仁義なき戦い。反抗期再来(仮)弟とのバスケ対決がはじまる。
ダン、ダン、ダン……
『和真く~ん!』
『頑張ってー!!』
周りでは弟を応援する女子の声が姦しく、体育館内に反響しているというのに、私の耳にはボールをドリブルする音の方が大きく聞こえた。
私のクラスは2回戦で弟のクラスと対戦することになり、現在試合中だ。
試合開始初っ端から私をマークしてきたのは我が弟である。
和真も私と同じく山ぴょんに付き合わされてバスケをしていた時期があるが、あの時は性差もなく私の方が身体が大きかったのでここまで追い詰められはしなかった。
弟の妨害を受け、私は思わず舌打ちをしてしまった。
「キャーッ和真くーん! 頑張ってぇぇ!」
「…ちょっと林道さん、敵チーム応援するなんて何考えてるの? うちのクラス応援しなよ」
「…なによ。別にいいでしょ」
「…良くないよ。あやめちゃんだって頑張っているのに空気読めないの? ……だからいつまで経ってもあやめちゃんと仲良くなれないんだね林道さんって」
「…なんですって?」
「林道、本橋! お前らここで喧嘩すんな! おーいあやめー! チームメイトと連携しろー! 落ち着いてけー!」
女子の黄色い声を物ともしない山ぴょんの大きな掛け声が耳に入ってきた。
そうだ、バスケはチームプレイ。山ぴょんの言う通り、弟にマークされているならチームメイトにパスを回すほうが懸命だろう。
私は斜め前にいた沢渡君にパスを流した。ボールを受け取った沢渡君は持ち前の運動神経で相手ゴールに突っ込んでいく。
現在僅差であっちのチームが1点リードしている。残り僅かな制限時間内にあと2点取らなければこっちの負けだ。
…なのだが2−Cは強敵だ。主に弟の活躍によって。
ボールが沢渡君に渡ったことで次は彼がマークされた。和真も自分の陣地のゴールを守るべくそちらに走っていく。
私も沢渡君をサポートしようと敵の陣地に入っていくと、沢渡君は敵に囲まれ四面楚歌状態。
この状況ではシュートは不可能と判断した沢渡君はうちのチームメイトへとパスを回した。回したが、それはチームメイトの手に渡ることはなかった。
腕を伸ばしてそのボールをバッと奪い、風のように走っていくのは和真。
ボールを奪われてしまったうちのチームメイトがディフェンスしようとしているが、和真はそれを難なく交わしていく。
あーっもうこいつは本当に器用だなぁ!
山ぴょんが昔私達姉弟に指導(半強制)したバスケのテクニックを見事モノにしている。
…なんだけど……なんっか負けるのは性に合わない。
私の負けず嫌いな性格に火が点いた瞬間だ。
私は自分の陣地に駆けて行き、弟に最接近するとボールを奪うためにドリブルカットを試みた。
あくまでもファウルにならないようにね。相手に触ったらアウトだからボールにだけタッチできるようにして…
「しまっ…」
「もらったぁぁ!」
私がバッと現れたのにびっくりしたらしい和真の一瞬の隙をついて私は奴からボールを奪い去ることに成功すると、敵の陣地に逆戻りした。
絶対このボールは敵に渡さん! 絶対シュートしてやるわ!
私は闘志に燃えていた。
遠くからユカやリン、花恋ちゃんの声援やうるさいコーチもどきの山ぴょんの興奮した声が聞こえてきた気がするけど、取り敢えずシュート! 間違いなくシュートする!
