第23話「小さい頃のように」⑤
「おー!桜、大丈夫!?」
芹沢と連れ立って皆の元へ向かうと、ビーチバレーの途中ですぐさま声を上げたのは原田だった。
「おぉ、芹沢!やっと来た……って、うがっ!」
芹沢に気を取られた健吾の顔面に、原田の鋭いスパイクが直撃した。
「桜、来ても大丈夫?」
しかし、当たり前のように健吾のことなど目もくれず、いの一番に原田は芹沢の所に駆け寄ってきた。
「うん、大丈夫だよ。私も、皆と遊びたかったし、あのままじっとしているのも勿体ないって思ってね」
「うんうん!良かったー!」
「芹沢は良かったけど、俺は良くねー!」
女子二人が嬉しそうに手を取り合ってる所に、顔面を抑えていた健吾のやかましい声が割り込む。それでも、原田はまるで健吾なんてそこには居ないと言わんばかりに完全無視で、芹沢と手を取り合ったままはしゃぐだけだ。しかし、律儀な芹沢は、原田に合わせてブンブン手を振っているものの、チラチラと健吾の方を気にしている。
「芹沢さん、体調大丈夫になったんだね、良かった!…あと、健吾も大丈夫?」
「うぅ、やはりここで俺のことを気遣ってくれるのは理久、ただお前一人だけだ」
跳ね返ったビーチボールを拾い上げながら、唯一理久だけが健吾を庇う。そんな理久に、健吾は大袈裟にヨヨヨと泣き真似をする。
視線は、自然と昇の方へと向いた。
昇は、皆の輪の中に入ってきた芹沢のことを最初チラリと見たが、それからは特に表情を変えることなく、でも視線はなるべくそちらの方を見ないようにするように、ずっと皆の輪からは顔を逸らしたままだ。
不機嫌になっているように見えなくもないが、今はどちらかというと居たたまれなさの方が強いように見えた。
「よーし!桜も戻ってきたことだし、皆でビーチバレーやろう!」
こういう場面で仕切るのは、すっかり原田の役目になっていた。ビーチボールを持っている理久に、笑顔で手招きしている。理久は、少し戸惑った様子でその手にビーチボールを渡した。
「あっ、ごめん。ちょっと喉乾いたから、俺も飲み物飲んで来てもいいか?」
早くビーチバレーを始めようとボールを掲げていた原田に対して、昇が控えめに手を上げながら言った。
その声に、反射的に身体が強張り、思わず芹沢に意識が向く。
少し前に立っている芹沢は、背中しか見えない。それでも、その背中が何となく寂しそうに見えた。
「えーっ?これから遊ぼうって時に?」
原田が抗議の声を上げる。
だが、それに対して昇は苦笑いを浮かべながらヒラヒラと手を振る。
「散々健吾に海に放り込まれて、ビーチバレーで振り回されて喉カラカラなんだよ。今行っとかないと熱中症で倒れるかもしれないから、良いだろ?」
「あれ?さっきの亮といい、こいつらの水分を奪っているのってもしや俺?」
健吾の阿呆な発言は別にして、昇はさっき俺が言った言い訳をそのまま同じように使った。
そのことに、イラッとした。
「じゃあ、ちょっと行ってくるわー」
しかし、当然そんな俺の苛立ちが昇に伝わるわけはなく、昇は手を振りながら芹沢と俺の横を小走りでビーチパラソルに向かって行った。
さも自然を装って、涼しい顔をして横を通り過ぎていく昇。
昇が横切る時、こちらからは見えないが確かに気配を固くした芹沢。
その時の芹沢の我慢するような表情が、はっきりと脳裏に浮かんできて、考えるより先に身体が動いた。
俺たちの横を小走りで通り過ぎていった昇を、踵を返してついて行った。
反射的に動いてから、特に何も言わずに動いたのはまずかったか、と思ったが、後ろの方からは「あれ?そういえば芹沢さん、いつの間にそんな眩しいお姿に!?」という健吾の惚けた声が聞こえて来て、「えぇ、時間差で何でそんなこと言うの!」と芹沢の照れ臭そうな声が飛んできた。
そのおかげで、俺のことをとやかく言われずに済んだ。
ビーチパラソルの下に入ったところで、近付いてくる砂浜を踏む音に気付いたのか、何事かと昇がこちらを振り返った。
「あれ?亮、どうしたんだよ?何か忘れ物か?」
「いや、ちょっと昇を監視しようと思って来た」
俺のストレートな物言いに、へらへら笑っていた昇の表情が見るからに固まった。
「…どういうことだ?」
戸惑いを隠そうともせず、昇は言った。
「そのまんまの意味だ。昨日みたいに、また逃げられないようにと思って見に来た」
自分の口調が、いつになく挑戦的なことは自覚していたが、それを取り繕うつもりはなかった。
昇は、固まったままじっとこちらを見据えていた。
その表情は、いつになく真剣で、少し苛々しているように見えた。
でも、それはこっちも同じだった。
「何で、そんなことすると思ったんだよ」
「だって、昨日の今日だから少し心配になってな」
「それで、監視しに来たってことか?」
「そういうことだ」
