第94話 掻き乱すもの
『あたし、ハメられたのよ』
という彼女の第一声に、いつも観ている動画配信者のノリで「エッッッッッ」とか言おうとして口をつぐんだ。どうせ翻訳の関係で通じ合えない。
「ヘー、ソウナンダ」
『なによその棒読み』
「ベツニ?」
ステラは、――彼女がそうすると、たちまち魅惑の雰囲気が消失してしまうのだが――どかっとベッドの上にあぐらをかいて話し始める。
「とりあえず、今朝から順を追って話してもらえないか」
『どうもこうも。……朝起きたら、枕元に例の紙束が届いてたのよ。それに今後の指示が書かれてたの』
「例の……紙束?」
『ほら。”真相新聞”って言ったっけ? あれ』
「なんだと?」
『最初はそれ、あんたからのメッセージだと思った。けど違ったの。あれは間違いなく……罠だった』
京太郎は思い切り顔をしかめる。今朝のメッセージが頭に浮かんだのだ。
『おはよう、坂本京太郎くん。
君と、君の仲間に危険が迫っている。
急いだ方がいい。』
――不良品の世界。
――”終末因子”が芽生えた世界。
――”管理者”クラスの現実改変。
いつだったかのウェパルの言葉が脳裏に蘇る。
もはや京太郎はほとんど疑っていない。
この――”勇者狩り”、あるいはその関係者こそが、この世界が抱えた致命的な不良箇所の一つだ、と。
――ならば、管理者としてそれを是正せねばなるまい。
「それで、その偽物の”真相新聞”には何と書かれていた?」
『リカ・アームズマンの居場所と、その襲撃計画。シムには、――足手まといになるから黙っとけって』
「怪しいと思わなかったのか?」
『思わなかった』
ステラはきっぱりと応える。
『まず、”真相新聞”に手を加えられる奴なんて、あんた以外にいないと思ってたし……。書いてあることにもけっこう説得力があって。……一度でもリカを始末できれば、あとは何とかなるって』
「どういうことだ?」
『リカが死んだ時、魂魄が飛んでいくことになってる教会を確保してあるって。だから一度でもあいつを死なせれば……』
「この街から”勇者”がいなくなる、か」
『うん。そのあと、《擬態》できる”魔族”を連れてくるなりなんなりして、リカの身代わりを立てればいい。そしたら、苦労しないでこの街を私たちの支配下に置くことができる』
「へ、へえ…………」
確かに、目の前にぶら下げられたら思わず飛びついてしまいそうな逆転劇だ。
「いつ、怪しいと気付いた?」
銀髪の少女は少し視線を逸らして、
『リカと……会った時』
「?」
『あいつ、気の良いお爺ちゃんだった。私のことも、すぐ”魔族”だって気付いたけど。……正々堂々、勝負に乗ってくれたわ。でも戦ってる途中で、京太郎がこういう人を犠牲にするような……そんな作戦を考えるわけないって、そう思ったの』
「そうか」
ちょっとだけこの少女をわしゃわしゃ撫でてやりたくなったが、止めておく。たぶん噛みつかれてしまうためだ。
「状況はわかった。……それで、偽の”真相新聞”には他に何か書かれてなかったのか」
ステラはそこで一瞬、気まずそうに目をそらして、
『他には、……そうね。私のことについて、いくつか』
「何を?」
『あーっ。やっぱ、……まあ、それはいいじゃん! 本筋と関係ない話だから』
「なあ、ステラ。どんな小さなことがヒントになるかわからない。教えてくれ」
『うーっ……』
しばし、少女は渋い顔をしていたが、
『よくわかんないけど……こ、告ッてきてたわ。あたしを愛してる、とかなんとか。コレが終わったら、結婚して二人、幸せに暮らそう、とか』
「なんだと……?」
『ほ、本当……バカみたいよね?』
甘酸っぱい感じのステラに対して、京太郎の顔色は深刻だった。
その一文から考えられるのは、――第三者の、かなりたちの悪い嫌がらせだ。
――そんな風に掻き乱してくるヤツが相手か。
決意を新たにして、立ち上がる。
「わかった。とりあえず今は、アルとの合流を急ぐ」