ゴール付近まで走っていくとあちらのディフェンスに阻まれてしまった。
その場所はスリーポイントライン手前。私の腕力じゃボールがバスケットゴールに届くかは定かではない。
一か八か、渾身の力を振り絞ってボールを放った。
私が投げたボールは空中で曲線を描き、バスケットゴールに近づくと…スパッと音を立ててゴールリングにシュートされた。
その数秒後に笛の音が体育館内に響き渡った。
「試合終了! 只今の試合、3−Aの勝利です」
「やったぁ! アヤちゃん勝ったよ!」
「田端ナイッスー!」
チームメイトが私の周りに集まってきて健闘を称えてきた。
運動不足気味の私はゼーハーゼーハーと呼吸困難になっていたが、みんなと一緒に喜んだ。
するとそこに山ぴょんが混じってきて私に声を掛けてきた。
「あやめ良くやったなー」
「うるさいよ自称コーチ。バレーはどうしたのよ」
「負けたに決まってんだろうが」
「ドヤ顔で言うことじゃないんだけど」
初戦負けだったらしい。あんたその身長を活かせなかったのか。
だからバレーチームの花恋ちゃん達が観戦していたのか。…取り敢えず山ぴょんはそのドヤ顔やめようか。負けたんだろうがあんた。
「あやめちゃん! すっごくカッコよかったよ!」
「ありがとう花恋ちゃん」
「次は3回戦だね。でもその前にお昼休みすんだってよ」
「弟くんも強かったけど、アヤもバスケ上手なんだね」
「山ぴょんの英才教育受けてきたからね…」
そういえば弟は何処だろうかと私は体育館を見渡した。
弟は林道さんに声を掛けられていたが、素っ気ない対応をして体育館を出ていった。
何してんだかあいつは。
「あやめちゃん、お昼食べに行こう?」
「そうだよ。あんた3回戦出場するんだからさ」
「う、うん…」
「いこいこ」
ついつい弟を追いかけようとしていた私だったが、花恋ちゃんやユカ・リン達に昼食を促され、弟の姿を見失ってしまった。
和真は熱血系でもないし、私のような負けず嫌いでもない。勝負事にそんなに必死になることはないと思っていたのだが…
手を抜くのもアレだし、こっちが負けるのも私がスッキリしないし…ついムキになっちゃった。
この場合勝ちを譲るほうが良かったのか? こういう勝負事って難しい。
取り敢えず…私は充電をせねば。
友人らと教室に戻って私はしっかり休息をとって午後の試合に備えたのである。
☆★☆
3回戦の準決勝は一年のクラスとの対戦だった。
基本的にその部活動の生徒は球技大会では参加できないのだが、現在部活に入っていない経験者はその限りではない。
一年のチーム内に中学までバスケを習っていたという生徒が入っていたのだ。人の動かし方もうまく、チームワークがしっかりしている。
そのため私達三年は悪戦苦闘した。こっちは経験者がおらず、授業とか子供の頃遊んだ程度でしかバスケをしていない。
一年に負けてしまうというのはなんというか矜持が傷つく。
しかし圧倒的な力を見せつけられ、私達は追い詰められていた。
バスケの得意なチームメイトがマークされ、彼らにボールが行き渡らない。私もギリギリファウルにならない程度の妨害を受けて、中々ボールに触れずにいた。
そうこうしている間に一年がどんどんシュートを放つ。
点差がどんどん開いていくと、負けず嫌いな私も戦意喪失し始めていた。
「あっ!」
ドテッ
相手チームのボールを追いかけていた私は、相手の肘が自分にぶつかりそうになったのでそれを避けようとしてよろけた。よろけたついでにバランスを崩してずっこけた。
相手もわざとじゃなかったので、私が転けたことに目を丸くしている。
うわーだっさいなぁ自分…なんで転けてんだか。
転けた時とっさに腕で体を庇ったので体育館の床に腕を強く擦ってしまって擦過傷が出来ている。
あいてて…と呟きながら起き上がる私に一年が「大丈夫ですか?」と尋ねてきたので、大丈夫と答えて自力で立ち上がった。
去年の私なら負けるもんかと逆境に逆らっていただろうが、ここ最近不調な私ここぞという場面で自分に負けそうになっていた。
負けるのは嫌だが、心が弱くなっていて力が出ない。
あぁ情けない。いつもの負けず嫌いはどこ行ったんだ。去年のドッジの勢いはどこに行ったんだ。
私は項垂れてため息を吐いた。
「なにしてんだよ姉ちゃん! 諦めんなよ!」
「!」
「さっきの勢いどこ行ったんだよ!」
