大静香と小静香

音水薫

第1話


 ある学校のあるクラスに、「静香」という名の女の子が二人いた。二人とも名字は違ったけれど、同じ名字の人がそれぞれいたため、クラスのみんなは二人にあだ名をつけた。背の高いほうの静香を「おしずさん」と呼び、背の小さいほうの静香を「しずこさん」と呼んだ。そして、その「しずこさん」とは、私のことである。


「あらまあ、しずこさんったらネズミのように小さいくせに、ずいぶんとすっとろいんですね」

 教室に入った私に足をかけて転ばせたのは、おしずさんだった。私は睨んだり文句を言ったりするでもなく、ただ起き上がって汚れを払い、自分の席に着いた。

「無視ですか? つまらないですねえ。モルモットがリアクションしてくれなければ実験の意味がないじゃないですか」

 おしずさんは私のクラスメイトに聞こえるような声で不満を口にした。みんなは私を横目に見ながら、くすくすと笑うだけだ。なにも危害は加えてこず、傍観者に徹している。おしずさんの一方的な攻撃だが、一対一の関係が崩れない以上、いじめだと声高に言うことはできない。

「大丈夫?」

 私を気遣ってくれる彼女はこのクラスの委員長。こうして心配してくれる人もいて、私はクラスで完全孤立状態にならずにいる。

「大丈夫だよ。鞄がクッションになったから」

 中に入っているものが教科書である以上、柔らかく助けてくれることはないのだけれど、あまり自分のことで心配ばかりかけるのも居心地が悪い。笑顔をつくって彼女を安心させようとした。

「そうじゃなくってさあ、なんで抵抗しないの? このままじゃエスカレートするだけだって」

 痣ができるほど殴られているわけでもなく、教科書が使い物にならなくなるくらいぼろぼろにされているわけでもない。さっきのようないたずらや私を馬鹿にしたようなことを言う程度のものである。委員長はおしずさんに抗議してはくれているが、先生に話が行くほど深刻ではない。ならば、今耐えていればいずれ飽きてくれるだろう。

 とはいえ、私たちはむかしからこんな関係だったわけではない。同じクラスだった去年は、それなりにクラスメイトしていたのだ。

 決定的な決別がいつだったかはわからないけれど、おしずさんの嫌がらせが始まったのは二年生に進級し、クラスが別になってからだった。そして、夏休みが始まろうとしている今でもそれは続いている。

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