第2話 日露戦争その二
魔道騎士コンダコフは真に残念ながらお亡くなりになられました。
風の音すら死んだかの様な静かな戦場に、マリアの震える呟きが大きく響きます。
「おじ様…?」
状況が理解できず呆然と佇むマリア。しかし彼女とは対照的に、クルシンスキーの行動は迅速です。
マリアを背に怪人へ立ち塞がり、怪物に対して大剣を構えると高速で魔力を練りあげて、必殺の魔術式を展開する。
「退け!!――マリア嬢さがれぇ!!」
クルシンスキーは怪人の瞬発力でも対応できない広範囲を一瞬で殲滅するため、自身を中心に半径約250mをマイナス273.15 ℃で氷結させる必殺の固有魔法。自らの二つ名でもある『絶対零度』を放とうとして……
「な?」
しかし、怪人が一拍子の認識不可能な速度でクルシンスキーに肉薄、そして刹那の一瞬にクルシンスキーの首を刀で刎ねました。
「え?」
ゴロゴロと赤い血で地面を染めながら転がるクルシンスキーの頭、残された胴体方も暫くしてから思い出したかのように倒れます。
「クルシンスキー伯爵……?」
なんてことでしょう、クルシンスキーは死んでしまいました。
怪人はその亡骸を踏み超えて周囲のロシア兵たちも、同じように殲滅してまわります。……結果、数秒に満たない間にマリアの目の前は死臭が立ちこめる血肉色の死体で埋まりました。
一歩退いた場所で暫し呆然としていたマリアは、それから突如として悲鳴のような雄叫びをあげて怪人に突撃します。
「あ、あああぁぁ……ぎゃあああああぁっ!!……にぁああああああああああ!!」
悲鳴のような雄叫びをあげながら、怪人へ戦斧振り回し攻撃を繰り返すマリア。
「化物ぉ!!しになさい!!しになさい!!しになさい!!しね!!しね…しね…しねぇぇぇ!!」
魔力で付与された灼熱を纏う戦斧は、しかし怪人の………サムライの外骨格には傷一つ付けられません。
そしてサムライの予備動作なく繰り出された拳であっさりとマリアの戦斧は叩き折られます。
「きゃ!?」
武器を失いマリアは力なく膝から崩れ落ちて……
「い、いや…来ないで…」
死への恐怖かそれとも近しい人間の死によるものか、
それゆえに魔装鎧の生命維持機能が作動して鎧がマリアの肉体から剥がれ落ちます。
魔装鎧が剥がれ落ちたことによりマリアは、その均整のとれた白い裸体を怪物の眼前へ生贄の様に晒す……自身を守る最後の盾を失い彼女は絶叫しました。
「ああああっあああ!!!うわあああああうぎゃあああ!!」
マリアは精神の均衡を失い、正気を失った犬の様に吠えます。彼女の股のあたりからは刺激臭のする液体が漏れ出て地面に染みを作る……
サムライは感情の読めない黄色い複眼で発狂した少女を一瞥すると、少女の醜態に何かを感じたのかポツリと一言だけ言葉を発しました。
「くだらぬ…な」
サムライは無感情に刃を構えマリアの首を刎ねた。……否、斬撃は途中で止められました。
瞬間移動したような唐突さで、突如として介入してきた人物により……
「こんばんは……ふむ、そろそろおはようかな?鎮西
魔装鎧さえ容易く切り裂く剛剣を素手で止めたのは、軍服姿に桔梗紋が金糸で刺繍されたコートを羽織る中性的な美少年です。
その顔立ちは綺麗に整っており柔和で凛としている。
しかし眼だけは何処か氷のような冷たさがあり、彼の常に微笑んでいるような顔は感じ方次第では冷笑的にさえ感じます。
正気を失ったマリアは恐怖の対象から逃れるためか突如現れた少年の腰に抱きつきました。
少年は自身に必死に縋り付く少女の様子に少しだけ驚いた顔をしましたが……
しかし、すぐに関心をなくして紫色のサムライ……鎮西蜂郎へ視線を戻します。
蜂郎は闇夜に発光する複眼で少年を捉えると、存外に穏やかな口調で声を発します。
「うぬは
穏やかな口調には、戦いの邪魔をされた事に対しての怒りは全く感じられません。しかしその屈強な体の奥には、刀のように鋭い殺意が収められています。
蜂郎は感情と攻撃性が結びつかないのです。さながら虫の様に自身の本能で領域を決めてそこに無断で立ち入ったものを無感情に排除していく。
(はぁ面倒だな……天津将軍が立会いのもと、サムライ同士で取り決めた十ヶ条の一つ『サムライ同士での戦闘は禁止ずる』……しかしあれに強制力はまったくない。蜂郎殿がその気ならば、お互いに生死をかけて戦う他なくなるが、さて……)
