攻略対象の風紀副委員長に拾われたけど、柴犬ってなにしたらいいの? りたーんず!【こぼれ話】


 女の敵! 雅ちゃんの敵! 私はお前を許さないぞ!!


「うぅーっ…キャン!」


 私は精一杯の威嚇をした。

 マロンちゃんみたいに成犬だったらもう少し迫力も増したはずだけど、可憐な子犬である私の吠え方では相手に脅威を与えることが出来なかったようである。

 私がどんなにキャワキャワと吠えようと、威嚇対象である生徒副会長も、側にいた生徒会長も訝しんでいるだけのようだ。


 この、女のような面構えの生徒副会長にギャフンと言わせたいのに! 雅ちゃんの仇討ちをするんだ!

 アァァ悔しい! あんな美人で可愛くて優しくて優秀な婚約者がいながら…! ヒロインちゃんも可愛いけどさ、可愛いけどさ、雅ちゃんのなにが不満なんだこのスケコマシ!

 この副会長は贅沢者のクズなんだよぉぉ! 顔はいいし、成績も優秀なんだろうけどクズなんだ!

 私はな、前世からお前のことが嫌いなんだぁ!

 

「なんだぁ? …伊達、この犬っころ知ってるのか?」

「さぁ…首輪が付いてるので、飼い犬でしょうね」

「ていうか犬は学校に入ってくんな」

「ギャウッ!」


 生徒会長に首根っこ掴まれてしまった。

 首が苦しい。扱いが乱暴である。私はジタバタもがいたが抵抗の甲斐なく、校門の外にぺいっとゴミのように投げ捨てられてしまった。ボテッと地面に叩きつけられた私は「ギャンッ」と悲鳴を上げた。

 だが、攻略対象の生徒会長と副会長は何の関心も持たずにその場を立ち去っていく。まるで私を塵芥のように…!


 犬が嫌いなのかもしれないが、あんまりじゃないか! 痛いよ! コンクリート硬いんだぞ、すごく痛いんだぞ!

 私はプルプルと起き上がり、ご主人に助けを求めて鳴いた。


「キュ、キャウ…キャヒーン…」


 痛い…学校に入った私が悪いんだろうけど、口で言ってくれたらちゃんと外に出たのに。何も投げ捨てることないじゃないの……

 道の真ん中でプルプル震えていると、そんな私を優しくそっと包み込む手があった。


「大丈夫!? 間先輩! こんな小さい子になんてことをするんですか!?」

「か、花恋…」

「最低です! この子が何したっていうんですか!」


 私はその人物…ヒロインちゃんにそっと抱き上げられると、校内へ連れて行かれた。

 ヒロインちゃんの温かい腕に大人しく抱っこされていると、どんどん大好きな人の香りに近づいていった。ヒロインちゃんが辿り着いたのはどこかの教室だ。そこでご主人はなにか書き物をしていた。


「橘先輩! 先輩のわんちゃんが間先輩に乱暴受けていました!」

「…間に?」


 ご主人聞いてよ、私投げ捨てられたの。嫌いだからちょっと吠えただけなのに。別に噛みつこうとしたわけじゃないのよ。危害を加えたわけじゃなかったのよ。

 犬には暴行罪が適用されないからっていくらなんでも好き勝手しすぎじゃない? 動物愛護団体に訴えようよ!


「私が見ていたのは地面に叩きつけられている場面だけなんですけど、怪我してるかも…」

「あやめ…大丈夫か?」

「キャウウ…キャウ!」


 多分骨まではいっていないけど、心が痛い。

 可憐な柴犬の立場で喧嘩売るのは無謀だというのはわかっていたんだ。…だけど伊達のことは許せなかったんだ…! 私の永遠のアイドル・雅ちゃんの仇なんだアイツは…!


 元気に鳴いて、私は大丈夫だとご主人に訴えた。だけどご主人は心配そうな顔をして、「病院に行こう」と言い出した。

 病院。いつもいつもあそこからは動物たちの悲鳴が聞こえてくるんだ…。私は恐怖でしっぽをサッと隠した。

 また痛い痛い注射をされるかもしれないとトラウマが蘇った私はその腕から飛び出し、逃走を図ろうとしたが、あえなく失敗する。別の人物に捕まったのだ。


「ほれ、ポチ公捕まえておいたぞ」

「健一郎、その柴犬はポチという名前ではないぞ」

「いいじゃん。ポチっぽいし。…それ、担任に頼まれたんだろ? 俺がやっとくから、早く病院連れてってやれよ。子犬だから簡単に骨がイってるかもしんねぇだろ」


 私を捕まえたのはご主人の親友である、風紀委員長だ。何回か会ったことがあるが、ご主人に「柴犬のあやめ」と紹介されたにもかかわらず私のことをいつもポチと呼ぶ。コロだったり、ポチだったり、あやめだったり…混乱するから呼び名はどれかに統一してほしいな。

 ご主人はどうやら担任の先生になにか用事を頼まれていたらしい。それを肩代わりしてもらったご主人は私を抱っこして……

 やめろー! 私は病院になんて行かない! ほらみろ、私は釣りたての魚のようにピチピチしてるだろう! 鮮度抜群だ! 骨は折れてない、元気だよ!


 散々暴れたが、私はご主人によって動物病院に連れて行かれた。入口前で暴れまくったが、逃走しようとする私を今度は付添いでやってきたヒロインちゃんが捕まえる。

 ヒロインちゃんが私のことを純粋に心配してくれているのはわかるのよ。

 だけど私は病院に入りたくないんだ!!


