探偵(カモ)が葱背負ってやってくる。

黒幕横丁

第1話 こうして始まる

 とある一室に男性が無残な姿で倒れていた。

 そのフローリングには真っ黒い池のような血だまりが出来ており、その倒れている男性を鑑識達が丁寧に調べていく。

 男性の横には泣き崩れる女性が一人。

「どうして……あなたがこんな目に……」

 結構な時間泣いていたからなのか、女性の力は弱く、時折ふらついて女性警官に介抱されていた。

 そんな悲しみに満ちている空間にガチャリとドアが開かれる音がする。

 一斉にその音の方向へと振り向くと、そこには、

 こんな場所に似つかわしくない、白葱がひょっこりとはみ出しているパンパンのレジ袋を抱えた青年が立っていた。

「いやぁ、買い物していたらすっかり遅くなってしまって。すいません」

 青年はニコニコと笑いながら事件現場へずかずかと入ってきた。

「コラ、ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ!」

「あ、いえ、私が呼んだんです」

 青年を止めようとする警官を先ほどまで泣いていた女性がそう説明して引きとめる。

 そんなやり取りを全く聞いていない青年はキッチンにどさっとレジ袋を置いて腕まくりを始めた。

「あーお腹空いた。約束通り、キッチン借りるね、奥さん」

 青年はあろうことか事件現場で料理を始めたのだ。


 どうしてこのような事態になっているのか、


 事の発端は三日前に遡る。


 ***


 雰囲気良く飾り付けられたテーブルで男女がグラスを持って向かい合っていた。

「十子(とおこ)、お誕生日おめでとう」

「ふふっ。この年になって祝われると何だか恥ずかしい気分になっちゃうけど、ありがとう」

 お互いのグラスをコツンと合わせ、祝福の乾杯をする。

「さぁ、今日は君の為に頑張ったんだ。夫婦水入らずで楽しもうじゃないか」

「そうね。アナタにはいつも助けられているから。これからもよろしくね」

 女性はそう言ってふふっと笑う。

 良いムードになろうとしていたとき、ふと、チャイムが鳴った。

「何かしら?」

 男性が立ち上がろうとするのを引き止めて、変わりに女性の方が立ち上がり、インターホンの方へと向かう。

 受話器を上げると、其処には宅配業者らしき制服がモニターに映し出される。

『夜分にすいません。凍凪十子(いてなぎとおこ)さん宛てにお荷物が届いています』

「はーい。今ロック解除しますね」

 女性はマンションの入り口ロックをインターホンについているボタンで開錠して、宅配業者を中へと入れた。

「何だったんだ?」

「私宛に荷物が届くって。この間注文した通販かしら?」

 女性が首を傾げていると、ドアのノック音が聴こえる。

「はあい」

 やや長い返答の後、女性が玄関へ行くと、宅配業者が花の絵柄が描かれているダンボールを持って待っていた。

「凍凪さんへお届けモノです。ここにサインを」

 業者は女性にボールペンを差し出し、伝票へサインを求める。受け取ると手馴れた感じでサラサラと自分の名前を記入し、伝票とボールペンを業者へと返した。

「まいどありー」

 業者は軽くお辞儀をすると、入り口に向かって駆けていった。

 女性はチラッと送り状をみる。送り先は自分の名前が書かれているが、送り主の名前は明記されていない。品名はプレゼントとしか書かれていなかった。

 その箱を持ったまま、部屋の中へと入っていく。

「ねぇ、コレ送ったの、アナタ?」

 女性は男性に箱を見せる。

「いや、俺はそんなもの注文した覚えないけど?」

 男性には覚えが無いらしく、首を傾げる。

「誰かサプライズで私宛に送ったのかしら?」

 女性はそんな軽い気持ちで箱を開ける。

 其処には『ハッピーバースデー』と書かれた一枚のメッセージカードと


 全体にクロユリがあしらわれたフラワーアレンジメントがあった。


「何よ……これ」

 真っ黒で不気味な花束に女性は冷や汗が頬を伝う。

 震える手で一緒に送られてきた、メッセージカードを開く。

 そこには、


『お 前 ノ 大 切 な モ の が 消 シ て ゆ ク』


 と新聞の切り抜きが乱雑に貼られたよくある脅迫文があった。

「どうして、どうしてなの!?」

 余りにもショッキングな出来事に女性はメッセージカードを床に落として泣き始める。

「落ち着けって、もしかしたら何処か変な奴の悪戯かもしれないだろ? 今日はもう休もう。な?」

 わなわなと恐怖で震える女性を男性が優しく介抱して寝室へと消えていった。


 女性の元へ送られて来た一通の脅迫文。

 こうして始まる、一つの難事件。顛末は吉と出るか凶と出るか?

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