第17話 気づかれている…?

 時は平安時代末期のことである。曽我義弘がこの地に訪れた。それは義弘十二の歳だった。

 当時隣国にて力をつけ始めた義弘の父・義信の謀反を恐れたこの地を治めていた古河将時により自分の第一姫の婿へと選ばれたのだ。


 将時の一姫は名を記すものが未だ発見されておらず、ただ書物には『蝶乃姫』との記載あり。そのため広く一般には蝶乃姫と呼ばれている。


 蝶と義弘は歳の差が三つ。


それゆえ、屋敷では兄のように、蝶と仲むずまじく遊ぶ義弘の姿の記録が残っている。

 彼らは敵同士でありながらも、全く感じさせず蝶乃姫の侍女達や義弘が連れて来た従者達と一緒になり、双六などに興じていた。

 だが、そんな日々も長くはない。義弘が十五の時、義信に対する追討の令が時の法王により出されたのだ。


 将時はその院宣を受け、義信を討ち取った。


 成長した義弘が親の敵として自分を討ち取る事を恐れた将時は、彼を今のうちの殺害してしまおうと考え、配下の者に殺害するよう命じたのである。聞きつけた将時の妻は、侍女に義弘を逃がすよう命じた。


 我が愛娘・蝶乃姫のため。姫が気に入り、いつも一緒にいる義弘が討たれたと知れば、姫の精神的苦痛は計り知れない。その前に、なんとか逃がさねばならぬという親心からだ。


 命を受けた侍女は、義弘の身代わりを立て、屋敷を脱出させる事に成功させる。

 しかし逃げる途中――色沼の付近にある背丈石前にて追手により見つかり惨殺されてしまう。


 知らせを受け蝶乃姫はショックのため食事が喉を通らなくなってしまった。

 日に日に弱っていく蝶乃姫に、将時は加持祈祷を施させるが良くならず。

 頭を抱える将時だったが、蝶乃姫が食べる量がごくわずか。


 だが、政略結婚がこの世の習わし。身分故、縁談は入ってくるが姫は決して首を立てに振らず。

 それが原因で蝶乃姫は二十歳を向かえずこの世を去ってしまった。

 残されたのは彼女が大事にし――……


「なんなんですか! もう少しでクリア出来る所だったのにーっ!」

 人が折角勉強中なのに、左側からぶつかってきたその声のせいで勉強モードだった頭が中断されてしまった。せっかく良い感じに読書の波に乗っていたのに。


 ある程度義弘の知識つけなきゃならないから、本読んで勉強しなきゃならないんですけど。少しは気を使ってもいいでしょうが。


――あいつはまったく……


 声の主はもちろん決まっている。

 部屋の主である私よりも、この部屋に馴染んでしまっているあいつだ。

 私は読んでいた本を閉じ机へと置くと、痛み出したこめかみを押さえた。


「ちょっと静かにしなさい」

 私は仁王立ちになると、地面を踏みつけ真隣りにあるベッドを見下ろした。そこには我が者顔のあいつがいた。


 ベッドにあおむけになりながら、私のスマホを手に「次こそは!」と気合を入れながら操作中。

 何をしているかというと、本人曰く人間文化の研究らしい。大層な事を言っているくせに、やっているのはスマホアプリときた。

 たしか昨日は漫画だった。私から見れば、だらだらとしているだけに見えるだけ。

 居候の身なのに、部屋の主をほったらかしで寛ぎまくっている。


「僕だって好きで煩くしたいわけではありません。このゲームが悪いんです」

「だったら辞めなさい」

「無理です」

 小鬼は画面を凝視したまま、ディスプレイをタッチしている。

 私はため息を一つ零すと、天を仰ぐ。こいつはこうなると子供なる。だから言うだけ無駄。



「……小鬼。それバッテリー切れそうなら充電しておきなさいよ」

「わかっています。それよりこれ、どうやってクリアするんですか?」

「それよりって、あんたこっちの世界に何しに来たか忘れてないでしょうね。ゲームしにきたわけじゃないんだからね」

「わかっていますよ。ですが、せっかくこちらに来ているのです。学べるものは学ぶべきだと思いませんか。実に人間界はおもしろい」

「おもしろいのはそのゲームでしょうが。少しはこっちも手伝ってよ」

「僕は監視者です。そちらは小娘と悟様にお任せします」

「やっぱり、あんたゲームがしたいだけでしょ」

しょうがないか……


私はもう一度本を読もうと思ったが、やる気が完全に削がれてしまったため、それを放棄。おそらく無理やり読んでも集中出来ないだろうから。



――よし、気分転嫁にでも、何か飲み物を取りに行って来ようかな。



「小鬼。私飲み物取りに行くけど、何か飲む?」

「ココアが飲みたいです」

「また甘いものばかりとって。緑茶とかにしなよ。虫歯になるってば」

「ポリフェノールは必要です」

「……それは小鬼にも必要なの?」

「いいじゃないですかー。あっ、そうだ。聞きたい事があったんです」

小鬼は起き上がると、スマホを置きこちらに体を向ける。


「小娘のお父様は、悟様のようにもしかして僕達が視える人ですか?」

「お父さん? なんでまた……」

「いいから答えて下さい」

それに対し私は首を横に振る。


