イケメンアイドル育成ゲームの主人公に転生したけれどプロデュース放棄したら事務所潰れそう
花果唯
イケメンアイドル育成ゲームの主人公に転生したけれどプロデュース放棄したら事務所潰れそう
一階に花屋が入った十階建てのビルへと駆け込む。
二つあるエレベーターのボタンを押すが、中々降りてくる気配がない。
「ああっもう!」
もどかしくなり、少し離れた所にある階段へと向かった。
冷静に考えれば、大人しくエレベーターを待っていた方が早かった気がするが、じっとしていたれなかった。
目的地である八階に到着。
パスワードを打ち込んで扉のセキュリティロックを外すと、バンッと派手な音を立てながらフロアに飛び込んだ。
「お母さん! どういうこと!?」
その姿を確かめず叫ぶ。
すると母はすぐに奥の部屋から出てきた。
ビシッとしたブランドスーツを着ていてキャリアウーマンに見えるのに、表情はとても情けないものだった。
「奈々海~! 見てよコレ~!」
半泣きの母が差し出したのは二通の白い封筒。
そこに書かれている文字は……。
『退社届』
『辞めます』
「何これ……」
思わず呟いてしまったが、これが何かは分かっている。
母が経営している芸能事務所『
「どうして……」
そもそも二人は今日、大きなイベントに出演するはずだった。
メディアも挙って取材するような有名なファッションイベントで、サプライズゲストとしてステージに立ち、曲を披露することになっていた。
これを成功させればスター街道まっしぐらだ! と浮かれつつも入念に準備をして今日に備えていたのに、二人が現場に現れないと連絡を受けて飛んできたのだが……辞めるだなんて!!
「分からないわよお! 奈緒也も尊もどこにいるか分からないし、連絡しても繋がらないの!」
「……」
私は事務所に正式に雇用されていたわけではないが、母の右腕的な立場で二人のことをサポートしてきた。
というか、実質プロデュースをしてきたのは私だ。
ずっと見て来たけれど、辞める気配なんてなかったのに……。
とは言っても、それは一ヶ月前までのことだ。
この事務所に来たのも一ヶ月ぶり。
私は事務所業務から完全に身を引き、今は学業と家事に専念している。
「奈々海さん」
母がいた部屋から出てきたのは、三ヶ月前に入社してきた女性。
「
大学を卒業したばかりの綺麗なお姉さんで……私がしていた業務を引き継いだ人だ。
私が目を向けると、優秀な彼女らしいキリッとした口調告げられた。
「すみません。出てきて頂くことになって。ですが、奈緒也君と尊君のことはもう私に任せてください。大丈夫ですので……」
「阿左美さん。あなたもよくやってくれているけど、あの子達のことはまだ奈々海の方が詳しいわ。今は力になって貰いましょう!」
「……」
阿左美さんの綺麗な顔が曇った。
去ったはずの前任者が出てきて面白くないのだろう。
……私も申し訳なく思う。
でも、今は緊急事態だ。
「とにかく、お母さんは現場に謝りに行って。今日のイベントは無理。もう間に合わないわ。だけど、辞めさせたりしない」
「奈々海……! 頼むわね」
二人のことは、まだ私の方が詳しいはずだ。
だから私がなんとかするしかない。
今までの私の努力を実らせるためにも……!
「ねえ、やっぱりこのまま奈々海も事務所に戻って……」
「その話は別! ほら、早く行く! 責任者が行ってお詫びしなきゃだめでしょ!」
「はい!」
慌てたため足首をぐにっと捻らせながら母は走って行った。
捻挫になっていなければいいけれど……。
阿左美さんは事務所に残って対応するそうで、私を一睨みすると出てきた部屋へと戻って行った。
……敵認定されてるなあ。
「……さて」
スマホを取り出して溜息をつく。
目当ての人物の名前をタップし、電話を掛けた。
この事務所は小さく、現在所属しているのはたった三人。
だが、運営はかなり上手くいっていた。
少数精鋭で順風満帆な経営状態だったのだが……このままだと確実に潰れる!
本当に潰れる!
間違いなく潰れる!!
やばいッ!!!
ここは所謂『イケメンアイドル育成ゲーム』の世界だ。
羨ましい! と思う人は多いと思う。
前世の私もこのゲームに夢中になっていたし、とあるキャラクターの沼にどっぷり嵌まった。
ああ、同じ沼に使っていたかつての友人が私の現状を知ったら、沼から這い出てきて泥の涙を流しながら悔しがることだろう。
私達が愛した彼、彼らと同じ空気を吸っているだけでも羨ましすぎて呪われそうなのに、転生したポジションが『主人公』だと知ったらその場で刺されるかもしれない……。
これ以上友人のことを考えていると彼女の怨念も時空を越えてやって来そうなので記憶から抹消したいと思う。
友人よ、もう名前も覚えていないけど君の推しに向ける執念は、私の心の中で御炊きあげ供養しておくから安らかに眠ってくれ。来世でまた会おう。合掌。
今の私であるゲームでの主人公は、稼ぎ頭のトップアイドルを大手の事務所に引き抜かれ、傾いてしまった弱小事務所社長の娘だ。
このままでは一家離散、明日の飯もままならねえ! となった主人公は社長である母を助けるために街に赴き、自らイケメンをスカウト。
プロデュースをして新たなトップアイドルへと導き、裏切ったトップアイドルとライバル大手事務所にざまあ! をするという内容だった。
育てたアイドル達がステージを成功させ、憎き奴らにギリリとさせた時は爽快だったし、大歓声に包まれて輝く笑顔を見せている姿には泣いた。
レッスンを始めたばかりに出たストリートライブでは誰も足を止めてくれなかったのに、今はこんなに沢山の人を魅了している……立派になって……! と、スマホを握りながらバスタオルをべちょべちょに濡らしたものだ。
身体の水分を全部飛ばすくらい泣いた。
良いデトックスになった。
健康に効果があったのは私だけかもしれないが、あれは本当に良いゲームだった。
ストーリーも良く、イラストも綺麗。
そして声優陣が豪華!
