承認欲求の行方【後編】

 

 須藤さんのその笑みに不穏なものを感じた私だったが、案の定だった。 


「こないだのサークルでぇあやめちゃんが1人で、こーんなにおっきなお魚をさばいちゃったんです! 私怖くてぇ、ほんと信じられなかったんですよぉ! だってお魚さんと目が合うんですよ!? あやめちゃん躊躇いなく頭を切り落として〜お魚さんかわいそうだった〜ホント信じらんなーい」


 私としてもあなたのその言動が信じらんなーい。

 なんなの。さっきは私をしっかり者と褒めていたくせに次は…可愛げのない女だとディスっているのか?

 あと須藤さん、腕いっぱい広げているけど…そんなに鰹大きくなかったからね。


「へぇ、何作ったんだ?」

「カツオの漬け丼、竜田揚げ、カルパッチョと汁物です。サークルの先輩が日本料理店でバイトしてて、板前さんが作っているのを盗み見して実現したんですけど、結構美味しかったですよ」

「贅沢だなぁ! おい亮介、俺らも今度作ろうぜ!」


 亮介先輩に尋ねられたので、作ったメニューを答えると、大久保先輩がすごい喰い付いてきた。

 大久保先輩は面倒臭がっていつも適当な食生活しているから、いい傾向かもしれない。もれなく亮介先輩が巻き込まれているけど。


「スーパーで売っている刺身用の切り身からだったら、漬け丼が簡単に作れますよ。あとでレシピ送りますね」

「あっなら私が送りますよ! アプリのID教えて下さい!」


 え、意味わからないんだけど。なんで彼女の目の前でそんな事言っちゃうの?


「いや、あやめに教えてもらうからいい」

「遠慮しないでくださいよぉ! それにもっとお話したいですし!」

「悪いけど本当にいいから」


 亮介先輩はそれをきっぱり断ってくれた。大体先輩はメッセージアプリを入れない主義だもんね。それ以前に交換なんて私が許さないよ。

 先輩からお断りの返事を受けた須藤さんはわかりやすく不機嫌な顔になり、こちらをジロリと睨んできた。

 …何だやるのか。


「…ていうかあやめちゃんってどこか所帯臭いよねぇ…見た目は派手なのに…」

「所帯臭い…?」


 急な話の転換に亮介先輩はついて行けないようだ。訝しげな表情をして私と須藤さんを見比べている。

 大丈夫。私も彼女の話について行けてないから。


「んー…あ、田端姉って重曹好きだよな、臭い消しとか料理とか掃除にかなり活用してるって亮介に聞いたことある」


 なにか考え事をしていた大久保先輩が私の所帯臭い部分を挙げてきた。うん、彼氏に重曹を布教していることは否めないね。

 …亮介先輩ったら大久保先輩にそんな事話したのか。重曹はすごいんやで!


 だけど所帯臭いってのは多分そこを指しているんじゃないと思うんだけど……須藤さんは自分が一番になりたいのかな? 目立ちたいからさっきから私を下げる発言を……


「あやめちゃんって身長は何センチ?」

「え? …158位だと思う」


 急になんだ。

 大学入って計ってないから正確じゃないけど。多分日本人女性の平均くらいだと思う。

 …須藤さんからの質問に私は身構えた。彼女の一挙一動が予測不可能で怖いんだけど。


「でもぉ、今日は5cm位のヒール履いてるでしょお? 私150cmしかないからぁ、背の高い人羨ましい〜」

「……そっか」


 ヒールを履けばそりゃ大きく見えるよね。あなたも10cmくらいのハイヒールを履けばいいさ。

 それには目の前の男性陣2人も不可思議そうな表情をしている。そうね、2人からしたら私は高身長には見えないよね。そもそも平均の域だし、意味分かんないよね。私も意味分かんない。


「それに〜」

「いった…!」


 ちょっと、私の腕捻ったね!? 痛いんですけど!

