花恋ちゃんの新しい恋。波乱。
『蓮司さんって、あっくんが成長した姿そのままのイメージなの』
花恋ちゃんもはじめは初恋の人に似た蓮司兄ちゃんに惹かれた様子だった。だから私は念押しした。「蓮司兄ちゃんはあっくんじゃないんだよ」って。
彼女は分かっているとは言っていたが、本当に大丈夫なのか、私はとても不安だった。
私が心配しているなんて知らないであろう2人は、私を介してメッセージアプリでのやり取りをはじめた。そして花恋ちゃんが大学に入学すると、蓮司兄ちゃんと同じサークルに入ったり、2人でデートをしたりするようになったと報告を受けた。
『あのね、蓮司さんは優しいんだよ。サークルでね、孤立した人がいたらその人の所に寄っていって、相手のペースに合わせて楽しく盛り上げるの。周りをよく見ててすごいなって思う。いい人だよね』
彼女は蓮司兄ちゃんの人となりに触れて、次第にあっくんの影を追いかけなくなったように見える。その頃にはあっくんと蓮司兄ちゃんを比較しなくなっていたから。
田端蓮司という人間の新たな一面を見ていくうちに、彼という人間を好きになっていったようだ。
『…蓮司さん、サークルの女の先輩と仲がいいの…聞いたら元カノだって。…だってね、その女の先輩が重い荷物持とうとしたら、進んで手伝ってあげてたんだもん…』
彼の事を深く知るようになって、花恋ちゃんは蓮司兄ちゃんの恋人になりたいと願うようになった。蓮司兄ちゃんの昔の恋人に嫉妬している話を私はよく聞かされた。
しかし元カノの存在に怖気づく訳でもなく、花恋ちゃんは自分なりに必死にアプローチをしていたようである。
…花恋ちゃんは強くなったなと私は陰で感動した。
『大学のゼミでね、ちょっと嫌なことがあったの。しつこく私に付き纏う人がいて…大学の相談室の人に相談しても、きっぱり断って対応しろって言われて困ってしまって。…私の様子がおかしいって気づいてくれた蓮司さんに思い切って相談したら間に入って助けてくれたの……うふふ、かっこよかったぁ』
そう話した花恋ちゃんの顔は完全に恋する乙女の表情で、蓮司兄ちゃんの事を思い出してうっとりしている様子だった。
困った時に気づいてくれて、相談したら親身になって助けてくれる蓮司兄ちゃんにますます惚れ込んでいった花恋ちゃん。
もうすでに、初恋のあっくんのことは思い出に変わっていたのだ。花恋ちゃんは蓮司兄ちゃんに夢中になっていった。
蓮司兄ちゃんに恋をした花恋ちゃんは更に可愛く、綺麗になった。蓮司兄ちゃんの話をするとキラキラ輝いていて……それを見る度に亮介先輩に恋をしたばかりの自分の事を思い出した。
あー私も当初はこうだったよね〜。恋したての時って見るもの全て新鮮でキラキラするんだよね。ちょっとした事でキュンキュンしてさ。わかるー。
決して先輩に飽きたとかそんなんじゃないけど、一年半以上交際しているので、どこか慣れが生まれて当初のときめきを忘れてしまっていたのだ。
花恋ちゃんの恋している姿に私は初心を思い出させてもらったよ。
蓮司兄ちゃん側の気持ちを詳しく聞いたことはないけど、付き合うのは時間の問題かなと私は見守るスタンスを取っていた。口出しせずに私は傍観しているつもりだった。
…だけど。相手の話を聞かずに泣かせたとなれば、話は別だ。
移動中の電車の中で私は従兄に向けてメッセージを発信した。花恋ちゃんの話しぶりからしてみたらきっと先程まで蓮司兄ちゃんと一緒にいたのだろう。
【30分以内に駅に来て】
【花恋ちゃんの家の最寄り駅まで来て。いいね?】
【絶対に来いよ】
【来ないとマジで怒るから】
少々乱暴で一方的なメッセージではあるが、私は従兄に言いたいことがあった。
花恋ちゃんが好みじゃないとか、その気がないと言うなら無理やりくっつけようとは思わない。
だけど…恋敵(?)である間先輩の言うことを真に受けて、花恋ちゃんの言うことを信じないで突き放すというその態度が私は許せない。まずは話を聞けよ。
お節介とか、部外者とか言われるかもしれないが、自分が仲介したこともあって放置できなかったのだ。
★☆★
私が花恋ちゃんの家の最寄りの駅に到着して電車を降りると、花恋ちゃんは駅のホームのベンチに俯きがちになって座っていた。
「花恋ちゃん!」
「…あやめちゃん…」
ずっと泣いていたのだろうか。ノロノロと顔を上げた花恋ちゃんの目は赤くなっていた。
私は財布から小銭を取り出すと、側にある自動販売機でスポーツドリンクを購入して彼女に差し出す。泣いている女にはスポーツドリンクがセオリー! 大久保先輩と橘兄に学んだからね!
