第4話 海賊船サンドッグ

 シンヤ達は物資を4輪のバギーに積み込み始めた。ここを撤収して船に帰るつもりのようだ。

 食料などの消耗品は残りが少ないらしく大した量ではない。コンテナ上の箱をロープで縛っていたシンヤがふと手を止めた。

「直樹がアニヒレーターを使いこなしてくれるなら、例の物を探し出して、持って帰らないか」

 ルークはしばらく考えてから言った。

「そうだな、位置はほぼ特定できている。リオルまでやられたのにむざむざ手ぶらで帰るのも口惜しいな」

 2人はうなずき合うと、武器を持ってバギーに乗り込んだ。

 シンヤは直樹とミツルを手招きして呼び寄せると、後方支援の指示を始めた。

「俺とルークが今回のミッションのターゲットを回収する。直樹はアニヒレーターを使っ

 てピンスポットで狙撃して援護してくれ。ミツルはナオキが生物=機械に襲撃されないように周辺を警護するんだ」

「了解」

 ミツルの返事も待たずに、シンヤはバギーを走らせた。時折バウンドしながら、砂埃を上げて速度を上げる。

「シンヤたちは何を探しに行ったんだ?」

「古代の遺物のコントロールユニットです。最近この海域で発見された重要な装置のコントロールユニットがこの辺にあることがわかったので探しに来ていたんです」

「何でそんなことがわかるんだ」

「遺物は、微弱なウエーブで相互に通信しているのです。僕たちはそのウエーブを検出する装置を持っているので、発掘者としてトップレベルの成績を誇っています」

 やはりルークたちの仕事は海賊というよりバウンティハンターに近いようだ。

 直樹が射撃したアニヒレーターの威力を目の当たりにすると、古代の遺物の発掘は職業として十分成立すると思えた。

 やがて、小高い丘のふもとにつくとルークとシンヤは銃を構えながら丘のふもとにぽっかりと開いた洞窟に入った。

 ミツルはコンテナから出した弾倉を色別に並べて戦闘態勢を整えていた。

「リオルは一人であそこに乗り込んでいったのです」

 ミツルがぽつりと言った。

「何だって」

「一昨日、僕たちは生物=機械に襲撃され仲間が2人もさらわれました。その夜、リオルは僕たちを危険な目に遭わせまいとして皆が寝ている間にキラービーの巣に仲間たちの奪還に向かったのです。そして、コントロールユニットもそのあたりにあるのが解っていました」

