているかのような吸引を行います。


唇を離すと、あどけない少女のような顔をして舌を出しました。


「ぬぅ……大御巫はしたない」


「はしたない…?私とはっくんの間に障害はないでしょ♪……それと、蜂郎ちゃん?昔みたいに敬意をこめてリリ姉さまとお呼び!」


利理子はニッコリと満面の笑みを浮かべると口の動きで”リリ姉さまよ”と伝えます


蜂郎はそれを無視して此処に呼び出された用件を聞きます。彼女の戯れ言はその気になれば丸3日は途切れなく続くからです。


「それで大御巫、なにか御…ぬぬぬっ」


利理子は目を吊り上げると、芝居がかった様子で大仰に怒りのポーズを表しました。


「がおー!!」


蜂郎は瞑想するように目を閉じてその場に座ります。戯言が終わるまで彼女を徹底的に無視することに決めたのです。


「……はっくん!?」


無視された利理子は大仰に驚いたような顔をすると蜂郎に纏わり付きます


「ねぇはっくん、やっほーはっくん!届いてますかー?こちらはリリ姉さまですよーだ」


更に、利理子は蜂郎の顔を覗き込むと内緒話をするように囁きます。


「利理子はね♪リリスっていうんだよ。本当はね♪

だけどみんながリリコ、リリコって呼ぶから…うーんじゃあ別にリリコでOKよ♪で利理子になったんだよ。どう思うはっくん?」


更に更に、利理子は蜂郎の周りを円の動きで這いずります。非常に鬱陶しいです


「そういえば、前に天津の馬鹿殿さまが私の屋敷に来やがりなさってね、その時はお土産に蛇酒を持ってきたんだけどぉ、これって私への当てつけかしら?」


彼女の話はどんどん本筋から離れていきます。


「ああ、屋敷に来たと言っても仕事よ?仕事『方舟はこぶね』の進捗はどうだいって……利理子は蜂郎ちゃんだけのリリ姉さまなのだから…ね。ふふふっ」


蜂郎は話の軌道修正をするために冷えた声で話題を斬り捨てます。


「………くだらぬな」


しかし構ってもらえてうれしいのか、利理子は蜂郎に抱きつきながら一人で姦しく騒ぎます


「く、くだらないなんて!?なんで?なんでそんな冷たいことを言うの…!?子供のころはあんなに可愛かったのに……いつもリリ姉様って私の後について来て…はっ!!もしや数百年遅れの反抗期かしら!?ふぅ……まったく、いいですか、はっくん貴方は一人で大きく なった顔しているけど実際は…ぐふぅぅぅ!!?」


蜂郎は巻きついてきた利理子を剥がして彼女に本題を尋ねます。


「ぬう…リリ姉さま。己を何のために召喚したのか…説明してくれぬか?」


「あっ……ようやく、何時ものはっくんだ…ふふふっおかえりなさい…ほら、大好きな心太ところてんを用意してあるよ。食べるでしょ…まずは旧交を温めましょう。ほら……」


利理子は優しい姉の様に微笑み、蜂郎はそれを見て諦めの溜息をつきます。


それから暫しの時間が経過して、利理子は急に何かに気が付いた顔をしました。


「んん~?なるほど…!そっかそっか♪わかったよ……ねぇ蜂郎…私の寝室に行きましょうか…久しぶりに私と…いいのよ2人だけの肉…ギャン!」


「ぬう……いいから、流石に本題だ」


「はいはい、気が早いわね。……じゃあ本題でーす『NECRONOMICON』という魔道…魔導書をご存知かしら?ご存知よねぇ」


「猫の実…ねこん…?寡聞にして知らぬな…」


利理子はつまらなそうに自身の手入れの行き届いた爪を弄びます。


「ちがーう…『ネクロノミコン』…りぴぃとあふたみぃ」


「ぬう…『ねくろのみこん』か覚えがない……否……覚えがあるな。随分と昔に大陸で争った仙人達の一人が所有していた……その書籍を召喚術の触媒として使用していたはず……」


蜂郎は紐蔓的ひもずるてきにその時召喚された神霊『蚩尤』と『西王母』を思い出しました。そのどちらとも素晴らしい……最高の食事です。神とは高純度のエネルギー体。それ故に同族であるサムライを食す以上に良い栄養値になるのです。