サムライの十ヶ条が作られる400年近く昔の話。
戦国の世を生き残った者は皆、一様に純粋な武力に秀でた者のみで、半端な賢さだけの者や徒党を組む弱者は圧倒的な武力に押しつぶされて、そして強い武力を持つ者も、運が悪い……或いは鎮西蜂郎の様な更に強いサムライに敗れて喰われました。
冷酷で冷徹で好戦的な蜂郎はまさしく典型的なサムライです。
その蜂郎は親しみさえ感じる態度のままごく自然に攻撃態勢へ移行する。
「
……それに蜘郎は待ったをかけました。
「蜂郎殿、まぁまぁ、待ってほしいのだ……『
蜘郎はマリアの背から脇に手をまわして横抱きにします。マリアは蜂郎に怯えているためか人形のように無抵抗で少年の腕に収まる。
「ぬぅ……そうか、大御巫がか」
蜂郎は蜘郎から大御巫の名前を聞いてある程度の事情を察しました。
蜘郎が自身に敵対する意志を持ないことを確認したので、蜂郎は戦闘状態を解除して人の姿へと回帰する……
「『
蜂郎が纏っていた紫色の外骨格は消えて、その肉体は無骨なロングコートを纏う体長2mを超える屈強な成人男性へと変化しました。
その鬼のような形相で、しかし冷静さを感じさせる顔つきは、さながらスサノオかアシュラの様です。
そしてそのロングコート状の軍服背中には近衛侍衆の証である『桔梗紋』が金糸で刺繍されています。
「うぬはリリね…ぬぬぬぅ…蛇のお使いか、ご苦労なことだな。」
「利理子様が蛇かい?はは…確かに少し似ているよね。でも本人に言ってはダメだよ。叱られてしまうから……それからね蜂郎殿、僕も好きで使い走りをしているわけではないのだ。本来『大御巫』の護衛として
「そうだな……己も居た覚えがないな」
「ん……了解。実は魔道騎士の捕獲は物の序でね。本題は蜂郎殿に新皇殿への帰還命令を伝えることなのさ……なので、君は京都に向っておくれ」
「ぬぅ……断る選択はないか?」
「いい加減に元鞘に戻ってくれ……僕とて暇ではないよ。僕の担当区画に出現する天使討伐と、日本国将軍であらせられる天津様からの
「そうか、ならば……仕方がないか……」
「ご愁傷様です。……僕は他に魔術師らが落ちていないかこの辺を探すよ。……蜂郎殿は、寄り道などせずに真っ直ぐ新皇殿へ帰るんだよ?君の
正直な話、魔導師の捕獲も本来なら蜂郎の仕事なのです。
なので蜘郎は蜂郎へ帰還命令を伝えた時点で帰還しても良かったのですが……蜂郎の探索能力はかなり低い、というか戦闘力以外の全てに疑問があります。
故に蜘郎は自分で魔道騎士を探した方が速いと判断しました。
(蜂郎殿の情緒は8歳くらいで止まっているからな……)
そして蜘郎は素早い動作でマリアを空中に寝かせたまま、その溝内に拳をねじり込みます。
「なっ!?がぁ……!!………!?……!!」
突然の衝撃でマリアは胃液を吐きだし意識を失いました。
蜘郎は気を失ったマリアを小手の五指から放たれる銀糸で包み繭状にすると俵持ちで担ぎます。
「この娘と他の魔導師は僕の方で送るからさ……それでは、いずれまた……さようなら蜂郎殿」
「うぬ……さらば」
蜘郎は此処に現れた時と同様に凄まじい脚力で蜂郎の目の前から一瞬で消えました。
それを見送った蜂郎は踵を返して帰還するために日本軍の野営地へと向かいます。
……来た道を引き返して日本軍の野営地に向う蜂郎、途中で夜が明けて、日の光が戦場跡を鮮明に照らされます。
蜂郎が蹂躙した戦場には泥と肉が混じった何かが散乱しており、
日本軍の兵隊たちは蜂郎が近づくと慌てて逃げ去り、勝利の余韻など此処には何処にもなく、当然の様に勝利の立役者たる蜂郎へ声をかける者はいない。だがその様な些事は蜂郎にはどうでもいいことです……無人の戦場跡を一人静かに歩きながら蜂郎は他の事を気にしていました。
「ぬぅ京都の『新皇殿』か……姉さまに会うのは気まずいな」
蜂郎は日本軍の野営地に戻ると、丁寧な対応をしてくれた乃木将校に対して短く礼を言い
大柄な蜂郎が小さく見えるほどの超大型
蜂郎は颯爽と蒸気駒『黒王号』に跨ると、そのままアクセルを解き放ち一路『新皇殿』を目指し疾走します。
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