先輩とお泊りスキー旅行! 他の女の子に優しくしないで!


 夜行バスでは周りに人がいることが少し気になったけど、通路側の席には先輩が座ってくれたので安心して眠れた。車の振動とか周りの人のいびきが聞こえてきたので快適とはいえないが、夜行バスだから仕方ないっちゃ仕方がない。

 一晩夜行バスに揺られてたどり着いたのはスキーの名所だ。雪が残っているか心配だったが、まだまだ寒波が日本上陸を制覇しており、雪山には今も尚こんこんと雪が降り積もっていた。天に登りかけた太陽が雪に反射してキラキラと輝いている。


「先輩見てください、太陽の光で山頂がキラキラしてますよ! …うわぁっ」

「そうだな…って足元気をつけろ」


 ズルンと滑りかけたところを先輩にキャッチされた。すっ転んで怪我して、スキー旅行どころじゃなくなるのは困るので、私は慎重に歩いた。

 まず先に向かうところはスキー場ではなく、民宿である。荷物を置かねば。


「お忙しそうなところすみません。予約していた橘です」

「はいはい、いらっしゃいませ。あら2人は学生さん?」


 玄関で慌ただしく掃除をしているおばさんに先輩が声をかけると、彼女は瞬時に反応してどこからか取り出した宿帳をパラパラ開いていた。

 宿泊先はこれまたリーズナブルな民宿だ。昔からこのスキー場そばで経営していたらしい。どこか家庭的な雰囲気のある宿である。

 更に近くに立派なホテルがあるが、あそこは団体客向けで、個人客として宿泊するには少しお値段が張るのだ。なのでお手頃なこの宿に決まったのである。

 宿泊先を探してくれた先輩に申し訳無さそうに言われたが、私は別に構わない。私だってそんなにお金に余裕があるわけではないし。学生のうちは貧乏旅行で全然我慢できるよ。そんなもの社会人になってからちょっと贅沢すればいいだけの話である。

 私にとっては先輩と2人きりのお泊り旅行というのが重要で、宿泊先はあまり関係ない。…なんか変な事件があったとか、勝手が悪いとかだと困るけどさ。


 通された部屋はこれまた風情のある8畳ほどの和室。まるで祖父母の家を思い出す。古びたテレビがあって、小さな冷蔵庫や金庫があって、中央には大きなテーブル。お茶器セットやお茶菓子も用意されていた。


「お夕飯はご希望の20時頃に配膳いたします。浴場は男女ともに24時までのご利用となっておりますのでよろしくお願いいたします。なにかご不明点はございますか?」

「大丈夫です。よろしくおねがいします」


 おばさんはニッコリと人のいい笑顔を浮かべて頷くと、風のように去っていった。

 パタン、と扉の閉じる音がした後、廊下をパタパタ小走りする音が響いてきた。


「…せわしないな」

「忙しいんじゃないですかね。なんか人影少ないし、少ない人数で民宿経営してるんじゃないですか?」 


 民宿というくらいだから何部屋かあるみたいなのだが、いかんせん人気がない。皆利便性の良いホテルに宿泊しているのだろうか。この近辺にも同じような民宿が連なっているが、どこも古びていてお世辞にも繁盛してるとは言えない。


「ここ、雰囲気あっていいじゃないですか。うるさいところよりもこういう落ち着いた宿の方が良くないですか?」

「まぁな。変な宿泊客もいなさそうだしな」


 旅行となると一定のハッチャケ客がいるのでその辺心配だったけど、ここなら大丈夫そうだ。


「到着したばかりだけど滑りに行くか?」

「そうですね。ナイターもあるみたいですけど、明るいうちのほうが安心ですもんね」


 そうと決まれば行動あるのみ。素早く準備した私達は必要なものだけを持つと、民宿を出てスキー用具レンタルショップに顔を出した。

 ショップ店員さんに相談しつつ、スキー用具を揃えた私はスキー板を抱えて先輩のもとに近づいた。……スキーウェア姿の先輩もカッコいいに違いない。なんならスノボーでもいい。だけどそうなると完全に別行動になってしまいそうなので、ここではスキー一択である。

 先輩は背が高いので目立つ。ひよっこり飛び出た頭を見つけたので、私は声を掛けた。


「せん…」

「私達と一緒に滑りませんかー?」


 先輩は女性に囲まれていた。

 同年代かそれよりも上の女性たちだ。その中でも一番小柄な女性があざとい上目遣いで先輩を見上げていた。


「わぁ、筋肉スゴーイ。なにかスポーツしてるんですかー?」


 その隣にいたボブカットの女性からはペタペタ身体を触られているではないか。おい、セクハラだぞ! 人様の彼氏に触るでないよ!


