貴女の行いはストーカーじみていて、元攻略対象達は不気味がっているのに気づいてくれ。


 私には乙女ゲームの記憶が色濃く残っているが、実際のところ自分の前世について詳しく憶えていない。どんな人間だったのかを一切憶えていないのだ。

 それでも私は私だし、こうして生きていく上で不便はないのでそのままにしている。


 今では自分がモブだったとか彼氏が攻略対象だったとか、乙女ゲームの存在を意識しないようになったのだが…ここに来て新たな転生者が登場するとは想定していなかった。だってもう大分前の話よ? 攻略対象だった男子たちは歳を重ねてほぼ大学生だし、あの舞台だった高校に残っているのは社会人の眞田先生だけだ。なのに諦めないその執着心がすごい。やっていることはストーカー満ちているけども。


 関さん…彼女を見ていて思い出すのは、同じく転生者の林道さんだ。彼女も最初こそは和真を攻略しようと拙い手段に出ていたが、話せば自分の行動を改めてくれた。つまり話せばわかる人だった。

 だけど目の前の関さんという少女は一筋縄では行かない気がしていた。現に今の彼女の発言で眞田先生と陽子様はドン引きしている。私も何も知らない状況だったら同じ反応しているに違いないだろう。

 出来れば関わりたくないが、このまま放置していても彼女は暴走するだけだ。関さんが亮介先輩や弟の和真に再び接触しようと動くのは時間の問題である。


「えっと…関さん、よね? あなた自分が変な発言している自覚はあるかな?」


 私は勇気を出して話しかけてみたのだが、彼女は私の問いに答えること無く、苛立たしげに噛み付いてきた。


「そうだ、あんたはなんなの!? なんでヒロインでもないのに風紀副委員長と一緒にいたの!? 真面目で堅物な風紀副委員長があんたみたいなギャルと付き合うわけないのに!」


 彼女はあの乙女ゲームをしていたからこそ、彼らの性格や好みを理解しているのだろう。だがあれは所詮ゲームの設定だ。液晶越しの彼らしか知らない彼女にはそれしかわからない。当初の私だってそうだった。


「…あなたが話しているのが、私の彼氏のことだと仮定して…あなたは、彼の何を知っていると言うの?」


 …この世界にいる彼らは生きた人間だ。歳を重ねれば、好みがガラリと変わることもある。ましてや亮介先輩はもう大学3年だ。3年も経過していたらいろんな事が変化しているというものである。

 先輩は相変わらず甘いものが苦手だし、真面目な人だ。だが、今の彼は以前のように肩に力を入れなくなった。お付き合いを始めてから表情も豊かになったし、ぎくしゃく状態だったご両親とも最近になってよく話をするようになった。

 人は変わる。3年前とは異なる部分だってあるのだ。

 多分彼女は私の存在が気に入らないだけだろう。私だって昔は彼女と同じように彼らを見ていた。だけど…


「私の彼氏も弟も、“今”を生きている人間なの。ゲームという決まったプログラムじゃないの。なにが狙いなのかは知らないけれど…自分の思い通りになるとは思わないでくれる?」

「…弟?」

「グゥゥゥ…! ギャワッ」


 私が彼女に牽制をかけていると、関さんは“弟”という単語に引っ掛かったようだ。訝しんだ表情で私を凝視してくる。

 …なにか引っかかるワードだっただろうかと私が首を傾げていると、マロンちゃんが関さんを警戒して唸っていた。今にも飛びかかろうとしていたので慌ててリードを掴んで止めた。


「あやめさん、もう行きましょう。これ以上話してもどうにもならないわ」

「え、でも陽子さん」

「ちょ、あやめって…あんた地味で根暗なモブ姉!? なんで!? なんであんたが風紀副委員長と付き合ってんの、おかしくない!?」


 陽子様が私の名前を呼ぶと、関さんはハッとした顔をしていた。自分から自己紹介したわけじゃないけど、私があのゲームでモブ姉ポジションだったということに彼女は即座に気づいたようだった。

 …私の正体がバレたってことはちょっとまずい状況なのかな?


