第185話 魔王となる者

「ところで、もう一つ、”勇者”の知恵をお借りしたいのですが」

「よかろう」

「ウェパルの、――もう一人の”管理者”行動で、一つ解せないことがあって」


 リカはふっさりとした片眉を上げて、先を促す。


「どうも彼女、とある兵器でグラブダブドリップの住人を皆殺しにしてしまうつもりだったみたいなんです」

「ほう」

「でも結局、それをするメリットが見えなくて……どうして彼女は、そんな真似をしようとしたんでしょうか?」

「ああ、そりゃあ”魔王”になろうとしたんじゃろうなぁ」

「え? ――”魔王”ですって?」

「うむ。ある種の大量虐殺ホロコーストの実行者は、”魔王”として覚醒することがある。――まあ、今じゃあ我々”勇者”しか知られとらん秘密なんじゃがの」

「え? ”魔王”って、”魔族”から選出されるんじゃないんですか?」


 なんか……国民投票とか、そんなんで。


「否。”魔王”はこの世界に存在する誰にでもなることができる。そういう”ルール”なのじゃ。……”管理者”風に言うのであれば」

「へえ……」

「そもそも、そこの娘の祖父とて、元々は”エルフ”という、妖精の一種であった」

「え?」


 京太郎は一瞬、ふてくされているステラに視線を向ける。彼女は何も語らない。


 頭によぎった新たな疑問は、――ではどこで、その情報をウェパルが知ったのかということ。

 もちろん、それそのものは不可能ではない。『ルールブック』を開けば、必ずどこかに載っている情報のはずだ。

 だがそのためには、果てしない時間をかけて、一つ一つ情報を精査していく必要がある。『ルールブック』の情報量は、およそ果てがないためだ。


――百年引きこもる、か。


 あるいは彼女、本当にそれくらい時間を掛けて、この”WORLD0147”を研究したのかもしれない。


――だったら面白くないよな。私みたいな新参に引っかき回されたら。


「ちなみに、その”魔王”というのは」

「そらもう、やべーやつよ。我々”勇者”が協力してようやく倒せたくらいじゃからの」

「そこまでの力が」

「しょーじき、今この状況で”魔王”なんぞ現れようものなら、それだけで”人族”は滅亡確定、ってとこじゃの」

「ふむ……」


 だからか。

 ウェパルが”核爆弾”なんてものをよこしたのは。

 京太郎は深く嘆息する。

 だが。


――いくら追い詰められてもやはり……それは許されることじゃなかった。


 力を得ても、同じくらい強い力に呑まれるだけだ。

 人類が百億五千万回くらい繰り返してきた過ちを、なぜ彼女は繰り返してしまったのか。なぜ自分だけが特別な成功例になれると思い込んでしまったのか。

 いずれまた、じっくり話し合う機会があればいいのだが。


「あ、そうそう。……それと、アルのことなんじゃがの。生意気にもワシを使った言づてがある」

「なんです?」

「オ主、なかなか豪胆じゃの。……アイツを旅に誘う、などと」


 すると同時に、「えーっ! 京太郎、あのうんち野郎を誘ったの!?」と、ステラの悲鳴が上がった。


「あー……前に会った時、別れ際に一応、ね。ダメ元で。ちらっと」

「ばかじゃん! 無理だって! あんな腐れ外道と一緒になんか行けないって!」

「そりゃまあ、そうなんだが……」


 視線を逸らしつつ。

 とはいえ今後は、毒も薬も喰らえるくらいの器量が必要だと思うのだ。


「まあ、奴曰く、『一考したが、やはり街の人々を放っておけない』だそうじゃ」


 同時に、ステラがほっと胸をなで下ろす。


「良かった。じゃ、あのぼけなすはここに残るのね」

「うむ。……だが」


 リカはにやにや笑って、


「国と国民に人生を捧げた男に、『一考』させたのは大したもんだ。オ主、ひょっとすると奴が生まれて初めてできた友だちなのかも知れんな」


 京太郎は、どういう顔をすればいいかよくわからなくなって、やがて「あ、そっすか」と、適当な相づちを打った。

 そこでリカはぱんと両膝を打って、立ち上がる。


「よし。そんじゃ、街に帰って、ワシも久しぶりに仕事するかの。やることは山ほどあるじゃろーし」

「あの……できればその、」

「わかっとる。”魔女”の婆さんと仲良くやれってことじゃろ。うまいことやる」

「お願いします」


 リカがそう言ってくれるなら、街の人々もきっと従うだろう。


「もし何かあったら、世界の裏側ににいてもすぐに駆けつけます」

「この世界の裏側には何にもないが。……まあ、そうならんよう、祈っておるよ」


 そうして”鉄腕の勇者”は風のように姿を消した。

 現れた時と同じように、京太郎には彼の姿を追うことすら適わなかった。



 ”勇者”が去り、気がつけば太陽がぽっこり頭を出しつつある。

 港町の方で、漁師と思しき男たちが網を解いているのが見える。


――こりゃあ、ソフィアたちにもフられたかな?


 と、心の隅っこでそう思っていると、向こう側から五人の”探索者”が横一列に並んで、こちらに歩いてきているのが見えた。


 ソフィア、ジョニー、ラットマン、アクシズ、そして見知らぬ女が一人。


「ロアは、――来なかったか」


 落胆を込めて、呟く。

 理由は、――まあ、改めて推測するまでもない。

 愛する人の復讐のため、と言ったところか。

 無意味だとは言わない。だが、幸せになるべき人が幸せになれていないというのは胸が痛む。

 その原因に、自分の一手が拘わっていると知っているのなら、なおさらだ。

 ステラは、にこやかに笑みを浮かべて手を振るソフィアを見下ろしながら、


「仕方ないわ。――彼には彼の物語があるんだから」


 ぽつりと、悟ったようなことをいう。


――?


 一応、アルから聞いた一件は伏せていたつもりなのだが。

 その口調は、京太郎の内心など全てお見通し、とでも言わんばかり。


「また、彼と道が重なることを祈りましょ」


 そう語る彼女は、少しだけ大人びて見えた。

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