第148話 雑談モード
ダメだとわかっている告白の返事を聞くときのような。
そんな、妙な気分だった。
しかし体調はいい。思考はこれまでになくはっきりしている。
坂本京太郎とその友人二人は、”浮遊”の術を使ってぼんやり”探索者の街”上空を漂っていた。
眼下に見えるのは、ニーズヘグの破壊光線によってメチャクチャになった街と、毛細血管のように張り巡らされた”世界樹”の根。
そして、蟻のように忙しく働く”ゴーレム”たちである。
『ねえねえ、シム』
『なんです? ステラさん』
『ぶっちゃけさー。あたしこの後、活躍する機会、あると思う?』
『そ、それは……さあ? どうでしょう』
『でもこれから、もう一人の”管理者”を説得するんでしょ』
『ええ、まあ』
『だったらさ。もうバトル展開にはならないと思うんだなぁ』
『……展開って。――物語風に言うのであれば、それこそ”伏線”っていうやつですよ』
『知ってる。”チェーホフの銃”、だよね? 物語の中で触れたものは、ちゃあんと決着をつけなくちゃいけないっていうあれ』
早くも雑談モードに入っている友人二人に、――京太郎はあえて乗っかることにした。
「ちなみにそれのほとんど反対で、”燻製ニシンの虚偽”という言葉もある。ミステリーなんかでよく使われる手法でね。”あとあとこうなるだろう”みたいなシーンを挟んでおいて、あえてその逆を行くっていうやつ」
『具体的には?』
「裏切るだろうと思ってた登場人物が、裏切ってなかったり、とかかな」
『へぇ。……そーいうの、詳しいんだ』
ステラが感心したように言う。
京太郎には、この世界にアントン・チェーホフがいたことの方が驚きだが。
「一応、二十代の頃は脚本家志望だったんだ」
『え? あなた、そんなの目指してたの?』
「といっても、半端に囓った程度だけどね。でも本当は私、映画関係の仕事に就きたかったんだよ」
『えぇが?』
「えいが、な。……ええと、……うまく説明できないけど……まあ、演劇の一種だ」
『ほほぅ。じゃ、あんた、妥協してこの仕事に就いたんだ』
京太郎は天を仰いだ。
「妥協。――まあ、そういう言い方もできなくはないが。……言葉が悪いな。誰もが皆、100%現状に満足して生きているわけじゃないし」
『ふーん』
そこで、ちょっと肩をすくめて、
『ま、だったら感謝しなくちゃね。あんたに物書きの才能がなかったから、あたしたちが救われるかも知れないんだからさ』
そこで京太郎は、少し首を傾げて、
「でも君、――滅びたって構わないんだろ。この世界」
もはや遠い記憶に思えるくらい前のことだが、”魔女”の家でそんな風なことを言っていた気がする。
するとステラは、少し唇を尖らせて、
『そりゃまあ。でも、楽しい時間は、――長けりゃ長い方がいいし?』
と、気まずげにした。
「すばらしい。ではここに来てようやく、我らの目的は一つに重なった、ということだな」
『あんたときどき、わかりきったことを、さもたったいま発見したみたいにいうよね』
と、その時。
彼らの足下で、「おーい」という声が聞こえてくる。
見ると、白い肌の男がこちらに手を振っていた。
その後ろには、ソフィア、ラットマン、ジョニーの三人と、ルーネ・アーキテクトの姿もある。
”浮遊”の術で中空に浮かんでいた京太郎たちは、ゆっくりと地上に降りていった。
「どうした? サイモン」
「いや、――ソフィアさんが起き上がれるようになったってんで。返しておきたいものがあるらしく」
そこで、ラットマンがぽいと無造作に投げたのは、『ルールブック』だ。
「おっと、――これは?」
「お返しします」
例のピッチリスーツに着替えたソフィアが言う。
「もう、身体は万全なのかい。蘇生後はしばらく意識を失うと聞くけど」
「はい。二時間ほど休みましたので」
「それで、……この本は、もういいの?」
「ええ。どうせ、私たちが持っていても有効活用できそうにないので」
思ったよりもあっさり返ってきたので、少し驚いていた。
「中身を精査しなくて良かったのかい」
「はい。――私、てっきりニホン語で書かれた本だと思っていたのですが、どうやらまったく違う言語のようですし」
ソフィアは、ちょっと目をそらしたくなるほど真っ直ぐ京太郎を見て、
「それにこれが、――異世界の言語なのであれば、我々がそれを読み解くのは、むしろ危険な気がします」
京太郎はぴくりとも表情を変えず、
「異世界?」
「とぼけないでください。――あなた、異世界転移者というやつなのでしょう?」
「異世界転移者……?」
もちろん、言っている意味はわかる。
だが、少なくともこの世界で初めて聞いた単語ではあった。
「その言葉、有名なの?」
「有名、ではありません。私もラットマンに聞いて初めて知りました。……なんでも、”魔族”の間ではよく知られたもので、――子供に言い聞かせるために親が唱える、空想上の存在だとか。『夜寝ない子は、異世界人がやってきて首を撥ねられるよ』みたいに」
「へぇ……」
鬼とかお化けとか、そういうのと同じレベルの存在な訳か。
京太郎は納得して、
「ま、いいや。……もし真実が知りたいなら、来月の」
「一日に待ち合わせ、でしょう。わかっています」
「ならいい」
と、その次の瞬間だった。
じりりりりりりりりり!
という鐘の音の共に、事務扉が出現したのは。
時計を見る。
五時。
ソフィアが現れた時間的に、多分こうなるだろうなーとは思っていた。
とはいえ、――さすがに今日ばかりは定時で家に帰る気にはならない。
ウェパルと決着をつけなければ。
シム、ステラを除く誰もが目を剥く中で、京太郎はえへんと咳をした。
「まあ、――この扉についても、詳しくは来月にってことで」
とりあえず、説明は後回し。
――ウェパル。ひょっとすると、何らかの手段を用いて街へ戻ってくるのではないかと思っていたが。
どうやらそれは、管理人である彼女であっても不可能だったらしい。
で、あれば、――恐らく彼女は今、この扉の向こう側にいるはず。
――ウェパルはいつも、私より少し早く向こう側で待っていた。
つまり、彼女の”定時”は京太郎のそれよりも少し早い、ということだ。
「それじゃあ、私はいったん、この場を離れる。でも、できるだけ早く、――」
戻るようにするから、と、言いかけたその時だった。
扉が、――ほとんど叩き付けるように、向こう側から開いたのは。
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