良かった……本当に良かった…………ゲームとしては、ね。
ええ、ゲームとしては。
大事なことなので二度言った。
だが、ここは現実。
スマホの中で起きる片手サイズの世界ではない。
全て自分の身に起こる『現実』だ。
ゲームの世界だと気がついたばかりの時は有頂天になった。
アイドルを育成するゲームだが、スカウトしたイケメン達は皆プロデューサーとなる主人公に好意を寄せるという乙女ゲームのようなストーリーだったので「未来にはハーレムが待っている!」とそわそわしたし、押しキャラをリアルで見られることにも心の中で幸福な吐血をしたが……。
暫くすると冷静になった。
私の未来、『二次元』としては面白かったけど、リアルになったら結構ヘビーじゃない? と。
ゲームストーリーでの主人公は十八歳の女子高生。
主人公が幼少期に両親は離婚しており、母と弟の三人暮らし。
母は事務所に入り浸りで実質弟と二人暮らしのような生活を送っていたが、トップアイドルを引き抜かれ、事務所が傾き始めてからは住む家を追われ、一家揃って狭い事務所での生活。
ゲーム通りの行動をしなければいけないのであれば学校に通いつつ、家事もした上でプロデュース業をしなければいけない。
……いつ寝るの?
私、過労死します。
というか、ゲームであればボタン一つで出来たが、現実でイケメンをスカウトするって……難易度高くない!?
前世での私は脳内や二次元に恋人は沢山いたが、四次元空間に現れたことは一度もなかった。
そんな私がスカウトとか無理、絶対無理だ。
だって……スカウトってナンパに等しいと思いませんか?
『君、イケメンだね! ちょっと話を聞いて貰えません?』
うん、ナンパだ。
逆ナンだ。
もしくはあやしい勧誘、詐欺。
『ねえ、君。かっこいいからアイドルにならない?」
うん、詐欺だ。
プロデュースにお金がいるんだよと言って搾取するか、いかがわしいお店に従事させるのだ。きっと。
いや、私はそんなことはさせないけど……そういうイメージしか浮かばない。
ナンパNO! 詐欺師NO! 過労死NO!
……という結論に至った私は、ゲームのストーリーを踏襲して生きることを拒否した。
イケメンプアイドル育成ゲームの世界だけれど……私、イケメンを育成しません!
プロデュース、いたしません!
そう決心し、プロデュースしなくても事務所が潰れないように頑張ってきてのに、今はその努力が泡となって消えようとしている。
ゲームの主人公と同じ歳になった私は、一ヶ月前に完全に事務所からフェードアウトすることに成功したばかりなのに……。
嫌な汗が出てきたところでコール音が止まった。
『はーい』
「くう! 大変よー!」
電話の相手は、辞表を出した二人と共に今日イベントへ出る予定だった残りの一人、
ゲームにも出て来る人気の高いキャラクターだ。
『あの二人のことだろう? 困っちゃうよね~。というか、真面目に時間守ってやって来たのに、仲間が来なくて取り残されてるオレ、可哀想~』
気持ちが焦ってしまい名前を叫んだ私の耳に、空雅の通常運転なのんびりとした声が入って来た。
ゆるい……いつも通りにゆるくて気が抜けちゃう!
空雅はハーフアップにした長いアプリコットオレンジの髪に、ペリドットのような黄緑の瞳を持った長身のイケメンだ。
女の子の友達が多いし話し方もゆるいので、チャラそうな印象をよく持たれる。
実際には……うん……実際にもチャラい。
女の子大好き! が口癖の、見た目も中身もチャラい奴だ。
トラブルは起きないように上手くやっているので何も言うことはないけれど、今はいつものゆるゆるを出さないで欲しい!
「もう! 困るどころじゃないわよ!」
『うーん……でもしょうがなくない?』
「は? しょうがない?」
『運命には逆らえないってことじゃね? じゃ! オレは何もしないから~』
「ええ!?」
『頑張ってね。プロデューサーさん?』
「なっ……ちょっと、くう!」
名前を叫んでも返って来たのはプープーという電話が切れたことを伝える電子音だった。
全く、あのゆるゆるイケメンめ!
