私のバイトは食べ物を提供するのが仕事! パパ活は取り扱っておりません!【後編】


 放り出されたスマホをそのまま地面に放置したまま、おっさんに拉致されそうになっている私。

 おっさんは自分が何をしているかわかっているのか!? これ犯罪だよ!?

 私嫌がってるよね? これが喜んでいるように見えるわけ!? そもそもなぜ私に粘着するんだよ!


 大通り沿いに車を駐車していたようで、私を引きずって車の傍まで辿り着くと、おっさんは後部座席のドアを開けて私を放り込もうとしていた。私は最後まで抵抗していたが、車に押し込まれかけていた。


 ゴツッ

 イッタイ! 頭ぶつけたじゃんか、おっさん痛いって!


「やめてよ! 離して!」


 私は叫んだ。出来る限りの大声で叫んだ。

 頼む、だれか助けてくれ…!


「あやっぺさんに何してんだよクソジジィ!」


 ピュリリリリリリリリリリリ!


 あともうちょっとで車に押し込まれるというところで、けたたましい警報音が辺りに鳴り響いた。

 それと同時におっさんの背中に掴みかかって、私を助けようとする莉音ちゃんが現れた。どうやら彼女が学校の鞄につけていた防犯ベルを作動させたようだ。


「離せっつってんだろジジィ! ケーサツ呼ぶよっ」

「うるせぇ!」

「あっ!」


 おっさんから肘鉄を噛まされた莉音ちゃんは宙に投げ出された。私は何も出来ずにそれを見ているしか出来なかった。

 莉音ちゃんは地面に横転した際に背中を強打したようで苦しそうに咳き込んでいた。その間も防犯ベルの音は鳴り続けている。だがおっさんはそれに構わず私を拉致しようとしていた。


「莉音ちゃん!」

「ほら乗れ!」

「いやっ! 誰か! 誰か助けて!!」


 足でおっさんの腹や胸をゲシゲシ蹴り飛ばすけど、おっさんはまるで応えた様子がない。…ここまできたら通報ものだ。もう既にこのおっさんはいくつもの犯罪を犯している。

 あぁ、やっぱり先輩の反対を押し切ってあの時ムエタイを習っておけばよかったのに! こんな時に絶対に役に立つのに!! 


 車のドアが閉じないように車内で暴れていたのだが、とうとうドアを閉ざされそうになったその時、おっさんの身体がぐんっと後ろに引っ張られた。


「…貴様何している…」

「ひっ…」


 憤怒の表情でおっさんを見下ろすのは彼の人。おっさんは今にもチビリそうな顔で彼を見上げていた。

 私を窮地で救ってくれたのは亮介先輩だった。


「せ、せんぱぁい!」


 先輩の登場に安心した私の視界は歪んだ。気が抜けて涙が出てきてしまったみたい。

 先輩はおっさんの腕を素早く捻り上げると、片手で抑え込んだまま、もう片方の手でどこかに電話をし始めた。


「いててて! いてぇ! 折れるって離せよぉ!」

「もしもし警察ですか?」


 腕を捻り上げられたおっさんは言葉にならない、情けない悲鳴をあげていた。だが先輩はその力を緩めること無くしっかり拘束していた。

 …おっさん、一応先輩はこれでも加減してくれているはずなのよ? 彼、剣道有段者だから。



 その後、警察がすぐに到着して、事情聴取を受けた。

 店の従業員も度重なるつきまとい被害について証言してくれたし、周りで拉致現場を野次馬していた人間も私が拉致される瞬間の証言をしてくれた。

 そして助けに入った莉音ちゃんに暴力をふるったこともあって、その罪も加算。現行犯逮捕でおっさんはしょっ引かれていった。

 あんまり罪状には詳しくないからなんとも言えないけど…接近禁止令とか出てくれないかな。



 それはともかく、先輩が助けてくれて本当に良かった! あのまま連れて行かれていたらどうなっていたことか…!

 想像するだけで悪寒が走った。



■□■


 私を救出しようとして怪我をさせてしまった莉音ちゃんを迎えに来た莉音ちゃんのお母さんに事情を話して謝罪した。

 莉音ちゃんもお母さんも私が悪いんじゃないと気遣ってくれたが、本当に申し訳ない……


 気をつけていたつもりなのに、まさかおっさんがあんな行動に出てくるなんて思わなかった。

 あれだけ拒否して抵抗しても、私に隙があると言われてしまうのだろうか…夜は彼氏に家まで送ってもらったし、店のスタッフもおっさんと私が接近しないように気遣ってくれたのに…


 よくあるよね、女の子が犯罪被害にあっても、それは被害者に隙があったとか、挑発的な格好していたとか言う人間がいるの…

 別に谷間もおヘソも見せてないよ。デニムスカートだけど膝丈だし。6月はジメッとして暑いんだから半袖くらい着てもいいでしょう? 