「ワンッ!」


 ヒロインちゃんに抱っこされた状態で「怖くないから、痛くないから」とご主人に説得されていると、どこからか犬に吠えられた。聞き覚えのあるその声に私はピクリと反応する。


「…あら、そこにいるのは橘さん?」

「勅使河原さん」


 そこにいたのは今日も相変わらずエレガントな令嬢・陽子様と柴犬コンテスト常連のマロンちゃんである。今日もお美しい彼女たちも動物病院に用事があるらしい。


「あやめちゃんひさしぶりね! どうしたの? ワクチン接種かなにか?」

「あー…実は…」


 私の姿を見つけたときは大輪の華が咲いたかのように美しい笑顔を浮かべていた陽子様だったが、かくがくしかじかと事情を聞くなり般若の形相に豹変した。

 その差に私はプルプル震えてしまった。私に対して怒っているわけじゃないとはわかっているけど怖い。


「こんな可愛い子にそんな非道なことを……あの男、本当に忌々しいわ…!」

「もしかしたらうちのあやめがアイツの気に触ることをしたのかもしれない。あまり大げさにはしないで欲しい…だけど更に傷つけられることは避けたいから、もう学校には来させないようにするよ」

「キャウ!?」


 そんな! 私とご主人2人っきりの帰宅デートがなくなるの!? そんなのやだ…

 私は悲しくなってキュウゥゥ…と鳴きながら落ち込んだが、ご主人は全く気にも留めずに動物病院の受付を済ませてしまった。

 私は色々ショックで凹んでいた。マロンちゃんがペロペロと私の頭を舐めてくる。毛づくろいしてくれているのね…ありがとう…

 よそのワンちゃん達が私の周りに群がってきて私は埋もれてしまった。潰されているわけじゃないから心配しないで欲しい。これ、いつものことだから。


「私も犬を飼っているんですよ。コーギーのオスで…いつかあやめちゃんに会わせてあげたいです」

「そうなのか、あやめも友だちが増えて喜ぶはずだ」

「まぁ、そしたら今度みんなで集まらない?」


 人間たちは人間たちで犬について会話が盛り上がっているようだ。ヒロインちゃん犬飼ってるんだね…だから犬の扱いに慣れていたのか…

 思ったけどヒロインちゃんは生徒会長の犬の扱いを見て、好感度マイナスになったんじゃないの? 犬を飼っているなら尚更悪印象だよね?

 乙女ゲームが今どんな感じなのか全くわからないけど、生徒会長ルートはもう無理なんじゃないかな。


 その後私は検査やらレントゲンを撮ったけど、無傷だ。至って健康体。ご主人とヒロインちゃん、陽子様はほっと胸を撫でおろしているようであった。

 私はドキドキだったが、痛いことはされなかったのでホッとした。受付のお姉さんが試供品の歯磨きガムをくれたので、それを噛みまくってストレス発散をしたのである。



■□■



「ハッハッハッハッ…」


 はじめまして、田中さん。私はあやめっていうの! 柴犬の女の子なんだ!


 日を改めて、私はヒロインちゃんの愛犬であるコーギーと対面を果たした。彼はキラキラした目で私を見つめてきた。仲良くなれそうな気がした。

 今日やってきたのは近場のドッグランだ。公園じゃリードを手放せないので、ワンちゃんは自由に駆け回れない。陽子様が自由に駆け回れるドッグランに行きましょうと提案したのがきっかけだ。


 私は田中さんとマロンちゃんと追いかけっこしたり、ボール遊びをしていた。いつもはリードに繋がれているが、それから解き放たれた私は自由である。

 よそのワンちゃん達が私達の輪に入ってきて、みんなで遊びまくった。とても楽しかった。遊んで遊んで遊びまくった私は最終的に疲れて眠ってしまった。マロンちゃんは私の横に寝そべり、田中さんは私の顔にぴとりとお尻をつけてきた……なんだろうこのデジャブ。


 小型犬のポメラニアンとチワワとトイプードルが私の上に乗っかろうとするが、流石に重い。サイズを、サイズを考えてくれ。柴犬といえど私まだ子犬だから……君たちの可愛いお手々がお腹に乗っかると内臓が出ちゃうから…!

 その周りでは犬たちが私の隣を巡って争っている。

 私ってば魔性の柴犬。なんて罪な犬なんだ…

 みんなやめて! 私のために争わないで!



 


 目が覚めるとそこは私の部屋の天井で、これが夢か現実か確かめるために自分の頬をつねった。指に伝わってくるのはつるつるの肌の感触だ。つねられた頬は痛みを感じた。


 …だが、私は自分がどちらの次元を生きているのか不安になってきた。

 実は自分は柴犬で、今は夢を見ているだけ。ご主人と恋人同士になりたいから人間である夢を見ているだけなんじゃないかって。


「それで私…実は自分が柴犬なんじゃないかって思うんですよ…」


 不安で仕方がないので、ご主人…いや、愛しの彼氏様に電話したら、『馬鹿なこと言ってないでもう少し寝ろ。変な夢を見たのは課題やって疲れてるせいだろう』と軽くいなされてしまった。


 早朝4時に電話した私も悪かったけど、不安がっている彼女にもうちょっと親身になってくれてもいいと思うんだけどな…

 

 

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