真っ白な想い
珍王まじろ
第1話・二人だけの部活動
冬の寒さが厳しさを増し、もうしばらくすると二学期も終わろうかという頃、俺は校舎四階の端っこにある編み物部の小さな部室で必死に編み物作りに勤しんでいた。
そんな俺の右隣にある椅子に座りにこやかな笑顔で編み物の様子を見ているのは、一つ上の三年生で編み物部の部長でもある
「どうですか先輩? どこか間違ったりしてませんか?」
「大丈夫ですよ、
「はい」
にこやかに物腰柔らかくそう答えるましろ先輩。
そんなましろ先輩を見て、俺は思わず視線を逸らしてしまう。
俺がこの編み物部に入ったのは、高校生になって初めての部活動勧誘レクリエーションが切っ掛けだった。この高校では一度は部活に所属しなければいけない――という妙な決まりがあるから、俺は適当に楽そうでサボっても問題無さそうな部活を探し回っていた。
そんな時に出会ったのが、編み物部の勧誘をしていたましろ先輩だった。
ストレートロングの綺麗な黒髪が美しいお
そんなましろ先輩を見た俺は、何となくだけど声をかけてみた。『先輩は何の部活をしているんですか?』と。するとましろ先輩は、満面の笑みを浮かべてこう言った。『編み物部です。良かったら来て下さい』と。
その時に見たましろ先輩の柔和な笑顔はとても素敵で、俺は気が付いた時には入部届けに編み物部と書いて提出をしていた。
そして初めて編み物部の部室へと訪れた時、ましろ先輩は俺の入部をとても喜んでくれた。それは単純に部員が増えた事に対する喜びもあっただろうけど、編み物部はましろ先輩しか部員が居なかったらしく、もしも新入部員が一人も来なければ廃部になっていたらしい。
だからましろ先輩はとても喜んでいた。『大好きな場所を守る事ができました』と。
最初こそ楽そうでサボっても良さそうな部活を選んでいた俺だったけど、これまで部活をサボった事は一度も無い。それは多分、ましろ先輩と過ごす部活の時間が緩やかで心休まる時間だったからだと思う。
しかしそうは言っても、俺は特に編み物に興味があったわけではないので、二年生の七月を迎えるまではまともに編み物をやらなかった。
これでは何の為に編み物部へ入部したんだと言われそうだけど、そんな俺をましろ先輩は嫌な顔一つせずに毎回笑顔で迎え入れてくれたし、そんなましろ先輩と話をしながら過ごす時間がとても嬉しかった。
けれど、そんな時間もあと少しで終わってしまう。
なぜならこの編み物部は、二学期の終了を以って廃部になる事が決定していたからだ。その理由は新入部員が一人も入らなかったから。
もちろん俺もましろ先輩もそれを良しとせず、地道に部員の勧誘活動をしたり、生徒会に対して幾度となく異議を申し立てたりもした。しかしそんな勧誘活動や生徒会への異議申し立ても実を結ばず、結果として編み物部は廃部になる事が決定してしまった。
ましろ先輩の卒業まであと少しだと言うのに、俺はましろ先輩が守りたかった大好きな場所を守れなかった。それがどうしようもなく悔しい。
「――もう暗くなってきましたね。今日はこれくらいにしましょうか」
「そうですね」
俺は編みかけの物と道具などを鞄に仕舞い、ましろ先輩と一緒に部室を後にして学校を出た。
冬場は陽が沈むのが早く、街全体が黒に包まれるのも早い。現にまだ十七時前だと言うのに外は暗く、あちこちにある街灯が明々と道を照らしている。
「さすがに寒いですね」
「そうですね。天気予報では、明日辺りから雪が降るかもと言っていましたからね」
「そうなんですか? 小さな頃は良かったけど、今はあんまり雪は好きじゃないんですよね」
「どうしてですか?」
「だって、雪が降るとめちゃくちゃ寒くなるじゃないですか」
「ふふっ。智也君らしい理由ですね」
「そう言う先輩はどうなんですか?」
「私は好きですよ? だって、雪が積もれば雪だるまが作れますし、雪うさぎも作れますから」
「ははっ。先輩って意外と子供っぽいところがありますよね」
「……子供っぽい女の子は嫌いですか?」
小さく笑った俺に対し、ましろ先輩は不安げな表情を浮かべてそんな事を聞いてきた。
そんなましろ先輩は違った意味でまた可愛らしいけど、そんな不安げな表情をいつまでも浮かべさせておくのは嫌だった。
「いやいや、そんな事はないですよ? そんな一面がある女性も可愛らしいと思いますし」
「本当ですか?」
「本当です」
「それなら良かったです」
俺の返答を聞いて安心したのか、ましろ先輩はいつもの柔らかな笑顔を見せてくれた。そんなましろ先輩の笑顔を見ているだけで、俺の身体は太陽に熱せられた様に熱くなってくる。