 そんなわけがない。あの人はそういう系を信じない人だから。


 リビングにあるテレビに映し出された幽霊映像を怖がっていると、「下らない。そのようなものがこの世にいるはずないだろ。合成だ」と一喝するぐらいだ。


 それに視えているなら、私が小鬼を見た時のように何かしらのリアクションがあるはず。

 一週間以上経っているのに、何も言われてない。つまりはそれが答えだろう。



「でもどうして急に? もしかして報告書に書いてあったの?」

「いえ。時々目が合うようなのですよ。もしや視えているかもと思い、声をかけたのですが反応がまったくありません。それで気になったので一応確認を」

「うちに霊感がある人なんて誰もいないよ。みんな、あんたの存在にすら気づいてないし。だから可能性は低いよ」

「そうですよね。もし視えるのでしたら、この美しい僕を見てなんの反応も示さないなんてありえませんし」

自分の胸に手を当て「ふぅ」っと、憂いを帯びる小鬼に私は呆れかえる。



あまりの自信たっぷりさを笑えばいいのか突っ込めばいいのか。 

困惑する私を余所に小鬼は姿見の元まで歩いて行くと、今度は全身を映し恍惚と自分を見ている。


結局私が出した答えは無難。無言で部屋を立ち去ること。

二階から一階のリビングに移動すれば、おじいちゃん、おばあちゃん、お父さんの三人がテレビを見ながらゆったりとお茶を飲んでいた。


お母さんは今日夜勤のためお家には居ない。看護師をしているため、こうしてたまに居ない時がある。



「桜も見ないかい? 今日は久々の時代劇じゃぞ」

「うん、いいや。ちょっと調べ物あるし。あっ、そうだ。ココア作るけれども、おじいちゃん達も飲む?」

「わしらは茶を飲んでおるから大丈夫じゃ」

「そっか。わかった」

 私はリビングを素通りしキッチンへと移動。そして、棚からマグカップと湯のみを取り出すとテーブルへとのせた。マグカップは小鬼の事を考えて小さめの物を選んでおいた。 


 マグカップにココアパウダーを入れながら、自分の分を何にするか考えていた。


――何を飲もうかな。たまには緑茶とかでもいいかも。


 あれこれ悩んでいると、隣のリビングからまた声をかけられた。今度はおばあちゃんだ。


「桜ちゃん。大原さん家のお孫さんと同じ学校なんだって? 今日ゲートボール大会で一緒になってね、話を伺ったんだよ。なんでも孫の悟くんと一緒のクラスだとか」

「えっ!?」

 おばあちゃんの言葉に心臓が跳ね上がり、つい手元が狂いカップをかき混ぜていたスプーンが縁にぶつかり鐘のような音が出た。


「うん。そうだよ、同じクラス」

 震えそうになる声をなるべく同じトーンにし、私は再度スプーンを動かしながら答えた。


 もし大原と出かけた事をおばあちゃんが大原のおじいちゃんに聞いていていたと仮定しても、きっとおばあちゃんはここで口にしないだろう。なんせ、お父さんがいるから。

 言えば煩くなるのは目に見えているから言わないはずだ。

 お姉ちゃんの彼氏の件、お父さんに見つからないようにって、釘を刺すぐらいだし。



「……義理母さん、大原さんというのは?」

 だが、そんな世間話すらも拾われたらしい。お父さんのいつもより低い声に、「そこは流して!」と全力で叫びたくなった。お願いだからテレビに集中していて。なぜその件に触れようとするのだ。触れても良い事なんて一つもないのに。お父さんのしようとしている事は、パンドラの箱を開けるような行為だ。


「おお、道男みちおさんは知らんのか。大原さんはこの辺りじゃ有名な拝み屋さんじゃよ。何か奇怪な現象が起こると、みな大原さんに相談するんだ。ほらはす向かいの田中さんの家で、一昨年だかに騒ぎがあったのは覚えているかい? ほら、警察が来て騒ぎになった件だ。なんでも夜中に首を絞められるとかなんとか。あれを収めたのも大原さんじゃ。たしか娘さんが香澄かすみと同じ高校だったはず。のぅ、おばあさん」

「えぇ。とても綺麗な娘さんなのですよ。生徒会に所属して学年でも主席だと、香澄から聞かされましたね。うちのとは違い、あちらは凛とした竜胆のようなお嬢さんで……」

「あの時の香澄は、反抗期真っ只中で食虫植物のようだったからのぅ」

 実の親に食虫植物に例えられるぐらいに荒れていたのか。そう尋ねたくなった。


 そう言えばと、ここでふと気づく。お母さんの高校の写真だけは見せて貰えなかった事に。



 うん。この件は今触れないでおこう……



 しかし大原の家というのは、この辺りでも有名らしい。おじいちゃん達も知っているぐらいだ。お父さんは婿養子なので、地元じゃないから知らないようだが。


 トレイの上に、ココアの入ったマグカップと緑茶の入った湯のみ、それからお煎餅を二枚のせ、それを持ちあげ足を一歩ずつ進める。


 おじいちゃん達は幸いとテレビに視線を奪われているので、飲み物を二つ持っている事にも突っ込まれそうにないので安心。……のはずだったんだけれども、私は脱出寸前で足を止められてしまう。