最後の言葉に含みを感じたが……どういうつもりで言っているのやら。
実は空雅も転生者だ。
前世では女性で、ゲームもプレイしていたらしい。
もちろん、ナンパなんてしたくないので私からスカウトしたのではない。
自分から事務所にやって来たのだ。
その時に私は「スカウト以外で事務所に入るなんてあるの?」と思い、首を傾げてしまったのだが、その様子を見て空雅は「こいつも転生者かも」とピンと来たらしい。
そこからはお互いの前世を話し合い、意気投合した。
「女から男……TS転生出来たのだからゲーム通りアイドルになって女の子にモテたい!」という空雅。
スターがいてくれると事務所が助かるので、私との利害は一致している。
その為、仲間意識を持って今までやって来たのだが……。
「こんな時に力になってくれないとは……」
空雅の協力を得られなくてもなんとかするしかない。
次の行動に移すべく、私は再びスマホを操作した。
通話アプリの中にある奈緒也の名前をタップし、電話を掛けた。
育成拒否。つまりは主人公であることを私は放棄したが、恐らくストーリー通りの出来事は起こるはずだと考えた。
トップアイドルは引き抜かれ、母の事務所は傾き、我が家の生活は困窮する。
それを何らかの形で回避しなければならない。
そこで思いついたのは、トップアイドル以外の柱を作ることだ。
彼がいなくなっても事務所を支えてくれる、そんな大黒柱を。
だが私はナンパという名のスカウトが出来ない。
更に言えばその頃は幼女。
幼女にアイドルになりませんか? と言われても、プロデューサーごっこでもしたいのかな、としか思われないだろう。
しかし!
私はみつけたのだ。
私のことを信用してくれる上、スカウトしなくてもいいキャラクターを!
「奈緒也~!!」
「はーい。なあに、お姉ちゃん」
奈緒也はゲームにも出てくる主人公の弟だ。
主人公が最初にプロデュースする、所謂チュートリアル要員でもある。
ナンパしなくても済むし、身内である奈緒也をトップアイドルに育てたら、まるっと全て上手くいく!
私天才!
ゲームに出てくるキャラクターは人を魅了する力、魅了値によってレア度が違う。
魅了値はMAXが1000。
500までが
弟の奈緒也はNレアだ。
弟のことをこう言うのもアレだが、まあ……ちょっと顔がいいかな、というくらいの普通の子だ。
このままだとトップアイドルは無理だろう。
だが、レア度はレッスンをすることで上げることが出来るのだ。
Nレアの奈緒也をSレアまで引き上げるのは大変だが、その時奈緒也はまだ八歳。
今からレッスンをすればゲームのストーリーが始まる頃にはSレアは無理でも、Hレアにはなっているはずだ。
私は奈緒也を説得した。
「奈緒也、アイドルになりたくない?」
「うーん……どっちでもいい」
「よし、やろう! 奈緒也がアイドルに興味があって良かったあ」
「興味はないけど。まあいっか。姉ちゃんも一緒にやろう?」
「えー……私?」
私は弟以上に平凡だ。
茶色の髪に茶色の目。
親戚からは「化粧映えしそうだね」と褒めているのかいないのか、よく分からない評価を貰う。
顔が薄い、印象も薄いということ?
ゲームでは顔は出て来ずシルエットや後ろ姿くらいだったが、主人公なのにこの仕打ちはあんまりでは? と思うくらい普通だ。
この顔でイケメンから総愛されとか……。
ハーレム設定のご都合主義をこの身を持って知ることとなりました。
そんな私がアイドルか……。
私にアイドルになれるような魅力はあるのだろうか。
試しにその時、隣のベンチに座っていたおじいさんにウィンクして見せると、「なんじゃ、目にゴミが入ったのか、トイレの鏡で見て来なさい」と言われた。
ありがとうございます、お気遣い無く……。
少なくとも私はこの隣に座っているおじいちゃん一人魅了することは出来ない。
「私は奈緒也のお手伝いをするわ!」
「一緒にいてくれるの?」
「もちろん!」
そんな経緯で弟である奈緒也をプロデュースしたのだが、彼は期待に応えてくれた。
現実となった今ではゲームの時の様に魅力値を見ることは出来ないが、恐らくSレアレベルになっている。
私よりも色素が薄く、日に当たると金髪に見えるミルクティーベージュの髪。
アクアマリンのような水色の瞳。
背はぐんぐん伸びて今年に入って百八十を超えたし、まるで王子様のように仕上がった。
先日女子高生に人気のある雑誌で表紙を飾ったし、事務所にはファンレターがバンバン届く。
姉である私に「一緒に住むな!」と脅迫状を寄越してくるような困ったさんを発生させるくらいの人気だ。
今日のイベントには奈緒也のファンも沢山いたはずだ。
ファンは大事にするように! と散々言ってきたし、奈緒也も分かっていたはずなのに……。
溜息をつきながらスマホを耳に当てた。
『もしもし』
すぐに繋がった。
『連絡しても繋がらない』って聞いたんだけどなあ。
「なお」
『……姉ちゃん』
「どこにいるの」
怒っていることを伝えるよう強めに問うと、くすりと笑う弟の声が聞こえて思わず眉間に皺を寄せた。
『学校の屋上。風が気持ちいいよ。とっても清々しい』
「あのねえ!」
イベントをすっぽかした上に事務所をやめるなんてどういうつもり!? と問い詰めようとしたが、電話では埒が明かないと一旦飲み込んだ。
「すぐに行くわ。そこで動かずに待っているのよ!」
『りょーかい。ふふ、早く来てね』
奈緒也め……明らかに楽しんでいる!
周りにたくさん迷惑を掛けているというのに!