いっそ、喧嘩になってもいいと思った。昇との付き合いは長いが、喧嘩をしたことはほとんどない。覚えているのは小学校の時に、本当に子どもじみた喧嘩をしたことくらいか。
でも、今は喧嘩してもいいと思った。
芹沢のあんな様子を見せられて、あんな顔を見せられて、今なら本気で昇と喧嘩になってもいいと思った。
昇は、また固まったまま黙ってじっとこちらを見ていた。
その真剣な視線は、こちらの真意を確かめようとしているようだった。
しかし、
「…ふぅ」
昇は、何かを諦めたかのようにため息を吐き出して、力なく笑った。
「それだったら、心配無用だ。今日は、どこにも逃げたりしないから、早く皆の所戻れよ」
その投げやりな態度に、身体が一瞬で熱くなった。
「…お前な」
感情に任せて、いっそ掴みかかろうかと一歩踏み出した。
ところが、その足が止まった。
昇は、じっとこちらを見つめていた。
その視線は、あまりにも無気力で、まるで何もかもどうでもいいと言っているようだった。
表情は全くの無表情。何の感情もそこには浮かんでおらず、ただぼーっと目の前の俺を見ているだけ。
その様子に、毒気を抜かれた。だが同時に、気付いてしまった。
昇は、なぜだか悲しんでいるように見えた。
「昇、昨日芹沢と何があった?」
口をついて、そんな言葉が出た。
さっきまでの怒りはすっかり治まっていて、口から滑り出た言葉は冷静で、静かだった。
「えっ?」
おそらく、掴みかかられると思っていたのだろう。一転した俺の態度に、そしてストレートな問い掛けに、昇は初めて感情を表に出した。
驚いたように目を丸くさせ、俺のことを見つめていた。
「それは、」
「何かがあったことなんて、今朝からとっくに気付いていたし、さっき芹沢本人からも、何があったかは少し聞いた」
探偵が、簡単な事件の種明かしをするかのように、スラスラと言葉が出てきた。
「昇は感情が顔に出やすいし、これでも付き合いは長いから、大体お前が何を考えているかは分かる。でも、芹沢のことに関してだけは俺も昇の気持ちが分かるようで分からなかった」
俺は、昇は芹沢が変わってしまったことで、照れて以前のように接することができなくなり、それを拗らせているのだと思っていた。
しかし、芹沢から昇に拒絶されたことを聞いて、その上であからさまに芹沢を避けるような行動を続けている昇に、何か一言言ってやろうと思っていた。
てっきり、どういうわけか昇が芹沢のことを本気で嫌いになってしまったのだと。
でも、俺が剥き出しでぶつけようとした感情に対して、昇はそれを受け入れようとした。
「でも、さっき芹沢から話聴いて、そして今の昇の顔見て、何か少し分かった気がした」
それなのに、その目の奥では強い後悔と深い悲しみが揺らいでいるのが、長い付き合いを重ねてきた俺には、はっきりと見て取れた。
そして、その後悔と悲しみの目を、俺は知っている。
「少なくとも、幼馴染として昇とも芹沢とも長い付き合いの俺から言わせると、昨日芹沢が話をしたいってお前の所に一人で行ったのは、芹沢にとってはかなり勇気が要ったことだと思うし、怖かったと思う。でも、芹沢は勇気を出してお前の所まで行ったんだ」
言葉が止まらなかった。
さっきから、じっと昇は俺の方を見て何も言わない。
でも、すでに無気力ではなくその目はしっかりと俺のことを見ていた。
だから、思うままに言葉を続ける。
「それを拒否したお前の方が、何でそんな顔をしてるのかよく分かんねぇし、まぁそもそもの話、芹沢に対して何でこんなにもあれこれ気にしてるのかは今も正直よく分かんねぇ」
言いながら、これはずっと俺が言いたかったのに言い出せなかった言葉だと気付いた。
今までは、外から見ているだけの傍観者としてしか、いられなかった。
だがそれは、俺自身が自分を傍観者にしてしまった。
本当は、俺だったら二人の仲を取り持って、小さい頃のようにまた皆で仲良く過ごせたかもしれなかった。
でも、その道を完全に閉ざしてしまったのは、紛れもなく俺だ。
「でも、きっとこのままこの『海に向かって』が終わったら、お前は絶対もっと後悔するぞ」
だからこそ、今俺は傍観者ではなく、二人の間に立って言葉を掛けなければいけない。
言い終わると、やけに息が荒くなっていた。感情の赴くままに喋り過ぎて、満足に息継ぎができていなかったのかもしれない。
昇は、息を整えている俺をまだ静かに見つめていた。
そして、
「分かった」
小さく、でもはっきりと答えた。
その返答に、思わず力が抜けて頬を緩めた。
「ったく、何言ってるんだろうな、俺。もう、終わりだ終わり」
言いながら、思わず頭を掻いた。
「俺が言いたいことはこれで終わりだ。後は、昇の好きにしろ」
言って、手を振りながら踵を返した。
「俺は、もうみんなの所戻るから、昇もいい加減に来いよ」