「悪いですけど、連れがいるので」


 先輩は女性の腕をやんわりほどきながらお断りをしていた。

 ……見た目は清純そうに見えて逆ナンとは隠れ肉食系女子か…


「先輩!」


 私は嫉妬していた。だけど先輩はきっぱりお誘いを断っていたので、当たることはしない。逆ナン女子たちをジト目で睨みつけることは止めないけども。

 相手からは眉をひそめられた。【こいつが? この男の彼女?】と少々疑惑に満ちた視線にも感じるが、私は怯まないぞ。


「あぁ、着替え終わったか?」


 先輩はパッと女性たちの輪から抜け出すと、私のもとに歩み寄ってきた。彼は私が被っていたピンク色した毛糸の帽子の上から頭を撫でてきた。


「寒いからな。ちゃんと帽子かぶるんだぞ。それと上級者コースに入らないこと」

「そんなベタなミスしませんよ。上級者コースとか怖い」


 私と先輩はそのままレンタルショップを出て、早速滑りに出かけた。私は中学校の修学旅行で滑って以来だけど、ちゃんと滑れるかな。




 少しだけ不安だったが、実際にスキーをはじめると普通に滑れた。回数をこなせば勘を取り戻し、スイスイ余裕で滑れるようになった。

 中級者コースにて私達はペースを合わせてスキーを楽しんだ。こういうデートもなかなかいいね。普段とは違う先輩が見れるし……スキーウェアに身を包んだ先輩はサングラスを付けているが、それでも隠しきれないイケメンオーラが溢れてしまっている。

 そして私はそんな先輩に惚れ直していた。


 何度か先程の逆ナン集団とすれ違った気がしたけど、何も見なかったふりをした。

 こちらをじっと見ているような気はしたんだけどね。





 私達はしばらくのんびり滑って楽しんでいた。知らない土地で先輩とスキー旅行。2人きりの白銀の世界を満喫していたのだが、そこに悪雲が流れ込んできた。

 突如先輩がなにかを発見した様子で停止を掛けたので、私も慌ててそれに続く。スキーの通り道の隅でうずくまる人影。正義感の強い先輩がそれを放っておける訳がない。

 ……だけど、その人物の顔を見た私は思わず真顔になってしまった。


「どうしました?」

「足を捻ってしまったみたいなの…」


 そう言って右足首を擦るのは、先程堂々とセクハラをかましていたおなごではないか。


「足ですか…歩けますか?」

「無理…ごめんなさい、悪いんだけどホテルまで送ってくれませんか?」

「あー…」


 女はお人好しな先輩に甘えるような瞳を向けてお願い事をしていた。その手は先輩の腕をスキーウェア越しに撫でさすっており、なんだか嫌な感じだったのだ。


「…ホテルよりも病院に行かれたほうがいいんじゃないですか? 素人判断は良くないですよ」

「…はぁ?」 


 私は冷静に努めた。

 至極まっとうなことを返したつもりである。だけど女は「何余計なこと言ってるんだ」といいたげな表情をしている。怪我している割には元気そうだなこの人。


「足を捻っただけよ、病院なんて大げさでしょ。それにスキー場から病院までどのくらい距離があると思ってるの?」

「……なんでそんなにムキになるんですか? 歩けないくらい痛いんですよね? 普通は骨が折れてるかもって不安になるもんじゃないですか?


 ……それとも。


「怪我したのって嘘ですか? 私の彼氏をホテルに連れ込むために…?」


 運ぶのは別に先輩じゃなくてもいいはずだ。赤の他人に任せるよりもスキー場スタッフに任せたほうがいいのに、やり方が頭悪いんだよ。

 独占欲もあった。だけど何よりも彼氏様を守るために私は彼女と睨み合った。私の彼氏様はお人好しなんだ。それを利用しようとしないでくれないか。


「あやめ、口が過ぎるぞ。失礼だ」

「……」


 だけど先輩には私が礼に欠いた行いをしているように見えたらしい。


「首に腕を回せますか」

「ごめんなさいね…」

「…あやめ、すぐに戻るからここにいるんだぞ」


 先輩は私の目の前で知らない女をお姫様抱っこしている。

 女は先輩の首に抱きつき、私を見ると、してやったり顔で口元を歪めていた。


 ──この女!!

 私はその場に放置されたまま、彼氏様が女を運搬する姿を棒立ちで眺めていた。

 私は怒りに震えていた。

 あの女にもだが、彼氏様にもだ。


 ほーらやっぱり! あの女……先輩に接触するために怪我したって嘘言ったんだって! だってあれ怪我人の態度じゃないよ!?

 

 私はイライラムカムカと怒りが抑えきれなかった。

 ここにいろと待てをされていた状態だったが、その命令を無視して1人滑り出した。滑って滑ってこの怒りを発散させたかったのだ。


「うわっ」

 ──ボフッ

「……」


 足を取られてコースアウトすると、雪山に顔面から突っ込んでしまった。雪に上半身が埋まってしまう。

 雪山から抜け出して体勢を整え直すと、目の前の白い雪を手袋をつけた手で殴った。


 ──ドサドサドサッ

 そしたらお約束のように頭上から雪が降り注いできた。私はそれを被ったまましばらくその場でうずくまっていたのである。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る