「そう言えば先輩、例の件は大丈夫ですか?」
「ちょっとドキドキしますけど、大丈夫ですよ」
俺達は二学期の終業式が終わった後、ささやかな部室お別れパーティーを開く事にしていた。せめて最後に何か思い出を作りたかったからだ。
しかし、部室でパーティーをするなど生徒会や学校が認めるわけがないから、俺達はこっそりとパーティーを開く事を計画していた。
「良かった。でも、無理しないで下さいね? 先輩は受験生ですし」
「そうですね。でも、もしも見つかって卒業できなくなったら、智也君ともう一年一緒に過ごすのも悪くないかもしれませんね」
「せ、先輩、変な冗談を言わないで下さいよ……」
「ふふっ。ごめんなさい」
イタズラな笑顔で可愛らしく謝るましろ先輩。
最初の頃こそ見られなかった表情だけど、今はましろ先輩のこんな笑顔も好きになっていた。そんなましろ先輩と部室で穏やかな時間を過ごせるのもあと少し。
その現実を改めて前にした時、俺は一つの決断をした。これまでお世話になったましろ先輩に編み物部の部員らしく、編み物で今までのお礼をしたいと。
そう言ったわけで俺は、七月に入った頃からましろ先輩に編み物を習っていた。
しかし、元々手先が器用だったわけじゃい俺は、編み物にかなりの苦戦を強いられていた。編み方も俺にとっては複雑怪奇で、最初は絶対にこんな事はできないと思っていたけど、ましろ先輩が根気強く丁寧に教えてくれたおかげで何とか手つきも様になってきていた。
だけど、お世話になったましろ先輩の為に頑張っていると言うのに、こうやってましろ先輩に世話をかけていては本末転倒な気もしてくる。
「それじゃあ、また明日ね。智也君」
「はい。また明日、よろしくお願いします。先輩」
ましろ先輩と並んで帰る時間はいつも途中で終わってしまう。それがとても寂しい。俺はましろ先輩と別れて帰路を一人で歩き、十分くらいで自宅へと着いた。
編み物の練習を始める前ならこのままベッドに寝転がって夕食まで仮眠コースだったけど、今では仮眠の代わりに編み物をやっている。
そしてそれは部活の時間にましろ先輩から習っている物ではなく、ましろ先輩に贈る為の本命のマフラー作りだ。
これはこれで単純そうに見えて実に難しい。柄や文字を入れたりはしないから延々と同じ様な事を繰り返していくだけなんだけど、編み方を途中で間違えていたり、編み順を飛ばしてしまったりと、思っていたより上手くいかない。
これでもう何個目の作り直しになるマフラーかは忘れてしまったけど、今回のマフラーは今までの中でもかなり順調に進んでいる。この調子なら終業式までに十分間に合うだろう。
俺は出来上がったマフラーをましろ先輩がどんな表情で受け取ってくれるのかを楽しみにしつつ、せっせと編み物に没頭した。
「そういえば、もうすぐ卒業なんだよな。先輩……」
マフラーを編んでいる最中、俺はふとそんな言葉を漏らした。
入学してからこれまで、ましろ先輩とは色々な思い出ができた。入部したての頃はお互いに緊張から会話もあまり弾まなかったけど、気を遣ったましろ先輩が自前のティーセットで淹れてくれたお茶を飲みながら話をする様になり、それからはましろ先輩が淹れてくれたお茶を飲みながらましろ先輩が編み物をする様を見続けるのが日課になった。
そんな緩やかな日常も俺は好きだったけど、部活対抗マラソン大会とか、二年生になってからの部活動勧誘レクリエーションで何をしようかとか、そんな事を考えて一緒に活動をしている時も本当に楽しかった。
「やっぱり寂しいな……」
ましろ先輩が卒業すれば、俺は本格的にやる事がなくなってしまう。まあ、編み物部が廃部になる以上、やる事はなくなってしまうわけだが。
それでも、ましろ先輩と一緒に居られる貴重な空間だった部室が無くなるのはやはり痛手だ。これではもう、ましろ先輩と一緒に居られる理由がなくなってしまうから。
ましろ先輩と一緒に過ごす内に、俺はましろ先輩に恋心を抱いていた。しかし、その気持ちを伝えようとは思わない。なぜなら俺とましろ先輩では釣り合いが取れないからだ。
それにましろ先輩にはもう好きな人が居るらしいから、告白なんてするだけ無駄だ。きっとましろ先輩が好きになる様な相手だから、イケメンで性格が良くて、俺なんかでは対抗する術すらない様な男だろう。悔しい気持ちは隠せないけど、こればっかりは仕方がない。
俺は沈みそうになる気持ちを抑えながら、マフラー作りを続けた。
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