第18話 魔族の戦い
じり、じりと。
”ウェアウルフ”が二人、柄をつまむような奇妙な持ち手で小刀を構え、間合いを詰めていく。
気弱に見えたシムは、意外にも果敢に立ち向かっているようだ。その視線に迷いのようなものは感じられない。
そこで京太郎はふと、根本的な疑問に行き当たった。
――そういえば”魔族”って、”精神のエネルギーを物理的に作用させる能力”を持っている、とかなんとか『ルールブック』に書いてたよな。
精神のエネルギーを物理的に。
京太郎はその時、単純にそれを”魔法”的な何かだと解釈したが、具体的にそれがどういうものか、までは調べていなかった。
すでに一度、それっぽいものを目撃してはいる。
あの、ソフィアという女性がリーダーを務めていたパーティと”リザードマン”の戦闘の時、――確かあの蜥蜴頭たちは火を噴いたり、剣圧で建物を無茶苦茶に破壊したりしていたと思う。
ひょっとするとあれが”魔法”の一種なのかもしれなかった。
事態が
【名称:魔法
番号:ST-188
説明:生命の持つ根源的な力を利用し、現実を改変する術。
単純に”人族”が行使するものを白魔法、”魔族”が行使するものを黒魔法と呼ぶ。】
【名称:白魔法
番号:ST-189
説明:この世界における魔法のうち、”人族”が使うもの。
その本質は呪術に近く、基本的に即効性はない。そのため、術のエネルギーを触媒に溜め込み、呪文と共にそのエネルギーを解き放つ、――といったような使われ方をする。
補遺:触媒、というワードだとなんか覚えにくいので、単純に”マジック・アイテム”と呼ばれるようにする。
補遺2:一部のマジック・アイテムは『ルールブック』による現実改変の優先度を上回ることがあるため注意。】
【名称:黒魔法
番号:ST-190
説明:この世界における魔法のうち、”魔族”が使うもの。
白魔法と違って触媒を必要とせず、もっぱら生命エネルギーを消費することで発動する。故に、使いすぎると餓死する危険がある。
”魔族”は、後天的に習得する術の他、先天的に固有の魔法を覚えており、これによりかなり優先度の高い現実改変を行うことが可能。なお、固有魔法は血族、種族などとは無関係にランダムで設定される。
補遺:固有魔法は時として『ルールブック』による現実改変の優先度を上回ることがあるため注意。】
「へえ? マジック・アイテムに、固有の魔法か」
これは重要な新情報だった。何事にも好奇心を持つものである。
早速京太郎は、”管理情報”のページに新たなルールを書き込む。
【管理情報:その9
管理人が……】
少し悩んで、ちょうどいいワードがないか考え込んだ後、
【管理情報:その9
管理人が「鑑定」という言葉を口にした場合、視界内にいる“魔族”の魔法に関する情報を得る。】
「よし。――鑑定」
早速そう言ってみると、向き合う二人の情報が頭の中に流れ込んできた。
――リム
○固有魔法
《隠密化》……息を止めている間、完全に気配を消す。
○通常魔法
《擬態Ⅱ》……自らの姿を完全に”人族”へと変化させる。
《毒Ⅱ》……装備している武具に即効性の毒を塗布する。
《悪運Ⅲ》……敵対的な生物に見つかりやすくなるが、有利な状況で戦闘が始まりやすい。
《飢餓耐性Ⅰ》……あまり食糧を摂取しなくとも生命活動を持続可能。
《火系Ⅱ》……手のひらから火球を産み出す。
《火系Ⅳ》……手のひらから火炎を放射する。
《火系Ⅴ》……任意の場所に魔方陣を描き、そこから強烈な焔の柱を産み出す。
《雷系Ⅰ》……手のひらに雷の力を宿す。
――シム
○固有魔法
《大番狂わせ》……彼我の実力差があるほどに手持ちの武具・魔力を強化する。
○通常魔法
《擬態Ⅴ》……姿を自由に変化させる。自分以外の人・ものに使うことも可能。
《幸運Ⅱ》……そこそこギャンブルに勝ちやすい。
《水系Ⅰ》……指先から水を噴出する。
《水系Ⅱ》……手のひらから勢いよく水を噴出する。
《光系Ⅱ》……周囲を明るく照らす。
《光系Ⅲ》……浄化の光を放ち、死霊系の魔物を消滅させる。
なるほど、なるほど。
見た感じ、リムの方が覚えている術が多い。
これはつまり、それだけ実力が上、ということだろう。