そう最後に捨て台詞を残して、そのまま昇の元を後にした。
後ろの方で、小さかったが確かに「おう」と昇が答えた声が聞こえた。
歩きながらふと我に返ると、随分恥ずかしい言葉をよくもまぁあれだけ重ね続けられたものだな、と思う。
『でも、芹沢は勇気を出してお前の所まで行ったんだ』
自分の言葉は、本当に臭かった。昨日今日と、青春ぽいだ何だと言い過ぎていたせいで、少しその気に当てられたのかもしれないと苦笑する。
『お前は絶対もっと後悔するぞ』
もしも、俺が言ってたことが全て見当違いだったとしたなら、あの台詞は随分恥ずかしいやつだ。
だが、それに対しての昇の返答は茶化すでも呆れるでもなく、真面目な顔した「分かった」だった。
あれは、俺の言ったことがあながち見当違いではなかったということで、
「……」
そして何より、昇に一つの気付きを渡したということだった。
「…本当、何言ってるんだろうな」
昇に言った自分自身の言葉が、今更になって自身に返ってきている。
後悔しているのは、紛れもなく俺だった。
ついさっき、芹沢に言ったこと。最後の最後に、いじましくも芹沢にあの日のことを蒸し返したこと。
そして、今昇に対して感情のままに言ってしまったこと。
自分でも気付いてしまった。
俺は、やっぱりずっと後悔していたんだと。
ある日、健吾が俺に対して言った言葉。
『それは、罪滅ぼしか?』
そう、これは罪滅ぼしなんだと思う。
でも、そのつもりでやっている自分の行動が、まだこんなにも自分の心を疼かせていた。
あの日の光景を覚えている。
あの日の匂いを覚えている。
あの日の光を覚えている。
あの日の芹沢の顔を覚えている。
そして、その後の痛みを俺は知っている。
何度も何度も、擦り切れるくらいに頭の中を巡り巡り回ったあの日の記憶。
その時の罪を、俺は後悔していた。
だから、こうして「海に向かって」来た。
もしかしたら、これであの二人の関係が少し動くかもしれない。
それでいいと、今の俺はもしかしたら言えないのかもしれない。
でも、その全ての答えはきっとこの旅が終わった時に分かると思う。
だから、今は笑うんだ。
「おーい、俺も混ぜてくれー」
後悔を自覚した今は、心の奥底の疼きは静まらないままずっと残っていた。
それでも、この旅自体は絶対に後悔のないように、できる限り思い切り楽しんでやろうと、笑いながら皆の元へ戻った。
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『あの日のことを後悔しているか』
そう聞かれると、今の俺は何て答えるだろうか。
何度も繰り返してきた、自分自身への問い掛け。
そもそも、「あの日」の始まりは、一体いつからなのか。決定的な出来事があったのは中学生の時だが、よくよく考えてみると、全ては小学校高学年くらいから始まっていたのかもしれない。
小学校低学年の頃から、昇,健吾、そして芹沢とはほぼ毎日一緒に遊んでいた。
昇と芹沢とは保育園からの幼馴染で、小学校に入ってからそこに健吾が加わった。
その当時の芹沢は、今からはとても考えられないが、どちらかというと原田のように活発でとても元気な女の子だった。
男子三人で日々好き勝手に遊んで走り回っている中に、何ら違和感なくついてきて、時には俺や昇を置き去りにして(健吾はその当時から変わってないので、体力は底抜けだった)先頭に立ってはしゃいでいた。
俺たちの仲の良さは近所にも知れ渡っていて、俺たち四人が町の中を駆け抜けていくと、近所の人たちが優しく笑いかけてくれていたことは今でも覚えている。
芹沢は髪も短めで、夏などは俺達と同じくらい日焼けしていたので、夏に普通に遊んでいると近所の人たちから、「あれ?今日は桜ちゃんじゃなくて新しい男の子?」などと間違えられてしまうこともしばしばだった。
俺達からそのことをいじられても、当の本人はケロッとしていて、「別に男の子でもいいもーん」なんて言っていた。
しかし、それが少しずつ変化し始めたのは小学校高学年になってからだ。
芹沢は、それまで短くしていた髪を長く伸ばし始め、身長もぐんぐん伸びていった。
女子の成長というのは男子よりも早い。
その頃からデカかった健吾はともかくとしても、俺や昇はその頃身体も小さい方で、小学五年生の終わり頃には芹沢の方が俺たちよりも大きくなっていた。
そして、成長期の女子というのは、身体つきだけではなく顔つきが変わるのも男子より早かった。
近所で、芹沢が男の子に間違えられるようなことはなくなり、近所の人たちからは「あら、桜ちゃん、ますます綺麗になって」とか「べっぴんさんになってきたね」と言われるようになってきた。
太陽の下で元気いっぱい駆けずり回る、なんて遊びをすることが減り始め、駄菓子屋でお菓子を買って神社で喋りながら過ごすことが増え始めた。