「なんでこうなるのー! こんな反抗期は困るー!」
憤りを足に込め、どたどたと学校へと向けて駆け出した。
「はあ……もうっ! 学校にっ……いるならっ……事務所までっ、行った意味がなかったじゃないっ!」
奈緒也が待つ学校に辿りついた。
屋上へと続く階段を上りながら愚痴る。
この学校には私も通っていて、母から二人が来ていないと連絡を受けた時は学校にいたのだ。
とんぼ返りをすることになって腹立たしい!
「なお!」
怒り任せにバンッと屋上の扉を開ける。
「早かったね」
声の方を向くとミルクティーベージュの柔らかい髪が風でサラサラと揺れているのが見えた。
柵に凭れている奈緒也は素敵な王子様スマイルでこちらにジュースを差し出してきた。
確かに走ってきて喉が渇いている。
なんて準備万端なの。
心使いは有り難いけど腹が立つ。
炭酸のジュースを奈緒也から奪い取り、喉に流し込んだあと問い詰めた。
「どういうことなの。説明して!」
「どういうこともなにも、『辞めます』って書いてきたでしょう? ただそれだけだよ」
何か問題でも? と言っているような涼しげな微笑みに怒りが込み上げる。
ほっぺを千切れるくらい引っ張ってやりたい!
顔は大事だからしないけど!
「だからその理由を……!」
「あ、あとね。もうひとつ辞めようかなって思ってる」
「?」
「奈々海……」
凭れていた柵から離れた奈緒也がこちらに身体を向けた。
ゆっくりと距離を詰めてくる。
「な、なに……」
詰められた分、一歩一歩と下がる。
奈緒也との距離を保ちながら話を続けるが……弟の様子がおかしい。
今まで名前で呼ばれたことなんてない。
……そういうお年頃なのかな?
お姉ちゃんって呼ぶのが恥ずかしい! とか?
それにしてはやけに大人びた微笑が気になる……。
捕まると大変なことになるような予感がする。
「『弟』を辞めようかなって」
「は!? や、辞めるって……仕事じゃ無いんだから、就くとか辞めるってものじゃないでしょう! ……!?」
意味の分からない言葉に戸惑っている間に、弟は目の前に迫っていた。
腕を掴まれ――顔に影が落ちてきた。
ハッとして顔を上げると、目の前には真剣な目をした奈緒也の顔が合った。
「ねえ、どうして僕にアイドルをやらせたの?」
「!?」
息を呑む私を見つめる奈緒也の目は鋭かった。
獣の様な目で、怒りも交じっているように見える。
「僕、奈々海の言う通りにしたよ? 人気者になったよ? なのに……捨てるとかひどくない?」
「なっ! 捨てるだなんて……」
「一緒に頑張ろうって言ったのに、僕を残してさっさと事務所を辞めちゃった。これのどこが捨てるじゃないの?」
今度ははっきりとした怒りが見えた。
私を捕まえている手にも力が入っていて痛い。
でも……なんとなく、私よりも奈緒也の方が『痛い』んじゃないかと思った。
「わ、私は元々事務所と契約していないわ! ただのお手伝いだったの! それを止めただけよ……」
逃げるように後退りながら手を解こうとするが……手の力が増して余計に離れなくなった。
「ねえ、僕のこと……嫌いになったから?」
「は?」
「家に女の子連れて行ったの、まだ怒ってる?」
「え? ああ……」
突然出てきた話に頭がついていかず、そんなことあったっけ? と思ったが……確かにあった。
家には友達さえ連れて来なかった奈緒也が突然一人の女の子を連れて来たのだ。
しかも腕を組んで。
その時は母と全力で奈緒也を売り出し中だったため、すまないが控えてくれと頼んだことがあった。
本気で好きな子なら応援したが、どう見ても奈緒也のことをアクセサリーのようにしか見ていないような子だった。
「怒ってないわよ。なおの女の子の趣味が不安になったけど」
「ごめん。でも心配しないで。あれは利用しやすい奴を使っただけだから。僕のタイプとは全然違う」
「利用?」
「……うん。姉ちゃ……奈々海がどんな反応するか知りたくって。凄く怒ってくれて……妬いてくれて嬉しかった……」
「は?」
焼いて……?
またしても頭がついていかず、正しく変換出来なかった。
少しの間をおいてなんとか理解したが……。
ちっがあーーーーう!!
「怒ったから僕を捨てたの?」
「違うわよ!」
何もかも違うわ!
