パンク系リケジョと私【1】


 世の中には大卒資格を取るために大学に通って遊び呆けている学生がいるイメージかあるが、私の所属学科はそんな余裕はあまりない。

 理系学科はとにかく忙しい。

 講義を受けつつレポート作成は当然だ。なぜなら間に合わないから。教授によっては全く板書せずに口頭で説明するにとどまることもあるし、理工学部は実験実習も多いので、結構忙しいのだ。サボっている人は余程要領がいいのか、単位を落とすことが怖くない人なのだろう。

 話は変わって、私が大学入学したての頃、一般教養の講義を色々と受ける機会があった。専門教科以外の科目を1、2年で履修する必要があるのだ。いろいろ試しに受けてみたが、私はそのうちの一つに法学を選択した。

 彼氏が法学部だからそれに興味が湧いたというのもあるけれど、知っておいて損はないと思ったのだ。あとは授業を受けてみて面白かった科目を選択しておいた。自分の学部の勉強だけで忙しいから流石に沢山の科目は取れなかったけど、理系でガチガチな分いい意味で気分転換になるよ。


 亮介先輩は公務員試験を受ける際に一般教養知識が必須になるから広範囲で講義を受けているようだ。たまに私の持っている教科書やレジュメを見せてあげることもある。

 …私としては自分が選んだ講義は結構面白いと思っているんだけど…退屈そうに受けている学生はもちろん、途中入室・退出する生徒もちらほら。

 いや、理工学部の学生もそれするけど…学部が異なるとここまで差があるのかと衝撃を受けたよ……ひどい人は後ろの席でゲームしたり、パソコンで遊んでいたりする。

 何のために大学に来てるんだろうなとは思うけど、人それぞれ志は異なるよね…


「…ここいい?」

「え…あ、はい。どうぞ」


 今回の講義場所である講堂が小さく、人員満員ギリギリだった今回の講義。前列しか空いていなかったので、先頭の列の隅っこの方に座っていると、隣に座っていいかと声を掛けられた。

 私が顔を上げると、そこにはパンク系ファッションの女子がいた。私は奥に詰めて彼女が座れるスペースを作ってあげた。

 ラベンダー色の髪はベリーショート、耳・鼻・口に開けられたピアス、レザージャケットの下には蜘蛛の巣模様の服、それにタイトなミニスカートの下はセクシーな網タイツにショートブーツ。

 …私もギャルしている意識はあるが、彼女も目立つな…口とか鼻のピアス痛くないのかな?


 彼女の名前は谷垣たにがきほたるさん。私は彼女のことを知っていた。同じ学部学科の生徒なのだ。だけどそう多く話したことはない。なぜなら彼女は1人を好むのか、いつも1人で行動していたからだ。

 しかしこの派手な見た目と侮ることなかれ。彼女はかなり成績が優秀な生徒で、ゼミの教授のお気に入りの生徒だったりする。

 彼女が隣に座ってきたのにちょっとだけドキドキしていたが、その後は至って普通。教授がやってきて講義が始まるだけだった。彼女はいつものように真面目に講義を受けていた。

 講義の時は学生証代わりのICカードで入退室の際に出欠確認をするけど、日によっては抜き打ちで手書きの出欠表を書かせる教授がいる。


「じゃあ前から出欠表を回すのでそれを記入した人から退出してください。課題は来週の月曜までに提出するように」


 その上課題提出も命じられた。単位に反映されちゃうからちゃんと片付けないといけない。…授業の合間で抜け出した人は残念だったね。真面目に授業受けておけばよかったのに。

 しかし法学は…堅苦しいな。文からして硬い。わからないことがあったら質問してもいいよと彼氏様が言っていたが、とりあえず1人で頑張ってみてダメそうなら聞こう。

 レポートじゃないし、調べたらなんとかできるかな…?