芹沢本人は、「別に前みたいに遊んでもいいんだよ?」と言ってくれていたが、俺達の方が気を遣うようになっていた。
そう、今思えばあの頃から皆何となく気付いていたんだと思う。
これは、思春期の始まりなんだと。
今まで、自分たちと同じように思っていた子が、実はちゃんと可愛い女の子だった。
そのことに、皆自覚がないままに意識し始めていて、でもそれまでと同じように普通に友だちとして楽しく過ごしたいと思っていた。
そんな思春期の入り口の葛藤。
俺たちは、いつも近くに居る芹沢という存在の意味を分かっていなかった。いや、正確には近くに居すぎて見えなかったというやつだった。
―――だから、中学に入ってから色んな歯車がズレることになる。
中学生になって、芹沢は文句なしに可愛い女の子になった。
小学生から中学生になると言っても、自分自身の変化は学校に行く時は制服を着るようになったことと、行く学校が変わったことだけだった。
少し背は伸びた気がしたが、毎日の生活の中でそれを実感することはないし、顔つきもそんなに急に中学生の顔にはなれずに幼いままだ。
そんな自分とは対照的に、芹沢は明らかに小学生から中学生の顔になった。
元々その片鱗を見せ始めていた芹沢が、中学生になって更に可愛くなって、誰が見ても文句なしの美少女になった。
そして、俺達の状況にも一つの変化が訪れた。
昇だけが、俺達とは違うクラスになった。
元々、田舎の学校ということもあってクラスは少なく、小学校の時も各学年二クラスだけだった。そんな中で、俺達四人は六年間ずっと同じクラスだったので、それがずっと一緒にいる一つの要因でもあった。
それが、初めて昇だけが違うクラスになった。
俺と健吾は、そんな昇をいじって楽しんでいたが、芹沢だけはどこか寂しそうな表情を浮かべていた。
そんな芹沢に対して、「まぁ、クラス別でも問題ないだろ」とその時の昇は笑って言っていた。
しかし、実際に別のクラスになってみると、他クラスの異性に会いに行くというのはなかなかのハードルで、芹沢が昇に会いに行くことは難しく、その逆も然りだった。
そうして、学校内で昇と芹沢が会う機会は自然と減っていった。
そんな中、もう一つの変化がクラスの中で起き始めていた。
芹沢に告白をするやつが出てきた。
その話は、芹沢本人からではなく、中学生になってまだ一か月も経っていないある日、クラスの男子内の風の噂で流れてきたものだった。
告白した相手は、別の小学校だったスポーツのできるイケメンだった。
突然訪れた「誰々が告白した,された」という話に、そうしたことに興味を持ち始めた男子たちは色めき立って、瞬く間にクラス内で広まった。
しかし、その告白に対する芹沢の返答はノーだった。
断った理由などの細かい話は全く分からない中で、「ただ断った」という情報だけが男子の間でやり取りされるようになっていた。
そして、それをきっかけにして、クラスの中で度々「誰々が芹沢に告白してまた振られた」というニュースが飛び交うようになった。
そんなニュースが飛び交うようになると、クラスの男子たちは芹沢と普通に話をする俺や健吾に「何か知らないか?」ということを聞いてくるようになった。
そもそも、俺達としても学校内で芹沢と話す機会は減ってきていて、話したとしても芹沢本人からその手の話を聴くことは一度もなかった。
なので、俺達の返答はいつも「いや、知らねぇ」で終わっていた。
でも、そういった話を聴くたびに、心の中で微かばかりの引っ掛かりがあったことは覚えている。
「付き合う」とか「告白」とか、今までテレビドラマの中でしか見たことがなかったものが、現実の自分たちの目の前に現れた、というほんの少しの驚き。
そして同時に、もう俺たちは告白とかをしたりする歳になってきたんだと自覚した。
中学一年生なんて、中学生と言っても実際の所はまだまだ身体も心もガキのままで、小学生とそんなに変わらない。
そう思っていたのに、確かに俺達の周りも俺たち自身も少しずつ心境に変化が訪れていた。
そうした中、芹沢に振られたという噂話に新たな要素が加わるようになった。
それは、芹沢からの断り文句に「好きな人がいるから」という文言が付け始めたというものだった。
それまで、断る理由が明確でなかった中で、初めて分かったはっきりとした理由だった。
その噂は、再びクラスの男子たちを色めき立たせ、大きな話題として持ちきりになった。
そして、当然のようにこんな話が持ち上がってきた。
「では、その芹沢が好きな相手とは一体誰か?」
芹沢は、女友達は多くなっていったものの、まともに話をするような男子はほとんどいなかった。それこそ、同じクラスでは俺と健吾くらいだった。
小学校から仲の良い男子の中に、芹沢の本命がいるんじゃないか?