 須藤さんによって乱暴に腕を捻り上げられた私は顔を歪めた。

 何すんだこのアマ。私は相手を非難するように睨みつけたのだが、彼女は自分の手を私の手をピタリと合わせてうふふ、と嬉しそうに笑った。


「やだぁあやめちゃんったら手ぇおっきいー。私の手、子どもみたーい」

「…身長差あるからね。それ相応の大きさになるでしょう」


 なんだこれ…

 須藤さんはキャッキャとはしゃいでいるが、そんな彼女を前にして私はイラつきを通り越して悲しくなってきた。

 もうやだ。私はただ焼肉を楽しみたかったのに、この女のせいで全然食べてないし、謎のディスりに遭うし、腕も痛いし…


「あやめが痛がっているから、離してやってくれ」


 痛みで涙目になっていた私を救出してくれたのは亮介先輩だった。彼はこちらの席に近づくなり、大きさ比べ(強制)をさせられている私の手を取って引き離したのだ。須藤さんは先輩の行動にびっくりしたようで、いとも簡単に彼女の拘束は解けた。

 私の腕を引いて席から立ち上がらせると、亮介先輩は大久保先輩にこう指示した。


「健一郎、席移動しろ」

「え!?」


 若干大久保先輩が嫌そうな顔をしていた。なるほど席交換ですね。気乗りはしないようだったが、大久保先輩はこう見えて結構周りをよく見ている。私のために席を代わってくれた。

 その後イケメン男子が横にやって来たことでご機嫌になった須藤さんは大久保先輩に集中砲火ならぬ、集中アタックを仕掛けていた。大久保先輩は犠牲になったのだ…


「ほら焼けた」

「美味しいです…」

「まだまだあるからな」


 私は先輩の隣に座ってようやく落ち着いて食事ができた。先輩が私の分までお肉を焼いてくれる。さっきよりも美味しいです…

 最初から先輩の隣に座っていればよかったんだよ…大久保先輩には悪いけど、耐えてくれ。今度大学の食堂でなにか奢るから…

 

「気付かなくて悪かったな。てっきり…」

「いえ、私こそあの時ハッキリ言っておけば…」

「同じサークルなら顔を合わせることになるから言いにくかったんだろ。仕方ない」


 制限時間以内に私はなんとか満足出来るくらい食べることが出来た。

 モクモク煙を上げている焼肉の網の向こうでは、独り言のように自分に酔っている話をする須藤さんの姿があった。だが大久保先輩は我関せずで無心に焼肉を食べていた。

 大久保先輩の鋼の精神には恐れ入った。私もあれを見習おう。


 

 会計を済ませて店を出ると、挨拶もそこそこに各自解散した。須藤さんに捕まらないように人混みに紛れて逃げるようにして消えたけど…別ルートに逃げた大久保先輩は無事逃げられただろうか…


「…変わった女子だったな」

「…本当に…サークルの活動中もあぁしてチクチク言ってくるんです……料理全然しないのに、皆が作ったものを写真に撮ってSNSに上げて…自分が作ったみたいに自慢するんですよ!」


 あまりこんな事を先輩に愚痴りたくなかったけど、さっきの事があったので私は先輩に吐き出していた。


「承認欲求が強い人間なんだろう」

「そんな…楽しいはずのサークルも須藤さんの行動でみんなピリピリしてて…悲しいです」

 

 亮介先輩は苦笑いしていた。承認欲求なんて誰でもあるよ…でもあれはひどすぎるよ…

 しょげた私の頭を先輩がワシャワシャと撫でてきた。見上げてみれば、先輩は困ったように微笑んでいた。


「…今度、剣道サークルの試合があるんだ。弁当を作ってきてくれないか?」

「! 喜んで!」


 先輩にお弁当をお願いされた私は嬉しくなった。先程まで凹んでいたのに気分が好転した。お願いされた! 嬉しい!

 先輩のために頑張って美味しいお弁当作るよ! そして先輩の勇姿をしっかりこの目に焼き付けるよ! 試合楽しみだな!


