第100話 勇者と呼ばれし者
再びこれに乗ってしまったら、もうその辺の辻馬車になど乗ってられない快適さと速度で街道を走り抜けていく”ジテンシャ”。
街ゆく人が二度見しているところを見ると、どうにも、
【補遺8:この世界の住人が”ジテンシャ”を見た場合、ごく一般的な馬車に見える。】
このルールがうまく働いていないような気がした。そういえば馬車というのは普通、馭者とセットなはず。ひょっとするとこれ、馭者なしで馬が勝手に走っているように見えているとかだろうか。
結論から言うと、その予想は的を射ていた。
馭者なし爆走馬車の怪談はこの後、凶兆を告げる悪魔のシモベとしてかなり長期にわたって人々の間で噂されることになる。
とはいえこの時の京太郎はそんなことにかまけている余裕はなかった。
『きょ、京太郎さま!』
ようやく二人きりになれて、シムは気兼ねなく”魔族”の言葉を発する。
『あのその、さ、サイモンさん、置いてきちゃいましたけどー!』
「乗り遅れた方が悪い」
京太郎はばっさり切って捨てた。
今の段階の彼を連れて行っても話がややこしくなるだけで大して役に立たない、という判断でもある。
『あ、あ、あの! それと! ステラさんは?』
「フリムと一緒だよ」
『おじさんと?』
「ああ。彼が匿ってくれていたみたいだ」
『そ、そうだったんですか……』
シムがほっと吐息を吐く。
『もう……”勇者”の居場所を?』
「ああ。だいたいわかった」
『さすきょーです!』
鼻の頭を掻く。ほぼほぼ確信はあるが、こんだけ喜び勇んで飛び出して間違いだったら恥ずかしいな、と思っていた。自分の人生にはそういう事例が山ほどあるのだ。
『”勇者”とは、何を話しましょう?』
「うまく、……協力してもらえるよう頼めればいいんだが」
だが、問題は、――
――現状、まともな話し合いができるかどうか。
馬車が街道を走り抜けていく。
坂本京太郎は、口臭の善し悪しで世界の今後が決まってはいけないと思って、念のためフリスクを三粒、口に含んだ。
▼
一行が小さな公園に到着したのは、それから間もなくのこと。
今の京太郎には、とある少女の位置が手に取るようにわかっている。
こんな早朝で、しかもこちらの感覚ではたった一人にしか感じられないその少女。歳は十に届かないくらいだろうか?
条件さえはっきりすれば、これほど簡単に見つけられるものはなかった。
彼女は今、気配の感じられぬ何者かに抱きかかえられているらしい。京太郎にはそれが、透明人間に「たかいたかい」をされているように感じられた。
周辺の気配を探りつつ、京太郎たちは慎重に”ジテンシャ”を進める。
少しだけ焦っていた。
すでに、多数の”竜族”が侵入している気配は掴んでいる。
今のところは”人族”優勢……というかほとんど圧倒しているような形で、まだ一人の犠牲も出していない。だが、それが今後、どうなっていくか。
――常に街全体に気を配る訳にはいかないんだが……。
どうやら、気配を探知する能力にはある種の指向性があるらしい。この街で起こっているありとあらゆることを同時に知ることができるような能力ではないようだ。
――というか、それをしてしまうと私の脳みそがパンクしてしまうから、自然とリミッターが掛かった。……そんな感じだろうな。
最初に感じた気持ち悪さも、今では幾分マシになりつつある。
もちろん、違和感があることに変わりはないが……。
入場した公園の広さは、テニスコート換算で五、六面分ほどだろうか?
そこは、肩を寄せ合うように建物が並ぶ歓楽街の中にぽっかりと造られた庭園だった。陽当たりの良い、色とりどりの花に囲われた緑の空間である。
花盛りの季節のむせかえりそうになる草の香りを感じながら、”ジテンシャ”はゆっくりと園内を進んだ。
京太郎はだんだん、頭の中が真っ白になっていくのを感じている。
準備はばっちり済ませてきたというのに、何を話せば良いかわからなくなっていた。
なんだか初めて企業面接を受けた日に似ている。
――落ち着け。
判断せねばならないことは一つ。
今から会う男の本質。
伝えなければならないことも一つ。
この世界に迫る危機。
リカが話に聞くような人物であるならば、問題なくことが進むはず……だが。
『京太郎様。――ここで一つ、お伝えしなければならないことが』
「なんだい」
『リカは一般に、”勇者”たちの中では最も話しやすい人だと言われています。ぼくもそう思ってます。けど”勇者”が人間の守護者であることは間違いなく。……”管理者”とか、”魔族”だとか、そういうことを伝えてしまうと、ひょっとすると話がこじれてしまう、かも……』
京太郎は首を捻った。
「しかし、今回ばかりはそれを伝えなければ、話が進まない」
『はい。だから……もしも、万一の時は、――ぼくを犠牲にして逃げてくださいね』
「そういうことは、わざわざ口にするものじゃない」
嘆息する。
「私は、今回のことで、君やステラが死んでしまっても仕方がない、と考えている」
『で、……ですよね? 大義のためには、』
「だがそれは、私にも言えることだ。君たちの命に何の責任も負わないつもりはない。……さっき、ようやくそういう覚悟が固まってきたところなんだ」
シムはしばらくうつむいて、
