第20話「小さい頃のように」②

 昨日の出来事を思い返すと、思わず身震いした。


 食卓についた俺達に対して、原田はテキパキと朝食を運んできてくれていた。その様子は、すっかり元に戻っていて特に変わらないように見える。それこそ、昨日の寝る間際に見たあの姿が悪夢であったかのように、その面影は垣間見えない。


 先ほど、昇が考えなしに言ったことに対しては別として、そういえば起きた直後の原田の態度も、元に戻っていた。


「じゃあ、私と桜が早起きして用意した朝ご飯なんだから、心して食べなさい」


 朝食を全員に配り終え、原田と芹沢も同じように食卓についた。


 そうして用意された目の前の朝食に、思わず「むむっ」と舌を巻く。


 目の前には、まさに「日本の朝ご飯」と呼べる完璧なメニューが並んでいた。


 白いご飯に具沢山の味噌汁、そして目玉焼きまであって、そのどれもが美味しそうな湯気を立てていた。


「うおー、美味そう!っていうか、よくこんなに材料あったな!」


 昨日の原田がまた顔を出さないように、と少し気を遣うところもあったが、それを差し引いても素直なテンションで感想が口をついて出た。


「理久のおじさんが、多分今朝のことも考えてくれてたんだろうね。味噌汁の具材は昨日のカレーの残った野菜を使ったけど、卵があったから目玉焼きにしてみました!あと、納豆も冷蔵庫に入ってたから、欲しい人はセルフサービスでどうぞ」

「あっ!じゃあもらう!」


 原田は、テンション高い俺の反応に満更でもない様子で、機嫌は良さそうだった。その様子に安心して、俺もテンション平常運転で勢いよく立ち上がった。


「あっ、俺も欲しい」


 それに便乗するように、亮も立ち上がって二人で冷蔵庫へと向かった。冷蔵庫を開けると、三つセットの納豆が二組入っていた。


「お前らも要るかー?」


 冷蔵庫から出した納豆を掲げながら、亮が四人に声を掛ける。


「おっ、気が利くねー。もらうもらう」

「オッケー。…って、あとの三人はいるか?」


 すぐさま反応した原田に答えて、亮が続けて残りの三人に声を掛ける。


 見ると、あとの三人は何だか心ここに在らずといった様子で、目の前の朝食にじっと視線を落としていた。


「ほら、桜は、納豆いる?」

「えっ?」


 横から原田に小突かれて、ようやく芹沢は気が付いたようにハッと顔を上げた。そして、冷蔵庫の前で「どうする?」と納豆を掲げている亮を見た。


「…あっ、納豆?うーん、じゃあもらおうかな」

「オーケー。昇と理久はいるか?」


 亮の問い掛けに、「あぁ」「うん」と昇と理久は短く答えたが、それでも反応はやけに漫然としている。


「おいおい、お前ら寝惚けてんのか疲れてんのか?しっかりしろよー」


 苦笑いを浮かべながら、亮はそのまま冷蔵庫を閉じた。


「で、あんたは一体何しに行ったの?」


 二人で食卓に戻ると、手ぶらで戻ってきた俺にすかさず原田がツッコミを入れた。


「いや、俺の出る幕ではなかったというか、まだ真のヒーローの登場には早かったというか…」

「はい、全員納豆配るぞー」


 俺の言葉をキレイにスルーして、亮が持ってきた納豆を皆に配った。実際、つっこんできた原田本人も俺の言葉は聞こえなかったかのように「ありがとー」と嬉々として納豆を受け取っていた。


「それじゃあ、朝ごはん食べて早く遊びに行こう!」


 そう言いながら、原田が合掌をする。


 それにつられるようにして、俺たちも一緒に手を合わせる。


「いただきます!」

「いただきます!」


 皆の声が食卓に響き渡り、朝食が始まった。


 昨日、弁当を分けてもらった時と夕飯の時と、原田と芹沢の料理は食わせてもらったが、この朝食も安定の旨さだった。


 カレーの食材の残りを使っているためか、味噌汁に入っている具材はどれも大振りでゴロゴロ入っていて味噌の加減もちょうどいい。目玉焼きも、黄身のところはキレイな半熟になっているようで、見た感じから美味そうだ。


