乙女ゲームのヒロインとライバル令嬢と共にドッグカフェに来たけど、モブ柴犬って何したらいいの?


「お散歩楽しいねぇ、あやめちゃん、田中さん」


 そうだね! 今日はいい天気だよね!

 私が隣を歩くコーギーの田中さんに同意を求めると、田中さんは大きな瞳を輝かせていた。


 ご縁があってヒロインちゃんと親しくさせていただいている私はお散歩のお誘いを頂いて、一緒に外を歩いていた。

 ご主人は受験でゼミ通い。パパ上は街で年末年始を祝ってはっちゃけるヒャッハー共を懲らしめるお仕事、お母さんも似たような感じで不在だ。お兄さんは年明けに行われる後期試験勉強してるし、おじいちゃんは風邪気味で、おばあちゃんがそばについてる。とてもじゃないが散歩に行ける状況ではなかった。

 そんなタイミングだったので、ヒロインちゃんのお誘いがとても嬉しい! おばあちゃん特製の柴犬マークのニットセーターを身に着けた私はルンルン気分でお散歩していた。


 気温は低いけど、おひさまのおかげでポカポカあたたかい。

 私はあたりの匂いを嗅いで楽しむクン活をしながら、のんびり楽しんでいたのだが、どこからかふわりと漂ってきた嫌な匂いにビビッと尻尾の毛を逆立てた。


「ウウウウ…」

「あやめちゃん?」


 立ち止まって唸り始めた私を不思議に思ったヒロインちゃんが首を傾げていた。

 …いる。そばにいる。

 あの動物愛護法違反者がそばにいるぞ!


「か、花恋、偶然だな」


 偶然を装って現れたのは、俺様(元)生徒会長だ。乙女ゲームではヒロインちゃんの相手役の一人。攻略対象様である。

 だが、私は反対である。


「うーギャン!」

「うわっ」


 私はこいつに酷い目に遭わされたのだ! 憎しみこそすれ、応援なんか絶対にしてやらん!

 私がキャワキャワ吠えて威嚇していると、今気が付きましたとばかりに俺様が顔をしかめていた。嫌なものと遭遇しましたとばかりの反応である。


 どっかいけ! ヒロインちゃんのそばによるな!


「くそ犬…!」

「あやめちゃん! 駄目だよ!」


 リードをクイッと引っ張られ、首が締まった。そんなヒロインちゃん、私はあなたを守るために立ち向かったのに…

 ちょっとショックを受けていると、ヒロインちゃんは私の前に立って、俺様と対峙していた。


「すみませんが間先輩、あやめちゃんは以前先輩からされたことを憶えているようなので、怪我をさせないうちにここから立ち去っていただけますか?」


 いや、違う。ヒロインちゃんは私を庇ってくれているのだ。私が自己防衛のために噛み付いたら、飼い主の責任を問われる。それを見越して私を阻止したのか。

 ごめんよヒロインちゃん、私は未熟な柴犬だ。だけどその人はよくない、やめたほうがいい…


「ちがう、あれはこのクソ犬が学校に入ってきたから…」


 それは悪かったけど、投げ飛ばすことはなかったでしょ! 他にもやりようがあったでしょう。打ちどころ悪かったら怪我、もしくは死んでたからね!

 言い訳をする俺様に対して花恋ちゃんは冷静に対応していた。


「…犬にも感情があるんです。受けた痛みを覚えているものなんですよ。…ここはお引取りください」

「花恋…」

 ショー…


 おや、ホカホカと湯気が立っている。


「ぎゃあああ!」

「田中さんなにしてるの!? 間先輩すみません!」


 草むらがそばにあるのに、田中さんは俺様の足めがけてオシッコをしていた。飛び上がって後ずさる俺様。後ろ足で砂を払うような仕草をした田中さんは満足そうな顔をしていた。


「あっ、クリーニング代!」


 俺様はヒロインちゃんが呼び止めるのを振り切って走って逃げていってしまった。


 我慢できなかったの、田中さん?

 私が問いかけると、田中さんはわふ。と返事をしていた。



■□■



 屋内ドッグラン併設のドッグカフェに到着すると、とあるワンちゃんが私に飛びついてきた。

 相手は私に鼻を近づけるとスリスリと頬ずりしてきた。見覚えのあるキツネ顔、私の顔をプリントしたパーカーを着ているその柴犬はマロンちゃんである。

 …何その服、私はじめてみた。どこでそんな服入手したのマロンちゃん。私の肖像権どこ行ったの。


「あら、偶然ね花恋さん、田中さん…まぁ! あやめちゃん、かわいいお洋服ねぇ」


 私が一緒とは思わなかったのだろう。マロンちゃんの飼い主であるライバル令嬢陽子様はテンションをあげた。ニコニコと溶けそうな笑顔でにじり寄ってきたのである。

 乙女ゲームの主人公ヒロインちゃんのライバル。先程の俺様の婚約者である彼女であるが、自他ともに認める愛犬家である。

 可愛いとはしゃいだ陽子様に写真撮影される。私みたいに可憐な柴犬の宿命である。好きなだけ撮るがよい。

 自由な田中さんは自然とフレームアウトしていき、その場に残ったマロンちゃんと共にポーズをとっていると、私のお尻をどつき回す不届き者がいた。後ろを振り返ると見知らぬビーグル犬がいた。


 あなた誰!?

