目隠しの姫と合わせ鏡の謀

来条 恵夢

a-1

 戦禍の炎が見えた。

 怒りたけった獣のように、赤い化け物は刻一刻と陣地を広げていく。


 ――ああ。俺は死ぬのか。


 痛みで朦朧もうろうとした頭では、それだけ思い浮かべるのでも精一杯だった。

 かすみかけの目を上向けると、かろうじて、空が映った。

 そこに青空はなく、低くれ込めた黒雲に地上の炎が映って巨大な生き物のようにうねり、そこを時折、翼の生えた異形が飛び交う。


 ――魔物。


 怯えが浮かぶ。

 いで、死にかかってもまだ恐いかと、自嘲がこみ上げてきた。


「オマエ」


 不意に降下した異形が、話しかけてきた。

 割れ鐘のような声で、人の言葉には慣れていないようだった。ひどく大きな体をしている。


「イキタイカ」

「あ……まえ、だ、ろ…」

「イキタイカ」

「…ああ」


 聞き取れなかったのか意味がわからなかったのか、繰り返される声からは何も読み取れず、半ば投げやりに、答えた。

 魔物のいびつな口が、まくれ上がった。


「ケイヤクヲ」

「…は、あ?」

「タマシイ、ヲ、ワケル、ケイヤク。イキラレル」


 恐ろしく、意味が取りにくい。発音が不明瞭なせいなのか、いよいよ意識が保てなくなってきたのか。


「オマエ、ナ、ハ」

「…リードル…ランスロット…リード」


 名乗り慣れたそれを、どうにか口にする。


「リードル・ランスロット・リード」

「…ああ」

「リスベット・ザラ・ドゥイトゥ」

「な、に……?」


 呪文かと思ったが何も起こらず、無理やりにこじ開けた目には、何かをじっと待つ魔物の姿があった。


「リスベット・ザラ・ドゥイトゥ」

「……リスベット…ザラ…ドゥイトゥ」

「アア」


 にやりともう一度、魔物は口の端を持ち上げ、そうして、姿を変えていく。まるで、人のように。


「――ジユウだ!」 


 そこで、今度こそ限界が来た。視界が真っ暗になって、何もわからなくなる。 


 ――なあ。お前はあのとき、檻を出てもう一つの檻に入ったとは思わなかったか?

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