向日葵畑の向こう側

 背の高い植物は向日葵だった。

 ここまで大規模だと圧巻なのかもしれない。しかし、薄暗い月明かりで一斉に下を向いている姿は不気味だ。しかも腰を低くしているので、上から見られているような気分。


 一刻も早くここから脱出したい──


 ポールはしゃがんだまま目印に向かって進んでいく。

 中間地点よりも少し手前で、あの悪寒が全身を駆け巡った。


 近くに居る──頭を出さないように注意しながら、茎の隙間から周囲を確認した。徐々に脈が速くなり、ついにはパメラと一緒に追いかけられたときと同じくらい、口から心臓が飛び出るのではないかという感覚に陥った。

 その時、ポールの左前方の向日葵が左右にお辞儀をしているのが目に入った。


 光る両目。鉈と斧を左右に持ち、憮然ぶぜんとした面持ちで通り過ぎていく。直視する余裕もなく、果たして殺人鬼に表情があるのかは判らないが──


 捕らえられた彼女と反対方向に進んでいる以上、前方は安全だ。

 時々後ろを振り返りつつも音をたてないように注意しながら小走りで向かう。


「助けて……」


 今にも泣きだしそうな声で呟いていた。

 ポールの姿を確認すると、緊張が解けたのだろうか力なく座り込んだ。


「ちょっと待ってて。今解放してあげるから」

「ありがとう」


 弱弱しくお礼を告げる。

 少々手間取ったものの、一度パメラを助け出している。同じような要領で檻の外へと連れだしたら、頭上の灯が消えた。


「一旦ここを離れよう」

「え?」

「いいから、ついてきて」


 半ば強引に彼女の手を引き、壁際の木々が密集しているところへ避難する。

 前の時と同様、ポケットに入っている応急セットで怪我を処置した。彼女は多少青ざめているが無理もない。きっと此処に放り込まれてすぐに見つかり、捕まってしまったのだから。自分の置かれた状況すら把握していない筈だ。


 軽く自己紹介をする。

 彼女の名はアリス。やはり気が付いたら此処に居て、突如あの殺人鬼に襲われたという。

 ポールは自分の知りうる限りのことを伝えた。彼女はその理不尽さに憤慨しながらも、丁寧な説明で理解することができた。


「最後の機械を修理して、一緒に出よう」


 力強い言葉に勇気づけられたのか、アリスは笑顔を取り戻した。そしていきなりポールの指差す方へ駆け出してしまった。


「待って! 走ったらマズイ!」


 必死に彼女を追いかけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る