「うめーな!本当、何食べても間違いない!」


 おべっか抜きで、本心からそんな感想が漏れる。


「そう?それなら、良かった」


 原田の返答は比較的淡白だが、その顔はどこか嬉しそうだ。なるべく顔には出さないようにと努めているみたいだが、昨日から原田は褒められると少し顔が緩む。


 その表情を見てると、やはり原田も可愛い女子だなーとしみじみ思うが、昨日からの仕打ちを思い返して、すぐさま「騙されるな」と自分の甘い考えを頭の中でブンブン振り払う。


「うん、マジでどれも旨いな」


 亮も箸を止めずに、どんどん口に運んでいく。


「桜はどう?味付け、濃くなかったかな?」


 味噌汁を啜りながら、原田が芹沢に会話を振る。


「うん、大丈夫だよ。由唯のお味噌汁、本当に美味しいよ」


 芹沢は微笑んで、味噌汁を一口啜った。


 その反応に、原田は満足そうにうんうんと頷くと、食卓に目を戻した。


 原田に対してしばらく笑顔を向けていた芹沢だったが、原田が目を離すとその笑顔は次第に薄れていった。そして、先ほどのぼんやりとした表情に戻ってしまい、口に運ぶ箸のスピードも落ちた。


 芹沢は、何だか元気がなさそうだった。


 起きた時にはすでにキッチンで作業していたので、ちゃんと様子が見れたわけではなかったが、キッチン内で原田が話し掛けてくることに対して、芹沢の返す声はどこか無理をしているように聴こえた。芹沢の性格上、努めてそんな様子を見せないようにしていることも何となく伝わってきたが、それがなおさら無理をしていると気付かせる何よりの証拠だった。


 キッチン内では、声だけでしか聞こえなかったが、今目の前で表情を見ると、それはやはり思い違いではなかった。


 昨日、疲れたから休むと原田から聞いていたので、最初はその疲れのせいなのかなと思ったが、朝食を作ったり食卓に並べたりする動作はとてもテキパキしていて、そこまで疲れているようには見えなかった。


 原田に話し掛けられると、慌てて笑顔を作る。そして、原田と話している時はその笑顔を保ち続けるんだけど、原田の目が逸れるとその笑顔もすぐに元のぼんやりとした表情に戻ってしまう。


 しかし、そこは流石親友。どうやら原田としてはそんな芹沢のことはしっかりお見通しのようで、先ほどから横目でチラチラと芹沢を気に掛けている。なので、事あるごとに話し掛けて、芹沢を何とか元気づけようとしている。原田が元のテンションに戻っているのは、もしかすると俺達にというよりは、芹沢の為なのかもしれない。


 そして、視線は自然に昇へと向いた。


 昨夜から、原田に敵意を剥き出しに向けられている昇も、昨日の花火の前からどこか様子がおかしい。


 そこまでテンションが高くないのはいつものことだが、それにしても夜からのテンションは輪に掛けて低く、花火の時も誰にも何も言わずに一人でトイレに行っていたりして明らかに変だった。


 戻ってきたのも随分遅かったし、どういうわけか昇が戻ってきたと思ったら芹沢がいなくなった。


 そして、ペンションに戻った後、原田も急に機嫌が悪くなった。


 これらの出来事に何の繋がりがないと思うのは、この三人の関係値を知っている身としては土台無理な話だった。


「理久、醤油取ってくれ」


 思考を巡らせながら、なるべくそれが顔に出てしまわないように気を付けながら理久に声を掛ける。


「……」


 しかし、理久は俺の声が聴こえていないのか、ぼーっとした様子で黙々とご飯を口に運んでいる。


「おーい、理久大丈夫か?」

「…えっ?あぁ、ごめん、何?」


 繰り返し呼び掛けて、ようやく理久はハッとした様子で顔を上げてこちらを見た。


「いや、醤油取ってくれないかなー、と思って」


 言って、笑いながら卓上の醤油を指差す。理久は、「ごめんごめん」と片手で詫びながら醤油を取ってくれた。


「ごめん、うっかりしてた」

「いや、別に気にすんな。というか、疲れてんのか?今朝は思いっ切り遊ぶんだから、気合入れろよ」


 おどけて、ガツガツとご飯を掻っ込んだ。そんな俺の様子に、理久はもう一度「ごめんごめん」と苦笑いを浮かべた。


 おや?と思ってご飯を掻っ込みながら、横目で理久を見た。


 こちらを見ている時は、笑顔を浮かべていた理久だったが、こちらから視線を外すと、どこか元気なさそうに視線を落とす。そして、また黙々と口にご飯を運んでいた。


 って、理久も何か芹沢と同じようになってないか?