 何となく事情がわかってきた。

「それで彼はあのカニみたいな奴に捕らえられたんだな」

 ミツルがうなずいた。

「ソウルイーターはウエーブの発信源に集まってくる習性があります。銃声で目が覚めて助けに行ったけれど手遅れでした」

 リオルは、人間性の根源の部分を生物=機械に破壊され、代わりに直樹の意識がが彼の体の中で目覚めたわけだ。

「魂を消してしまうというのはあの生き物にとってどんなメリットがあるんだ」

「メリットなんかないでしょう。あれは、対人類用に作られた駆除用の生物=機械ですから。」

 直樹は聞き間違えたのかと思った。

「対人類用に作られたと言ったのか」

 ミツルはうなずいた。

「明らかに人類の存在そのものが気にくわない何者かが居るのです。そいつらは二千年前に疫病をはやらせて人類の8割を殺しました」

「どんな奴なんだ」

「正体はわかりません。生き残った人類と直接対決せずに、我々に害をなす生き物を大量にこの星に放って駆除しようとしていると思われます」

 直樹は背筋が寒くなった。人類を駆除するために生き物を創造することすらできるというのか。

「ナオキはどんな世界にいたのですか」

「そうだな」

 直樹が日本の事を語ろうとしていたら、シンヤ達のが侵入した洞窟で何か動きが起きていた。洞窟の中から煙が漂い始め、周囲の平原からはゆっくりと動くものが集まりつつある

 いつの間にか生物=機械が現れていたのだ。

「しまった。油断していた」

 直樹は、アニヒレーターを担ぐと、収納状態からポップアップしてきたサイトで洞窟に近寄って行くソウルイーターに慎重に狙いをつけた。

「直樹伏せて」

 ミツルの声と同時にパパパパと彼の兵器の連射音が聞こえた。直樹は咄嗟に地面に伏せ、その頭上を何かがものすごいスピードでかすめ飛んでいった。

 遠ざかっていく物体を目で追うと人間よりも一回り大きい蜂のような生き物が飛翔している。

 それは緩やかに旋回して方向を変えると、加速して再度こちらに二人に突入しつつあり、手には何か武器のような物を持っている。

「あいつ何か持ってるぜ」

「早く撃ち落としてください、あれに当たると首とか腕を持って行かれますよ」

 直樹は剣呑な奴だと思いながら、急速に迫ってくる蜂もどきに狙いをつけると射撃した。

 ブンというハム音と共に光柱が昆虫に似た身体を捉える。

 直樹は先ほど、シンヤと一緒に操作系とおぼしきパネルをいじって出力を下げていたのだが、蜂もどきは一瞬で四散した。

「ひゃっほー」

 歓声を上げるミツルの方に笑顔で振り向いた直樹は、その場で凍り付いた。

「ミツル伏せろ」

 即座に反応できるかどうかが緊急事態では命を分ける。

 地面に伏せたミツルの背後から5、6頭の蜂もどきが編隊を組んで急接近しつつあった。

 直樹がアニヒレーターを連続照射で横方向に薙ぐとそいつらは内部から破裂するように爆散した。

 蜂もどきは高速度で突入してきたが、アニヒレーターの光線のエネルギーで爆発してバラバラの破片になった。

 そして、重量感のあるキチン質の破片がゼリー状のねばねばの糸を引きながら二人に降りそそいだ。

「うわ、きもい。なんとかしてくれ」

 直樹が肩や頭に乗っかった破片を振り払っていると、破片に埋もれかけたミツルが直樹の背後を指さしているのが見えた。

 シンヤとルークの援護をしろと言っているのだ。

 直樹は近くにあった一メートル程の高さの岩の上に銃身を乗せると、慎重に狙いをつけてアニ非レーターを射撃した。

 彼方で、1頭のソウルイーターが紫色に変色してから格座するのが見えた。次の奴に狙いをつけながら直樹はミツルに聞いた。

「なあ、さっきの奴は何て呼んでいるんだ」

「キラービーです」

 ベタなネーミングセンスだ。

 更に何頭かのソウルイーターを倒したとき、残骸の間からバギーもどきが砂煙を上げながらこちらに動き始めたのが見えた。

「あいつら、お宝は確保したのかな」

「持って帰って欲しいですね」

 ミツルは、体のあちこちにキラービーの破片をくっつけたまま双眼鏡で追手が居ないか確認している。

 10分ほどでルークと信也は帰ってきた。

 直樹たちの間近まで戻ってきた2人はバギーから飛び降りた。

「ゲットだぜい」

 落ち着いて見えるルークまで陽気にはしゃいでいる。