当然のように、いつの間にかそんな白羽の矢が立たされていた。
小学生の頃も、そういった話がないことはなかった。でも、その追及はどちらかというと茶化す意味合いが強く、本気で言ってくるやつはいなかったし、俺達もまともに相手にはしなかった。
ところが、俺達はもう小学生ではなく中学生だった。
ほとんどのクラスメイト達は、「なぁ、実際の所どうなんだ?」と興味本位で聴いてくるぐらいで、そういうやつらには「いや、本当にただの腐れ縁だし、別に誰かが付き合っているわけでもねぇから」と笑って流していれば良かった。
しかし、そうした友だちの中には、一層ませた思春期真っ只中の連中もいた。
彼女欲しさに、「くそー!高嶺の花がダメなら、俺は平地で探す!」とクラスの女子たちに聞かせたら即刻袋叩きに合いそうなことを言っているやつもいて、でもそんなやつが翌週にサラッと彼女を作っていたりした。
そんな、中学生になって早々に彼女を作っていたやつも交えて、何人かと珍しく帰りが一緒だった日のことだった。
会話の始まりは、本当いつも言われるような他愛無いものだった。
「本当、亮はズルいよな!あの芹沢さんと普通に話できるんだもんな」
そんなことを言われるのは慣れたもので、「まぁ、保育園から一緒だったから、生まれ持った運の差ってやつかな?」なんて、軽く流す感じで笑って言った。
俺の返答に、ほとんどのやつが「ふざけんな!」「誰か、こいつを沈めろ!」なんて阿呆なことを言ってくる中で、彼女持ちの一人が何気ない感じで問い掛けてきた。
「でもさ、お前の方は芹沢さんのこと何とも思ってないのか?」
彼女のいるそいつは、他のやつらとは違ってやけに大人びたやつだった。
その問い掛けに、周りの連中も興味津々といった様子でニヤニヤしながら俺の返答を待った。
しかし、そいつらに俺は溜息混じりで答えた。
「うーん、ないなー」
「えっ、本当か?」
「おう。保育園から一緒過ぎて、そんな風に思ったことはないな」
俺の返答に、周りの連中はあからさまにつまんなそうな表情を浮かべ、「何だよ、つまんねぇな」と好き勝手に言っていた。
それで、その話は終わりだと思っていた。
しかし、彼女持ちのそいつから思いがけない名前が出てきた。
「でも、そういえば隣のクラスの澤島も芹沢さんとは幼馴染なんだよな?」
自分が苗字で呼び慣れていないせいで、それが昇のことだと気付くのに少し時間が掛かった。
「…あぁ、昇のことか?そうだぞ」
俺の返答に対して、彼女持ちの友だちは「そうか…」と短く答えるなり、何やら少し考え事をする素振りをして、明るく言った。
「もしかして、芹沢さんの本命って、その澤島だったりしてな」
「……」
それに対して、俺はすぐに返答できなかった。
しかし、「何!誰だその澤島って」「確か、テニス部の奴だぞ」「おいおい、それは一度顔を見てみたい!」「嘘だー!芹沢さんがー!」「待て待て、何となく言ってみただけだから真に受けんな!」と、俺の返答を待たずに阿鼻叫喚のバカ騒ぎが始まっていた。
それに、救われた。
「…いや、それはないんじゃないか?」
そして俺は、平静を装いながらそう答えていた。
しかしその時、心の中で確かに僅かな疼きがあったことを、俺は薄々自覚していた。
その後は、絶対に周りにはバレないように、あえてヘラヘラ笑い、返答もなるべく淡白にして、そのおかげでその話題はそれで流れていってくれた。
それからも、俺は変わらなかった。
クラスでは基本的に健吾と一緒に居ることが多くて、部活動や登下校の時はそこに昇や理久が加わった。
時折、芹沢とも喋ることはあった。
誰にも特に何か変化があったわけでもなく、それぞれがそれぞれ話すときには小学校の時と何ら変わりなく自然な感じで話ができていた。
しかし、次第に自分の中で変化が訪れていくのを感じていた。
気付き始めてはいた。だけど、それをなるべく自覚しないように、気づかない振りをしながら、日々を過ごしていった。
だが、それは自分の中でゆっくりと、でも確実に肥大していき、次第に誤魔化しようのないほどはっきりとした形を持って自分の心の中で築かれていった。
―――そして、「あの日」が訪れた。
それは、夏が過ぎ、秋が来た頃の何でもないいつもの放課後だった。
その光景は、漫画やアニメでよくあるワンシーンのようだった。
教室の大きな窓から差し込んでくる朱色の夕陽が、教室を明るく染めていた。
射し込んでくる光そのものは、まともに眼を開けてられないくらいに直接的で強い。それなのに、その光の色はとても穏やかで優しかった。
光が、教室いっぱいに満ち溢れていた。
そんな風景の中で、芹沢が一人窓際の席で外を見つめていた。
教室の扉は開けっ放しだったので、教室に入っても芹沢はこちらに気付かなかった。
芹沢は、身動ぎもせずじっと外の風景に目を向けていた。
綺麗な光の教室の中で、外を眺める芹沢の姿が、やけに絵になるなと思った。
「芹沢」
そんな芹沢に、声を掛けた。
声を掛けられると、芹沢は僅かにビクリと身体を強張らせた。そして、ゆっくりとこちらを振り返った。