とはいえ、シムには《大番狂わせ》と呼ばれる固有魔法があるらしく、そうなってくると勝負はわからなかった。
京太郎は、万が一のことがあった場合いつでも二人の傷を癒やせるよう、少し離れた場所で控えている。
ふと気付くと、いつの間にか亜人たちの村から野次馬が集まってきていた。
皆、おおよそ状況は察しているらしい。それぞれ固唾を呑んで見守っているようだ。
先に動いたのは、――シムだった。
『――――――ッ!』
シムの手元から、目にもとまらぬ速度で銀色の閃きが跳ね、ぎい、と、ガラスを引っ掻いたような音が耳に障る。リムの小刀の腹を撫でた音だ。
『甘いなあ……ッ』
リムは余裕を持って攻撃の軌道を逸らし、代わりに空いた左手でシムの顎を殴りつける。
『グエ……ッ!』
不完全な態勢での一撃であったにも関わらず、シムは数メートルほど上空に吹き飛ばされた。
死んだ、――京太郎はそう思った。数十キロの身体が浮き上がるほどの衝撃を顎部へもらったのだ。少なくともシムの顔の骨が粉砕したことは間違いない。
だが、シムは空中で態勢を立て直し、着地と共に再び小刀を振るう。
どうやら、ほとんど堪えていないらしい。
その後の打ち合いはもはや、常人である京太郎には目で追うのがやっと、というレベルだった。
――これが”魔族”の戦いか……。
これからはシムにあんまり上から目線で話すの、止めとこうかな。
そう思わせる程度には、二人の動きは人間離れしていた。一度など、小刀がちょっとかすめただけでバターのように巨岩が割れたのを目にしている。
『ねーちゃんッ!』
『だから……っ、そう呼ぶなって!』
斬り合いでは勝負が決まらぬ、と、一瞬、二人が距離を取った次の瞬間。
この戦いにおいて初めて、魔法が使われた。
『――《フレイム・タワー》!』
シムの足下に赤く輝く円陣が生まれる。京太郎が心配するよりも遙かに早く、シムは背後に跳ねた。
同時に、三メートルほどの高さの火柱が生まれ、辺りを照らす。
「――――うわッ! すごい!」
火が持つ、根源的な美しさに目を奪われる。これだけ巨大な火柱となると、見世物でもそうそう見られるものではなかった。
『ひぇっ』
火柱を前にしてシムが一瞬たじろぎ、尻餅をつく。その時ばかりは見た目相応におびえの色を見せた。
むろん、その隙を見逃すリムではない。彼女は中空高く跳ね、踏みつけるようにしてシムの腹部に一撃を加えた。
『ゴッ……ふ……!』
シムの口から、弾けるように血が噴き出す。
『……その年でまだ火が怖いってんだから、……しょんべんたれのガキなんだよ、アンタ』
――決まった。今度ばかりは致命的だ。
傷を癒やすため、京太郎が走る。一方で、せっかく友だちになれそうだった連れ合いともここでお別れか、と、寂しく思っていた。
「まてっ、そこまでだっ」
『わかってるって。アタシだって何も殺しをやろうってんじゃ……』
次の瞬間である。
リムの脇腹から、ぬるり、と、血でぬれた刃が生えてきたのは。
「え」
『なッ……!』
目をむくリム。彼女の背後には、いつの間にかシムが立っていた。
『こ、こ、子供扱いは止めてって、……ずっと言ってきた……よね。ねーちゃん』
しゅうしゅうと音と煙を立てて、リムの足下の”シム”が変化していく。
彼女が踏みつけたのは、先ほどシムがバターのように切り裂いた巨岩の破片に過ぎなかった。
――《擬態Ⅴ》……だっけか。あれをつかったのか。
リムが派手な技を使ってくることを見越して、変わり身を用意していた訳だ。
もし、全て計算尽くで戦略を組み立てていたのなら、――偶然とは言え、とんでもない拾いものをした。
シムがナイフを引き抜くと、リムがその場にくずおれる。
『いつまでもあなたの知ってるぼくじゃない。ぼくの、――勝ちだ』
シムは、荒れた息を深く呼吸することで整え、にこりとこちらに血塗れの顔を見せた。
『ぼ、ぼ、ぼく、……や、やりました。京太郎さま』
京太郎はというと、彼とは今後、敬語で話した方がいいだろうかと迷っている。
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