蜂郎はその当時、それを知らずに喰らい尽くした時を思い出し嗤う。


「はっくん…その仙女さんと魔導書は?」


「仙女は潰したが……女だと説明したか?まぁいい、魔導書は随伴してきた蚕魔テンマらが拾ってそれきりだ、その後は知らぬな」


「ふむふむ……なるほど、了解です。ネクロノミコンについては理解しているのね」


「うぬ、覚えているぞ」


「ならいいの……それでは鎮西蜂郎特将…大御巫として命じます。手段は問いません『ネクロノミコン』を入手しなさい…天津ではなく私のためにね」


物探しは蜂郎の性分ではありません…大御巫とてそれは理解しています。にも拘らず蜂郎を使役するということは……


「……邪魔な相手がいるのか、誰だ?姉さまよ」


「十字教団共よ……名前くらいは知っているでしょ?…日本に定期的に攻めて来る薄汚い天使共の親玉で、欧州連合の実質的な王様……世界各国に魔装鎧を配り歩いて彼方此方で墓穴を掘って戦争起こさせる悪者よ……私の魔導書をこそこそと嗅ぎまわってるのよ…許せないわ!!」


「うぬ、了解だ……それで、場所のあては?」


「大陸のどこか……ただし、欧州連合に分割統治されてる側ではないわね。そこに隠れていたのなら、すでに教団が入手しているはずだし……連合の手が入らない日本以外の場所はぁ」


「……ロシアか」


「正解、はなまる。……すでに天津が蛟賀と蝪雪を送っているから、ロシアでは皆で仲良く協力しなさいな……共食いは駄目絶対!!」


「うぬ、では往く…さらばだ姉さま」


「あっ!まだ、だ~め♪」


利里子は妖艶に微笑むと目を閉じ、蜂郎に絡みつきました。


「はっくん…私には大切な計画があるの…だから…んっ…準備が整うまで暫くの日数は私と此処に居なさいな…っちゅ…予定が狂うと…めんどう…だし…ふふふっ」


シュルシュルと巫女装束の帯が外れ、脱皮するかのように幾重にも重ねられた衣が床に落ちます。

それに伴い少女の身体が成長して妙齢の美女に変化していました。


「ねぇ何かお話ししましょうよ…そうだ…この10年の間…馬鹿殿天津と何処で何をしてたのかなぁ?…天津にどうせ口止めされているのでしょう?…なら言葉以外でおしえてくださいな」



◇◆大陸 日本軍一時的占領地 軍港


大陸にある暫定日本領の軍港近く、現在所有する軍施設の司令部、その部屋には2人の軍人……日本国の将軍である天津が配置した近衛のサムライが居ます。


一人は初老の男性で軍服越しでもわかる衰えを感じさせない強靭な肉体を持ち、モノクル越しの目には深い英知の輝きがあります。


彼は日本国所属のサムライ。近衛達の総帥である立花タチバナ蝪雪ドウセツ


蝪雪は机に積まれた書類を黙々と処理しながら、届けられた書類に目を通してほんの僅かに怪訝な顔をしました。


「なに?蜂郎が来るのかぁ………焦土作戦じゃないだろうに…なぁ蛟賀」


「それが命令さ……某と貴様と蜂郎のサムライ3体で『ネクロノミコン』魔導書を奪えとな」


壁にもたれかかり淡々と蝪雪に返事をするのは鋭く冷徹な眼光をした男性。

眼光に鋭い威圧感が漂う男性ですが、存在感は非常に希薄で彼の隣にある観葉植物が返事をしたと言われても違和感がありません。


彼もサムライ、名を蛟賀コウガ三郎サブロウ


蝪雪は目頭を押さえながら蜂郎は過剰戦力だと呟きます。


蜘郎クロウ一螳斎イットウサイが適任だろうがよ……天津め」


例えるなら、犯人から人質を解放するために狙撃手が必要な状況で、列車砲を持ってこられた感じでしょうか?


