第5話 正義の魔法使い

「助かった……のか……?」


 ”人族”の一人、――茶髪の青年が呟く。

 先ほど、京太郎に向けてナイフを振り回そうとした彼だ。

 危機が去ってなお、青年は警戒を解かず、


「あんた、何者だ?」


 その姿はどこか、喧嘩腰の野良猫を思わせる。

 京太郎はさっそくポケットから名刺を取り出そうとして、そういえばその手のものは一切ソロモンから受け取っていなかったことを思い出した。


「どうも初めまして。私は坂本京太郎といいます。以後よろしく」


 こういうときは笑顔と人当たりの良さで勝負するしかない。「どうも」の部分は普段より高めのトーンで、噛みつく肉食獣をイメージして笑顔を作るのがコツだ。


「あっ……どーも……俺はロアっす……」


 京太郎の人当たりの良さをどう受け取ったのか、ロアは後頭部をぼりぼりと掻く。

 握手を求めると噛みつかれそうな気配があったので、京太郎は素早く話題を脇にそらした。

 先ほど”リザードマン”に切り裂かれた女性を指し示し、


「ところで、……よければその人の怪我を治してやりたいんだけど、いいかな」


 すると、ロアは隣にいるブロンド髪の女性に視線を向けた。


「おい、こー言ってるけどソフィア、どうする……?」


 どうやら彼女がこのパーティのリーダー的存在らしい。冒険家のリーダーが女性であることに少なからず驚きつつも、異世界ではそういうこともあるかと勝手に納得する。

 ”ソフィア”は、神経質そうなか細い声で応えた。


「……失礼ですが、医療の心得が?」

「そうだな。そんなところだ」


 言いながら、京太郎は『ルールブック』を取り出し、


【管理情報:その6

 管理人が『治れ』と言いながら手を添えた場合、その箇所の傷は全快する。】


 という文章を書き込む。


「……とはいえ、……彼女はもう……」


 わかっている。

 地面に倒れ込んだその女性は、素人目にも明らかに死を目前としていた。

 京太郎は、ディードリッドというらしいその娘の傍らに片膝つき、赤黒いものがはみ出ている部分に手をかざす。


「――『治れ』」


 手が発光するとか、癒やしのエネルギーが放たれるとか、特にそういう不思議な演出が起こることもなく、致命傷と思われたディードリッドの怪我は跡形もなく消え去った。


「これでよし」

「あッ……あんたやっぱり、なんかの魔法が使えるのか?」

「まあ、そんなところだ。……他に怪我を治したい人、いる?」


 すると、彼らは互いに目を見合わせ、


「……いや、俺たちは必要ない」


 どうやら、まだ警戒されているらしい。


――あるいはひょっとしてこの世界じゃ、この手の術は禁忌とされてる、とか?


 いくらなんでも、少し軽率に力を使いすぎただろうか?