『あたしは? ――あんたの力があれば、あたしも出歩けるよね?』
「ステラはしばらく待機していてくれ」
「えーっ」
京太郎は”冒険用の鞄”から”どこにでも行けるドアノブ”と”空中浮遊”の巻物、そして”異世界用スマホ”を取り出し、とりあえず手渡しておく。
それぞれ、簡単に使い方を説明して、
「もし私の力が必要になった時はいつでも連絡してくれ。私も、君の力が必要な時は必ず連絡する。いいね?」
ステラは、初めてニンテンドーDSを見た原始人みたいにそれをぺたぺた触って、
『う――――――――――――――ん。……ま、おっけ』
と、しぶしぶ頷いた。
▼
とりあえず部屋を出ると、フリムが口を開く。
『じゃあ、ひとまずアルたちの元へ?』
「ああ。迎えの馬車がそろそろ着くころだろうし」
『わかった。――それで、その後どうする?』
「”勇者”を探す。敵の狙いがリカ・アームズマンなら、彼を観察することで尻尾を出すかもしれない」
そこで京太郎は、ぎゅっと強く掴んだままの『ルールブック』に目をやり、
――本当にそれがベストか? 他に手がないか? この世界のルールはお前の思い通りなんだろ?
と、自問する。
『ルールブック』の力が及ばない相手。それに対抗する手段。
――ゲームの勝利条件を考えろ。我々の今日の仕事は、……どう終えるのがベストか?
そう考えると一本、筋道だった考えが浮かぶような気がした。
この日一日を気持ちよく終業する方法。理想の結末を、頭の中で組み立てていく。
○勝利条件……”勇者狩り”を捕縛し、”勇者”と協力関係を結ぶこと。
あるいは”人族”と”魔族”の和解への道を模索すること、と言い換えても良いかも知れない。
逆に敗北条件は数多ある。
”勇者”が死亡する、”勇者”と敵対する、仲間が死ぬ、”人族”と”魔族”の間の亀裂が広がる……。
フリムは、思索に耽る京太郎を我慢強く待ってくれていた。
「…………よしっ」
頷き、いったん『ルールブック』をちょっと股に挟んでまで両頬をぱちんと叩き、気合いを入れた。
――仮に上手くいかないとしても、思いつく限りいろいろ試してみるか。
と、その時である。
ぱちぱち、ぷつん、と、ただでさえ薄暗い宿の廊下の光が、突如として消失したのだ。
『……あん? なんだ?』
フリムが切れ長の目でキョロキョロしていると……、階下から「キャー!」と、女の悲鳴が聞こえる。
「…………!?」
京太郎とフリムは一瞬だけ目を合わせて、そちらへと走りだした。
一階はやはり暗く、男女のざわつく声が聞こえている。
先ほどまで百点満点の笑顔をファンに振りまいていた娼婦たちが皆、蒼い顔で通り過ぎていく。
「なんだいなんだい、どうしたい?」
フリムが堂々と店内に進むと、……すぐに何が起きているかわかった。
店内を照らしていた、”光魔法”を顕現するための”魔導線”。そこから時折漏れ出る、ぼんやりとした幻が、一つの像となって店のあちこちに映し出されていたのである。
「これは……」
京太郎は思わず唸っていた。
――奴は、殺した者の近くに血の刻印を残すという。
そのデザインは確かに……”勇者狩り”と呼ぶにふさわしい。
それは、不死の”探索者”に刻まれた竜の紋章を、――ずたずたに引き裂いたような形をしていたのだ。
「これは……」
京太郎は、この現象の規模を確認するため、外へ出る。
するとそこには、京太郎が思い描いていた通りの光景が広がっていた。
思い描いていた光景とはすなわち、――地獄、である。
”魔導線”が張り巡らされた街のあちこちに、例の刻印が映し出されていたのだ。
それはまるで、凄惨な殺戮の残痕のでもあり。
『ひ、ひええっ!』
その光景には、大抵のものなら見慣れたはずのフリムですら悲鳴を上げる。
『こ、こんな真似できる奴なんてッ……。ナニモンを相手にしてんだ、この街は……?』
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