 口をモグモグ動かしながら、内心でうーんと唸る。昇,芹沢,原田の様子が変わっているのは何となく予測がつくが、理久も元気がないのは全く見当がつかない。


 まさかお前も!?と恐る恐る亮の方を見ると、亮は至って普通の様子で皆と平常通り会話をしている。


 かろうじて亮は変わってないことにはホッとしたが、それにしても俺達二人以外の様子がおかしいことには変わりない。


 昨晩から、俺と亮はほとんど一緒にいて、特に何かが起きたということはなかった。そうなってくると、考えられることは一つだけ。


 俺たち以外の四人の間で、昨日の夜、恐らく何かがあった。


---


 朝食を済ませ、後片付けを終えると、俺たちはすぐさま海に飛び出した。


「うひょー!遊ぶぞー!!」


 浜辺に降り立って、両手を大きく広げて身体一杯に太陽の光を浴びる。


 海パン一枚で立っていると、夏の太陽がむき出しの素肌を容赦なく焼いてくる。まだ朝も結構早いのに、太陽は夏の暑さに気温を上げていて、今からすでに十分暑い。じっと立っていると、熱せられた砂浜が素足を焼いてくる。


 すなわち、


「あちちちち!!」


 あまりの熱さに、バタバタ足踏みすることになる。


「相変わらず阿呆全開だな。朝からサンバとは元気だな」

「サンバじゃねぇ!」


 ただ、言われてから確かに動きはサンバみたいだな、と思ってしまった自分が腹立たしい。


「砂浜が熱くて、じっとしてられないんだよ!」

「いや、というより何でサンダル履いてこなかったんだよ」


 そう言う亮は、しっかりサンダルを履いていて、砂浜の熱さにジタバタしている俺を呆れた様子で見つめていた。確かにそれは亮の言う通りなんだが、だって正直朝からこんなに暑いなんて思っていなかった。


 だから、返す言葉は苦し紛れの強がりだ。


「何言ってんだ!どうせすぐに海に入るんだ。サンダルなんて要らねぇ!」

「おっ、理久がペンションの方からビーチパラソル持ってきてくれるみたいだぞ?」

「おーい、理久!頼むから俺のサンダルを持ってきてくれー!」


 すぐさま前言撤回。この機を逃す手はない。 


 案の定、隣で亮は分かりやすく「やれやれ」と呆れた様子で両手を広げている。しかし、そんな亮の態度はもちろん無視だ。


 理久は、昇と一緒に昨日のビーチパラソルを持ってきた。そして、俺が頼んだサンダルは、昇が持ってきてくれた。


「健吾、何で裸足なんだ?熱くないか?」


 亮と同じことを昇から言われる。


「熱い、から、お前らに、サンダルを、持ってきてもらったんだよ!」


 明らかに呆れた表情を浮かべている昇に、足踏みに合わせて早くサンダルを寄越せと手を伸ばす。


 ところが、取ろうと手を伸ばすと、それより早く横から割り込んだ手が俺のサンダルを奪った。


「よーし!じゃあ、いっちょ取ってこーい!!」

「って、てめぇ何しやがる!!」


 俺の制止も空しく、奪い取ったサンダルを亮は海めがけて全力投球で放り投げてしまった。青く広がる空に、俺のサンダルが綺麗な弧を描いて、そのまま海面に着水した。


「あっ、遠く投げ過ぎた」

「マ、ジでふざけんなてめぇー!!」


 間抜けに呟いた亮に、あらん限りの抗議の声を上げて慌てて海に走り出す。すぐにでも亮を海に沈めてやりたいのは山々だが、今は大海原に旅立とうとしているサンダルを救出するのが先決だ。