「…なんだ、井川か」
俺を確認するなり、ホッとしたように息をつき、そんな失礼な言い草をしてきた。
「なんだ、って失礼だな。というか、ビックリし過ぎだろ」
「いやー、ちょっとボーッとしてたからね。あはは」
芹沢は、苦笑いを浮かべながら俺から視線を逸らした。
「どうしたの?井川、部活でしょ?」
「その台詞は、そっくりそのままお前にお返しするよ」
こちらも苦笑いを浮かべながら、ゆっくりと自分の席に向かった。
その頃、俺の席は芹沢の二つ隣で、授業中や普段はともかく、誰も居ない教室の中では遮るものがなく、真正面に芹沢の姿を見ることができた。
芹沢は、横目で俺を見ていたが身体は正面に向けたままだった。
「教室にユニフォーム忘れたから取りに来たんだよ。芹沢も、早く行かないと部活始まるぞ」
「分かってるよ。ぼちぼち、行きますよー」
テニス部は、男子と女子は分かれて練習しているものの、基本的に部活の開始時間は同じだった。だから、俺も慌ててユニフォームを取りに来ていた。
だが、「行く」と言った芹沢は全然行く気配はなく、また頬杖を突いて外を眺め始めた。
「いや、行く気ないじゃん。何だ、もしかしてサボる気か?」
笑いながら、そんな冗談を言った。
「サボり?」
俺の声に反応して、芹沢は頬杖を解いた。そのまま、真正面を向きながら「ははっ」と乾いた笑い声を上げた。
「うーん、それもいいかもね」
そして、おざなりにそんな返答を零した。
その返答に、思わず手を止めて芹沢を見た。
真面目な優等生の芹沢が、そんなことを言うのは珍しかった。
「何だ、冗談で言ったのに、芹沢がそんなこと言うなんて珍しいな」
「えっ?そうかな?私だって、そういう日あるよ」
言いながら、芹沢はだらーっと机の上に突っ伏した。
そんな風にだらけた姿を見せるのも、芹沢としては凄く珍しいことだった。
「あー、井川にそんなこと言われたら、本当にサボりたくなっちゃった。どうしようかな」
「おい、間違っても『俺のせいでサボった』とかにするなよ」
文句を言ってやると、芹沢は「あはは」と笑いながら顔を上げた。
しかし、笑顔かと思ったその顔は何だかやけに疲れているように見えた。
「何だ、本当にどうしたんだ?珍しく疲れた顔してるな」
「えっ?分かるの?」
芹沢は、驚いたように俺の方に顔を向けた。
そんな芹沢に、俺は笑いながら何でもないことのように答えた。
「そりゃ、分かるだろ。これでも、芹沢とは付き合いは長いんだから」
その時の俺は、本当に何でもないことだと思っていた。話すこと自体は減っていたが、これでも付き合いは長かったから、芹沢のちょっとした変化に気付くこと自体何とも思っていなかった。
いや、むしろ「気付いた」とすら気付いていなかったかもしれない。
でも、芹沢の反応は俺が思っていたのと違っていた。
「そっか…そうだよね」
芹沢は呆気に取られたように呟いて、そしてじっと真正面を見つめていた。
まるで、気が抜けたような、どこかほっとしたような表情に見えた。
「まぁ、別にサボることは止めないけど、ほどほどにしとけよ」
俺は、忘れ物のユニフォームを手に取ると、そのまま教室を後にしようとした。
芹沢の様子が少しおかしいことには薄々気が付いていた。だけど、あのまま自分があそこに居てはいけないことも自覚していた。
あのままあそこにいてしまっては、気付き始めていた自分の感情が吐露してしまうんではないか。
そんな予感があった。
だから、確かにあの時、俺はそのまま教室から何事もなかったかのように出ていこうとした。
だけど、
「ねぇ、井川」
芹沢が、俺を止めた。
その声に、俺はすぐ足を止めた。
今思うと、心のどこかで俺はその声を待っていたのかもしれない。
「うん?どうした?」
俺は、何気なく振り向いた。
すると、そこには背後から夕陽の光を浴びた芹沢の姿があった。
その光景に、俺は思わず目を奪われた。
そして、
「井川って、好きな人とかいたりする?」
その言葉は、少し遅れて俺に届いた。
それは、唐突な問い掛けだった。
でも、思い返すと、その時恐らく芹沢は色々悩んでいたんだと思う。
それは、態度からも何となく勘付いていたことだし、後の会話からもそのことは察することができた。
芹沢が告白されたという噂話は、その頃も変わることなく聞いていたし、それをその度に芹沢が同じ返答で断っていたということも聞かされていた。
そんな中でのその質問はきっと、俺に対して単に意見を求めていただけだったんだと思う。
俺は、恐らく幼馴染の男子三人の中では比較的ませていた方で、小学校の時に少しだけ芹沢と恋愛的な話をしたこともあった。
もちろん、小学校の時はそもそもお互いにそんな何か考えることがあったわけではなく、何となく大人な話題として話をしてみただけだった。
でも、三人の中でそういった話ができるのは、芹沢からすると俺だけだったんだろう。。
本当、ただそれだけのことだったんだと思う。
今、色んな男子から告白されていることを、相談できる男友達。
その立ち位置でいてあげれば良かったんだ。