弟の考えが斜め上過ぎて何を言ったらいいのか分からない。
言葉が出ない。
「奈々海……」
「ちょ……離して!」
脳がフリーズしている間に正面から抱きしめられてしまった。
手に持っていたジュースが落ち、地面に溢れた炭酸のシュワシュワと弾ける音がしているが奈緒也は全く気にしない。
子供の頃よく撫でていたミルクティーベージュの頭は高いところにあり、殆ど同じだった体格も今は奈緒也の方が断然大きい。
腕の中にすっぽりと収められ、身動きがとれなくなってしまった。
「なお!」
諌めるように名前を呼ぶと、更にぎゅっと力を入れられた。
「……僕、沢山の女の子がきゃーきゃー言ってくれるより、奈々海が頑張ったねって笑ってくれる方が嬉しい。奈々海にかっこいいって言われたい。奈々海がいなかったら、頑張る意味がないよ……」
「なお……」
奈緒也がアイドルを目指し始めたきっかけは私で、多少強引だったけれど、今では本人の意思で上を目指しているのだと思ってた。
でも、奈緒也が頑張っていたのは………。
「私のため? 本当はアイドルなんてやりたくなかったの?」
「違う! そういうことじゃなくて……!」
ポツリと呟くと、奈緒也は慌てて身体を離し、私の顔を覗き込んだ。
そして嫌がることを強制させてしまっていたのかと青くなる私を見て大きな溜息をついた。
「ああもう! どうして僕の言いたいことを分かってくれないんだ! そういうところも好きなんだけどさ……」
そう零した奈緒也が手を広げ、再び私を抱きしめようとしたその時――。
ひゅんと何かが飛んできて、それは奈緒也の頭にクリーンヒットした。
「うっ!?」
奈緒也が痛みで頭を抑えるのと同時に、カンカンと地面に空の缶が転がった音がした。
あれはさっき私が落として空になった炭酸ジュースの缶?
「シスコンは恐ろしいな。頭のネジがぶっ飛んでいる。ああクソ……ベタベタする」
「宝生君!?」
突如聞こえた声の方を見ると、奈緒也以上の人気を持つ黒髪の俺様がいた。
どうやら俺様――尊が落ちていた缶を拾って奈緒也にぶつけたようだ。
尊は私と同い年。
この学校に通っているのでいても不思議ではないけれど……どうしてここに?
奈緒也の次に連絡をするつもりだったので助かるが……。
「尊さん……。姉ちゃんが呼んだの?」
「え?」
思い切り眉間に皺を寄せて不機嫌を表す奈緒也に慌てて「違う」と首を振った。
「奈緒也がワンパターンなんだよ。俺のことも此処に呼び出したことがあっただろう?」
尊の台詞に私は首を傾げた。
呼び出した?
奈緒也が?
奈緒也の方を見ると、詳しく追求されたくないのか顔を逸らした。
ますます気になると思っていると、グイッと腕を引かれて転びそうになった。
反対側の腕も捕まれ、体勢を立て直したところで、向かい合っている人物が変わっていることに気がついた。
「どうして先に俺に連絡しない。俺の方が重要だろ? 事務所だけではなく……お前にとっても」
見上げると目に映るのは、デフォルトがSレアな我が事務所トップアイドル様の大変に整った凛々しいお顔。
漆黒の髪とは対照的に光る琥珀のような目が恐ろしいほど綺麗だ。
背も奈緒也より高く、身体は引き締まっており、雑誌では時折素晴らしい腹筋を見せてくれている。
ゲームでは事務所を裏切って出て行く嫌な奴だったが、実際の尊は物言いがキツいだけの真っ直ぐな人だった。
業界関係者の中には、尊を「怖い」とか「偉そう」と言う人もいるけれど、それは他人にも自分にも厳しいからとってしまう態度のせいだと思う。
「尊さんなんては二の次だよ。というか、僕のついで」
「黙れシスコン。お前の方が『ついで』だ」
少し目を離した内に言い争いを始めた二人の声を聞いてハッとした。
尊から離れ、二人の間に立つ。
「宝生君、どうして辞めるの。……他の事務所に移るの?」
ストーリー通りに事務所を出てしまう時が来たのかと胸が苦しくなった。
ゲームとは違う印象の尊と接してきて、このまま出て行かずにいてくれるのではないかと期待していたのに……。
「そうして欲しいか?」
「そんなわけないでしょう! 辞められては困るわ!」
声を上げて否定すると琥珀の瞳がスッと細くなった。
微笑んでいるが、何故か背筋が凍りそうになる。
「事務所というより、お前が困るのだろう?」
「……どういうこと?」
意味が分からない……もちろん私も困るけれど、事務所だって困るに決まっている。
というか、事務所の方が現実的に困る!
事務所が困るから私も困るのであって……。
「俺を引き留めようとするお前を見るのは気分がいいが……」
「!」
綺麗な顔が氷の微笑から悪魔の微笑みに変化した。
スッと距離を詰められ、恐怖を感じているうちに顎を掴まれ、視線を合わせるように上を向かされた。
乙女ゲームかと思うような顎クイに戸惑ったが、琥珀の瞳を見てそんな暢気な考えは吹っ飛んだ。
「俺はシスコンと違って、おめでたい脳ではないぞ。……俺を何に利用しようとしている?」
「!?」
利用なんてしていない! と叫ぼうと思ったが、確かに私の将来のため――プロデュースをしなくても事務所が安泰でいられるように利用していると言われればそうだ。
でも、それを尊が知るはずはなくて……。
「……俺は子供の頃から表舞台にいる」
戸惑っている私の耳に、静かな呟きが聞こえて来た。
顔を上げると、尊が真っ直ぐに私を見ていた。
「皆俺に優しい。ちやほやしてくれる。だが……それは俺が良い商品だからだ」
「そんな……」
否定しようとしたが、尊はそれを私に言わせないまま笑顔で制し、言葉を続けた。
「少ないが友達が出来ても、そいつらは俺と競って……勝手に妬んで離れて行く。言い寄って来た女も、俺が普段に自分に戻れば『あなたらしくない』とか勝手なことを言い出す。……うんざりしてた。人との付き合ってものが。俺は一人が好きになった。仕事以外で人と関わるのが煩わしかった。だが……お前のことはそうは思わなかった」
その言葉に驚いた。
プロデュースをしている時の私は……煩わしいと言われても仕方ない振る舞いをしていると思う。
思ったことは口にするし、妥協は緩さない。
自分でも印象がいいとは思えない。
その考えが顔に出ていたのか、尊は私を見てくすりと笑った。
「お前はうるさい。面倒臭い奴だ。なのにどうしてか煩わしいとは思わない」
……それは褒められているの?