「ほら、急げ急げー!」


 慌てて海に入っていく俺の後ろで、ゲラゲラ笑いながら亮は楽しそうに手を叩いている。よし、あいつは戻ったら本当に沈める。


 水飛沫を上げながら勢いそのままに海へと入っていく。その反動で大きく海面が波打った。熱せられた足を冷ます海の水が気持ち良い、なんて安らぎに浸る暇は当然なく、波に揺れているサンダルを大慌てで救出する。


「よっしゃー!救出!」


 サンダルを掴み、空高く掲げて勝利の雄叫びを上げた。


 だが、喜びに浸るのは束の間、すぐさまキッと後ろを振り返る。


「亮、てめぇー!!」

「うお、逃げるが勝ちー!!」


 海に突っ込んでいった勢いそのままに、今度は来たところを大きく水飛沫を上げて逆走する。しかし、逃げ足だけは速い亮は、早くも遥か彼方へと逃げていっている。


「待てこらー!!」


 海から上がると、海の水で冷やされたのと、怒りのお蔭でもはや熱さは感じなかった。せっかく救出したサンダルを履くことなく、裸足のまま亮を追撃する。


 サンダルを履いたままで、なおかつ砂浜というのは走るにはあまりに悪条件だ。そのはずなのに、亮の逃げ足は無駄に速く、随分距離が開けられてしまった。しかし、これくらいなら普通に追いつける。


「お前、裸足になった方が絶対速いぞー!!」

「阿呆!そんなことしたら、同じことされるだろうがー!!」


 不毛な追いかけっこが繰り広げられた。


「なーにやってんの、阿呆二人」


 亮を追い回している最中に、着替えを終えてペンションから歩いてきていた原田と芹沢が俺たちの横を通り過ぎた。格好は、昨日と同じく下は水着姿だが、上にはパーカーを羽織っている。


