私の彼氏が狙われている!? 先輩のお尻は私が守る!!
序盤が三人称視点、そのあとあやめ視点に戻ります。
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ネットというものは不特定多数の人と接触できる特殊な環境だ。電子機器とネット回線さえあれば、遠く離れた国の相手とも意思疎通を図ることができる。
……なのだが、同じ言語を扱うというのに意思疎通が計れない事象もみられる。
なんたって表情が見えない、ジェスチャーもない。無機質な画面上の言葉だけの会話だ。親しい間柄でもニュアンスの違いで仲違いすることもあるのだ。フェイス・トゥ・フェイスではないその世界は便利でもあり、同時に恐ろしいものでもある。
インターネットは日々進化していっている。次から次に新しいサービスが生まれ、古いサービスは消え去っていく。便利になったそれは現代人になくてはならない必須アイテム。
…なのだが、その便利さ故にネットを使った卑劣な犯罪が後を絶たない。
家に帰りたくないから家に泊めてくれる神待ちと呟く、浅慮な若い女の子。それに蟻のように群がるは下心しか持ち合わせていない男ども。
楽してお金が欲しいからとパパ活希望と呟く、軽率な女子中高生。若い身体を欲した男たちが端金で少女たちを買う。
精神的に追い詰められている人を集めて一緒に死にましょうと誘い込むシリアルキラー…
そんな事件がいくつもあった。何度もニュースになって世間で騒がれたと言うのに、世の中の人は皆、自分は大丈夫だと謎の自信を持って、今日も無防備にネットで繋がる。
その液晶の向こうにいる相手が、明日にでも裏切って傷つけてくるかもしれないというのに。
もしかしたら自分が加害者側になるかもしれないのに。
──その男はそのうちの1人だった。
顔も見たことのない相手に執着した1人だった。
初めはある写真を見つけたのだ。なんてない、日向ぼっこをする猫の写真だ。……何故かそれに惹かれた。
友人らしき相手とのやり取りを見ていると、“彼女”が大学生なのだとわかった。下手したら自分とは親子ほど年が離れているかもしれないが、仲良くなりたかったのだ。
──男が若い女性を好きな理由は大きく分けてふたつあると思われる。
まず1つは子孫を残すためだ。若いほうが健康な子どもを多く生むだろうからだ。それは本能的なものだろう。
……そしてもう1つは、若ければ若いほうが経験が少なく、疑うことを知らない子が多いからではないだろうか。大人から言いくるめられたら、気の弱い子であればすぐに唆せる。
その男もそのうちの1人だった。仲良くなりたいのは本音だ。そこには純粋な思いはなく、ただの下心しかない。
できれば女子高生の方が好みだけど、女子大生でもいいかと謎の選り好みをした挙げ句、度重なるしつこいメッセージを送りまくったのだ。
初めは淡々と返事を返してきていた“彼女”だったが、ここ最近はずっとスルーされている。
無視している間、呑気にスキー旅行なんか行って…しかも男と一緒に。写真に映る顔はスタンプで隠されていた。だけど雪だるまを挟んで彼氏らしき男と親しげに写真に写っていたのは“彼女”に違いない。
男は苛ついていた。
若い男女のそれは尚更イライラを増長させる。
【無視しないでヨ、年上のメールにはちゃんと返事返さなきゃ。社会人経験がないから分からないんだろうけど、これは常識☆】
【おじさんとも温泉旅行に行こう。年上の誘いは断っちゃいけないヨ! よく覚えておくこと(^_^)v】
【おじさんはミニ・スカートが好きです。若いのだから足を見せるべきです(//∇//)】
返事は来ない。
それ以前に、新しいつぶやきがここひと月全く上がってこない。“彼女”の友達とやらは大学生活が再開したと呟いているのに、“彼女”はなにも呟かない。
【Tachibanaちゃん、無視しないで(;O;)】
連絡手段をダイレクトメッセージに変えて、何度もメッセージを送ってくる男。だが残念ながらその受け取り主はうんともすんとも反応しない。
もともと“彼女”はメールと電話で事足りると考えているのだ。そんな人間がマメにSNSの確認なんてしない。鬱陶しい通知も全て消してしまっているので気づくこともない。
なんたってこの執着してくる男が不気味すぎて、ただでさえ薄かったSNSへの関心が更に薄く透明に消えかけていたからである。
遠回しに拒否されていることに気づかない男は、“彼女”の学友の呟きから大学名を特定し、“彼女”が過去にアップした写真を参考に住んでいるところを探した。
どこからそんなエネルギーが現れるのかってくらい血眼になって探した。
そして、見つけてしまった。
【お家ってここカナ?(^^)】
上空から撮影した写真、どこで見つけたのかネットの賃貸情報ページから引っ張ってきた写真、撮影した野良猫の写真を送りつけてきた。
だけど、“彼女”はそれに気づかない。SNSアプリを一切見ていないからだ。
そして男も気づいていなかった。“彼女”は“彼女”ではなく、“彼”であって、女子大生ではなく男子大生なのだと──。
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バイト先で新作のバーガーが発売された。アンガス産ビーフを使用した、ビーフストロガノフバーガー。美味しそうだったので、それを社割で二人分購入して、彼氏様のお家へと向かっていた。これだけじゃ足りないからサイドメニューも購入済みだ。
先輩も用事済ませたらすぐに帰ると言っていたので、ちょうどかち合うかな。かち合わなくても合鍵を貰っているので勝手に入らせてもらうけども。
先輩は2階建てのアパートの1階に住んでいる。日当たりの良い1Kで、日中は辺りに野良猫がたむろっていたりする。角部屋に住む先輩のお隣さんは多忙な社会人なのか早朝に出て、深夜に帰ってきているらしい。だからお隣さんの姿を私は見たことがない。
だから、お隣さんの家の前に棒立ちするおじさんの姿を見た時、私はてっきりお隣さんかと思ったんだ。
私の父さんよりも年上だろう…もしかしたら先輩のお父様と同年代かも。その人は何も書かれていない表札を見上げてぼうっとしていた。
「こんにちは」
私は住人ではないが、スルーするのもあれだと思ったのでドアの鍵を開けながら、会釈ついでに挨拶をした。
挨拶無視されるか、小さな声で返されるかのどっちかだろうなと思っていたのだが、予想と違った。
「…みつけた。君がTachibanaちゃんだね?」
「……はぁ?」
Tachibanaちゃん?