そんな私に叱咤激励が飛んできた。
私の背中を押すような言葉を飛ばしたのは。私を「姉ちゃん」と呼ぶのはこの世界でただひとり。
…私の弟だ。
今の激励で注目の的になっている和真はその視線に動じることもなく、続けて私に声を掛けてくる。
「一年に負けて良いのかよ! もっと頑張れよ! いつもの姉ちゃんらしくないじゃん!」
「…和真」
さっき私に試合で負けたから、てっきり拗ねているのかと思っていたのにまさか私の応援をするとは。
私はそれにびっくりしていたが、和真が手で行けとジェスチャーをしたので、ボールを持ったまま突っ立つ一年に目を向けた。
私が中断させていた試合再開の合図が鳴った瞬間、一年からボールを奪おうと追いかけた。
試合の流れは変わった。
私の猛攻に一年がドン引きしたのか、それとも三年のチームメイトにもその闘争心が感染したのかは定かではない。
あまりにもハッスルしすぎて突き指と擦過傷(膝と腕)を負いながら、私はボールを奪いドリブルしては敵の陣地のゴールにシュートを放つ。
試合終了間近に沢渡君にボールが渡った瞬間、彼は敵の陣地付近にいた。
時間がないと悟った彼は大きく腕を振りかぶって…ドッジボールの如く敵の陣地に向かって投げた。
流石にこの距離じゃ無理だろうなと思った私達だったが、沢渡君は奇跡を起こした。
バスケット板の端に思いっきりぶつかったボールはゴールリングにぶつかり、宙を浮く。バウンドしたボールが再度バスケット板の真ん中の黒い四角の枠にぶつかった。
ボールは再度ゴールリングにぶつかると、リング上をぐるぐる回転してゆっくりゴールネットを通過した。
それに会場は沸いた。あの距離からのシュートを決めた沢渡君は一躍ヒーローになったのだ。
ただし、私達は点差で試合に負けてしまった。負けたんだけど沢渡君の活躍でこっちが勝ったみたいな反応である。
クラスメイトに囲まれ。沢渡君は胴上げされている。もう一度言うけど試合には負けたんだけどね。
私といえば、弟に激励されたのになんて体たらくなんだと自分にがっくりした。
がっくりしている私のもとに和真がやって来たので、さっきの激励のお礼と負けてしまった謝罪をしようと顔を上げると、和真はムスッとした顔でこう言った。
「今度という今度は負けねぇから。いつか絶対姉ちゃんに勝ってみせる」
「………は?」
突然の宣戦布告に私は目を点にした。
え、なんで私は弟に宣戦布告されたわけ? 負けて傷心の私になんでそんな事言うの?
この流れ、卒業式前の間先輩と同じじゃない?
ブルータス、お前もか。
大体勝つって何よ。私は受験生だしバスケはもうしないからね。学業でいえば私はあんたに負けっぱなだし、容姿は言わずもがな。
何に勝つつもりなの。あんたは一体何と戦ってんのよ。
私はあんたと戦ってる覚えがないんだけど。
私がショックを受けて震えていると、そんな私を気にすること無く和真は目を逸らしてぶつぶつと小さい声でつぶやき始めた。
「…まぁまぁ、さっきのはカッコよかったと思うけど」
「え? …あ、うんありがとう…」
「保健室行ったほうがいいんじゃね? 足は痛てぇの?」
「擦り傷と突き指だけだから…」
「ん。乗れよ」
「え? 大丈夫だよ歩けるし」
「いいから乗れって」
和真が背中を向けてしゃがんできたのでなんだろうと思ったら、おんぶしてくれるらしい。だけど足は痛くないから断ると、それでも乗れと言ってくる。
渋る私に「橘先輩にチクるぞ」とよくわからない脅しを掛けられた。脅されて怖いことなんて何一つないんだけどと一瞬思ったが、すぐにハッとした。
そうだ、先輩にこの怪我のことがバレたら心配してくるに違いない。
先輩の心配=説教だから、間違いなく説教が待っている。
それは嫌だ。心配してくれるのは愛情の印だが、私は叱られて喜ぶマゾではないのだ。勘弁してくれ。
「やめてよ! 先輩にはバラさないで!!」
「じゃあ乗れよ。早く」
「くっ…こんな生意気な子に育てた覚えはないのに…!」
「育てられた覚えがないし」
「クソ生意気な!!」
和真におんぶされて私は体育館を後にした。
何処からか林道さんの熱い眼差しが刺さってくるけど、私達血の繋がった姉弟だから嫉妬するのやめてください…
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