「このバカを、これから海に沈めるんだよ!」

「この阿呆から、逃げてるんだよ!」


 すれ違いざま、息を切らしながらお互いにそれぞれの言い分を主張する。


「あぁ、いつも通りバカやっているわけね」


 それを、原田は何とも不本意な一言にまとめてしまった。


「バカだとー!おい、亮、お前逃げるなら原田に向かって逃げろ。そしたら、原田を追いかけられる!」

「追ってるやつの誘導通りに、逃げるバカがいるかー!」


 返ってくる返答は至極ごもっともで、仕方ないのでそのまま亮の背中を追い続ける。


 サンダル×砂浜×昨日からの疲れの中で、嘘のように速かった亮も、流石に俺の全力疾走に追い詰められてきて、ようやくあと少しで背中に手が届くところまで迫った。


「さぁ、いい加減に観念…!」

「もう無理!限界だ!」


 そして、あと一歩で手が届くというところで、亮は観念したように両手を広げて急ブレーキを掛けた。


 それは、予想外だった。


「って、急に止まんなてめぇー!!」


 全力疾走は急には止まれない。


「「おわーっ!!」」


 勢いそのままに亮に突っ込み、二人一緒に盛大にすっ転んだ。勢いが良過ぎたせいか、飛び込み前転のような形になって、二人して仰向けに投げ出された。


 背中に鈍い痛みを感じたが、砂浜のお蔭かそこまで痛くはなかった。


「いてててて…」


 じわじわと襲ってくる痛みに思わず声が漏れた。こういう類の痛みは、後から押し寄せてくる痛みの方が辛い。


「…いてー。阿呆、ちゃんと、止まれよな」


 全力疾走からの、転倒からの飛び込み前転だ。息も絶え絶えになっている中で、その合間からちゃんと俺に文句を言ってくるのは亮らしい。


「…馬鹿野郎、ライオンは、兎を狩るのにも、全力を尽くすもの、なんだよ」

「誰が、兎だ。お前は、これじゃあ、ライオンというより、猪じゃねぇか」


 亮の減らず口は全く減る様子がない。


 言い返してやりたいが、こちらも息が上がっているので、すぐに言葉が返せない。


 荒々しく息を吸って吐いてを繰り返し、足りなくなった肺の酸素を補給する。それに合わせて、胸が大きく上下に動いていた。


 眼前一杯に、ほとんど雲のない夏の青空が広がっていて、その一点には煌々と夏の太陽が輝いていた。


「いやー、夏だなー」


 唐突に、そんなことを呟いた。


「…なんだ、唐突に。昨日から言ってるけど、もう結構前から、夏だぞ」

「いや、そういう意味じゃなくて、バカやってるなー、と思って」


 頭上から降り注ぐ太陽の光が眩しい。


「砂浜を全力で走って、止まれなくてすっ転んで投げ出されて、二人して仰向けで青空見上げてる。いやー、夏だな」

「いや、それは夏というより青春だろ」


 亮の反論に思わず笑いが零れた。


「あぁ、確かにこれは青春だな」


 確かに、こんなバカも青春と言えるものなんだろう。


 昨日から、亮とはずっとこんなバカを繰り返している。


 バカやって、バカやって、またバカをやって。


 それが、本当にどうしようもなく楽しい。


 亮と一緒にいると、いつもこんな感じだ。小さい時から変わらないやり取りで、俺が率先してバカやって、亮はそれに乗っかってきたり、時にはつっこんできたり。亮がちゃんと拾ってくれると思っているからこそ、俺も思い切りバカをやることができる。


「俺達、バカやってるなー」

「まぁ、いつものことだな」


 そうして、二人でまた笑った。


 亮とは、ずっと変わらずそうやってきて、今もそうしている。


 それだというのに、


「…なぁ、亮」


 そのままの姿勢で亮に声を掛けた。


「あいつらのことどう思う?」


 吸い込んだ息と一緒に、そのまま言葉を吐き出した。


「あいつら?」


 突然の俺の問い掛けに、亮は一瞬何のことか分からないといった反応だったが、


「…あぁ、あいつらのことか」


 すぐに合点がいったようで、それと同時に大きく溜息を吐き出した。


「亮も、気付いているよな?」

「いや、気付いているも何も、昨日の花火の後から明らかに変だろ」


 そして、大きく溜息をつくなり、立て続けに言葉を重ねた。


「ペンション戻ったら、何か急に原田はめちゃくちゃ恐くなったし、かと思ったら今朝はケロッと元に戻ってやがった。それで、その原因を作ったであろう昇も、何かずっと元気ねぇし、結局その原因は白状しねぇし」


 息が切れているはずなのに、亮の文句はスラスラと饒舌だった。


「よくお前、そんなに文句スラスラと出てくるな」

「いや、そりゃ出てくるだろ」


 言いながら、亮は勢いよく起き上がった。


「何があったか知らねぇけど、恐らくは芹沢絡みの話だろ?本当、俺達まであの気まずい雰囲気に巻き込むのは止めてほしいよな」


 やっぱりか、と内心で納得する。あの二人絡みのことに関しては、そうだろうなと思っていても、どこか確信には至らない。でも、それが亮に言われると確信に変わる。


「やっぱり、あれって芹沢も絡んでるのか?」

「そりゃ、十中八九そうだろ」


 亮は、はっきりと断言した。


「昇が、あそこまで顔や態度に出すのは芹沢のことくらいだし、原田が唐突にあのタイミングであそこまで怒るのなんて、芹沢に関することしか考えられない」


 まるで、簡単な事件の推理をするように、スラスラと亮の口から昨日から今日の出来事が紐解かれていく。


「すげぇ、推理してるみたいだな。名探偵じゃん」

「真実はいつも一つなのだよ、健吾君」


 有名な名探偵の決め台詞を合わせて、亮はニヤリと笑みを浮かべた。


 亮にそう断言されると、間違いなくそうなんだろうなと思わせられる。


 俺も、昇はもちろんのこと、原田と芹沢とも何だかんだそれなりに付き合いはあった。小学校の時は芹沢、中学校の時は芹沢と、その時は一緒に居た時間も長かったので、それぞれの性格や考えていることは、何となく分かっていた。