 それはお父さんに「桜」と名前を呼ばれたからだ。


 よりによって今、声かけないで欲しい。みんな寝静まってから、飲み物取りにくれば良かったというのが頭を過ぎった。



「な、何?」

 目の前には廊下へと続く扉。あともう少しで部屋から出られるのに―!

 私は深呼吸をして、斜め後ろを振り返らずに返事をする。

 トレイを見られたら絶対に何か言われる。


 というか、もしかしたらまさか視界に入れられてしまったのだろうか。だから声をかけたのだろうか。


 じわりと毛穴から吹き出し始めた汗に、私はあれこれ理由を考え始めるが、お父さんが口にしたのは以外な事だった。



「最近、具合悪くないか?」

「えっ……悪くないよ。いたって元気」

「念の為に母さんのいる病院へ検査しに行こう。何かあってからでは遅い」

「いや、大丈夫だって」

「なら、神社か寺に」

「いや、だから悪くないよ……なんで?」

 人の話聞いていましたかというぐらいに全然話が噛みあわないため、私は不自然の原因を探るためお父さん達のいる場所を振りかえった。なるべくトレイを体で隠す様にして。


 うちのリビングは、扉と同じ壁沿いにテレビが設置されてある。


 そしてベージュのカーペットの上にテレビを囲むように一人掛けソファ、四人掛けソファ、一人掛けソファという順番でコの字に配置されている。

 ソファの前には、木目調の長方形タイプのテーブルが。そこには湯のみが三つと、籠に入っているお煎餅がのっていた。


「桜。お前は、最近……――」

 お父さんはそう言いかけると、何か信じられないものでも見たように目を大きく見開いた。訝しく思った瞬間、それが私の手元つまりトレイに対してだと気づく。


「なぜ二つも持っているんだ?」

「ほらココアって飲むと、甘くて喉乾くじゃん。だから緑茶も用意したの」

「飲んでからだと冷めるだろ。それにさっき歯を磨いてなかったか? お前は歯を磨いた後は甘いものや食べ物は口にしないはずだ。いつも食べないじゃないか」

「え」

 言われて気づいた。自分の習慣を。



 私は絶対に歯を磨いた後に、食べ物を食べたり甘い物を飲んだりしない。水やお茶は飲むけれども。理由は簡単だ。また歯を磨くのが面倒だから。

 眉を顰めたお父さんが立ちあがり、こちらに足を進めようとするのが飛び込んできた。

 そのため私は先手を打ち状況を打破するべく、舌を噛みそうになりながらも口を開いた。



「ごめん、私今忙しいんだ。学校の課題が多くて。じゃあ、部屋戻るね」

 こちらに来られるとさすがに面倒になるのは目に見えている。


 私はその前に早口でまくし立てるようにしゃべると、一刻も早くその場から離れたく扉に手をかけ押し、その隙間に体を潜らせ真っすぐに部屋へと足早にかけて行く。


 逃げるようにしてきてしまったため、怪しまれていると思う。

 だが、私には先ほどの質問やらマグカップの事やら、一人ではとてもじゃないけど対処出来ない。


 絶対に顔に出るし丸めこむ自身が皆無。私では、お父さんと渡り合う事は無理。

 部屋に入ると私はすぐに鍵を閉め、やっと安堵し体の力がすっと抜けて来た。それがいかにあの部屋が緊張状態だったかを物語っていた。


 扉に背を預けながら、私は定まらない思考を落ち着かせるために目を閉じる。



――あの質問の意図は何? 



 もしかしてお父さんは本当に小鬼が見えているのかもしれない。

 仮にバレていたのならばどうなるのだろうか。お祓いとか連れて行かれるのだろうか。


 そのような事を考えていると、「ココア~」となんとも呑気な声と地面を強く叩きつけるような音がこちらに近づいてくる。それに対し、私は目を開きしゃがみ込んだ。



「きたきた。ココア」

 両手を高く広げ、寄こせ寄こせとせがむ小鬼は、なんの悩みもない無邪気な雰囲気。ココア一つでこうもテンションが上がるなんて子供だ。


 なんだかそれを見て自分が悩んでいた事が馬鹿らしくなった。気にしてもしょうがないか。人生なるようになるということで。


「煎餅もあるわよ」

「やったー」

「ちゃんと歯磨くんだからね」

「わかってます」

 私は小鬼にココアを渡すと、トレイをテーブルへと置き読書のために再び机へと向かった。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る