『そ、そ、そ、それが。…………間違っているんですよ、京太郎様。命の価値は、』
議論は許されなかった。二人の深刻なおしゃべりは、とある少女の笑い声でかき消されたのだった。
「きゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃッ!」
「こーれ! はしゃぎすぎじゃぞぉ、ヘイレーン」
京太郎とシムは目を見開く。
その男が一瞬、――ただの老人に見えたためだ。
だがそんなはずはなかった。明らかに、普通の老人にしては身体の作りが違う。
シルエットそのものは、どこか枯れ枝を思わせる細身の男にしか見えない。
だが、その胸元からちらりと除くその胸筋は、明らかにまともな年の取り方をした者のそれではなかった。
三十を過ぎた当たりから、老いについて意識したことは幾度となくある。
それは単純に、得体の知れない、つかみ所もない、ぼんやりとした恐怖のようなものだった。
だがこの老人を観ていると、それは大きな勘違いだ言われた気分になる。
彼のように老いるのであれば案外、歳を取るのも悪くないのではないか。
”鉄腕の勇者”はそういう、不思議な魅力を感じさせる男であったのである。
山ごもりなどしているというから、よほど仙人のような見た目かと思っていたが、違った。
むしろ彼からは、雨風を受けても永遠にその有り様を変えぬ、大理石で彫られた石像のような清廉潔白さが感じられる。
聞くところによると、不老不死である”勇者”たちは皆、自分の望んだ肉体年齢で加齢を止めることができるらしい。
つまりこの男は、いまの見た目こそがふさわしいと思ったからこそ、そこで年齢を止めたのだ。
まるで、歳を取ることなど恐るるに足らない、とばかりに。
リカ・アームズマンは、黒く、分厚い、空手着を思わせる服を身にまとっていて、見たところなんの”マジック・アイテム”も装備していないようだ。
京太郎は”ジテンシャ”を降り、
「あの、」
声を掛けかけて、次の瞬間、自分の右側頭部と左肩にそれぞれ一発ずつ、稲光が走る。
「お、――っと」
それは恐らく、京太郎を害するために放たれたものだろう。
もちろん『ルールブック』の効果に従って、攻撃魔法は即座に消失した、が……。
――まあ、護衛っぽい気配は一応、感じてたんだけどな。
少し笑いそうになる。蟻が猛牛を護る必要などどこにあるだろう。
リカはこちらを見てすらいない。ただ、そこだけ美しい景色を切り取ったみたいに、少女を抱き上げている。
ゆらり、と、リカへの道を閉ざすように、黒いローブの女性が現れた。
格好だけはアリア・ヴィクトリアが着ていたものに似ている。”王族”の関係者かもしれない。まあ、どうでもいいことだろう。
「リカ様のお戯れを邪魔するのは許さない」
彼女の失策は、すでに戦闘が始まっているというのに、なんだか格好つけてご丁寧にも自分の目的を説明していたことによる。
すでにシムは戦闘準備を完了させており、”槍”をその身の丈ほどに伸ばしていた。
その後はほとんど一瞬。
シムは、相手が身構える隙も与えずにフェルニゲシュの力を借り、ローブの女の足下を《念動力》で揺らす。
「――ッ!?」
彼女が驚いている間、即座に彼女の懐まで《転移》したシムは、そのみぞおちめがけて、中指を少し尖らせた拳をお見舞いした。
「ご、――ふ――」
一発で、黒いローブの女はくずおれる。
「すいません、少しお黙りください」
シムの失策は、そこで勝ち誇ってしまったこと……かもしれない。
京太郎の視点ではもはや何が起こったかすらわからぬ恐るべき速度で、シムは地を嘗める羽目になった。
「えっ――!?」
一瞬、作画枚数をケチった低予算アニメかと疑う。それほどにその動きは人間の領域を越えていた。
彼の上には、実につまらなそうな顔で、老人があぐらを掻いている。
「ほんの十数分だけ、――可愛いヘイレーンと遊びたかっただけなんじゃがのぉ……。で、何者か、オ
京太郎は唇をへの字にしている。
――シムは何発か拳を浴びせられた……の、か? その程度のことしかわからん。
はっきりいって、まともに立ち会って勝負になるような相手ではない。世界観が違う。デスゲーム系サバイバルかと思っていたら、なんか突然サイヤ人が来襲、ビッグバンアタックで街が全滅、みたいな気分だ。
達人による戦闘はカーク・ヴィクトリアで見たつもりになっていたが、まるで比べものにならない。
――これが、”勇者”か。
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拙作に100話もお付き合いいただき、誠にありがとうございます。
(あんまりこういうことするとノイズになっちゃうかもですが)この場を使って感謝の言葉を。
フォロー・評価・応援コメントなど、いつも元気をいただいております。
なんかカクヨムのアプリ入れてからスマホいじってる間は毎回通知来るようになったので、そのたび仏のように拝ませていただいております。たぶん周りの人からは頭おかしい人だと思われています。
これからもコツコツ芸を磨いていきますので、よろしければお付き合いください!
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