言ってから芹沢は、慌てた様子で「ごめんね、突然変なこと聞いて!何となく、そういうこと聞いてみたいなと思っちゃって!」と説明になっていない言い訳を続けていた。
しかしその時、俺はちゃんと芹沢の言葉を聞けていなかった。
「…どうした?急にそんなこと聞いて」
滑り落ちるように出た声は、やけに真剣な色を帯びてしまった。
真剣な俺の声色に、最初は照れもあってか笑って誤魔化そうとしていた芹沢が、俺と目が合った。
俺は、じっと芹沢を見つめていた。
芹沢は、そんな俺の様子に徐々に笑顔を収め、先程の疲れた表情を浮かべた。
「ごめんね、確かに急に変なこと言ったよね。やっぱり私、ちょっと最近色々考えすぎて疲れてるのかも」
「中学入って、色んな男子から告白されてることか?」
直球ど真ん中の質問。こういう質問をするところは、あの当時から変わっていない。
俺の質問に、またしても芹沢は驚いた顔を一瞬浮かべたが、すぐに「あはは」と、まるで悪戯が見つかってしまったような笑みを浮かべた。
「いやー、井川には何もかもお見通しなんだね」
「というか、芹沢が隠すの下手過ぎるだけだと思うぞ」
「…っ!う、うるさいなー」
芹沢は、顔を真っ赤にしながら怒ったように顔を背けた。
こんな気兼ねないやり取りは小学校以来で、俺も懐かしくなって思わず笑った。
でも、内心ではグルグルと自分の心に秘めていた感情が渦巻き始めていた。
「まぁ、色んなやつから次から次へと告白されたら、そりゃうんざりもするわな」
「いや、別に言ってきてもらうこと自体は嬉しいから、そのことに別にどうこう思ってるわけじゃないんだけど…」
芹沢の回答で、芹沢に告白をするやつが後を絶たない理由が何となく分かった気がした。
噂では、「好きな人がいるから」ときっぱり告白を断っているかのように聞いていたが、実際の所芹沢は、多分告白してきた相手のことも気遣いながら一つ一つその告白に対して答えていたんだろう。
その芹沢の姿が容易に想像できて、また少し胸が疼いた。
「って言うか、井川もその話知っているんだね。何か、恥ずかしいな」
「まぁ、男子の間では結構噂ですぐに回ってくるからな」
答えながら、徐々に頭の奥が痺れていくのを感じた。
自分の声がやけに遠くに聞こえて、代わりに心臓の音が少しずつ少しずつ、胸の中で大きく脈打ち始めていくのを感じた。
「芹沢は、クラスの男子の中で人気あるからな。俺と健吾も、唯一芹沢と話せる男子ってことで、結構男連中からとやかく言われること多いんだぞ」
自分の心臓の音を誤魔化すかのように、一息で言葉を続けていった。
俺は、核心に触れることを避けていた。
さっき、なぜ芹沢が俺に対してあんな質問をしたのか。
そこに触れたい。でも、恐らく触れてしまってはいけない。
触れると、恐らく自分が止められなくなってしまう。
そんなことは、分かっていたはずなのに、
「芹沢が断っている理由とかも、噂で回ってきたりするんだぞ」
本音では触れたくないと思っているその核心に、手を伸ばしてしまった。
「芹沢って、好きな人いるのか?」
それを言ってしまうと、後戻りできないことは分かっていた。
多分、芹沢はまともな回答はしてこないと思っていた。もしもその回答をしてしまったら、俺達四人の関係は決定的に変わってしまうからだ。
だからこそ、本当は聞きたくなかった。
でも、聞きたいと思ってしまった。
夕陽に照らされる芹沢は、どうしようもなく綺麗だった。
届くはずはないと分かっていた。
俺は、芹沢からしたらただの男友達で、
偶然保育園が同じだったから仲良くなっただけで、
恐らく昇がいなければ、今もこうして話をすることなんてなかったかもしれない。
いや、もしかしたら昇や健吾と一緒に遊んでいなければこんな風に思い悩むことはなかったのかもしれない。
もしも、俺一人で自然に芹沢と仲良くなれていたら、もしかしたら何か違っていたのかもしれない。
そんなことを幾度となく考えていた。
何かを言って壊れてしまうなら、むしろこのまま、四人のこの関係を続ければ良いと思っていた。
それを言った瞬間に、俺と芹沢の関係も、そして他二人と芹沢の関係も変わってしまう。
それでも、
教室に差し込んでくる夕暮れの光の中で、眩しくてはっきりとは見えないはずのその光の中で、はっきりとした輪郭を持って芹沢はそこに居た。
ただの幼馴染だったはずの、どうしようもなく綺麗な芹沢がそこに居た。
もしも、この綺麗な存在を自分のものにできる可能性が幾ばくかでもあるのならば、手を伸ばしたい。
手を伸ばしたら、もしかしたら届くかもしれない。
あの断る理由がもしかしたら…
そう思ってしまった。
俺からの質問に、芹沢は焦ったように目を泳がせていた。
その芹沢からの返答を待たずして、俺は言った。
「なぁ芹沢、さっきの返答今してもいいか?」
「俺が、もしも芹沢のことを好きだと言ったら、お前はどうする?」
静かな教室に、俺の声は驚くほどよく響いた。
さっきまで煩かった心臓の音が、まるでどこかに置いてきたかのようにやけに遠くで聞こえていた。
自分自身がひどく曖昧で、まるで朧げな夕暮れの光の中に溶けてしまったかのようだった。