うるさくて面相臭いことは確かなようだ。
なんとも言えない顔をしているとまた笑われた。
だが……それはスッと消え、途端に刺すような鋭い眼差しへと変わった。
「お前は……お前だけは俺を商品のように扱うことはないと思っていたのに……どうしてだ!」
腕を掴まれ、大きな声で問い質される。
言われたことの意味を考えて私は固まった。
『商品のように扱う』
商品だなんて思ったことはない。
プロデュースだって、尊の魅力を伸ばすようにレッスンをしてきたし、それを最大限に生かせる場を頑張ってもぎ取ってきた。
尊のために頑張ってきたと思う。
そこに嘘はなかった。
事務所を守るという下心はあったが、尊や奈緒也と向かい合ったときは真摯に――本気でぶつかっていたつもりでいた。
でも……。
事務所が傾くと前世によって知っていなかったら、そんな風にやっていただろうか?
下心がなかったら、今と同じだけ頑張れただろうか。
「……っ」
自分に対して疑問が湧いた瞬間、鈍器で殴られたかのような衝撃が走った。
私は……私は最低だ……!
私の中には恐らく――尊を、弟を、友人を『商品』として扱う心があったのだ。
「奈々海に妙な言いがかりをつけるな!」
動けなくなった私と尊の間に奈緒也が入り込んできた。
私を庇うように立っている。
それを見ると涙が込み上げてきた。
私に奈緒也に庇って貰えるような価値はないのに……!
「突然俺達への興味が消え失せたかのようにこいつは事務所から消えた! あんなにあっさりいなくなるなんて、何か『目的』があったとしか思えない! お前だっておかしいと言っていただろう! だからあの時、俺をわざわざ呼び出したんだろうが!」
奈緒也に掴みかかり、尊が怒鳴った。
ここに現れた時に奈緒也が尊を呼び出した話はしていたけれど、私の話をしていたの?
とにかく喧嘩は駄目だと二人を引き離す。
私の困った顔を見て奈緒也はバツが悪そうに目を逸らした。
尊はその様子を見ながら、私に話し掛けてきた。
「お前は本気で俺達のサポートやプロデュースをしてくれていた。そこに偽りはなかったと今でも思っている。お前は……本当に努力していた」
努力……したよ……いっぱいしたよっ!
ゲームの主人公に転生したのだから、特別な能力があるのかと思いきや……なかった。
プロデュース魔法とかないの!? と天に向かって叫んだが、どうにもならなかった。
仕方ないので奈緒也と一緒に歌やダンスのレッスンを受けながら母に事務所の仕事を習った。
私は歌もダンスも上手くならなかったが、人に教えるためのコツを掴むのが上手いことが判明。
そこからはまず自分が習う、経験してみたことをプロデュースに生かす、ということを繰り返した。
今思えばコツを掴むのが早くて上手いというのが主人公補正だったようだが、何せ一度は自分にインストールしなければいけなかったため、本当に大変だった。
「だからこそ分からない。……どうしてだ? お前は俺達の気持ちを尊重してくれてはいたが……俺達をプロデュースすることに、妙に必死だった――必死過ぎた。事務所に関わらなくなったのは『学業に専念したい』とか、『興味がなくなった』とか、そんな単純な理由じゃないだろう?」
「……」
「……お前、何を隠している?」
尊に真っ直ぐな眼差しを向けられ、思わず顔を逸らした。
尊は私のことを責めているんじゃない。
本当は心配してくれているんだと分かる目だった。
どうして?
どうして二人共、そんなに私のことを気に掛けてくれるの?
「奈々海……姉ちゃん……僕達のこと信用出来ない?」
「お前を……信用したい。俺達を頼ってはくれないのか? 俺達では力になれないのか?」
「違っ……!」
私は事務所から離れる時、理由を二人には話さなかった。
逃げるように黙って離れたのに……どうして優しくしてくれるの?