蝪雪は人質(魔導書)ごと敵を吹き飛ばしてしまう事を懸念しているのです。


「その2人を使いたいなら天津に直接言え。だが一螳斎は暫く無理だな。結界にへばりついた天使らの駆除を担当しているはず……」


蛟賀は、関心が無い様子で返事をします。


「はぁ……蜂郎が滅茶苦茶に暴れて、日本による大陸側統治に影響が出ないといいのだが」


蛛呑シュテンよりはマシだと思え……まぁ抑々、誰も蛛呑を制御はできないが……それに蜂郎が暴れたとしても蛇女が記憶消去するだろう」


蝪雪は考えます。仮に蜂郎が暴れた際は、外部の人間はどう働くのか……


単一民族の日本国内でさえ現体制への対抗組織、通称『反士ハンサム』が湧くのだ。


善悪は兎も角として暴力と抵抗は異なる価値観がある限り決してなくならない。

『和を以て貴しとなす』とは現実では難しい、異民族相手ではなおさらだ…と


「今は……その後のことなど今はどうでも良いだろう。魔導書を探す手がかりはあるのか?」


蝪雪の思考を打ち切るように、蛟賀は冷えた声をかけます。


「ネクロノミコンの起動には、大量の魔力或いは生命力が必要らしいからな、その情報から目ぼしい場所を絞って、其処に密偵を送ったよ、その内3ヵ所から定時連絡がこない……」


人がたくさん集まる場所、人が消えてもおかしくない戦場、大規模な住民の移動がある土地で大量の行方不明者を出した村、そして監獄等です。


「そうか……某はどちらに向えばいい?」


「ロシアの首都、モスクワへ……其処でアバズレーエフという名の人物を探すといい、頼りになるぞ……その男が生きていればだがな」


蝪雪が言い終わると同時に蛟賀の姿は消えます。そこには僅かな余韻も痕跡すらありません。


「足が早いな……蛟賀は」


蒸気鎧マシンスーツ狩蟲ガルム』の再配備など重要案件を処理した蝪雪は、このまま無限に続くのでは?と思える書類仕事を一旦切り上げました。


捜索任務に取り掛かるため遊ばせてある部隊から無造作に選んだ兵士を呼び出すと……1分たらずでその兵が現れました。


「立花特将!!小野稲舟おのいなふ一等兵入室します!!何かご用でしょうか!!」


蝪雪は入室してきた平々凡々、中肉中背で丸眼鏡をかけた兵士を眺めました。


「小野稲舟か良い名前だ……さて小野一等兵、暫く…5日後くらいに軍港へ鎮西蜂郎特将が来る。彼に付いて仕事を補助してくれ…」


「げぇ!?あの破壊神じゃなくて蜂郎特将に…ですか?」


怪鳥が鳴く様な悲鳴をだし、将軍に対して失礼な暴言を吐く稲舟一等兵。

しかし蝪雪はあえて黙認しました。


「そうだ、あの破壊神だ。…たのむぞ」


「じ、自分には手に余るかと……」


「既に決まったことだ……そしてお前は優秀な日本兵だ。何も問題ないさ……俺も手を貸すことだしな」


蝪雪は刹那にも満たぬ一瞬で、椅子に座りながら得物を抜き!斬り!収めます…


斬られた対象である稲舟は戸惑いの声を出しました。自分が何をされたのかは分からないが、何かをされたことは理解できたからです。


「こ、これは?一体何を」


蝪雪は戸惑う稲舟に説明します、ただし言葉ではなく彼の脳内に直接――


『――俺の固有武装こゆうのうりょくは多種類の寄生生物を――と言っても分からんよなぁ、まあ通信端末のようなものさ。お前の体に人造怪蟲ジンゾウカイジュウ『紅柘榴』を仕掛けた――これで俺が都度指示を出せる』


「通信?…蟲ぃ?…寄生!?…か、体に害は無いんですよね?」


「ないよ。それから…この通信機能付きの小型蜘蛛『黄玉』を蜂郎に渡してくれ…これも能力で生成した人造怪蟲の一つで、親機である俺に距離を無視してサムライの『脳波』で通信できる……洒落てるだろ?」


金属でできたような黄色く小さい蜘蛛が稲舟一等兵の腕をつたい、彼のポケットに自ら収まります。

蜘蛛はポケットから顔を出して「ギチチィ」と薄気味悪く鳴きました。


「ど…蝪雪特将、その通信蜘蛛があるなら…わ、私の体に通信生物を寄生させる意味はあったのですか?」


「あるさ…今、お前の体は凄まじい頑強さと生命力を『紅柘榴』から与えられている…今のお前は超人級の身体能力だ……それにサムライ等には寄生させても、寄生生物が正常には機能しない……精々が位置情報を『脳波』で俺に都度知らせるくらいだ」


「……超人っすか!?……まじで!」


(まぁ、寄生生物による身体強化と通信機能は本来の用途による付属品………だが、無駄なことまで説明する必要はないだろ…?お互いに本来の用途を使用しないで済めばいいな……小野一等兵)


蝪雪は静かに嗤う。

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