第99話 情報提供
アリア・ヴィクトリアが兄と別れた頃。
坂本京太郎は、相変わらず歓楽街の花壇で座っていて、そろそろお尻痛くなってきたな、とか思っていた。
ちょっと思い直して、”
「……で? これ、ナニ待ちの流れ?」
京太郎は口を開いた。すでに何度か繰り返してある質問だ。
対するアルは意地悪な口調で、
「お前とぼくは、もうすでに何の関係もないんだろ」
「目的は一緒じゃないか。いい大人が、拗ねるなよ」
「縁切りを言い出したのはそちらだ」
「じゃあ、仲直りしよう」
「斬り殺してやる」
二人分の長い嘆息が、街に響く。
北側を見ると、すでにワイバーンの襲撃が始まっていた。この距離からではそれは、大量の羽虫がゆったり舞っているようにしか見えない。すぐに危険を察知した人々の避難が始まるだろう。今はそれまでの間の、ちょっとした空白期間だと言えた。
広場の中央では、サイモンがガントレットの使い方をあれこれ試している。
「はあ! ――ウウウウリャーッ! トォー! ……うーん。なんだこれ」
だが、その糸口すら掴めていないらしい。
「悪いんだが、アルか坂本の旦那、これで一発ぶん殴られてくれねぇ?」
「嫌だね」「アホか」
二人分の即答に、サイモンは肩を落とす。
「参ったなァ。……やっぱこれ、故郷のどっかで見たことが……決闘の代行業やってるときだと思うんだが」
そんな彼の悩みはさておき、京太郎はアルから何かヒントをもらえないか躍起になっている。なんなら”嘘から出た実”を食わせてやろうかと思ったが、これ以上関係が悪化するのも気まずい。
「……世界中のお菓子をランダムで生み出す”マジック・アイテム”がある。それで手を打たないか」
「菓子職人の技術は我が国が最も進んでいる。何が楽しくて他国のクソマズい菓子など食わにゃならん」
「ううむ。……な、なら、何か欲しい”マジック・アイテム”でもくれてやろうか」
「欲しいものは、――そうだな。どれでもいいから”勇者”たちが使っているのと同じものがほしい」
「強欲すぎる。……そんなことができるなら、仲間に配って無敵の軍団を作ってる」
「ふん」
京太郎はしばし眉間をもんで、こいつがツンデレな幼妻系美少女に変身しちゃうルールとか採用したら、もうちょっとこの会話劇も愉快なものになっただろうに、と思った。
「なあ、京太郎。一つ、聞いて良いか」
そこで、アルの方から口を開く。
「なんだよ」
「お前、子はいるか?」
「……いないけど」
「何故だ」
「なんで、って……その」
相手に恵まれなかったから、と、言いかけて、
――……いや。
それは違う、と思う。相手は、いた。もしその人がダメだったとしても、他の相手を探すことだってできた。だが自分は、その選択肢を選ばなかった。それだけの話だ。
結局自分は、望んで今の有り様になったのである。少なくとも後悔はしていない。
……と、ここまで思考の回り道をした上で、それをいちいち説明するのも面倒になってきた。
「まあ、いろいろな事情があって、な」
「そうかね」
アルはあんまり興味がなかったのか、それ以上追求しなかった。
「そういう君は、子供、いないのか。昨日屋敷に行ったときは見かけなかったけど。結婚はしてるんだろ?」
「ああ。……だが、子はいない」
「なんでだ?」
「ぼくが
ただでさえ静かな広場に、気まずい沈黙が舞い降りた。
男である限り同情しないわけにはいかない事情を聞かされて、京太郎は苦い顔を作る。
「君、……もうちょっと素直に、憎まれ口だけを叩いてくれよ」
「なぜだ」
「その方が、あとあと意見が違った時、気兼ねなくぶちのめすことができる」
そこでアルは、産まれて初めて、といった感じで笑みを浮かべた。
「そうだな。これも、……そういう作戦だ」
とんでもない奴だ。
京太郎がそう思っていると、――アル・アームズマンはあえて問われることもなく、応えた。
「一つ。家族の間でほとんど公然となっている秘密がある」
「ん?」
「ぼくの養父は、……行動がなかなか読めない人だが、いつも決まって街に戻ってきた時、会う女性がいるのだ」
「へえ?」
「囲っている女がいるのさ。街に戻ると、リカは決まってそいつと同じ時を過ごす。ぼくは今、それを待っている」
「しかし、緊急事態だぞ」
「まだその程度の理解なのか、貴様」
アルは嘆息して、
「この世界におけるあらゆる状況は、強者が自然とその気になった時、ようやく動き出すのだ。我々はそれを待つことしかできない」
「女は、――どういう人だ?」
「子供だ」
「ん?」
「なんでも大昔、この島がまだ”王”たちのものだった時代に、王妃と不倫して産まれた子……の、子孫らしい。さすがのリカも公にすることができず、先祖代々、国営の風俗営業を任される形でこの街の裏を牛耳っている」
「その子孫だっていう娘は、――何人いる?」
「一人だ。名と居場所は明かせんが、その娘と接触があったとさっき連絡が入った。我々はこの後、――」
その後のアルの予定まで聞く必要はなかった。
「なるほど。了解」
京太郎は立ち上がり、ぴゅい、と、軽く口笛を吹く。
瞬間、
『MUOOO!』
何もない空間から”ジテンシャ”が顕現した。
その姿は……アル・アームズマンにどう見えているだろうか。
この世界の住人ではない京太郎には、知るよしもない。
抜かりなく乗り込んでいるシムとともに、京太郎は適当な敬礼のポーズをとって、
「情報提供、感謝する」
早朝の歓楽街で、――たった一人、遊んでいる女の子。
その気配を探るのは難しくない。
「おい、……何をッ!」
目を剥くアルを見たのは、ほんの一瞬だった。
”ジテンシャ”が、これまでの鬱憤を晴らすような速度で走り出したためだ。
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