 そういう意味であれば、あの三人の観察眼に関しては亮に負けないものがあると思うのだが、俺の推理よりも亮の推理の方がより信憑性は高かった。


 そこはやはり、亮の方が俺よりも昇との付き合いが長いからなのか。


 それとも、


「…まぁ、芹沢も何か今朝から元気なさそうだったしな」


 亮が、普段なら自分から触れてこない所に触れた。


 ちらりとこちらを見られたような気がしたが、俺はそれには気付かない振りで、ただ真っ直ぐに空を見つめ続けた。


 亮は、また海へと目線を戻した。


「全く、あんな顔されてたら阿呆でも気付くっての」

「おい、まさかそれは俺のことを言ってるんじゃないだろうな?」


 冗談めかして言ってやる。


「阿呆って言ったのは、そういう意味じゃねぇよ。半分くらいは」

「半分は、そういう意味ってことじゃねぇか!」


 あえて大袈裟にツッコミを入れる。しかし、それが本当に冗談であることは分かっていた。


 亮にとって、芹沢に目の前であんなに落ち込んでいる顔を見せられるというのはどんな気分なんだろうか。


「…全く。俺の気も知れってもんだ」


 思わず、「えっ?」と驚きが口をついて出そうになるのをグッと堪える。


「なんだよ?」


 しかし、反射的に身体が動いてしまった。目が向いてしまい、バッチリ亮と目が合った。


「いや、まさか亮が自分からそんなこと言うとは思ってなかったから」


 誤魔化すのもあれで、思ったままを伝える。


 すると、亮は苦笑いを浮かべた。


「別に禁句なわけでもないし、俺の中でも大分整理ついたから、別に大丈夫だよ」


 本当にそうなんだろうか。


 いや、とすぐさま自分の中で反論の言葉がよぎる。


 だとしたら、そもそも「海に向かって」には恐らく来ていない。


「まぁ、だったらいいけど、何はともあれどうするか?」


 話題を元に戻す。これ以上つっこむと、俺たちの方もギクシャクしかねない。


「うーん、普通に接すればいいんじゃないか?変に気にしたら、それこそ空気悪いまんまで帰ることになりかねん。俺とお前と理久で盛り上げていくしかないだろ」

「えっ?理久もか?」


 驚きの声を上げると、亮はキョトンとした様子で俺の方を見てきた。


「えっ?何でそんな驚くんだ?」

「いや、だって、何か知らないけど、今朝から理久も元気なかったように見えるんだけど?」

「えっ?マジで?」


 亮は、理久の変化には気付いてなかったようで、本当に驚いたリアクションをした。


「おいおい、ますます勘弁してくれよ。俺たちだけで盛り上げていけってか?」

「でも、理久の落ち込んでる理由は、それこそさっぱり分からねぇんだよなー」


 あの三人のことに関しては、亮に聞いたことと俺自身でも思っていたところとを合致して腹落ちした。


 しかし、理久に関しては亮もそもそも気付いてなかったとなると本格的に分からなくなってきた。こんなの、どうやって俺たちだけで立て直せと?


「あっ、もしかすると…」


 ボソリと、亮が何かを呟いた。


「えっ?何だ?」

「いや、悪いなんでもない」


 すぐさま、亮は今の呟きを撤回した。だが、それがかえって怪しい。


「今のは、何でもなくはないだろ。なんか、思い当たる節でもあるのか?」

「いや、これは本当に俺の勝手な思い込みとか推測だから、特に言わない。もしも合ってたら、多分健吾にも後々話は行くと思うから」


 亮の口ぶりは、妙に意味深だった。


「それって一体…」

「まぁ、何はともあれだ!」


 亮は、話はこれで終わりとばかりに勢い良く立ち上がった。


「俺たちは、変わらずバカをやろうぜ!それが、多分あいつらにとって一番良い」


 そう宣言するなり、亮は一人勝手に歩き出した。


「おい、待てよ!…って、そういえばサンダルの件の復讐をまだしてねぇんだが!」

「…やば!」


 誤魔化しきれたと思っていたのか、亮は慌てて走り出した。さっきまでの疲れはもはやどこかに行ってしまったようだ。


 俺も、起き上がって背中や頭に付いた砂を払って、亮の後を追う。


 亮の言う通り、今はとりあえず気付かない振りをしてバカをやろう。それがきっと、あいつらのためであり、俺達のためでもある。


 だから、大袈裟に「待てこらー!」と大声を上げながら全力で亮を追いかけて行った。

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