本当は……事務所から完全に離れる必要なんてなかった。
ナンパというスカウトは出来ないけれど、スカウトさえしなければいい話だ。
それ以外でも力になることが出来たはずだ。
実際、忙しいときは手伝うくらいはしようかなあと思っていた。
でも、私はそれをしないと決めた。
その理由は……。
自分以外にプロデュースされる奈緒也、尊、そして空雅の三人を見たくなかったからだ。
私は勝手だ。
当初の計画通りプロデュースをしなくても事務所が潰れないように持っていき、自分から離れるようにしたのに……。
母に「事務所を手伝うのを辞めようかと考えている」と話した結果、予想していなかった『私の後釜』が現れたことにショックを受けた。
私がいなくなったあとは母が一人できりもりしていくものだと思っていた。
いや、他の人が彼らのプロデュースをしていく可能性も分かっていたはずだが、いざ目にすると泣き叫びたくなるほど悲しくなった。
自分から手放したのに「盗られた」と思ってしまった。
話せるはずがない。
ここがゲームの世界だなんていう突飛な話。
そして、自分から手放したのに悲しくなって逃げている馬鹿で愚かな私のことなど……。
「説明してあげなよ」
「!?」
パタンと屋上の扉が開く音と同時に聞こえたのは、先ほど電話で聞いた声。
「くう……」
いつも通りの柔和な笑顔を浮かべながら空雅が近寄って来た。
それを待ち受ける奈緒也と尊の表情は険しい。
「お前は知っているのか?」
「うん! いいでしょ~?」
空雅が煽るように言うと、絶大な効果があったようで二人が殺気を放ち始めた。
私はあたふたしながら見守ることしか出来ない。
「全部知ってるオレから教えてあげる。君達は奈々ちゃんの保身のためにプロデュースされたけど、もう必要なくなったから切られたんだよ」
「……!」
笑顔を崩さないまま放った空雅の言葉に、目の前が真っ白になった。
今……なんて?
「くう! 違っ……」
「あれ、違う? 本当に? 大事なことを腹に入れたまま相手に伝えず、思い通りに動かしているんだよ?」
「……っ」
空雅の言葉がぐさりと胸に刺さる。
正しい。
空雅の言葉は何一つ違わない。
「ええ~なんでオレが悪者なの~!?」
焦った声が聞こえた。
涙が滲み出した目を声の方に向けると、奈緒也と尊に思いきり睨まれた空雅が両手を挙げて驚いているというリアクションをしていた。
更に「ふざけるな」と殺気を増す二人。
再びあたふたしていると、目が合った空雅がにこりと笑った。
「ごめんごめん。意地悪言った。でも事実でしょ? それを奈々ちゃんも申し訳なく思っているんじゃない? その気持ちをずっと抱えて生きていくの?」
そう尋ねてくる声は優しかった。
私を見る目も。
それでハッと悟る。
もしかして……私に懺悔をするチャンスをくれようとしている?
「……どういうことだ?」
すぐに答えられない私よりも先に口を開いたのは尊だった。
奈緒也の顔にも疑問が浮かんでいる。
……話すべきなのだろうか。
「この二人ならきっと大丈夫。……話すよ?」
私を諭すように言った空雅に向けて、首を横に振った。
「……私から話すわ」
「ゲームの世界、ねえ……」
全て話した後、そう零したのは尊だった。
視線は地面に落ち、深い溜息をついている。
「信じられないでしょう?」
「信じるよ!」
すかさず叫んだ奈緒也がギュッと手を握りしめてくれた。
顔を上げると、「信じる」という意思を込めた真っ直ぐな目で私を見てくれている。
「なお……ありがとう」
手を握り返すと、私を抱きしめようとした奈緒也だったが尊にドンと押された。
代わりに尊が私の目の前に来る。
「何がお前を突き動かしているのかと思っていたが……そんなこと分かるわけないだろう! 全く……お前は面白いな」
「!」
中々見られない俺様の素敵な笑顔を向けられ、吃驚した。
固まっていると尊の大きな手が伸びて来て、私の頬を一撫でしたが――。
「はーい! お触り禁止ー!」
空雅がすぱーんと尊の手を叩き落とした。
「……おい」
怖い怖い!
尊様、お顔がとっても怖いです!
「よかった! これでこれからも三人で活動出来るね!」
「え?」
「奈々ちゃん、プロデューサー続けてくれるでしょう? 奈々ちゃんがいるなら、二人も辞めるなんて言わないだろう?」
「あたりまえだろう!」
「当然だ」
きょとんとしてしまった。
私の荒唐無稽な話を信じてくれて、私のような愚か者を受け入れてくれただけでも有り難くて、幸せなことなのに……。
「私にプロデュースさせてくれるの?」
引っ込んでいたはずの涙がまた込み上げてきて……声が震えた。
「お前がいい」
尊の言葉に、奈緒也と空雅が頷いた瞬間――私の涙腺は決壊した。
どうして皆こんなに優しいの……!