「ちょっと待ちなさいよ!」

「関、いい加減にしなさい!」


 関さんが騒いでいるが、私は陽子様にグイグイ背中を押されて、その場から引き剥がされてしまった。後ろで眞田先生が関さんを注意していたけど、転生者である彼女の関心はモブ姉である私に移ってしまったようだ。「待ちなさいよ!」と私を呼び止める声がしばらく聞こえていた。

 

「あやめさん、さっきの子には近づかないほうがいいわよ」

「えっと…」

「話が通じないもの。まともに相手しないほうがいいわ」


 うーん…でも私も彼女と似た立場だから、一番話がわかるんじゃないかなと思うんだよね。まぁ、見ず知らずの子だし、私が相手する必要性はないんだけどさ…放置してて諦めるような子には見えないんだよねぇ…

 だけど陽子様は現場から私を引き剥がしたいようで、私の背中を押す力は一向に緩まない。私はそのままドッグカフェへと連行されていったのであった。


 7月の暑い時期なので、涼しくなるように工夫されたドッグランでマロンちゃん、よそのワンちゃんと戯れていると、遅れて眞田先生が来店してきた。私はワンちゃん達と遊ぶのを中断すると、先生の元へ駆け寄った。

 先生はちょっと疲れた顔をしていた。関さんとのやり取りで疲れてしまったのだろうか。

 思ったんだけど、眞田先生は私の10歳年上なので、今年30歳になる。そして関さんは高校1年なので、16歳。…結構年が離れているよね。

 どっちにしろ、眞田先生にとっては迷惑そのもの。彼の女性不信がますます加速しそうで心配である。


「大丈夫でしたか先生」

「…埒が明かないから撒いてきた。本当困ったもんだよな……コロの弟のことも調べていたみたいだから…家がバレているかもしれない…念の為に橘に連絡しておいたらどうだ?」

「大丈夫ですよ。相手は女の子だし。また遭遇することがあれば理由つけて逃げますから」


 そうか? と心配そうにしている眞田先生を、ドッグカフェに来ていた黒柴・白柴と赤柴マロンちゃんのもとに誘導してあげた。柴犬を見た眞田先生は自ら突っ込んでいた。あの乙女ゲームで眞田先生推しだった人がこれを見たらどう思うだろうか…本当にこの人は柴犬好きだな。

 柴犬達は変な人からモフられ、とても迷惑そうな顔をしていたが、空気を読める子たちだったのか大人しくされるがままであった。

 私はその間他のワンちゃんと遊んでいたのだけど、柴犬セラピー任務完了した柴イヌーズが私を包囲して、構ってアピールしてきたので、思いっきり構い倒してあげた。

 陽子様と眞田先生がその様子を激写していたのは…さっきの事があるので大目に見てあげた。



■□■



 日付が変わって土曜日の今日は和真が通う空手道場で試合が行われていた。朝が早かったのでお弁当が間に合わず、母さんからのおつかいで、道場にいる和真へお弁当を届けに来た。

 8月も間近の時期に道場で武闘系がひしめき合っていると言うのは体感温度が更に上がりそうだ。一応この道場は冷房完備してるが、それでもやっぱりムシムシしている。


「きゃー! 和真くぅーん!」


 丁度和真が試合中だったようで、林道さんの悲鳴のような声援が聞こえてきた。彼女は相変わらず元気そうである。ていうか林道さんがいるなら、お弁当いらなかったんじゃないの和真。

 私はその辺りの門下生にお弁当を渡してもらおうと、顔見知りの人を探すことにした。


「あやめちゃんじゃん。和真に弁当届けに来たの?」

「あ、波良さん。そうなんですよ。これ和真に渡してもらえます?」


 いいタイミングで和真の兄弟子の波良さんに声を掛けられたので彼にお弁当を預けようとしたその瞬間。


【パシャリッ】


「…?」

「浮気現場激写〜。これであんたも終わりね♫」

「……関さん?」


 突然のフラッシュとシャッター音に私は和真のお弁当を波良さんに手渡す体制で固まっていた。

 何故彼女がここにいるのかとか、何故写真を撮影されたのか色々疑問はあるが、まずは彼女の発言である。浮気現場? このお弁当を弟に渡してもらおうと他の門下生に頼んでいる姿を浮気と誤解されたの私…