 お尻攻撃するのやめて! 

 挨拶にしてもレディのお尻嗅ぎすぎでしてよ!


 しかし彼は私の尻を追いかけてやめない。

 しつこいビーグルさんからチョロチョロ逃げていた。そのまま私はヒロインちゃんに誘導されてドッグランへと突入した。

 ここはスペースが二ヶ所に分けられており、先客ワンちゃんがたくさんいた。私は中型犬以上のスペースに入れられる。屋内スペースの床は滑らぬようクッションマットが採用されている。そこそこ空調が効いていて、過ごしやすい室温である。

 私が入場すると、たくさんのワンちゃんが群がってきた。私は彼らと挨拶を交わす。その中にとってもとっても大きなワンちゃんがいた。白い毛がもふもふでとても魅力的なワンちゃん。


 こんにちは! 私は柴犬のあやめ!

 挨拶を兼ねて寄っていくと、一緒に遊ぼうと誘う。前のめりになってしっぽフリフリしてみせると、地面を蹴りつけて駆け出す。

 見よ、狼のDNAに最も近いとされる柴犬の速度を…!


 私は風になって走っていたのだが、少し自分の速度にうぬぼれていたらしい。

 コンパスの差かな。私よりも手足の長いワンちゃんはあっと言う間に追いついてしまった。捕まって揉みくちゃにされ、抜け出して走る。まだまだ走れるぞ。リードから解き放たれた私は自由なのだ!

 犬の本能を剥き出しにして、体力の限界まで走り続けた。ここ最近お散歩を満足にできなかったからめちゃくちゃ楽しー! 田中さんやマロンちゃんも負けていない。彼らと楽しい追いかけっこを繰り広げ、私はバテバテになるまで走り続けたのであった。



 ドタバタとワンちゃんたちと暴れまくったあとは休憩である。

 大きな白いモフモフさんの上に乗っかると、彼はそのまま穏やかに受け入れてくれた。まるで最高級毛布である。その毛並みに顔をうずめてもふもふしていると、なんだか眠くなってきた。彼の身体から伝わってくる心臓の鼓動ともふもふの感触に、私のまぶたはゆっくりと落ちていく…… 

 

「あやめちゃん、田中さん、マロンちゃん、おやつ食べよう」


 犬たちの運動会の邪魔をせぬよう、付かず離れずの距離でこちらを観察していたヒロインちゃんが声を掛けてきた。

 ──おやつ。

 私はその単語にバチッと目を開いた。眠気が一気に吹き飛んでしまった。おやつというのだから、ここの自家製ジャーキーだろうな、美味しいんだよな、と思ったら……違った。


 私のお皿にはヨーグルトクリームとさつまいものスポンジケーキ、ベリーの乗ったワンちゃん用ケーキが乗っていた。骨型クッキーがかわいい、こじんまりとした可愛らしい犬用ケーキである。


「クリスマスだからって特別に陽子さんが頼んでくれたのよ。良かったね」


 ヒロインちゃんからわしわしと撫でられた。ヒロインちゃんの花咲く笑顔、そして陽子様の犬を愛でる優しい表情。マロンちゃんと田中さんと一緒にケーキを囲む。私は尻尾をパタパタ揺らして目を輝かせた。

 そっか! 今日はクリスマスか! うれしいな!


 食べてる最中で例のビーグルさんが私の皿に突っ込んでくるというアクシデントがあったけど、ビーグルさんの飼い主さんが新しいのを買い替えてくれた。


 たくさん遊べたし、新しいお友達はできたし、美味しいケーキも食べられた。今日はいい一日だった。

 それだけでも満足だったんだけど、その日の夜に帰宅してきたパパ上が新しいおもちゃと、お母さんが鹿肉の骨付きおやつを買ってきてくれていた。

 私は嬉しくてすぐに両方楽しもうとしたのだが、途中でご主人におやつを取り上げられてしまった。

 頂いたものはすぐに召し上がる、それが礼儀でしょうが!

 ワン! と異議申し立てで鳴いてみたが、ご主人はいけずであった。


「お前、ドッグカフェでケーキごちそうになったんだろう? 食べ過ぎだ」


 明日以降に少しずつ食べるんだ。そう言って私の手の届かない場所にしまい込んでしまった。

 ひどい! ひどいひどい! 私が貰ったものなのに! ご主人酷い!


 私は感情的になって暴れた。

 パパ上から貰った可愛いクマちゃんのぬいぐるみを振り回し、噛み付いて……勢い余った挙げ句に、お陀仏にしてしまったのである。

 リビングに転がった手足。綿を吐き出すクマちゃんをみたパパ上は悲しそうな顔をしていた。


 ごめんね、パパ上。わざとじゃなかったの。

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