「田端さん」

「えっ?」

「あのさ、昨日の無機化学の講義なんだけど、私受けられなかったから…ノート、見せてくれないかな…?」


 申し訳無さそうな顔をしたパンク風の彼女。そういえば昨日は珍しく不在だったな。

 困った時はお互い様だ。私は快くOKする。ちょうど昨日の内容のノートを持ってきていたし、講義内容の録音データも持っている。彼女がノートパソコンを持っていたので、USB接続をしてデータを落としてあげた。ノートの内容はスマホで撮影していた。後で音声を聞きながらまとめるそうだ。


「ありがとう。助かる」

「どういたしまして」


 話せば普通の人なのだ。見た目はともかく、根は真面目で優秀な学生。

 目立っていて、浮いているようにも見えるけど、彼女はいつも胸を張っていた。その姿は堂々としていて…私は密かにかっこいい女の子だなと思っていた。



■□■

  


「先輩先輩、スキーと言えばやっぱり長野ですかね? はたまた鳥取? 交通費のこと考えたら夜行バス移動になりますかねぇ?」

「…その前に試験だろ」 

「わかってますよー」


 1月の下旬から2月にかけて、大学では定期テストが行われる。それがとっても大事なのはよーくわかっているさ。

 だけどさ、私は前々からスキー旅行を楽しみにしていたのよ! ご褒美が目の前にあったら頑張れるじゃないの!



「旅行のことはちゃんと俺も考えているから、お前はとりあえず勉強しろ。理系はただでさえ大変だろうが」

「はぁーい…」


 旅行の話をもうちょっと早くに持ち出しておけばよかったけど、日々の勉強に追われて忘れかけていた。

 大学の試験結果が返ってくるのは遅い。後期試験の結果発表は3月だよ。それで成績と一緒に進級できるかどうかが判明するんだ。

 前期試験はまぁまぁな成績だったけど、ここで油断したらまずいんだよなぁ。なんせ進級がかかっているんだ。

 とはいえ、私は真面目に講義や実習に参加しているし、提出物もちゃんと期日までに提出しているんだ。何を当たり前なことをと思われるかもしれないが、大学に入った途端怠け者になってしまう人間が出てくるのが大学マジックなのである。

 今の調子で勉強を頑張れば大丈夫な気がする。同じ学部出身のサークルの先輩に過去問傾向を教わったし、抜かりはない。



「田端さん」

「…あ、谷垣さん…どうしたの?」


 食堂の隅っこの席で昼食をとったあと、先輩と勉強会を開いていた私に声を掛けてくる女子学生が1人。その相手はパンク系女子の谷垣さんだ。今日はギンガムチェック柄の布地に大きくドクロがプリントされたシャツとダメージジーンズ、ゴツい厚底のブーツというファッションの彼女は今日もイケイケであった。

 彼女は鞄から何かを取り出すと、私にスッと差し出してきた。


「…?」

「この間のお礼。教授が後期試験の傾向をぼそっと漏らしていたから。参考にして」

 

 一枚のルーズリーフには教科書のページ数と、傾向と対策がまとめられていた。


「あ、ありがとう…」

「それじゃ」

「あ…待って!」


 何故か私は彼女を引き留めてしまった。理由はよくわからない。なぜか呼び止めてしまったのだ。

 谷垣さんは此方を振り返って不思議そうな顔をしていた。私は次に何を言うか全く考えていなかったので、えーと、えーととぼやきながら必死に言葉を探していた。


「…何?」

「えっと、あのね…」

「……なんでもいいけど、次の実習場所に移動したいからもう行ってもいい? 先に予習しておきたいの」


 いつまでも用件を言わない私に谷垣さんは呆れた目を向けていた。もう行きたそうな顔をしていて、私はますます焦った。ついでに彼女の言っている実習という単語にも焦った。


「えっ? …実習? なにそれ」

「…基礎化学の実験だよ。この間ナシになったでしょ? それが今日の午後からあるんだって…一週間前に張り出されてたけど、掲示板見ていないの?」

「う、うそぉ!? 知らなかった! 私も行かなきゃ!」


 私は顔面蒼白した。掲示板をすべてチェックした気分になって見逃していたんだ。

 机の上に広げた教科書やプリントをかき集めて、慌てて実習に向かおうと思っていたのだが慌てすぎて筆箱の中身をぶちまけてしまった。


「…落ち着け」


 先輩が席から立って一緒にペンを拾ってくれた。

 落ち着けと言われても無理だよ! 講義や実習を受け忘れたらついていけなくなっちゃうんだよ!

 谷垣さんは特に表情を変えること無く、私を見ていたが、ボソリと「研究棟の第2実験室だよ」と場所を教えてくれると、先に行ってしまった。

 待って、置いていかないで。私も、私も行くから! 

 全て拾い終えると、筆箱を鞄に押し込んた。


「じゃ行ってきます!」


 谷垣さんの背を追って私が飛び出すと、背後で「慌てると怪我するから走るな」と先輩が注意してくる声が聞こえた。



 

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