「…今度は2人だけでなにか美味いもの食べに行こう。俺が奢るから」 

「…はい!」


 先輩の言葉だけで私の頭の中から須藤さんのことが頭から吹っ飛んだ。

 私は先輩と手を繋いで、仲良く家まで帰ったのである。




☆★☆


 

 後日、サークルの部長から招集を受けた私が部室に集まると、例の彼女以外のメンバーが集っていた。

 一体なんだろうかと思ったら、サークルの部長が重苦しい雰囲気で議題を持ちかけてきた。


「…須藤さんなんだけど…調理に参加しようとしないでしょう。和を乱すような発言をするでしょう。…悩んだのだけど、このままではこのサークルの存続が危ないと感じたの。現に何人かから、彼女が原因で退部を考えていると相談も受けているし…」

「あー…」


 部員たちは気まずそうな顔をしていた。

 皆も限界ってことか。私も仲がいいミカ先輩に焼肉屋での一件を相談していたけど、もしかしたらその話も部長の耳には入っているのかも。


「それでね、これに署名をしてほしいの」


 部長が皆の前に出したのはサークルメンバー除名に関する署名用紙だった。これに本人以外全員のメンバーの名前を書いて本人に渡すと言うのだ。


「…それで、本人が納得しますかね?」

「…してもらわないと困る」


 皆自信なさげだった。

 だけど全員がその署名用紙に名前を記入した。部長はそれを手にすると大切に封筒に収めると、深呼吸していた。


「じゃ、渡してくる」


 意を決した様子で部室を出ていった部長の姿を見たものは……うん、すぐに戻ってきたけどね。ちょっとお疲れの様子だったが、結果は良い方だったらしい。

 部長が両腕で大きく丸を作ったとき、部員全員がホッとしていたのが印象的だった。



 それから彼女がいなくなったサークルで、私はのびのび活動することが出来るようになった。イライラがかなり減って、活動が楽しくなった。

 須藤さんは私と学部が違うので、学舎がそもそも異なる。授業も違うし、中々会うこともない。


 しかし他所のサークルでまた騒ぎを起こしているウワサは人伝に耳に入ってきた。彼女は相変わらずのようだ。

 他人事のようだが、多分もう関わることがないので、私はホッとしている。色んな人がいるんだという勉強になったと前向きに考えるようにしている。

 彼女は人よりも承認欲求が強い人なんだと。



「あやめなに書いてるの?」

「今度彼氏の剣道の試合でお弁当作っていくんです。それで新しいおかずを持っていってあげようと思って」

「なにそれ面白そう、じゃあ新メニュー考えてあげるよ」


 ミカ先輩が私のノートを覗き込んできたので、私は新作を考えていることを教えた。

 …今の私は先輩のために、美味しいお弁当をつくることで頭がいっぱい。


 2人で美味しいものを食べに行く約束もした。

 夏にはユカやリン達と集まって、今度はキャンプでもしようかという話も持ち上がっている。今度こそ先輩と打ち上げ花火を一緒に見るという約束もしているし、親にお泊りしていいか交渉もしないと。冬休みにはスキーデートの約束だってしている。

 先輩ともっといろんなことがしたい。

 もちろん学生だから勉強第一だ。大切なそれは忘れていない。


 だがしかし、もっともっと先輩との思い出を作ることも私にとっては学業と同じくらい重要なのだ。



 

 サークルの先輩に協力してもらって、いつもよりも力の入ったお弁当を持って先輩の試合の応援に行ったら、お弁当を見た先輩は喜んでくれた。美味しいって言ってくれた。それだけで頑張った甲斐があるってものだ。

 剣道サークルの皆さんに差し入れしていく内に少し仲良くなれた剣道サークルのお姉様方にもおすそ分けをしたら、味や見た目のことを褒められて嬉しくなった。


 私は「これが承認欲求が満たされるってことか?」と首を傾げたのであった。

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