「…あやめちゃんの知り合い?」

「…弟と彼氏・先輩や恩師とかの…ストーカーみたいな…」

「はぁっ!? 人聞きが悪いこと言わないでよ!」


 えぇ…じゃあなんと表現したらいいのよ。乙女ゲームのヒロイン乗っ取りを企んでいる女子高生ですって紹介したら、私が頭の弱い子扱いされちゃうじゃないの。

 彼女は今日も制服姿だ。この間眞田先生が夏休みも彼女は補習だと言っていたが、土曜の今日も補習だったのだろうか。

 関さんに睨まれながら、どうやって逃げようかと考えていた。波良さんとの写真を脅しの証拠にされるのだろうか…これで私の彼氏が疑うことはないと思うんだけど…和真がここの空手道場に通っているのを知っているし、先輩は波良さんとも顔見知りだ。…仲良くはないけれど。


「あっ、あやめせんぱーい♫ お久しぶりでーす!」

「紅愛ちゃん久しぶり」


 そこに元気よく声を掛けてきたのは後輩の紅愛ちゃんだ。彼女は今も和真にアプローチしており、こうして応援に駆けつけているそうだ。…だけど彼女今年受験生のはず…大丈夫なのかな。いや私も高3の夏休みには勉強しつつも遊んでいたけどさ。

 紅愛ちゃんは可愛らしい紙袋を持ち上げて「今日はフォカッチャ作ってきたんで、あやめ先輩も食べてくださいね!」と太陽のような笑顔を向けてきた。相変わらず美人さんだ。心洗われる気持ちになれる。


「えーいいな俺にもちょうだいよ」

「いいですよ〜」

「あやめちゃんは唐揚げ作ってきたの?」

「いえ…母さんお手製なので私は何も…」

「なんだー…」


 波良さんも紅愛ちゃんも、関さんの存在が見えていないかのような反応をしている。目の前にいるのに、2人は私にしか話しかけてこない。

 ここにいる関さんは人間じゃなくて亡霊なのかなと錯覚し始めた時、とうとう彼女はキレた。


「無視するのやめてよ! あんた本当邪魔なのよ! これを風紀副委員長に見せられても平気なわけ!? とっとと風紀副委員長と別れなさいよ!」

「…あのね、私の彼氏はもう風紀副委員長じゃないの、高校はとっくの昔に卒業して今は大学3年生なの」

「そんな事どうでもいいの!」


 この道場で騒がれたら、周りの人の迷惑になりそうだなと判断した私は、関さんの腕を掴んで外に誘導しようとした。だが、乱暴に振り払われてしまう。


「どうしてモブが攻略対象と付き合っているのよ! …それなら私にだって可能性があるってことじゃない」

「…うん。そうだね」


 しかし彼女がしているのは、気に入っている攻略対象だった男性全員に粉掛けている尻軽な行為なんだけどね。亮介先輩が推しというわけでもなく、コレクションとして手に入れたいのではないか?


「とりあえず、外に出よう。他の人の迷惑になっちゃうから」


 このまま放置していては駄目だと思った私は、先程よりも強く彼女の腕を掴んで引っ張り出した。この話を周りの人に聞かれるのは拙い。ここは一対一で話してみようと思ったのだ。

 だけど、彼女の口は止まらなかった。


「モブのくせにどうして攻略対象と付き合っているのよ! あんたさては転生者ね!」


 彼女の声は道場内に響き渡り、ビリビリと反響する。道場の真ん中で叫ばれた私は固まってしまった。

 なぜなら、観戦中だった来客者たちや、門下生たちだけでなく、試合中だった和真も組手を止めてこちらを見ていたからだ。 



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