鼻を啜りながら泣く私を、三人は見守ってくれていた。
私の言葉を待ってくれている。
はーっと息を吐き、ずずっと鼻を啜ってから頭を下げた。
「今までごめんなさい! もう何も隠しません! 不束者ですがお願いします!」
青空が広がる屋上に、私の大きな声が響いた。
三人が「こちらこそ」と笑う。
それを見て、また私の涙が零れた。
「ふーん!」
ティッシュで鼻をかむ私の横で三人が話している。
「奈々ちゃん、嫁にくるみたいだったね?」
「俺が貰ってやる」
「尊さんのことだけは義兄さんと呼びたくない」
この三人って仲が悪いようで結構仲良しだなあ。
私の知らないところでよく連絡も取り合っていたようだ。
「でも空雅さんが姉ちゃんに話すように言ってくれたのは意外でした。情報一人占めしてほくそ笑んでいそうなのに」
「え? オレってお前にどういう風に認識されてんの? まあ、ずっと独占も考えたけど抜け駆けは駄目だもんね。同じ土俵で戦わなければ意味が無いし。ハンデを貰っての勝利なんて楽しくないよ。それにさあ。主人公じゃないのに、主人公ぶる奴とかクッソうざいしさあ。正真正銘主人公の奈々ちゃんに帰って来て貰わないと」
「?」
空雅がよく分からないことを言い始めたので思わず顔を向けた。
ハンデの勝利とかもよく分からないが、『主人公じゃないのに主人公ぶる』というのが気になった。
目が合ったので首を傾げると、空雅は「もしかして気づいてなかった?」と言って話し始めた。
「阿左美さん。あの人も転生者だよ」
「え? ええええ!? どうして分かるの!?」
「だって、オレのこと、ゲームのキャラデータを参考にしたような内容の台詞吐いて口説いてきたもん。奈緒也は『努力で咲いた花は綺麗だ』とか言われなかった?」
「ああ。言われたね。はあ? って感じだったけど」
「……」
私は絶句した。
その台詞は元々高いパラメーターではない奈緒也が成長した時に、主人公がイベントで言う台詞だ。
そしてその台詞を聞いた奈緒也は、認めて貰ったことで更にプロデューサーに心酔するようになるのだ。
……現実にはしなかったみたいだけど。
「尊は事務所を裏切るなってしつこく言われただろう? 私が一緒にいてあげるから出て行くな、とかさ。っていうか、所属アイドル口説くとか頭おかしくね? オレ達のこと思い通りにしてやろうって魂胆が見え見えだっつーの」
「……。皆のことを思い通りにしようとしたことは私も一緒だよ」
阿左美さんのことをとんでもないと思ったけど、私は偉そうなことを言える立場じゃなかった。
私も同類だ。
「ん~。奈々ちゃんはさ、ちゃんとオレ達のこと見てくれていたよ?」
「……」
「そんな暗い顔しないの! ほら、趣味とかさ、好き嫌いとかさ? ゲームとは違うオレのことをちゃんと覚えてくれていただろう? 奈緒也や尊のことも。ゲームを知っているオレだから分かることがいっぱいあったよ。そりゃあ、奈々ちゃんだって百点満点ではないけどさ。でもさ、あの馬鹿みたいな悪意はなかった」
「でも、悪意はなくても……結局は私だって……」
「だから百点満点じゃないって言っているだろう? 確かに奈々ちゃんはオレ達を思い通りにしようとした。まあ、オレの場合は知っていて受け入れていたし? それに、オレ達が今アイドルとしてやっていけているのは、奈々ちゃんの『せい』じゃなくて、奈々ちゃんの『おかげ』なんだ。例え奈々ちゃんがそう仕向けたとしてもオレ達が自分で選んだんだから。それは奈々ちゃんの勝ちってことでいいんじゃない?」
「お前になら負けてやる」
「むしろ本望?」
「みんな……」
私に都合のよい言葉ばかりを空雅が紡ぐ。
信じられない……というか、信じてもいいのだろうか。
私にその権利はあるのだろうか。
不安で両手をギュッと握りしめ、俯いたが……。
空雅達が向かい合ってくれているのに、私が目を背けるわけにはいかない。
勇気を振り絞って三人を真っ直ぐ見据える。
私よりも背が高い三人が私を見ている。
「お願いしますって言ったばかりなのに、うじうじしてごめんなさい。三人のプロデューサーとして恥ずかしくないように頑張ります!」
もう後ろめたいことはしない! と近いながら宣言すると、三つのタイプの違うイケメンが笑ってくれた。
「う~……! うわああああん!!」
三人の優しさに更に泣いた。
ティッシュが無くなったじゃない!
ぐちゃぐちゃの顔をどうしようと慌ててると、空雅がスッとハンカチを差し出してくれた。
さすが前世女の子!
ありがとう、と受け取ろうとしたが、空雅は私に渡さずその手で涙を拭いてくれた。
お母さんに世話をして貰っている子供のようで恥ずかしいが、特に話をすることが多かった空雅だから大人しくされるがままにしていると、スッと空雅の顔が耳元に近づいて来て――囁いた。
「……でね? キャラクターのオレもゲームの宿命から逃れられないみたいなんだ。
「に”ゃ!?」
普段聞かない空雅の低くて色気のある声にぞくっとしている内に、頬に冷たいような熱いような不思議な感覚がして飛び跳ねた。
な、なっ……今、何したのー!?
「空雅!! お前っ!! 抜け駆けしてるじゃないか!!」
「うわああああん姉ちゃん!! 消毒! 腐るから消毒しなきゃ!!」
空雅に掴みかかる尊と、服の袖で私の頬をゴシゴシ擦る奈緒也。
なんだか収拾が付かなくなってきた……!
賑やか……というかうるさい!
うるさいけど……幸せだなあ。
「へへっ」
弟にゴシゴシされながらこっそり笑った。
それから私は事務所に戻り、三人のプロデューサーとして復帰した。
手が空くことになった阿左美さんに母は事務仕事を頼んだのだが……。
プロデュース業をやりたい彼女との間に始まったバトルとか、事務所拡大を決めて三人の協力を得ながらスカウトを始めたこととか、普段は自分から声を掛けない私が『押し』だったキャラクターを見つけた瞬間走り出したことで三人が暴れたりしたことなどは、また別の話――。
イケメンアイドル育成ゲームの主人公に転生したけれどプロデュース放棄したら事務所潰れそう 花果唯 @ohana
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