第9話 博物館にて
人間の進化というものは、すごいものだ。
猿から人へと毛が抜け背筋も伸び、手足や身の丈も少しずつ年月により変わっていく。
そして私達のような姿形へと形成。
どんな環境でどんな生活をしてそうなっていくのか、不思議な事この上ないなんて柄にもなく真面目に考えてしまうのは、空気に飲まれてしまっているのかも。
私の周りには縄文土器や黒曜石で出来た槍の先端など、縄文・弥生時代ゆかりの品物が生活ごとにエリア分けされ、強化ガラス越しにディスプレイされてある。
中にはその時代に暮らしていたファミリー達の生活様子が見い出せた。動物の皮を纏った蝋人形に、人工たき火や地面に零れ落ちているどんぐり……――
だらだらとした長ったらしい説明文のパネルだけじゃなく、写真やこうした造形物を利用し歴史を学ぶ。
いざこうして見て見ると、運営側の工夫が窺える。
ここは、地元の県立博物館。
私達――私と大原、それに雷蔵と小鬼は書状にあった人物『曽我義弘』を調べるためにやって来た。
曽我義弘とは、この地を支配した武将・古河将時の娘、蝶乃姫の許婚。彼がこの地にやってきたのは、わずか六歳のときだ。
表向きは許嫁だが、本来の目的は義弘の父親・義信の謀反を防ぐための人質。だが、そんな環境でも蝶乃姫と義弘の仲は良好であった。
一緒に双六等をして遊んでいたり、それはもう兄妹のように日々を過ごしていたそう。
二人にも運命は非情だった。父の謀反を疑われ義弘が十三歳の時に殺されてしまった。
蝶乃姫もその知らせを受け、彼の死を嘆き、彼女は心と体を病み床に伏してしまった。
そして、彼女が二十歳の年を迎える前に亡くなってしまったそう。
……というのが、私が大原に聞いたアバウトな説明。
古河将時と蝶乃姫なら、名前ぐらいは聞いた事あるけど、説明は出来ない。
なので、大原頼り。彼もこれ以上あまり詳しいことは知らないらしく、学校の図書館だと蔵書も限られているため、私達は休日を利用して博物館と県立図書館を巡ることにした。
大原が小鬼と私ばかりだと不安だからと着いてきてくれたから心強い。
歴史とか興味ないからさっぱり何をしていいのかわからないからだ。
「人間の進化とは実に面白いですね。今の生活を築くために、こんな時代があったなんて」
私の右肩に違和感と重みをもたらせている小鬼は、豆粒のような瞳を輝かせながら辺りを見つめている。
どうやら人間の歴史に興味を持っているらしく、展示物を鑑賞し感嘆の声を上げていた。
「小娘、早く次へ」
小鬼が腰を落としている私の右肩から落ちないようにと、私の頭を掴んでいるんだけど、それを良い事に今みたいに優しく私の頭上を叩きはじめ扱き使ってくる。
自分で歩けと言ったのだけれども、こっちの方が見やすいって言って降りない。
「月山」
「ん?」
私を呼ぶ声が頭上にぶつかったため、後ろを振り返る。するとそこには大原が立っていた。
「何?」
首を傾げ大原を見つめれば、なんだか違和感に纏われてしまった。
今日の大原の格好が原因。学校生活と違い今回は私服だから。
上がブルーストライプシャツに、ネイビーの赤ラインの入ったネクタイを結んでいる。
そしてその上に黒のロングカーデガンを羽織り、下はカーキ色のデニムという格好。
今回は服装に合わせて眼鏡もチェンジ。いつも使っている細フレームではなく、本日は太めの黒ぶちだ。
髪も自由にワックスで遊ばせている。
ここまで学校で会うのと外で会うのにギャップを感じた人間には、今まであった事がない。
そんなこだわりを伺える大原とは打って変わって、水色のパーカーに白のマキシ丈のジャージーワンピース、それにトートバッグという、いかにもその辺のコンビニまでスタイルな私。
予想外に大原の服装がおしゃれな為、絶賛後悔の嵐中。隣を歩くなら、もう少し良い格好してくれば良かった……しかも大原背も高いし、顔立ちも良いから目立つ。
どうやら、二人の性格が出たらしい。
残念な事に、私はめんどいが口癖。大原のように全身コーディネートなんて考えない。
アイロンかげされ、畳まれていた一番上のやつを選び着用。お母さんにも良く怒られる事の一つだ。その辺にあるものを着るな! と。
「月山。早く行こう」
「えー。入館料払ったんだから、もう少しゆっくり見てもいいじゃん」
「今日は義弘の件調べに来たんだろ? この後図書館と資料館行かなきゃならないんだ。時間がないぞ」
「そうだよね。時間に限りがあった……」
「さあ、もう先へ行こう」
私は大原の言葉に頷くと、足を進めようと一歩右足を進めた。だが、その瞬間ふわりと右肩にかかっていた髪が大きく舞うように揺れ、重みがすっと消えてしまう。
違和感にふと視線を下に向けると、小鬼が両手を水平にして地面に着地していた。
そしてくるっと半回転し、身をこちらに向けたため、つぶらな瞳とかち合う。
この瞳だけなら小動物的で可愛い。
「僕はもう少し見て行きたいので後から行きます。人間界にはとても興味があるので」
「いや、さすがに一人で置いて行けないわよ。館内の迷子放送であんたの事探せないし」
「一人ではありません。そこの狼がいます」
「はぁ!?」
びしっと小鬼が指差す方向にいる人物は、急にぶっ飛んできた流れ玉を受けしてしまい、裏返った声を上げてしまった。そして大きく見開いた目で、私達を交互に見ている。
――わかるよ、その気持ち。小鬼の面倒見るのって大変だよね。やれ、あっち見たいとか、今度はこっちとか、肩に乗っていても細かく口を出して来たし。
雷蔵は打ちつけた流れ玉に、ほんの少しだけ唸り恨めしそうに小鬼を睨むが、小鬼は気にも止めない。
それどころかそのふさふさとした身に近付いて行き、ぴょんとカエルの如くジャンプ力を発揮し飛び乗った。
そのため、雷蔵は囚われの身となり小鬼から離れられなくなってしまう。
こうなってしまえば、小鬼の方が有利だ。哀れ、雷蔵。
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