 とはいえ、死にかけた人を放っておく選択肢がなかったのも事実だ。


「あなた、何者でして?」


 ソフィアが、半ば仲間を庇うように立ち、口を開いた。

 彼女らの様子はまるで、京太郎がいま、ダイナマイトの爆破スイッチを握っているかのようである。


「ええと……私は……」


 しばし、京太郎はなんと応えるべきか迷ってから、


「君らと同じ人間で……ごく普通の……一般的な……正義の……魔法使いだ」

「正義の魔法使い?」


 「正義」とつけたのは、とにかく相手に害を与えるつもりがないことを伝える必要があったためだ。

 ソフィアは、少しだけ目を丸くした後、


「でもあなた、未認可の一般人でなくって? ”紋章”もないのに”迷宮メイズ”の第三階層まで潜るなんて、命知らずにもほどがあってよ」

「ええと……。実を言うと私は田舎者でね。この辺のこと、何も知らないんだ。……その、”紋章”っていうのは……?」

「”紋章”を知らない……?」


 ソフィアはますます変な顔をして、


「”紋章”というのは、これのことです」


 すると、六人の人族はそれぞれ、左手の甲を京太郎に見せた。

 それぞれの手には、竜を単純化したと思われるデザインの紋章が刻み込まれている。


「これは、政府公認の探索者スカベンジャー、――”勇者の仲間”である印。これを刻まれた者は不死となり、万一冒険の途中で息絶えても教会で蘇るのです」

「なんだと? ……勇者? ……教会?」

「ええ。異国の人でも、教会に顔を出したことくらいはあるでしょう?」

「……面白いな」


 言いながら、内心では笑いをこらえている。


――まんま『ドラゴンクエスト』のパロディじゃないか。


 京太郎自身、ゲームに登場するような剣と魔法の世界に憧れた日々がなかったわけではない。

 どうやらこの世界は、そうしたゲームの世界観を下敷きにして創られていることは間違いなさそうだ。


「でも心配いらないよ。さっきの戦いを見たろ。私は無敵なんだ」

「そうかもしれませんが、慢心は禁物です。……言っておきますがあなた、怪我しないうちにさっさと街まで戻ることを助言します。……どうでしょう。仲間を癒やしてもらった恩がありますし、今なら、街までご一緒しますが」

「必要ない。私には私の目的がある」

「目的?」

「”魔族”と接触したいんだ」

「”魔族”というと……さきほどの亜人デミのような?」


 なるほど。やっぱりさっきの蜥蜴頭も”魔族”の一種なのか。


「そうだな。できれば友好的に話せるようなのがいればいいんだが。……すまないが、そういう”魔族”に心当たりはないかな」

「ゆ、友好的な”魔族”、ですか……?」


 まるで「塩辛い砂糖を知らないか」と問われたような顔だ。


「申し訳ありませんが、そのような話は……」


――やはり”魔族”は皆、敵対的なのが普通なのか。


 この世界がゲームを元に創られているのであれば、それも無理からぬ話である。

 例外こそあれ、基本的に”魔族”というと、創作の世界では悪役として登場するのが一般的だ。


――そうなると、これからやらなければならない仕事は、かなり手間が掛かることになる、が……。


 とはいえ、そうでなくてはつまらない、という気持ちもあった。

 ここ数年間ずっと、やり甲斐のある何かを探し続けてきたのだ。それくらいの方が気合いが入るというものである。


「それじゃ」

「お、おい、ちょっと待て!」


 立ち去ろうとする京太郎に向けて、ロアが叫んだ。

 感謝の言葉でも言われるのかと思ったら、


「さっきの戦いで短剣が壊れちまった。……これ、あんたの術のせいなんだろ? どーしてくれる」

「こ、こらちょっと、ロア!」


 ソフィアが驚いてたしなめる。が、ロアは止まらなかった。


「だってしょうがないだろ! 安物じゃないんだぞ!」

「む。そうだったのかい?」

「ああッ。俺たちが一年かけて貯めた金で買ったマジック・アイテムだ」

「そりゃ悪いことしたな」


 眉間にしわを寄せる。

 青年の目には、絶対に引き下がらないという決意が感じられた。

 仮に、――命を引き換えにしてでも、元を取らなければという想いが。


「じゃあ、どういう効果のアイテムだったか教えてくれ」

「……。刃に、北都で育てられたワイバーンの尾が使われてる。……これで切り裂かれた者は、大小問わず、身体がしびれて動けなくなるんだ」

「ふむ」


 京太郎は、『ルールブック』を取り出し、


【名称:スタン・エッヂ

 番号:SK-2

 説明:刃渡り二十センチほどの短剣。

 柄にあるスイッチを入れた状態でこの短剣の刃に触れた者は、しびれて五分ほど身動きがとれなくなる。】


 そう書き込み、ぽんっと一本の短剣を産み出す。

 京太郎はそれをロアに渡して、簡単に使い方を教えてやった。

 ロアは、しばらくうさんくさそうにそれを眺めていたが、


「まあ、……悪くない、な」

「それ、世界で一本しかないから、なくすなよ」

「ああ。サンキュ」


 どうやら納得してもらえたらしい。

 ”ワイバーンの尾”云々の話を全て真に受けたわけではなかったが、仮に嘘ならそれでも構わないと思う。

 恐れられるよりはまだ、嘗められている方がよっぽど情報を引き出しやすい。

 大切なのは、ここで彼らと友好的な関係を結んでおくことだ。

 いま、京太郎にとって金よりも価値が高いのは、この世界における人脈である。


「本当に、何から何まですいません」


 ソフィアが、弟のワガママに困り果てる姉のように頭を下げた。

 京太郎は苦笑交じりに左手を振って、今度こそ彼らから離れる。


――多少の情報は得られた……が。


 少し、無駄に時間を取られてしまったかもしれない。


 ソフィアたちから離れたあと、”ジテンシャ”に跨がった京太郎の行く道は決まっていた。

 目指すは一路、――”魔族”の住処。

 “リザードマン”たちの後を追うのだ。

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