 シンヤは獲物を直樹にも見せるが、それは掌にのるくらいの円筒形のカプセルだった。

「これが一体何の役に立つんだ」

 直樹が尋ねるとシンヤはにやりと笑った。

「そいつはこれからのお楽しみだ」

「どうでも良いけど君らひどい匂いだな。イボイノシシと一緒に泥浴びでもしたのか」

 直樹はイボイノシシというのが地球のサバンナの動物か、この世界の生き物の一種の名なのか密かに悩んだ。

 その傍らで、ミツルは得意げに先ほどの出来事を説明していた。

 昼の食事を取った後で、4人は荷物の全てを無理矢理積み込んでからバギー乗りこんで出発した。

 海岸にいる彼らの船まで帰るのだ。

「船は何て言うんだ」

「名前ですか。僕らはサンドッグと呼んでいますよ。

 日本語なら幻日と書く天文現象だ。

「直樹、サンドッグに帰ってからも僕たちと一緒に暮らしてくれるか」

 ミツルが直樹に聞いた。

 それは愚問だった。直樹にはこの世界で彼ら以外には身を寄せる相手はない。

「君らがよければそうさせてくれ」

「そうこなくちゃ」

 3人は無邪気にはしゃいでいる。

「日があるうちにサンドッグまで帰ろう。明日にも出港するかもしれないから、今夜はカロンの街で晩飯を食おうぜ」

 何処までも黄色っぽい草原と所々に黄緑色の灌木が見えるだけだ。

 ちゃんとした道路でないのでスピードは時速30キロメートルぐらいしか出せないようだ。大きな岩を迂回したりして道程ははかどらない。

「この辺には危ない生き物はいないの」

「さっきの山脈を越えたらおおむね大丈夫だ。無事に脱出できたのもあんたのおかげだな」

「いえいえ」

 謙遜している直樹をよそに、ルークは思い出したようにミツルを振り返った。

「ミツル。通信機でサンドッグと連絡を取ってくれ。もう通信波が届くはずだ」

「コントローラーを持って帰ると報告するんですね」

「いや、それはいい。通信を傍受されたら途中で同業者に襲われる。マクレガーさんとアケミ、それからリオルの事を報告するんだ。ついでにバギー一台もお釈迦になったと伝えろ」

 皆の間に微妙に重い空気が立ちこめた。

「連れて行かれた人はどうなったんだ」

 直樹が聞くとシンヤが首を振った。

「今頃、肉団子にされて奴らの幼虫の餌になっている」

 直樹はシンヤの話を聞いてこみ上げてくる吐き気と戦う羽目になった。

 傍らでは、ミツルが通信機にまくし立てていた。

「だから、リオルはソウルイーターに人格を消されたけど代わりにリオルに埋め込まれていた記憶チップの記憶が発現したんだ。その人がアニヒレーターを完璧に使いこなして敵を追っ払ってくれたんだよ」

 ミツルは通信を切ると言った。

「だめだ、ジョージの奴馬鹿だから俺の言うことが理解できないみたいだ」

 いや、今の通話を聞いていると君のコミュニケーション能力に問題がありそうだぞミツル君と直樹は思ったが口には出さなかった。

 さらに走ること1時間、4人はやっと人間が住む領域にたどり着いた。

 寂れた雰囲気の港町に入って1分も走らないうちに岸壁に着く。

 岸壁には一見して軍艦風の船が係留されており、排水量で三、四千トンぐらいの大きさに見える。

 艦首部には2連装の砲塔、その後ろにはブリッジがある。中央部に煙突があってその後ろには通常甲板より一段高くなってヘリコプターが発着できそうな飛行甲板まがいのフラットなデッキが設けられている。

 艦尾側には大きなクレーンがあるがそれ以外の武装はないようだ。

「これがサンドッグだよ」

「シンヤが得意げにいった」

 岸壁にバギーを止めて、直樹たちが荷物をほどき始めたときだった。

「みんなお帰り」

 若い女性の叫び声が聞こえた。

 直樹たちが船に気を取られている間に、街の方から駆けて来きたのだ。

 紺のブレザーに、グレー系のチェックのスカートというどこかの高校の制服みたいな服装をまとい、近くで見ると相当な美人だ。

 彼女はまっすぐ直樹達の前まで走ってくると直樹を正面から見つめる。

「彼は本当にリオルではなくて別の人格になってしまったと言うの?」

 直樹に関わる事情を誰か彼女に事情を説明してくれるのかと、シンヤ達の方を見ると、3人はお通夜のような雰囲気で俯いていた。

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