 だけど実際に警察の事情聴取でそんな事を言われそうになった時、同席していた先輩が毅然とした態度でフォローしてくれた。

 それだけで私は心強くなった。先輩が信じてくれるだけで全然心持ちが変わるよ。ありがとう先輩。


 諸々の取り調べを終えて帰っている途中で、先輩になぜあの場に居合わせたのかを尋ねるとこう返ってきた。


「実家に帰る途中だったんだ。防犯ベルの音が聞こえてきたから、まさかと思って走ってきたら…お前が車に押し込まれていた」


 先輩は実家に帰る用事があって、この駅を利用していたようだ。防犯ベルの音がどこからか聞こえてきて嫌な予感がしたから、引き返してここまで走って駆けつけてくれたそうだ。


「…お前にも防犯ベルを持たせたほうがいいかもしれないな」

「そんなことより私も格闘技を習ったほうがいいと思うんです。ほらムエタイとか…」

「今回の件はお前に落ち度はないが、それだけはやめろ」


 やっぱり反対された。こっそりムエタイ動画見て自主練しようかな…

 私は先輩の前に回り込むと、甘えるように先輩の胸に抱きついた。暑いかもだけど、今は甘えさせてくれ。


「先輩…助けてくれてありがとうございます」

「…間に合ってよかった。沢渡の従妹の子には感謝しないとな」

「はい…」


 先輩は私を守るように腕に包んでくれた。

 同じ男なのに大違いだ。向こうは力を使って私を傷つけようとしてきたけど、先輩は違う。私をいつだって守ってくれる。

 だから私は先輩の腕の中が大好きなのだ。


「先輩好き」

「うん」

「…好き?」

「…好きだ」


 誘導尋問みたいになったけど、先輩から好きのお言葉を頂いた私は一瞬で笑顔になった。それだけ先輩の言葉には力がある。

 私は先輩のその一言だけで元気になれるのだ。


「先輩、ちょっと屈んでください」


 つま先立ちしても届かないんだもん。

 私の目線に合わせるようにして屈んだ先輩の首に抱きつくと、私は自分からキスを送った。

 名残惜しいけどここは外なので、軽くキスするに留める。

 

「…今度防犯ベル買いに行くの付き合ってください」

「…そうだな、すごくうるさい防犯ベルにしなきゃな」

「ゴツい防犯ベルは嫌です。可愛いのがいい」


 こんな事二度と起きてほしくないとは思っているけど、今回のことで私は萎縮してしまっていた。

 四六時中先輩が側にいて守ってくれるわけでない。自分で出来る限りの対策は練っておくに越したことはないのだと学んだ。


 事件の顛末を聞かされて肝を冷やした親に今度こそ本当にバイトを辞めさせられそうになったが、その日の晩に家まで店長が本社のお偉いさんと一緒に謝罪しにきた。

 今回の事件を重く受け止めてもっと従業員を守る意識を高めると宣言してきたので、なんとかバイトを継続することが出来た。

 もしもバイトを変えてもまた同じようなことに遭う可能性はある。今の場所で対策を練ってくれると言うなら、それに期待したほうがいいだろうと先輩が口添えしてくれたお陰である。

 

 あ、ちなみに地面に放り投げられたスマホはカバーがしっかり守ってくれていた。カバーがちょっと傷ついていたけど、スマホ本体は無事でホッとした。液晶割れたら修理しないといけないところだったわ。



 後日、先輩とあーだこーだ意見をぶつけ合いながら私は防犯ベルを購入した。

 120デシベル(飛行機のエンジン音近く相当)の爆音防犯ベルを先輩の独断で購入されそうになったので、それはうるさすぎるからと止めた。

 だけど先輩はもうこれに決めたらしく、シンプルなデザインながらに大音量の防犯ベルを強行突破購入され、店の外に出るとすぐに鞄に付けられた。早くない?


 ゴツくないけどさぁ…もうちょっと静かなやつでよくない? 

 先輩は防犯ベルをネットで前もって下調べしていたらしく、すでに何種類か候補を絞っていたんだって…

 ネットで購入しても良かったけど、私の趣味だったり、実際の現物を見て決めたほうがいいと思ったからとか言ってた。


 てなわけで齢19にして防犯ベルデビューしました。


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