スポーツドリンクを受け取った彼女の隣に腰掛けると、何があったのかを尋ねる。まずは花恋ちゃんの話を聞かないと。
すると彼女の瞳に新しい涙が浮かぶ。
「…一緒にパンケーキ食べに行かないかって誘ったら…蓮司さんに断られて…『初恋の相手と俺を重ねてみてるだけじゃないの?』って…」
花恋ちゃんはそのやり取りを思い出して苦しくなったのか、嗚咽混じりに話し始める。
「さ、最初はそうだったかもしれない、でも今は違うの。だってあっくんと蓮司さんはぜんぜん違うもの。私は…蓮司さんが好きだって…勇気出して告白したのに……それは錯覚だって…」
「……ごめんね、うちのバカ従兄が…」
…まさか私の従兄がこうも女々しいとは思わなかった。
何その言い方。なんで勝手に花恋ちゃんの想いを否定して決めつけちゃうわけ? 花恋ちゃんの心は花恋ちゃんだけのものなんだから、他人が感情を決められるはずがないのに。
そもそも過去のことじゃん。小学2年の時の話よ? まさか初恋の相手(私)に嫉妬してんのか蓮司兄ちゃんは。
私の中の怒りゲージがどんどん上昇していた。落ち着け、短気は損気…
自分を落ち着かせようとすぅはぁと深呼吸していたら、新しい電車が駅のホームに入ってきた。開かれたドアから見慣れた顔をした男が出てきたので、私は相手を無表情でじっと見つめる。
私の視線に気づいた相手はビクッと肩を揺らし、私の隣にいる花恋ちゃんを見て気まずそうな顔をした。あんたが泣かせたんだよ。
「来たから…しっかり叱っておくね」
「えっ…」
「ここで待ってて」
私は花恋ちゃんをその場に待たせると、突っ立っている従兄の腕を掴んで、駅のホームの隅っこに連行していった。花恋ちゃんや通行人に声の届かない場所まで辿り着くと、私は仁王立ちして従兄を睨み上げる。
「…大雑把に話は聞いたけど…花恋ちゃんじゃなくて間先輩の言い分を信じるって何? ちゃんと話を聞いてあげないのはなんで?」
私の問いに蓮司兄ちゃんはバツが悪そうな顔をした。自分でもその対応はまずかったと思っているみたいだな。
「蓮司兄ちゃんは花恋ちゃんの好意が迷惑なの?」
「いや、そういう訳じゃ…」
「じゃあなんで気持ちを試すような事すんの? 別に付き合っているわけじゃないんでしょ?」
「…そうだけど…」
歯切れが悪いなぁ。なんなの蓮司兄ちゃんも私と同じく自分の気持ちに気付かない鈍い人間なわけ? ていうか絶対両思いでしょ? なんでこう拗れたわけ? 私の存在が原因か?
尋ねても蓮司兄ちゃんからハッキリ返事をもらえない気がした私は、単刀直入に物申した。
「花恋ちゃんは蓮司兄ちゃんの事をちゃんと見てるんだよ。間先輩の言ってることじゃなくて、ちゃんと花恋ちゃんの話を聞いてあげてよ。 ……ていうかね、相手の気持ちを決めつけて否定するのはすっごく傲慢な行動だからね?」
私の言葉になにか返答するでもなく、斜め下を見つめて沈黙を守る従兄殿。…地面には私の言葉よりも面白いものがあるんですか?
おい、意地を張るのはやめろ。うんとかすんとか言いなさいよ。
…私は友達である花恋ちゃんの味方である。泣かせたというのなら従兄であろうと許しはしない。
「蓮司兄ちゃんは花恋ちゃんと付き合う気は一切ないってことだよね? ならいつまでもお友達ごっこ続けていないで、振るならハッキリ振ってあげて」
じゃないと彼女は次へと進めないじゃないか。その気もないのに中途半端に優しくされるのはただの毒にしかならない。
「ばかっ、あやめ!」
「ん?」
タタタ…と小走りで駆けてく花恋ちゃん。ベンチで待っててと言ったのに、こっちに来ていたらしい。
今の発言を聞かれてしまっていたようだ。やばい…聞かれちゃったか。私は頭を抱えた。
…でも…結局はこういう事でしょ?
「…これが蓮司兄ちゃんが望んだことでしょ?」
「そんなわけ無いだろ!」
「じゃあなんで花恋ちゃんが告白した時に否定したのよ。告白するのにどれだけ勇気がいるか知ってるの? 蓮司兄ちゃんは好きな人に告白した経験ある? ないでしょ?」
前カノは向こうから交際を申し込まれたらしいし。この従兄さり気なくモテるんだよな。フツメンのくせに生意気だ。
蓮司兄ちゃんは私を睨みつけてくる。…なに怒ってんだか。
言っとくけど全然怖くないから。花恋ちゃんの気持ちを拒否したんだからその気はないってことじゃない。今の蓮司兄ちゃんには私を怒る資格はないよ。
「花恋ちゃんと付き合う気がないんでしょ、これで良いじゃない」
「良くないよバカ!」
「バカって言ったほうがバカなんだよバカ従兄」
彼女に話を聞かせるつもりはなかったんだけど…あとで花恋ちゃんに謝らなきゃな。
花恋ちゃんはそう足が速くないから追いかけたら間に合うかな。私は花恋ちゃんの後を追う従兄を追って、駅の階段を駆け下りた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。