いや、むしろ本当に溶けてしまっていたら良かった。
でも、自分の目だけは変わらずにはっきりと目の前の芹沢を捉えていた。
それが、その時の唯一の自分自身の存在証明だった。
「芹沢が目の前に居る」ということを自覚することで、俺は自分自身を取り戻した。
「悪い、俺…」
自分の声は、みっともないくらいに震えていた。
でも、目の前の芹沢も微かに震えているように見えた。
その時の光景は、今もよく覚えている。
何度も忘れようと思った。
何度も忘れたいと思った。
でも、忘れられなかった。
そして、何か芹沢が言おうと口を開いた時だった。
部活の開始を告げるチャイムの音が教室内に鳴り響いた。
その音に、俺も芹沢も思わずビクリと身体を震わせた。
そして、気が付くと俺は机の上に置いていた忘れ物のユニフォームを掴んで、逃げるように駆け出していた。
「…井川!」
芹沢の声を背中に聞きながら、それでも俺は振り返ることなく教室の扉へと走り出していた。
「ごめん、芹沢!今のことは忘れてくれ!頼むから!」
みっともなく口走りながら、耳まで顔が真っ赤になっていることを自覚しながら、俺は一切振り返ることなく教室を飛び出していった。
走りながら、胸を突き破るんじゃないかと思うくらいに心臓が大きく胸の中で脈打っていた。頭も、耳も、手足も、身体全身が痺れていて、それを誤魔化すように大袈裟に息を吐き出しながら、ただどこに向かうかも分からず、俺はただ校内を走り抜けていった。
そして、走りながらやけに静かな頭の奥の方で、俺は思っていた。
『あぁ、今日俺は全てを変えてしまったんだ』
---
後日、俺は隙を見つけて芹沢に改めて謝りに行った。
俺を目の前にして、芹沢は今までに見たことのないくらい緊張した様子で、俺と向き合っていた。
改めて謝った上で、「あの日のことは忘れてくれ」と言った俺に対して、芹沢は何とか笑顔を作りながら「分かった」と答えてくれた。
その回答が、そのまま俺に対するあの告白の返答だった。
それから、俺と芹沢は一気に距離を取るようになり、話をすることはなくなった。
事情を知らなかった健吾とは、しばらくは芹沢も時々話す機会もあったようだが、俺と一緒に居ることが多かったせいか、芹沢は次第に健吾とも話す機会がなくなっていった。
その事を不思議に思った健吾に問い詰められて、結局あの日のことは健吾に全て白状した。
俺の告白に、最初は素直に驚いた表情を浮かべた健吾だったが、「そうか!亮も他の連中と一緒で振られちまったのか!」と笑い飛ばしてくれた。
それが、四人の関係にヒビを入れてしまった俺に対しての気遣いだということは分かって、口には出さずとも健吾に感謝した。
しかし、昇にそのことを言うことはできなかった。
芹沢と昇の距離は益々離れ、中学二年間で離れてしまった仲は、三年生になってようやく二人が同じクラスになった時も戻ることはなかった。
それどころか、芹沢も昇もどこかお互いを避けるようになり、結局そのまま中学を卒業することになった。
昇と芹沢は同じ高校に通っていたが、時たま昇に連絡をしても芹沢の名前が昇の口から出てくることはなかった。
その事をずっと悩んできていた。
やはり、俺がこの四人の仲を変えてしまったんじゃないか。
「あの日」をきっかけに、俺が皆の仲を寸断してしまった。
その後悔は、消えることなくずっと自分の胸の中にあった。
だからこそ、「海に向かって」を提案した。
中学の時に仲良くなった理久や原田も誘って、皆で海に行こうと。
原田は、中学の時芹沢とすごく仲が良かった。だから、芹沢を誘ってくれることも自然とできるかもしれない、と思った。
芹沢が来ないと言えばそれまでだったが、芹沢の返答は「行く」だった。
それから、健吾や理久にも声を掛けて、健吾からは「それは罪滅ぼしか?」と言われた。
昇には、芹沢が来ることは伏せて二人でこの旅行を計画した。
そして、今俺たちは海に来ている。
でも、その旅行もあと半日ほどで終わりだ。
この旅に、どんな結末が待っているのかは分からない。
ただ、どんな結末になるにせよ、俺はあの二人の行く末を見届けなくてはいけない。
この旅の発案者として。そして「あの日」に皆の関係を変えてしまった張本人として。
でもきっと、どんな結末を迎えたとしても、きっと俺の後悔はなくならないだろうなと思った。
だって、改めて自覚してしまった。
やはり俺は、どうしても芹沢のことが好きだった。
だから、あの日のことを後悔しているかと聞かれると、想いを伝えられたこと自体はきっと後悔してはいないのだろう。
だけど、皆の関係を変えてしまったことの後悔はある。
だからこそ、俺はこの旅の終わりがハッピーエンドであることを望んでいる。
また、あの小さい頃のように、昇,芹沢,俺,健吾、そしてそこに理久と原田を加えたこのメンバーで、
心の底から笑い合いながら最後に花火ができるような、
そんなハッピーエンドを、望んでいる。
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