…私が橘姓になるのはまだまだ先のことですが……
おじさんはなんだかとても嬉しそうだが、私からしてみたら誰だこの人である。いやほんとに知らない。誰?
私の顔が怪訝になるのは致し方ないことだろう。
「ひ、ひどいな、コメント送っているのに無視して……年上は敬わないとダメだよ…?」
「……あの、何のことを仰っているのか……人違いではありませんか?」
「間違ってないよ。おじさんはね、ずっと君のことを探していたんだ。ほら、これ、君だろう?」
そう言っておじさんはスマホの液晶画面を見せてきた。そこには見覚えのある写真……これはスキー旅行で撮影した写真である。顔はスタンプで隠れているが、私と先輩と雪だるまで撮影したものである。
私はUPしてないが、先輩が自分のアカウントで友人に見せるために載せていたものではないか……?
Tachibanaちゃんというのは先輩のアカウント名。どうやってこの場所を特定したんだ…? いや、手段はこの際どうでもいい。
……このおじさんは、ストーカーだ。
「あやめ…?」
そこに先輩が帰ってきた。
私とおじさんを不思議そうに見比べている。おじさんが先輩に視線を向けた。
彼らの目が合った瞬間、全身の血の気が一気に引いた気がした。
──先輩が狙われている!
私はバッと先輩に飛びつくと、背後から先輩に抱きついた。
先輩を私が守らなくては!!
「ちょ…Tachibanaちゃん」
「ダメですよ! 許しません!!」
おじさんは引き攣った声で何かを言おうとしていた。世の中が同性愛に少しばかり寛容になったからとは言え、ダメだ。それとこれとは別。そんな顔してもダメだ!
先輩はイケメンだ。いい体をしている。ムラムラしてしまうのは百歩譲ってわかるけど、それでもダメなんだ!!
先輩のお尻は私のものだぞ!
私が鼻息荒く先輩のお尻を守っているのを困惑している先輩が、おじさんのスマホをみて微妙な顔をしていた。ぼそっと「アレか…」と先輩が小さく呟く声が聞こえた気がした。
「…それは俺ですけど。俺になにか?」
「えっ…?」
先輩の言葉におじさんは毒気が抜けたような顔をしていた。
「俺の名字が橘なんです。それを単純にアカウント名にしただけなんですよ。…俺になにか御用ですか?」
先輩は何かを悟っている風だった。
「彼女は無関係ですよ。彼女に関わらないでもらえますか」
「……紛らわしいアイコン使ってんじゃねぇぞ! クソが!!」
あくまで冷静な先輩に対しておじさんは赤くなったり青くなったりで大忙しだ。何やら負け惜しみみたいなことを叫ぶと、足をもつれさせながら逃げていった。
それを見送る先輩はため息を吐いていた。
先輩……怖かっただろう。男が男から性被害に遭うケースも少なくないんだ。怖いに決まっている。
「ご両親に連絡しましょう! あっ警察のほうがいいですかね!」
110番しましょう! と私がスマホを取り出すと、先輩に押し止められた。
何故だ? 恥ずかしいことじゃない。被害を訴えないと、新たな被害が生まれるはずだ。特に男性はそういう事を恥だと感じて泣き寝入りすると言うし…
「…大丈夫だ。……なんか悪かったな。放置しておけばいいと思っていたら…無関係なお前を巻き込んだみたいだ。危険な目に合わせて本当に申し訳ない」
「??? 何水臭いこと言っているんですか! 私は今までたくさん先輩に守られてきたんです! 今回は私が先輩を守る番ですよ!」
通報しよう! と先輩の手を払って110を押したが、また先輩に止められた。
「アレは俺のアカウントをお前だと勘違いしていたんだ。本当にごめん」
「恥ずかしがって誤魔化さなくてもいいんですよ。私は何もかも理解してます。私が守ってあげますからね!」
「いや、だから」
「先輩はイケメンなんです! もっと狙われていることを自覚してください! 私のためにお尻を守ってください!」
私は達成感に満ちていた。
私が彼氏を守りきったのだ。先輩のお尻を無事に保護できたのだと。
私が先輩を守ります!! と意気込むと、先輩は困った顔をしていた。
その後、先輩は「SNSやっぱり苦手」と言って、結局やめてしまった。あんな目に遭えば、そうなってもおかしくないよね。
しばらくの間、先輩と歩く際は先輩の後方にピッタリくっついて背後を守ってあげていたのだけど、先輩に大丈夫だからとそれをやめさせられたのである。
大丈夫ですよ、先輩のお尻は必ず私が守ってあげますからね!
だって私は先輩の彼女ですもん!
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